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2019年7月

2019年7月31日 (水)

にっぽん丸で航く小笠原JTBチャータークルーズ(碧彩季航)その4 にっぽん丸と飛鳥Ⅱを比較する

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エントランスエリア

私が初めて乗船したクルーズ船が”ふじ丸”、そして次に乗ったのが”にっぽん丸”だ。なので私はこの船には少なからず愛着がある。だが最近もっぱら日本船で乗るのが”飛鳥Ⅱ”になったのは、船の大きさが違いパブリックスペースが多い上、もともとラグジュアリークラスの外国船として造られた”飛鳥Ⅱ”の方が、やはりゴージャスな雰囲気に浸れるからだ。まず乗船する時、船内に最初に踏み入れるエントランスエリアで、”飛鳥Ⅱ”はもちろんだが、ほとんどの外国船で豪華な吹き抜けと螺旋階段による広々した空間が広がっているのに嬉しくなる。ここは乗船した客を非日常の世界へいざなってくれる大事な入口といえよう。しかし”にっぽん丸”はこの空間が狭く、クルーズへのときめきを盛り立てるのはやや不十分。この船も構造的には二層吹き抜けにできたようなのに、なぜ今のような設計にしたのだろうか不思議に思う。


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また幾度も書いているとおり”にっぽん丸”では3階キャビンの真上にプロムナードデッキを設けたため、そこでのジョギングは振動が階下に伝わるためであろうか禁止となっている。(大きさがさして違わない”ぱしび”は、こういう構造になっていない)”にっぱん丸”が設計上こうせざるを得ないのだったならば、プロムナードデッキに防振材や防音材などを貼って運動できることを検討してほしかった。その上プロムナードデッキに面するキャビンは、外から内部が見えてしまうような位置にガラス窓があり、キャビンの乗客にとっても、デッキを通る人にもあまり愉快でない構造だ。もし”飛鳥Ⅱ”のようにこの階の客室がデッキ面より1米でも高く作られ、窓が高いところにあれば、外からキャビンが見えるということもなかったはずだ。


今回、久々の乗船で「食のにっぽん丸」というキャッチフレーズ通りの味付けを楽しんだが、せっかくだからと夕食時に料理のお替りを頼むと、クルーからは「NO」との返事がかえってきた。ダイニングの入り口に立つベテランらしい日本人男性ウエイターにこの点を尋ねたところ「原則はお替りはダメです。ただしうどんなど、何杯でもお替りできるようなメニューの際は2杯・3杯目も可です」とのことであった。一方で”飛鳥Ⅱ”は料理のお替りは原則OKである。また洋食コースのメインで肉・魚など選択がある場合は、両方頼む事もこれまでいつも可能だった。有名イタリア料理店のシェフがゲスト乗船し「秒単位で茹でる」ような時に、もう一皿をスパゲティを注文すると厨房の許可をとってボーイは2皿運んでくれたものだ。せっかく食を売り物にしている”にっぽん丸”である。諸般の事情はあろうが、食事は飛鳥なみに「原則お替り自由」にしたらいかがであろうか。
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「食のにっぽん丸」の味は期待に違わなかった


さて”にっぱん丸”乗船者が入会できるクラブ「ドルフィンズクラブ」は、2年間乗船しないと会報誌やカレンダーが送られてこなくなってしまう。今回はJTBチャータークルーズだったが、この乗船で会員資格が復活するのか、また今回のクルーズが乗船泊数に数えられるのかフロントデスクで聞いてみるとこれもNOであった。チャータークルーズの乗船者でも「アスカクラブ」に入会でき、特典に繋がる泊数をカウントしてくれる”飛鳥Ⅱ”とはこの点でも違った。またチャータークルーズゆえか船内のクルーズサロンも休業で、将来のクルーズの船上説明会や船上予約ができないのも疑問である。旅行社が集めたチャータークルーズの乗船客は将来の大事なリピーターになり、本船のファンになる潜在的な顧客層であろう。この乗客にこそおおいに働きかけてドルフィンズクラブの会員となってもらい、船上予約に特典をつけるなどサービスすべき対象ではないのか。本船のいささか商売気のないやり方を不思議に思った。2020年に小改装をして、事業を継続する”にっぽん丸”にはソフト面での充実を期待したい。

2019年7月25日 (木)

