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2019年8月 2日 (金)

渋谷東横デパートとりこわし

20190801
来年取り壊される東横デパート

都心に引っ越して15年。以前は通勤ルートだった渋谷も近ごろすっかりご無沙汰である。その渋谷はJR渋谷駅を中心に大改造の真っ盛りで、最近は町の様子が大きく変わりつつある。東京では珍しくターミナルらしい風情があった東横線の渋谷駅が無くなったのが残念だと思っていると、今度は子供の頃から親に連れられて行った東横デパート(渋谷東急百貨店西館)が、来年3月末で取り壊されると云う。東横デパートといえば、当時9階にあった大食堂でよく昼ごはんを食べたが、大食堂の大きなガラス窓からは原宿方面に伸びる山手線の線路が見えていた。目の下を走る山手線の電車や、現在は埼京線などが使用する線路を機関車に引かれた貨物列車が通るのを、食事をしながら飽かず眺めたものだ。

その懐かしい東横百貨店がなくなる前に、大食堂のあった辺りはどうなったか、眼前に広がっていた景色はどうなったのか、是非一度見たいものだと思いたち、暑い中渋谷に行ってみた。だが大食堂のあった西館の9階に行くと、フロアは名店街となって北向きの原宿方面には開口部がなくなっていた。では10階の屋上に上がってみれば線路を見おろすことができるかと思ったが、屋上はスポ―ツや催しものなどのスペースらしく、この日はオープンしていない。せっかく渋谷までやって来たのに懐かしい景色を見る事ができないのは残念なので、代わりに駅の周辺を散策してみる。ぶらぶらと歩くうちに、新入社員時代は宮益坂のスナックに同期の仲間とよく飲みに来たことを思い出した。当時の渋谷は、池袋や新宿と違って落ち着いた”大人の町”と云われていたが、今や渋谷は若者と外国人だらけで、なにやら異国へやって来たような気がする。

東横デパート2階のコンコースはかつては玉電(現・田園都市線)の乗降場だった場所で、昭和44年に玉電が廃止になるまで、ここから井の頭線と地下鉄銀座線の間にあった専用軌道を路面電車が世田谷方面へコトコトと走っていた。また駅の東側バス広場を挟んだ向こう、いまのヒカリエの場所には東急文化会館があった。五島プラネタリウムの大きな銀色のドームが屋上にみえ、一階には東急パンテオンという映画館があって、ジョーズとかETなどの封切りはここで見たのだった。映画館の横には喫茶の”ユーハイム”があり、洒落た喫茶店が少なかった往時、渋谷で女性と待ち合わせなどという時はよく来たな、と記憶が蘇ってくる。あちこち工事中だらけの渋谷駅周辺を歩いているうち、きれいにならなくても良いから、思い出一杯の昔ながらのコンパクトで落ち着いた渋谷でいて欲しいという気持ちになった。

東横デパートの2階コンコースには玉電の乗り場があった
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