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2019年9月

2019年9月28日 (土)

関電トップの不祥事

関西電力の会長・社長らトップ20人が建設会社から地元自治体の助役を経由して3億円以上の金品を受け取っていた事が発覚した。国税局の調査でわかったとの事で、もしそれがなければ受け取った事は永久に頬かむりするつもりだったのだろう。「返すつもりだった」などと醜い言い訳をしているようだが、公共事業を担う会社のトップとしてはあるまじき所作でこれは完全に「アウト!」だと言えよう。電力料金を支払っている関電の利用者に対して許されるものではないし、なによりこういう輩に限って日ごろ従業員に「コンプライアンス重視」などと偉そうに言っているに違いない。それを思うと「コンプライアンス嫌い」の私は余計腹がたつ。

などと偉そうに憤ってみたが、貰った桁が違うものの、かつてあるプロジェクトで「儀礼の範囲」を超える贈り物を受けとって困ったことを思い出した。かれこれ20年前になるが、西日本のさる地方で行われたプロジェクトの完工式の直前、業者からそっと渡されたご祝儀袋は、いつもよりやや厚目かと思ったがさして気にせず背広の内ポケットへ入れておいた。式典やパーティが終わってホテルに戻り、やれやれ寝るかと思うころ、夜半に部屋のドアをノックする音がする。開けるとそこには上司である我が部長が「袋の中を見たか?いくら何でも多すぎるだろう」と真剣な顔つきで立っている。あわてて自分の貰ったお祝いをあらためてみると、「儀礼の範囲」とされた数万円の百貨店の商品券やワイシャツの仕立券とは一桁が違う現金が入っていた。

「どうする?」と日頃まじめな部長が聞くので「貰ったものはしょうがない、贈ったほうも引っ込みがつかないだろうしそのままでいいんじゃないですか」としらっと返事をすると「今日のパーティであいさつしたうちの常務も多分貰っているんだろうな」と真夜中に思案の顔だ。結局彼は「常務のも含め今日の当社出席者4名分の祝儀を回収して業者に返して来い」とプロジェクトのリーダーだった私に言い残し自室に戻っていった。とは言われたものの翌日常務はと見るとまったく素知らぬ涼しい顔だし、貰った業者に「儀礼の範囲を超えている」と返金を申し出でても「それは絶対困る」と相手も頑として応じない。結局常務には言い出せず、小心ものの部長には命令に従った顔をし、式典出席者3人分計100万円以上のキャッシュを懐に「このプロジェクトの責任者は俺だ」と腹を括って帰京したのだった。

さて部長には返金しましたと偽って預かった金をそのまま着服するわけにもいかず、ひねりだしたのがプロジェクト関係者全員の週末ゴルフ慰安旅行だった。仕事に少しでもかかわった平社員や女子社員も集め一同で東北の秘湯に宿泊し、近くの名門ゴルフ場でプレーするのである。新幹線に旅館代とゴルフ代フリー、それに銀座のクラブのおねえさんも呼び、総勢10数人の飲み食い放題の大名旅行であった。ただ金は返されたと信じている部長の傍らで、密かに宿やら新幹線切符の手配、集合の手筈などを行うのにとても苦労したものだ。コンプラインスなどという言葉がはやる前の時代の事、そして民間企業の間で完全なB to B取引のご祝儀なので、まあこれが一番良い金の使い方だろうと信じての行動だった。関電のトップのニュースを聞くとかつての我が出来事を思い出したが、さすがに今回の件は桁が大きすぎるし、なにより公共事業のトップとしては何とも云い逃れできない不祥事である。

便宜供与の舞台、高浜原電のある若狭湾
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2019年9月26日 (木)

