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2019年12月

2019年12月31日 (火)

年の瀬

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冬至の日はゆず湯に入った。風呂の温度はいつもと同じで入浴時間も変わらないのに、出た後もいつまでもぽかぽかと体が暖かい。「ゆず湯に入った」という心理的効果を差し引いても明らかに体の保温効果が違うようだ。ネットの情報を見ても、たしかにゆず湯には科学的にも体を温める効能があるとされている。伝統的な慣習にはそれなり科学的裏づけがあるものが多い。先人の知恵というものだろう。ゆず湯に入りカボチャを食べていると、すぐに年末・年始の休暇である。ことしはどこにも旅行に行かず、久しぶりにのんびりの正月休みである。

 

それにしても、12月の国会は重要な法案をほったらかしにし、「桜を見る会」が延々と問題にされており、ニュースを見ても情けなくなってしょうがなかった。日本にカジノを導入する法案でも野党の反対を見ていると、彼らがなんでも反対、現状維持ばかりの「保守」だと若者に認識されるのも当然だと思えてくる。野党はしきりにギャンブル依存者が増えるのが問題だと言っているが、それではパチンコはどうなのかと問いたい。都市では繁華街のど真中に、地方では街道筋にあれだけ大っぴらにパチンコ店が堂々と営業しているではないか。パチンコ産業は衰退しているというものの、全国で売り上げが20兆円、年間1000万人が遊んでいる遊戯である。パチンコはOKでカジノがダメという理由がまったく意味不明だ。

 

反対論者がカジノがあると周囲の治安が悪化すると言っているのも疑問である。私もアメリカや東南アジア、韓国などでカジノを幾度か冷やかした事があるが、カジノがあるから周囲の治安が悪いという事はなかった。そのほかカジノを運営する中国業者がてら銭を巻き上げるのが問題だと云うならば、内外の業者がきちんと競えるようにそれなりに規制やルールを作れば良いではないか。まあパチンコ業界からは多額の献金が政治家に流れているようだから、一部政治家がカジノ法案に反対なのだろうという推測はつく。しかし財政難の折である。パチンコとカジノが大いに競い合って、税収アップに貢献したらよいと考える。新年は「桜の会」など安倍おろしの政局を何時までもやっているのでなく、山積する国難を真剣に取り上げるべく健全な野党の奮起を望みたい。

2019年12月26日 (木)

「がんばこ」と「キチク・スイライ」

明け方、眠りも浅くなって布団の中でうとうとしてると、急に頭の中に何かの単語や小説の一節などが浮かんだりする。時に英単語、時に難しい日本語だったり、はたまた古文だったりするのだが、先日は「がんばこ」という子供の頃の遊びが突如頭に浮かんできて驚いた。「がんばこ」を意識したのは55年ぶりくらいだろうか。半世紀以上、頭のどこかにしまわれていた名詞が、いきなり半覚醒の頭に蘇ったわけだ。といっても「がんばこ」はさてどういう遊びだったのか、しかと思い出さない。という事でネットで調べると、田の字型に地面を区切った中にそれぞれ一人一人のプレーヤーが入り、ゴムの野球ボールを4人が手で打ち合うソフトテニスのようなものだとある。

誰かがアップしたその説明を読むうちに、おぼろげに「がんばこ」なる遊びを思い出してきた。校庭や近所の公園で一人のスペースが2米四方ほどになるよう土の上に田の字形につま先で線を引き、ゴムボール一つで試合開始。自分の升に打ち込まれた球を卓球やテニスのようにノーバウンドかワンバウンドで他の人の升に打ち返すのだが、時に遅攻、時にフェイントや速攻を絡めて他の打ち損じや空振りを狙うゲームだったとおぼろげな記憶が蘇る。もっとも「がんばこ」は東京地区ローカルの遊びだったのだろうか、父の転勤で行った九州や関西の都市では遊んだ記憶がない。