にっぽん丸で航く小笠原JTBチャータークルーズ(碧彩季航)その3 船体編

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快適な空間 eカフェ&ライブラリー

さて久しぶりの”にっぽん丸”である。2014年以来5年ぶりの乗船とあって顔見知りのクルーもゼネラル・マネジャーの川野氏だけだ。最近はもっぱら飛鳥Ⅱや外国船に乗っているので、”にっぱん丸”の雰囲気はどうなっているのか楽しみな乗船であった。”にっぽん丸”は1990年の就航で、その後改装されたものの、船体そのものは30才近いからさすがに外部階段などは老朽化が目立つ。しかし船内通路の絨毯は張り替えられたとみえ、擦り切れた箇所も見当たらず清潔で気持ちが良かった。また今回は400名の満船に近い乗客だったにも拘わらず、食事や催し物の入り口で長い行列ができるという場面はほとんどなく、なかなか合理的な船内プログラムや船内の動線配置がなされている事を感じた。2010年に新設されたEカフェ・ライブラリーは、ちょっと知的で快適な空間だったし、乗船したJTBのアテンダントたちも気を配って案内にこれつとめてクルーズを盛り上げていた。

ただ世界的にこのサイズの古い船は、全室スイートのラグジュアリー船となって生き延びるか、カジノなどを楽しむばくち船に転用されるケースが多いようだ。”にっぽん丸”は、とりあえず小改装して同じようなレベルで事業継続することをごく最近発表したが、このインフラで客船事業をこの先どう展開するつもりなのだろうか。たとえば今回”飛鳥Ⅱ”に比べると船体が小さい分、パブリックスペースの少なさがやはり気になった。船の楽しみの一つであるダンスをとってみると、会場のドルフィンホールは催し物のメイン会場でもあるから、ショーやコンサートの片づけが終わった夜の10時半にならないとダンスタイムが始まらない。さらに生バンドの登場は11時からとあって、こちらはもう眠りたい時間となってしまう。やはりダンス会場とショー会場が同じであるというのは無理があるのではないか。

更につねづね感じるこの船の運動する空間の狭さは、航海日が続く長期クルーズには不向きな気がしてならない。本船はデッキをジョギングすることが禁じられているから、運動不足解消にはフィットネスマシンが必須である。しかし”にっぽん丸”のマシンは冷房があまり効いていないごく狭いジムに申し訳程度においてあるだけで、これからの時代に長期クルーズを実施するにはお粗末だと思う。仮に同じ客層や同じ程度の料金でこれからのクルーズを展開するなら、一層のパブリックスペースや運動施設の充実がのぞまれる。

”食のにっぽん丸”と云われている点については、私の好みに合っているのか総じて”飛鳥Ⅱ”よりダシが効いた濃いめの味で美味しく感じた。さて今回発表された小改装を行った後”にっぽん丸”は今後に向けてしばらく様子を見ていくのだろうが、それにしても2万トンそこそこの船体規模で、このままのサービスや価格を維持していくのはなかなか難しいであろう。いっそ全室スイートルームの小型ラグジュアリー船に大改装して、金持ち老人向けに国内、近海のクルーズ船に特化したらどうであろう。最後に、正月のグアム事故以来であろうが副船長が乗船しており、船長も東京湾パイロット不要のベテランらしく、安全体制再構築への意気込みも感じた今回のクルーズだった事を記しておく。

多目的すぎてダンスの時間が深夜にずれこむドルフィンホール
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2019年7月21日 (日)

にっぽん丸で航く小笠原JTBチャータークルーズ(碧彩季航)その2

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大神山展望台からの一望(手前がおがさわら丸、右がにっぽん丸)

父島の一日、午前中はガイド付きの「人と自然の共生を学ぶツアー」に参加したあと、いったん”にっぽん丸”に帰って昼食をとり、午後は再び上陸して恒例の寄港地ジョギングである。ということで午後はまず通船が着く岸壁の目の前、大神山神社にお参りすることから始めたが、神社に続く参道は、都内新橋の愛宕神社より急な階段である。エッチラオッチラと酷暑の下、大汗をかいて石段を上り神社でお参りを済ませると、その裏手から展望台への小道が伸びている。ここまで来たからには、展望台で二見湾の遠望を楽しもうと、さらに歩を進め頂上にたどり着くと、目の前ににっぽん丸が浮かぶ青い海と、それを取り囲む緑の山が広がった。相変わらず気温は高いものの、ここは海洋性気候とあってほほを撫でる風は心地良い。父島の人口2200人ほどのうち8割が新島民だとガイドから聞いたが、この青い海と緑の山を目の前にすれば、島に移住しようという人が多いのもわかる気がする。