「夏の騎士」百田尚樹著

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百田尚樹の書き下ろし、3年ぶりの長編小説である。「永遠の0」以来すっかり有名になった百田氏だが、彼の日頃のポリティカルな立ち位置はとても好感がもてるし、「海賊と呼ばれた男」や「カエルの楽園」なども楽しませてもらった。「希代のストーリーテラー」である作者が出した「夏の騎士」はさてどんな話になるのか、ページを繰る前から楽しみである。「あの夏、僕は『勇気』を手に入れた。」と帯にある「夏の騎士」は、43歳になる主人公が31年前、小学6年生の12才の夏の出来事を振り返る小説である。壮年となって充実する人生を歩みながら、思春期に差し掛かる微妙な時代を自ら語ると云う設定なのだが、序盤からゆっくりと盛り上がり、後半の山場そして最後のオチまで時系列にしたがって一直線に話が展開していく。

主人公が経験する12才の夏の日々、秘密の基地造りや自転車の遠出などは、大体その年齢のほとんどのガキがやったことであろう。簡潔な話の推移や平易な文章構成なるも、ところどころで爆笑させられ「あ、これこれ、これやったよね」と思わず身につまされる事の連続で読んでいて心地よい。性的なことに興味を持ち始めたり、それまで邪魔くさいと思っていた同級生の女子を意識し始めたりするあたりは、思わずわが身を振り返って共感してしまうのが作者の筆の旨さである。小説なので結末に至る伏線は作中に散りばめられているのだが、後半のクライマックスがなくとも、このままで青春小説としてありだな、と思えるほど軽妙に話が進んで行く。

かつてのアメリカ映画「スタンド・バイ・ミー」を彷彿とさせるストーリーなのだが、日常のさまざまな経験から徐々に大人になっていく主人公とその仲間を通じて、小さな一歩でも「踏み出すこと」「勇気を持つこと」に対する作者の肯定的な人生感が示される。物語の最後に、ここまで読んできた読者が密かに期待していたオチがくるあたりが、さすが作者が「希代のストーリーテラー」と云われる所以であろう。この「夏の騎士」、あまりにもあっけなく読んでしまったので、あえて挙げれば読後に「うーん?」と考えこんでしまうようなシニカルな、あるいは黙示的な要素がなかったことだろうか。けれんみのない文章は読後さわやか、期待通りの百田調で安心して楽しめる小説であった。

2019年9月23日 (月)

ラグビーワールドカップ2019 アイルランド対スコットランド戦観戦

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新横浜駅前はアイルランド人解放区状態

ワールドカップの券などもうとっくに売り切れているのかと思いながらもネット検索をしていたら、ひょっとキャンセルが出たのか、横浜総合競技場で行われる世界1位・アイルランド 対 同7位・スコットランド戦の切符が手に入った。それもスタジアム中央ど真ん中、前から数列目の絶好の席である。一人3万円、二人して6万円と聞くとウッとうなるも、世紀の大会、こんなチャンスは二度とないと新横浜にある会場に昨夕は駆け付けた。ラグビーといえば、かつては秩父宮ラグビー場で関東社会人リーグなどを時々見ていたが、近頃は母校慶応の応援に年に1~2度、関東大学対抗戦の試合を見る程度である。せっかく大枚はたいて世界屈指のゲームを観戦できるならと、あわててラグビーの本を数冊購入し最近の動向を把握、YOUTUBEでオフサイドやラック・モールの反則などを一通りおさらいし会場に出かけた。妻も試合前に流れるNATIONAL ANTHEMを一緒に歌うべく"IRELAND CALL"や"FL0WER OF SCOTLAND"の練習に余念がない。