なにせ今のようにネットやテレビのゲームのない時代である。子供たちはそれぞれ工夫をして、いろいろな遊びを考案したのだろう。そういえば「キチク、水雷」というゲームもあって、たしか大将はキチクだけ、キチクは水雷だけを捕まえられ、水雷が大将だけを捕まえられる鬼ごっこの変形判もあった。自分がキチクで好きな女の子がスイライになったときは、「あの子にタッチできる」とけっこう胸をときめかせてその子の姿を追ったものだった。これも場所によっては「駆逐・水雷」などと少しずつ呼び名やルールが違うようだ。2B弾(銀玉)で遊んだり、学校の帰り道に爆竹を盛大にならして近所から警察に通報されたりと、とにかく毎日よく遊んだことが早朝の夢ととも頭に浮かんできた。

2019年12月22日 (日)

年末につらつらと

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2016年に出され話題になったアメリカのピーター・ナバロ著「米中もし戦わば」が文庫本になっている。出された当時に図書館に借りに行くと予約がすでに十何名もあって、いつ読めるのか分からなかった本だ。先ごろこの文庫本を買ったので年末はじっくりと読もうと思っている。手始めにところどころナナメに読んでみると、アメリカが中国を厳しく批難する背景が様々立場から書かれた本のようだ。文庫本でも400頁以上の大書で、読み終わったらそのうちブログに纏めてみたいと思っている。

そう言えば、2020年春に中国の習近平主席を「国賓」として日本に招くそうだ。新しい2隻目の空母を就航させ軍事大国の道をひた走る中国は、ウイグル自治区の人権や香港の民主化運動を抑圧し、台湾の選挙にも圧力をかけている国である。なにより尖閣にはいまだに多くの公船が押し寄せているという。こんな国のトップを「国賓」として呼んでよいのか。天皇陛下がお会いになるのか。安倍首相とトランプ大統領で中国に対する綿密な役割分担が成されているのなら良いが、またカネに目がくらんだわが国媚中派の外交が繰り広げられのかと心配で仕方がない。

非核化と制裁解除をめぐる米朝交渉期限を年末までと一方的に区切った北朝鮮のロケットマンこと金主席が、期限が真近に迫っても何の進展もないのにイライラしているようだ。さかんにロケットの打ち上げの様子や主席の談話を発表しているが、期限がくるこの年末・年始の休みは北朝鮮の動向に殊に注意ではないか。日本列島を超えて飛翔するロケット兵器の実験を正月休みに試みても、彼らの未完の技術で間違って日本の本土や領海に落ちてくることもありうる。そんな事がおきないよう祈りたい。

それにつけてもネットニュースは、TBS元記者だった男と求職希望の女の性交渉に合意があったのか、なかったのか等という問題ばかりでうんざりする。スケベな男(大体の男はスケベだが・・・)と目立ちたがりで上昇志向一杯と思われる女の間におこった出来事で、どっちもどっちだと私は思うが、またぞろ被告の男が安倍首相と近かったから警察の調べに手心・忖度があったか等というコメントがネットニュースに飛び交っている。そんな男と女の痴話事件に安倍首相が何か関わるわけもないではないか。噴飯もののニュース解説だ。何でも安倍首相に関連させる「アベノセイダーズ」の主張を目にするたび、メディアの劣化をますます意識せざるをえなくなる年の背である。

2019年12月16日 (月)

きれいすぎる海も困りもの

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12月16日の読売新聞には、きれいになりすぎた瀬戸内海が不漁を招いている、とする面白い特集記事があった。近年の環境保全の様々な施策で、瀬戸内海各地の水の透明度はぐんと増したが、海水が以前よりきれいになったことで、かえってイカナゴなどの漁獲高が減ってしまったそうだ。かつて下水や田畑、工場から海に流されていたリンや窒素がいま大幅に減ってしまったのが原因で、この対策として計画的に下水処理施設から排水を海に流し、海水の栄養不足を補う方法をとり始めたと云う。人為的に排水されるリンや窒素は、海藻を育て貝や小魚の養分になり、それを大型魚が食べることで内海の生態系が維持されることを期待しているのである。1970年代に瀬戸内海の環境保護法を制定した時には、こんなことは予想もしなかったそうで、自然の力は人知を超えて作用することをこの事例は改めて教えてくれるようだ。

