「夏の騎士」百田尚樹著
百田尚樹の書き下ろし、3年ぶりの長編小説である。「永遠の0」以来すっかり有名になった百田氏だが、彼の日頃のポリティカルな立ち位置はとても好感がもてるし、「海賊と呼ばれた男」や「カエルの楽園」なども楽しませてもらった。「希代のストーリーテラー」である作者が出した「夏の騎士」はさてどんな話になるのか、ページを繰る前から楽しみである。「あの夏、僕は『勇気』を手に入れた。」と帯にある「夏の騎士」は、43歳になる主人公が31年前、小学6年生の12才の夏の出来事を振り返る小説である。壮年となって充実する人生を歩みながら、思春期に差し掛かる微妙な時代を自ら語ると云う設定なのだが、序盤からゆっくりと盛り上がり、後半の山場そして最後のオチまで時系列にしたがって一直線に話が展開していく。
主人公が経験する12才の夏の日々、秘密の基地造りや自転車の遠出などは、大体その年齢のほとんどのガキがやったことであろう。簡潔な話の推移や平易な文章構成なるも、ところどころで爆笑させられ「あ、これこれ、これやったよね」と思わず身につまされる事の連続で読んでいて心地よい。性的なことに興味を持ち始めたり、それまで邪魔くさいと思っていた同級生の女子を意識し始めたりするあたりは、思わずわが身を振り返って共感してしまうのが作者の筆の旨さである。小説なので結末に至る伏線は作中に散りばめられているのだが、後半のクライマックスがなくとも、このままで青春小説としてありだな、と思えるほど軽妙に話が進んで行く。
かつてのアメリカ映画「スタンド・バイ・ミー」を彷彿とさせるストーリーなのだが、日常のさまざまな経験から徐々に大人になっていく主人公とその仲間を通じて、小さな一歩でも「踏み出すこと」「勇気を持つこと」に対する作者の肯定的な人生感が示される。物語の最後に、ここまで読んできた読者が密かに期待していたオチがくるあたりが、さすが作者が「希代のストーリーテラー」と云われる所以であろう。この「夏の騎士」、あまりにもあっけなく読んでしまったので、あえて挙げれば読後に「うーん?」と考えこんでしまうようなシニカルな、あるいは黙示的な要素がなかったことだろうか。けれんみのない文章は読後さわやか、期待通りの百田調で安心して楽しめる小説であった。
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