試合の始まる2時間以上も前、最寄の新横浜駅を降りるとそこはすでにアイルランド人の街になっていて、駅前のパブやコンビニの前はビールを手にした緑色シャツの大集団が気炎を上げている。キルトをつけたスコットランド人もそこここに見えるが、人数的には圧倒的にアイリッシュが多いようだ。見ているとみな飲んでいるビールは500㏄の大きな缶ばかりで、さすがビールの国から来た人たちだが、もうすっかりできあがって歩道で寝ている若者もいて、なんだかダブリンにいるような気持ちになってくる。ぞろぞろと競技場に入ると満員の観客席は6万4千人の有料入場者で、いくら世界のトップの試合といっても、ラグビー観戦にこんなに人が入るとは驚きの光景だ。ラグビーのスタンドと云えば、かつては「通」らしいファンの空気が横溢する空間というイメージがあったが、ワールドカップの場内は雰囲気を盛り上げるアナウンスや各種音響が鳴り響き、アメリカ大リーグ野球観戦のような賑やかな雰囲気である。

さてゲームはスコットランドがペナルティーゴールで先制するが、フォワードでやや優位のアイルランドは、守備も出足早く隙が見られずなかなか相手のゲインを許さない。せっかくスコットランドが個人技で相手陣にボールを持ち込んでも、アイルランドの組織的な守備で分断されゲインを切れずに後退、やむなくキックで敵ボールになる場面がしばしば。その上に雨とプレッシャーでスコットランド選手のハンドリングミスが多く、アイルランドの強さばかりが目立つ試合になった。気が付けばスコットランドがノー・トライに抑えられ27対3でアイルランドの快勝という試合で、場内の大半を占める緑シャツのアイルランド人たちは大いに盛り上がっていた。それにしてもどこからこんなにアイルランド人が来るのだろうか。帰りの電車で隣になったダブリンから来たと云う家族と話をすると「自分たちは本国からも応援にきたが、豪州やシンガポール・香港などのアイルランド人が大挙しておしかけた」そうだ。「次はビッグ・ゲーム、日本とだ」とそのお父さんがいうから、" GOOD LUCK! BUT JAPAN WILL BEAT YOU, HOPEFULLY "とエールを交換して電車を降りた。それにしてもアイルランドは強い。

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2019年9月17日 (火)

失われた20年は本当か

大学は経済学部を出たが、実は経済の事などほとんどわかっていない。というか、本当に経済学はまともな学問なのか、それとも占いの類に属するものなのかなのか、実はすこぶる疑問を持っている。まず我々が学生だった頃、さんざん脚光を浴びたマルクス経済学は、結局は頭でっかちの理念からつくりだされた空想の産物だった事はその後の歴史で示されたとおりだ。共産主義で説かれた平等の精神は、今も社会福祉の分野などである程度は実現しているものの、マルキストの究極の目的だった社会革命などは結局おこらなかった。

最近は日本の財政は危機的状況なのに、我が国の国債は安全資産として消化され金利も一向に上がっていないという事実が見られる。そのような危機的な国の通貨は、本来は売られて大幅な円安やハイパーインフレが起こるとするのが経済学の定説なのに、この国ではインフレにはならないし円の価値も安定している。学者がいかに学説を説うても「市場」が人知を超えて動く様を見ると、結局のところ経済学は星占いに近いものではないのかとも思えてくる。この先、消費税が上がる来月に向かい駆け込み需要がおきるのか、また識者が指摘するようにその後に大不況がやってくるのか、私にはどうもそうはならない気もする。

最近、巷間言われるのが「失われた20年」に続き、日本はこの先も少子化で経済が頭打ちだ、という危機説だ。すでに日本は一人当たりの国民所得が世界で20数位になって、もはや「先進国」とは呼べないなどとする観測記事もある。はたしてそうだろうか? 先日も東北地方を旅したが、そこではかつての「寂しい東北の寒村」風景などはほとんど見られなかった。田舎でも都市近郊と変わらない家屋が多数建てられ、道路はきれいに舗装されているし、あちこちに点在する漁港はコンクリートが打たれ立派な防波堤が整備されている。田舎の変貌を見るにつけ、わが国の「失われた20年」というのは本当だったかと疑問が湧く。