 

いま地球温暖化など人間の活動が地球を汚染し、すぐにでも取り返しがつかなくなると危機を訴える向きが多いが、この記事を読むとそのすべてが本当に差し迫った問題なのだろうかとの疑念が頭をもたげてくる。大平洋の真ん中を航海中にペットボトルが流れてくると、さすがに海洋汚染をなんとかしなければならないと実感するが、多くの環境汚染問題は人間の少しの努力と自然の持つ大いなる治癒力でかなりの部分は克服できるのではなかろうか。最近スウェーデンの変わった少女によるエキセントリックな地球温暖化対策の動画がさかんにメディアに登場するのを見ると、これでメシを喰っている「温暖化利権屋」が増えて、盛大に危機を煽っているのではないかと白けた気持ちになってくる。

 

よく地球温暖化で「氷河が後退した」「氷海が減っている」などと云われるが、よく聞けば19世紀末や20世紀初頭からすでに「氷」が減り始めていたそうだ。20世紀初頭と云えば日本では日露戦争の頃である。その頃の世界の人口はわずか16億人(現在は70数億人)そのうち蒸気機関など近代文明の恩恵に浴していたであろうヨーロッパの人は最大見積もって4億、北米は1億で併せて5億人しか「地球温暖化」に影響を及ぼしていなかったことになる。飛行機も自動車も走っておらず、文明はごく僅かの人たちしか享受していない時代からすでに氷河が後退しているのであれば、地球温暖化の主因は二酸化炭素の排出によるものではないのではないか。スウェーデンのエキセントリックな女の子を称賛する一部の風潮より、トランプ大統領が地球温暖化協定から離脱しようする現実的な気持ちの方が私には理解できるのである。

2019年12月15日 (日)

ピーター・スネル選手の訃報

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早慶競走部後輩達の1500米レース

1960年のローマ五輪陸上競技800米で金、1964年の東京五輪で800米と1500米で二冠を達成したニュージーランドのピーター・スネル氏が亡くなったと報じられた。80歳だったそうだ。スネル氏は30歳そこそこでアメリカに移住し最後はテキサスの自宅で亡くなったとのことだが、記憶に残るのはやはり東京オリンピックでの黒のランニングシャツ、胸にシルバー・ファーンの国章をつけたニュージーランドのユニフォーム姿である。同じ中距離といってもスプリントが重視される800米と持久力も必要な1500米ではかなり競技の様相が異なる。その両方に勝ったのは、彼が類まれなるランナーだったあかしといえよう。懐かしいアスリートの訃報に接して思い出したのは、当時スネルのコーチだったアーサー・リディアード氏によるリディアード式トレーニングの事だった。

ローマ五輪以前は、中・長距離の練習法として広く採用されていたのはインターバルトレーニング方式だった。これは1952年のヘルシンキ五輪で長距離種目3冠王になったチェコのザトペックが実践して知られるようになったものだ。インターバルトレーニングは400米走を中心にダッシュとジョッグを繰り返すもので、心肺機能を高めるのに最適と云われたものの、トラックとストップウォッチで管理される無機質かつ機械的で苦しい練習と云う印象が強かった。それに対してリディアード方式は、クロスカントリーなどを取り入れた幅広い練習方法で、当時私のように陸上競技を始めたばかりの高校生にとっては惹かれる練習方法であった。速く走るためのトレーニングをするならば、少しでも気分良く練習する方が良いといった心境だった。