もっとも島の生活はそれなりに苦労も多いようで、島の診療所で処置できない傷病は八丈島か都内の病院にヘリや船で運ぶとのこと。また出産をする人は予定日のかなり前から都内の提携病院に移されるそうだ。ガソリンは現在リッターあたり180円くらいで都内より40円くらい高いが、これも50円の離島補助があっての価格である。島の道路は良く整備されているものの、クルマを買う際にも輸送コストのほかに防塩処理が必要だし、廃車にするにも輸送費がかかる。品川ナンバーの地域といえば、日本でも有数のベンツやBMWなど外車が多い場所だが、同じ品川ナンバーでもここでは軽自動車や商用車ばかり目につく。車検の検査場は島に一か所だそうだし、クルマが故障した際の部品取り寄せも大変だから、外車などは論外で汎用車が多くなるのだろう。というわけで、我々が父島でみた最も高級そうな車は、小笠原警察のクラウンのパトカーであった。

ジョギングの際に、町に「小笠原に空港を」という横断幕があったので、走り終えて立ち寄った”小笠原ビジターセンター”で空港建設を皆が望んでいるのか係員に尋ねてみた。女性の係員はなんとも答えに窮したように、あいまいな笑みを浮かべるので「空港ができれば島民が便利になり観光客も増えるが、一方で自然破壊や島の良さが消えることも心配なのでは?」と問うと「そうですね」とシャイにうなづいていた。美しい自然と便利な生活、観光振興と自然保護など南の島にもさまざま課題があるようだ。

翌日”にっぽん丸”は父島の南50キロに浮かぶ人口500人ほどの母島に停泊し、ここで我々は「元地自然観察ガイド」ツアーにした。森林地帯に入り小笠原固有の植物や小さな動物を観察しつつ、ガイドは「小笠原は陸地と隔絶していたから、ここに住む固有の生物は、人間が持ち込んだり衣服について入ってくる外生物に免疫がなくとても弱いのです」と言っていた。小笠原は世界自然遺産に指定されたので、さまざまな対応も取られているようで、またいつの日にか訪れたいと思いつつ船に戻ったのだった。

島で一番の高級車?クラウンのパトカー
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2019年7月20日 (土)

にっぽん丸で航く小笠原JTBチャータークルーズ(碧彩季航)その1

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小笠原 父島・二見港

飛行場がなく、船便しかない小笠原にかねてから行きたいと思っていた。東京から1000キロ南の洋上にあって、距離にすれば東京から根室や鹿児島まで到達するほどなのに、品川ナンバーの車が走り、住民の10%ほどが欧米系の血が流れるという「別世界」がそこにある。島に行く唯一の足、定期船”おがさわら丸”に乗れば東京港からまる24時間かかるのだが、この船は個室を利用すると片道で素泊まり5万円以上かかる。そのうえ”おがさわら丸”は東京行きの帰りの便となるまで現地で3日間も停泊するから、その間はホテルや旅館に自費で滞在しなければならない。ここは東京都心から「もっとも遠い都内」だといえよう。こういう小笠原こそクルーズ船で訪れるには絶好の地といえるので、最近は日本のクルーズ船3船がよく訪れる人気の寄港地でもある。今回選んだ”にっぽん丸”で行く小笠原クルーズ(JTBチャータークルーズ)は、小笠原諸島でもっとも人口の多い父島のほかに、他のクルーズ船ではなかなか訪れることができない母島に行くとあって乗船前から楽しみにしていた。