そもそも経済成長とは何かというと、一年間に市場で取引された財・製品やサービスの付加価値合計額(GDP)が増加する事を云うらしい。もっとも経済成長はフローの面から捉えた指標だから、社会的ストックの価値やボランティアなどの活動は統計にならないと云う。だとすると、町や住宅がきれいになりクルマや家電などが皆に行き渡った今、GDPの伸びはフラットに近くなるのは当然であろう。豊かさはフローだけでなくストックや社会の成熟度も考えなければいけないのではないか。そう考えると、インフラが整い人々が文化的生活を享受できるようになったいま、従来の経済成長神話や一人当たりの国民所得などに我々は惑わされる必要はないのではないか。災害がおきても略奪がおきずボランティアが全国から駆け付ける、町にゴミがおちていない、横断歩道で止まるクルマが増えたなどという社会の実態を見るにつけ、日本は質的に「成長」を続けていると感じるのだ。

 

八戸駅の向こうにアリーナが建設され新興住宅街が広がる
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2019年9月16日 (月)

MGC マラソン グランドチャンピオンシップ 沿道応援

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飯田橋(37キロ)地点の先頭集団、優勝の中村選手(2番目)や3位大迫選手

来年の東京オリンピック代表選考会となるマラソングランドチャンピオンシップ(MGC)が、自宅近くの外堀通りを通るというので昨日は沿道に観戦に行ってみた。とかく物議をかもすオリンピックのマラソン代表選考だが、今回は最近の各地の大会で実績をつくった限られた選手たちによる一発勝負のこのレース(MGC)1位・2位が自動的に代表になる。大事な一発選考レースに出場する男女エリートランナーたちが、目の前をどんな走りで通り過ぎるのか楽しみなところだ。ラグビーのワールドカップや来年のオリンピックの観戦チケットが何万円もすることにやや違和感を感じてしまうなか、マラソンの沿道観戦だけは無料というのもちょっと良い。

わが家からは往路・復路とも歩いて沿道で観戦できる距離なのだが、今回は男子が精鋭30名で女子はわずか10名余の参加とあって往路は一瞬で目の前を通り過ぎてしまう。まだまだ日差しが強い中、行きの選手を見送ったあとに1時間半も炎天下で待つのは疲れるので、昨日はレース前半の模様をテレビ観戦し、レースが近づく10時半ごろに飯田橋駅近くに繰り出すことにした。テレビで見るレースも中盤、そろそろかと家を出てみると外堀通りに向かうすべての道には警察官やボランティアの整理係が立ち、猫一匹通さない交通規制が敷かれている。きっと来年のオリンピック本番を見据えて予行の意味もあるのだろう。

待つことしばし、最近はスマホなどでレースの展開が克明にわかるので、選手が通り過ぎるのを待つのも余裕である。沿道はやはり応援する観客で埋まっているものの、4万人の市民ランナーを応援する人たちでびっしりの東京マラソンより道路間際で応援することができる。いよいよ警察やオフィシャルの車両に続き、テレビ中継車の後ろに選手が迫ってくると、沿道は拍手や応援が一斉に飛び交う。見ると目の前では前半飛び出したホンダの設楽選手の足が止まり、すぐ後ろ50米ほどの集団に吸収されそうな場面が展開されている。エリート選手の集まりといえど、さすがに暑さの中、ここまで駆けてきた選手たちの足取りは軽くはないようだ。

飯田橋は復路の37キロ地点で、ここから外堀通り・靖国通りを曙橋まで約3キロだらだらと上りが続き、そのあとコースは富久町から四谷四丁目まで急坂を駆け上がる。レースも山場、市民ランナーと違って通り過ぎる選手たちからは、オリンピック参加に向かう必死の様子が伺えて応援する方もつい力が入ってしまうものだ。特に暑さの中、この先の長い坂に挑戦する女子選手たちにはひときわ大きな声援を送りたくなる。やはり選ばれたランナー達だけのレースとあって、通りすぎてしまうとあっという間のマラソン観戦だったが、彼らの力走を目の前でみると何かエネルギーを貰った気持ちになるから不思議なものだ。マラソンや駅伝を沿道で観戦した後はいつもそうなるとおり、日課のジョギングはいつになく力が入って速く走ってしまったのである。