時を同じくして隣国のオーストラリアは、ローマ五輪1500米の覇者ハーブ・エリオットや、東京の10000米の銅メダリストだったロン・クラークなど傑出した中長距離選手を輩出していた。その豪州のコーチはパーシー・セルッティ氏で、氏によるトレーニング方式もそういえば注目されていた。当時高校の図書館からセルッティ著の「陸上競技チャンピオンの道」を借りて、砂丘での練習が良いなどと知り、顧問の先生にどこか起伏のある場所で練習できないか相談したことが記憶の底から蘇った。久しぶりにスネル氏の名前に接し、聞きかじった練習方法をいろいろ模索した高校時代のことを思い出したが、あれから50年経っている今もまだジョギングだけは続けている。我が走る原点には、スネルやクラークなど名選手の軌跡と彼らが辿った練習への憧れがあったことを訃報を聞いて感じている。

2019年12月 9日 (月)

沈香も焚かず屁もひらず

最近、ある業界トップ企業の子会社に出入りしている。親会社は誰でも名前を聞けば知っている大会社である。12月に入りその会社と恒例の忘年会をしようと持ちかけると、今年は残念ながら外部の人との飲み食いが一切できないと担当者から答えが返ってきた。一体何がおこったのか無理やり聞くと担当者は重い口をひらき「会社のマネジメント数名が業者にたかって飲み食いしてたのが分かって問題になり、今年は会社全体で一切の対外的な会食が禁止になりました。残念です!」とのことだ。

そういえば少し前に船員が飲酒によって操船事故を起こしたある海運会社も、事故とまったく関係ない営業や経理部門の社員までも社外での飲酒を禁じられていた。業者との癒着問題がおきたり飲酒が原因で事故が起きた際に、本来なら当該関係者だけ処分すれば良いのに、旧式の軍隊ばりの連帯責任で、会社全体が「自粛」と云う名の強制を強いられる風潮がなんとも情けない。どうせ弁護士やコンサルタントあたりの入れ知恵で、なんでも「安全第一」「会社ぐるみの謙虚な姿勢」を示せば良いと云うところだろうが、とんだとばっちりを喰った他の社員の歎きがあちこちから聞こえてくる。

おりしもNHKの大河ドラマ「いだてん(韋駄天)」では、先の東京オリンピックの大功労者である田畑政治の活躍が紹介されている。ドラマなので脚色があるにせよオリンピック成功のために身を賭しての田畑氏の活動は、選手第一主義を貫き、時に独断、時に越権の大奮闘ぶりである。今で云えばコンプライアンス違反、ガバナンス無視と罵られるであろうが、当時でも彼の行動は大きく規範からはみ出していたに違いない。難局には彼のようなリーダーが必要ということをこのドラマは語っている。

ひるがえって「コンプライアンス」や「ステークホールダーのため」と云う逃げ口上で型にはまったようなお詫びや安全第一主義に固執する現在の組織人を見ていると、この先田畑氏のような傑物はもう出てこないだろうと残念だ。田畑氏だけでなく戦後の復興や高度成長をリードしたような経済界の大物人材の再出現も期待できないようだ。日本が失われた20年から浮上できないのも、欧米式のコンプライアンスやガバナンスばかりに気をとられ、「沈香も焚かず屁もひらず」のリーダーが多いことに、その原因の一端がある気がしてならない。

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名だたる大企業が立ち並ぶ丸の内

2019年12月 5日 (木)

リベラリズムの終わり

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私はいわゆる「リベラル」が嫌いである。リベラルを自称する「人権派」の活動をメディアで見聞きすると何となくうさん臭さを感じるし、リベラルが行き場を失ったサヨクの隠れ蓑になっていることも怪しからんと思う。殊に近年リベラル派がLGBTとやらを取り上げてから、彼らのことが一層いやになった。性的な問題は法に触れない限りどういう趣味であろうと個人の自由ではあるものの、それはきわめて個人的かつ慎ましやかなものであって「世間や法律で認めろ」と自己主張する類のものではない、と考えるからだ。