長引く梅雨空をしり目に、横浜港を出た翌日、”にっぽん丸”はまっすぐ南下を続ける。すると航路半ばの鳥島あたりから雲が切れ真夏の空が広がって、水の青さも南の海という感じになってきた。波の高さは大したことがないものの、終日航海のこの日、太平洋のかなたから押し寄せる波長の大きなうねりに身を任せていると、クルーズに来たなあという気持ちになってくる。”にっぽん丸”に乗船したのは2014年2月以来5年ぶりで、最近はもっぱら”飛鳥Ⅱ”ばかりに乗っているから、日本を代表する両船のサービスがどう違うのか比較できるのも面白い。翌朝予定通り”にっぽん丸”が父島・二見港の停泊用ブイにもやいをつなぐと、沖合から眺める父島は、かつて”飛鳥Ⅱ”で寄港したラバウルをこざっぱりさせたような風情に見える。港の岸壁は”おがさわら丸”や母島に連絡する”ははじま丸”専用で、クルーズ船はすぐ沖数百米に設置されたブイに係留されることになっている。ここでは本船と岸壁の間の乗客輸送は一部時間をのぞき、もっぱら地元の漁船によって行われるから、操船する漁師さんとの触れ合いもあり、これも旅情あふれて良いものだ。

”にっぽん丸”の最も大きな欠点である運動スペースの少なさを補うために、さっそくまだ涼しい朝一番で上陸してジョギングなどしたいところなのだが、せっかくの小笠原である。父島では「人と自然の共生を学ぶツアー」の午前の部に参加した。小笠原諸島は一度も大陸と地続きになったことがないため、蛇がおらず固有に進化した珍しい鳥類や植物類がみられること、ただし人間によって持ち込まれた猫や山羊が野生化した他、グリーンアノールと呼ばれる小さなトカゲが持ち込まれ繁殖して困っていることなどツアーガイドの説明を受ける。父島には2200人ほど住んでいるが、離島のため輸送費がかかり物価が高いほか、医療や出産が大変だと、生活者の視点で島のあれこれをガイドは教えてくれる。もっとも父島には東京都や国の公務員も多く、家賃1万円ほどの官舎に2年も住むと、消費する場所もないのでそれなりの貯金ができるという。また島には欧米系の外国人顔もよくみかけるが、彼らはかつてアメリカなどから小笠原に捕鯨のためにやってきて住み着き、日本国籍になった人たちの子孫なのだそうだ。こうして島のさまざまな営みに目を見張るうち、参院選の掲示板が都内の候補と同じであることに気づき、同じ東京といっても広いものだと不思議な感慨を覚えた。

週に1回東京港からの定期船”おがさわら丸”が着く前スーパーは商品がなくなる
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2019年7月 6日 (土)

KT50 慶應義塾體育会同期会

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7月初めに毎年行われる慶応義塾体育会の同期会が三田校舎のカフェテリアで行われたので出席した。昨年はクルーズ中だったから2年ぶりの出席である。体育会加盟の30余部300数十名の同期のうち100名超の出席だそうで、とても集まりの良い同期会である。学生時代は各部を横断する交流はあまりなかったから、ほとんど知らなかった他部の連中も、毎年集まっていると顔見知りになり、挨拶を交わす人数も増え楽しい。自営業以外はかなりが「毎日が日曜日」の世代、時間が自由になる人が多いのか6時半の開場を待つまでもなく、おしゃべりの輪があちこちで広がっている。今回初めて参加する者もいて「いやあ40数年ぶりだね」と握手を交わす光景もそこかしこでみられる。

会の冒頭、この一年の物故者を偲んで全員で黙祷を捧げたが、下を向いて祈っていると我々もそういう年齢になったことを感じる。「塾歌」は酒を飲んで歌ってはいけないと云う不文律があるので塾歌を斉唱したあとにようやく乾杯である。オリンピックに出たり神宮球場の早慶戦で華やかにプレーした者も、私のような無名の部員も、卒業して何十年もたてば同じ釜の飯を食った同期である。各部の縦のつながりやゼミのOB会などはあっても、同じ学校で4年間、真剣にそれぞれのスポーツで汗を流した仲間意識がこの会隆盛の所以であろう。

今年も余興で、現役の応援指導部と数名のチアガールの演技があった。彼らのチャンスパターンなどキレキレの演舞を楽しみつつ、一緒に歌う慶應のカレッジソングは、最初は一同遠慮がちだったものも、そのうち肩を組んで大合唱となるのも「お約束」。後輩の試合を見にいくと、どうしても勝ち負けや記録に関心が向かってしまうが、年を経て同期のオジサンやオバサンと会話するうち、みなで日吉・三田のグランドや道場で泣き笑いした青春時代の思い出で仲間意識が高まってくる。皆の健康と義塾体育会各部の活躍を祈念して、最後は吉例「若き血」の合唱で今年もお開きであった。

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