女子7位 福士選手
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2019年9月 8日 (日)

なにが悪い?「週刊ポスト」

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週刊ポストの特集「厄介な隣人にサヨウナラ、韓国なんて要らない」が嫌韓本だのヘイトだのと問題になっている。このごろ週刊誌などは床屋の順番待ちの時ぐらいにしか読まないが、どれほどひどい内容なのかと早速コンビニに買いに行った。ところがポストのこの特集号は大の人気らしく、どのコンビニへ行っても売り切れで店頭では買うことができない。やむなくアマゾンで電子書籍版を求めたのだが、読んでみてもこの特集の何が問題なのか私にはさっぱりわからなかった。特集PART1の冒頭「①GSOMIA破棄なら半島危機へ」は、最近多くの軍事評論家が警鐘を鳴らしている通りの内容で何も問題がないだろう。続く「②経済」でも韓国経済が輸出に依って成り立ち、その原材料となる日本製品は代替が効かないため、韓国財界が危機感を強めている事実を淡々と述べているだけだ。「③スポーツ」では、韓国内で東京オリンピックボイコットの動きがある事をとらえ、日本がメダル数を伸ばすチャンスとしている。私などは「韓国人が東京オリンピックを嫌ならどうぞボイコットして下さい」とむしろ彼らの不参加を願っているところだが、それに比べるとずっと控えめな調子である。④はインバウンドで韓国人旅行者が使う金がそれ以外の国より少ないという指摘も単に事実を記しているだけだし、⑤「韓流」ドラマや音楽が入ってこないのは「日本市場がないと食べていけない」ので困るのは彼ら、と記事は述べているに過ぎない。

さて盛んに「問題だ!」とされるPART2「怒りを抑えられない『韓国人という病理は』」は韓国の神経精神医学会が、2015年に発表したレポートを紹介している。その論文が正鵠をついているのか、はたまた十分検証されたものかは別として、ひごろ週刊誌の医療記事などで「とんでも説」が堂々と掲載されているのに比べたら、このレポートはまずは「まとも」な執筆者であり、内容もそれほど出鱈目でもあるまいとの想像がつく。ポスト誌の特集の最後は、丁寧に「韓国人の誰もがそうした言動を表に出すわけではないことは断っておくが、韓国社会の構造を理解した上で、改めて付き合い方を考える必要があるのかもしれない。相手の性格を踏まえて、心地よく冷静な距離感を互いに決めていく―」とむしろ冷静なコメントで閉められているのである。この点でいえば、私は実務で、日本人のオフィサー・エンジニア(上級船員)とフィリピン人クルー(部員)の混乗(同じ船で勤務すること)で永年なにも問題がなかったのに、日本人の代わりに韓国人の職員を乗せるとフィリピン人が彼らに殴られて船を降りたいと訴える事例が増えた事を挙げたい。怒りを表す方法が我々とは違う韓国人を分析した韓国人専門家のレポート掲載のどこが「ヘイト」になるのだろうか。