ということで、哲学者の萱野稔人氏がリベラリズムの限界を哲学的見地から解き明かそうとする幻冬舎新書の新刊「リベラリズムの終わり」を本屋の店頭でみつけて早速読んでみた。この本で取り上げるリベラリストとは個人の自由を最大限尊重する立場で「他人に迷惑や危害をあたえない限り、個人の自由は制限されてはならない」と考える人たちのことである。その考えはしばしば社会の慣習や通念、伝統に反した頭でっかちの理想主義になるから、かつての理想主義であるマルクス主義がそうだったように独善的傾向をもつことになる。

萱野氏はまず近年話題になっている同性による結婚の問題をとり上げる。ここで本当にリベラルが「個人の立場を尊重」するなら同性同士の結婚だけでなく、一夫多妻や一妻多夫なども認めるべきだが、現実はそれは争点になっていないことを氏は指摘する。このようにリベラリズムも根っこの部分では社会の規範意識に縛られており、それゆえに社会を成り立たせる最高原理にはなりえず自ずから限界があるのに、自らの理想に基く独善的主張を顧みないのが彼らが嫌われる第一の要因だと本書は云う。

次にパイの分配を弱者や移民に手厚くすべきというリベラリズムは、国家の歳入などパイが増えるという前提の下でしか成り立たないと論を展開する。この20年間、我が国は高齢化に伴う社会保障費増でパイは増えていないから、世の中がリベラル寄りからより功利主義的になるのだと氏は云う。功利主義とは社会全体の利益が最適になることを目指すもので、少数の弱者が犠牲になることもあるが、限りある資源を有効に使うために有用な考え方である。わが国のほか欧米諸国が右傾化したと云われるのは間違いで、限られたパイを全体の為に効率よく使うべく功利主義が台頭したものだと云う指摘には肯ける。

本書の後半は、現代リベラリズムの理論的バックボーンになるアメリカの哲学者ジョン・ロールズの「正義論」をベースとした哲学的考察がつづく。個人の自由を真に尊重することと、パイの弱者への意図的な分配を掲げるリベラルは本来は相入れないのでは?など哲学者らしいやや難しい記述が続くが浅学の小生でも何とかついていける内容であった。パイの分配と功利主義に関する考察を通じてリベラリズムには限界があることを示し、「条件依存的にしか実現できない理念を普遍的な正義として主張する」リベラリストの欠点を解き明かした納得の書であった。


 

2019年12月 3日 (火)

2019年師走

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ラグビーの早明戦と福岡国際マラソンをテレビで見終わると12月が来たことを実感する。一年経たつのは本当に早い。そういえばかつてこの時期は会社の接待寮や料理屋でホイホイと毎夜忘年会の連続だったことを思い出す。さすがに12月も半ばを過ぎると接待疲れになり、胃腸薬やリゲイン片手に夜の街に変わらず繰り出したものだ。翌日午前中なんとか出社しても声はガラガラ、二日酔いで使い物にならず「🎵 毎日会社に来てもデスクにじっとしてるだけ、居眠りしながらメクラ判、それでも社長になった♭」と植木等の無責任一代男の歌詞をつぶやいていたりした。働き方改革なのかIT化なのか今の部課長など中間管理職はプレイイングマネージャーとやらで実務に追われて大変らしく、その点良い時代にサラリーマンだったなあと我が僥倖を噛み締める。

もう一つ、この時期の恒例はクリスマス用のCDを出してくることだ。増えたCDを狭いマンションの収納棚に収めるのが難しくなったので、たまにしか聞かない音楽はケースにしまっており、12月で町にクリスマスツリーを見かけるころに、毎年クリスマス音楽のCDを取り出すことになる。その中でも永年聞いているのが1960年代にNHKで連続放送されたショーですっかりおなじみ、アンディー・ウイリアムスのクリスマスアルバムである。毎年年末には、彼の甘い歌声の「ホワイトクリスマス」や「ブルークリスマス」などを聞きながら、その年一年の出来事を振り返ってみる。そういえば昨年の末にはピンピンしていた母が今春急逝し、この年末年始にはもういないと思うとちょっと心に穴が開いた気もする師走である。

 

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