まあ、しょせんたかが週刊誌である。おっぱいポロリやら肌色の袋とじを売り物にしている大衆向けの雑誌が、いまの日本国民の多くの不満を代弁しただけなのに「嫌韓をあおる」だの「第二次大戦と同じだ」とするサヨクの論調は噴飯ものといえよう。ネットをはじめ様々な情報が世界中から瞬時に入手できる現在と、新聞やラジオしかない第二次大戦前の当時はまったく違う状況で、週刊誌の特集記事ぐらいで国民が「あおられたり」するわけがない。それほど国民はアホではない。なぜか週刊ポストは、この記事の内容に「配慮に欠けておりました」と謝まったそうだが、こんな事例で謝るなら、彼らはこれまでの無責任な記事で傷ついた何万人もの人たちに詫びねばならないのではないか。「自分がすればラブロマンス、人がすれば不倫」という言葉があるそうだが、言論・表現の自由の侵害と日頃声高に言う人こそ、立場が変わると相手に対してヘイトだ、言論・出版を控えろとすぐ云うのもダブルスタンダードで笑える。この件で内田某などいう作家始めリベラルやサヨク数人が、週刊ポストの発売元である小学館には原稿を書かないと偉そうなことを言っているそうだ。しかし彼らの代わりなどはいくらでもいるのだから、小学館は臆さずにおっぱいポロリと「言論・表現・出版の自由」を貫いてほしい。これからも床屋へ行ったら読みますよ。

2019年9月 5日 (木)

TOHOKU EMOTION その2

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気動車列車に乗るのは、2014年の肥薩おれんじ鉄道「おれんじ食堂」以来だ。もっとも肥薩おれんじ鉄道はもともとは鹿児島本線の線路とあって、電化されている区間を気動車が走るため、沿線の景色は電柱が立ち並びちょっと興覚めだったが、今回はホンモノ非電化JRローカル線のディーゼルカーである。TOHOKU EMOTION(東北エモーション)に使われる110系気動車は、JR東日本で1990年から増備がすすめられた標準形式とあって、かつての幹線・亜幹線用キハ28やキハ58形式とどう乗り心地が違うのかも体験してみたい。

TOHOKU EMOTIONで使われる3両の車輛は、キハ110系を2013年に郡山車輛センターで改造、キハ110の700番台と名付けられている。前述のとおり久慈方より先頭車がオープンダイニングカー、中間がカウンターキッチンのあるキッチンカー、最後尾が7部屋の個室が並ぶコンパートメントカーで、キハ‐キクシ‐キハの編成となっている。ここで、はて聞き慣れない「キクシ」とは何ぞや?と疑問が生じた。気動車(ディーゼルカー)は各車輛にエンジンがついているので、気動車のキに等級を現すロ(二等車)やハ(三等車)をつけているだけかと思っていたし、真ん中のキッチンカーは食堂車なのだから単純に「キシ」ではないのか?

さっそく調べてみるとこの”ク”は、実は編成に「くっつく」車輛であるという意味のクから来るらしい。これまでクモハなどの”ク”は運転台のある車両につける記号だとばかり理解しており、クの語源など考えたことがなかったが、これは目からウロコだ。(同様に同じ付随車サハの”サ”は、編成に「差し込む」のサなのだと云う)この列車の中間車輛(カウンターキッチンカー)は床下のディーゼルエンジンが走行用でなく車内電源用で、停車中もひときわ大きなエンジン音を奏でているが、たしかに動力源が発電専用なら「くっついて走る」=クだというのも道理である。キサシは知っていたが、とにもかくにもキクシなどという珍車輛を、今回初めて経験することができた。

さてJR盛岡支社・八戸運輸区所属の110系700番台は、空気ばね付きのボルスタレス台車で、トルクコンバーターの変速も昔の気動車と違って実にスムースである。窓から見る枕木も一部コンクリート化されて軌道もしっかりしているようだ。八戸線は2011年の東日本大震災による津波の被害でしばらく運転ができなかったが、再開にあたって保線もしっかりやり直しているのかもしれない。こうしてみると八戸線に限らず、ローカル線列車の乗り心地も、最近は各段の進歩を遂げているようだ。かつて夏のローカル線ディーゼル車に乗れば、線路近くまで生い茂った草木が列車の風圧でなびくさまを車窓から眺め、あけ放った窓から肘でも出していると、前方の垂れ流しトイレから飛沫がポショっと飛んできたりしたものだ。TOHOKU EMOTIONの冷房が効いた車内で舌鼓を打っていると、鉄道の旅も快適で多様化したものだと隔世の感がある。

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2019年9月 4日 (水)

TOHOKU EMOTION その1

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先週末はJR東日本のジョイフルトレイン、レストラン列車の "TOHOKU EMOTION"(東北エモーション)に乗車した。"TOHOKU EMOTION" は週末や祝祭日に、青森県八戸と岩手県久慈を結ぶJR八戸線を、団体専用扱いで運転される豪華気動車列車である。往路は八戸駅を11時05分に出発して約2時間、当地名産の食材を使ったランチを堪能し、復路約2時間は、地元産のデザートビュッフェを楽しむという趣向になっている。折り返しの久慈駅では1時間半ほど停車するので、2013年のNHK朝ドラ「あまちゃん」をフィーチャーした「あまちゃんハウス」見物などの時間もある。

北東北随一の工業都市である八戸は、これまで何回も出張に来た場所なのだが、ここから三陸海岸を南下する八戸線やその沿線は一度も訪れたことがない。全線65キロの非電化・単線のローカル線に乗り、海岸をながめながら美味に舌鼓を打つのもよいかと思うと、目に親しんだいつもの八戸もなぜか違う場所のように見えた。その八戸駅1番線ホームに入線した "TOHOKU EMOTION" 用3両編成の白い列車には、我々の他に多くのカップル、その他同窓会なのか大勢のおばちゃんたちのグループが乗車する。この種の遊覧列車では先頭車両の写真を撮る客が多いものだが、カメラ片手に先頭車両に駆けていく人がほとんどいないというのは、鉄オタより食い道楽比率の方が高いからか。

列車は久慈方より先頭車がダイニングカー、中間がカウンターキッチンのあるキッチンカー、最後尾が7部屋の個室が並ぶコンパートメントカーである。ダイニングカーは2~4名掛けのテーブル席で最大20名着席でき、キッチンカーには厨房とデザートビュッフェのスペースにもなるカウンター、コンパートメントカーは各部屋4名まで収容出来るので、満員でも乗客は50人弱の定員である。この列車にシェフやサービス掛かりが5~6名乗車し、これに気動車の運転士・車掌がいるから乗客とクルーの比は最大でも6対1くらいのゆったりした車内空間である。この列車用に改造された車内アコモデーションもご当地の意匠を意識していて好感がもてる良い具合だ。

定刻に八戸駅を出発すると間もなくランチサービスが始まり、八戸市のはずれである鮫駅につく頃には飲み放題のドリンクやこの地の名産品であるホヤのフリットや、マンボウのこわた酢味噌和えなどのアペタイザーが供される。昼食にはちょっと早いのだが八戸~久慈往復で11,900円の料金(運賃込み)の他、片道3,000円のコンパートメント料金を行きも帰りも奮発(ただしこれらの代金は大人の休日倶楽部カードで決済すると5%引きとなる)、八戸までの東北新幹線や前泊ホテル代などもかかっているから、出てくるものは可能な限り楽しまねば損、と気合が入る。ビールのあとはワインや日本酒を頼み、素晴らしい晴天のもと、ウミネコの名所蕪島や種差海岸など風光明媚な海岸を眺めつつ、冬瓜とふかひれのスープや三陸産ホタテ浜焼き、岩手鴨のロースト、〆の海鮮ちらし寿司のわっぱ迄次々に出て来る美味に舌鼓をうちながらすっかり出来上がって13時頃久慈駅に着いた。

久慈は思いのほか暑さが厳しく少し動くだけで汗が噴き出たが、「あまちゃんハウス」見学のあと道の駅くじ「やませ土風館」まで足を延ばして帰りのスイーツ用のスペースを捻出した。久慈駅14時20分発デザートビュッフェ便では、最初にデザートを持って来てくれるが、食べ終わる頃2号車ではビュッフェサービスが始まった。流石にもう食べられないと思ったが、食い意地の張っている妻は「オードブルもあるみたいよ」と取りに行った。そこで復路もアルコールが飲み放題とわかり、白ワインまで注文して戻って来た。ランチの満腹の上に無理やりスイーツを詰め込んで、更に妻はアルコールとオードブルまで食べて夕方八戸駅に戻って来る頃には、しばらく食べ物は見たくない、というグルメ列車の旅であった。

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往路の前菜のアソート

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復路のケーキとオードブル

2019年9月 2日 (月)

クルーズ船のクルーザーの友人

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最近はクルーズで知り合った友人との交際が多くなってきた。考えてみれば夫婦してクルーズ船に乗って海上で過ごした日数も各船合わせて500日以上になった。大型客船といってもたかだか200~300米の空間で乗船客の皆が暮らすのだから船上での友人も多くなってくるわけである。クルーズ中に気が合って時々一緒に食事をした人たちと下船後も連絡を取り合って行き来し、旅の情報交換やら趣味の紹介をするなど交友の輪も最近は広がる。学校や職場の友人と違い、それぞれ経歴やバックグランドが違うのだが、過去のしがらみのない新たな友人と交際するというのは新鮮でよいものだ。

先日は飛鳥Ⅱの2018年ワールドクルーズに乗船されていた方が持つ30フィートのクルーザーボートに招待された。うだる夏の東京の暑さも海風が吹く海上はぐっと過ごしやすいだろうと楽しみにしていたが、なにより小型船舶免許を取得して以来十数年間もそれを使っていない妻は、もしかしたら操船させてもらえるかもしれないとあって前の日からソワソワしている。当日は心配された天気も良く風もさしてない航海日和となり、クルーザーの基地ディズニーランド近くの舞浜マリーナに集合した。

マリ―ナから船を海上におろし、いったん海の上に出れば目的地はどこでもよい、と云うのが個人クルーザーの贅沢なところである。羽田空港方面に行き飛行機の離発着を眺める案もあったが、艇長である友人に指名されて興奮する操舵手の妻のたっての希望で、クルーザーは隅田川の河口方向に舳先を向けることにした。東京ゲートブリッジを右に見つつ、東京港中央防波堤に沿ってお台場沖へ船を進めるが、速度は数ノットほどから最高30ット近くまで自由自在、舵を切ると即座に艇の方向が変わり風や波を切って走るのが小型船の爽快なところだ。

舵を握らせてもらった妻は、初の本格的操船とあって緊張の面持ち。とくに隅田川の河口近くは川を上下する定期観光船のほかに各種作業船が輻輳しており、気軽な川遊びといっても見張りを厳重にしなければ危ないエリアである。できれば反航船はかっこうよく左舷同士ですれ違いたいものだが、川筋は曲がり作業船が多い上に次々と橋脚が迫ってくるので、方位や速度は状況に応じ臨機応変、慎重に加減させねばならない。隅田川の川面での操船はそう簡単なものではないことは免許を持たない私でもわかる。という事でこの日は頭上クリアランスの関係で永代橋の手前で引き返して、夢の島マリーナのビジター用バースに係留してゆったり昼食をとった。

その後舞浜に戻ってクルーザー体験は終了したが、船を水面から上架する様子を眺めているうち、まるで欧米のリゾートにいるような気分になってくる。こうして一日川や海の上にいると、クルーザーを所有することが楽しく贅沢な遊びであることはよくわかる。ただ一方で貧乏性の私はカネがかかる分だけ、年間何日は乗らねばモトが取れないなどと船に振り回されそうな気もする。航海後の清水洗いなど簡単なメンテナンスもマメに行う必要があるから、無精者の私はすぐに嫌になるかもしれない。興奮さめやらぬ妻には「こうして人に乗せてもらうのが一番良いよ」などと、軽くいなしながら舞浜を去ったのだった。

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