「いだてん」の受動喫煙シーン
日曜夜のNHK大河ドラマなどはここ数十年興味もなかったが、今やっている 「いだてん」 は久しぶりに毎週楽しみに見ている。主人公の金栗四三と云えば陸上競技の長距離を志した者ならまず一度は耳にした名前だし、大塚の「ハリマヤ」もかつてお世話になった馴染みの店だからどうしても興味がわいてくるのだ。現在の春日通りに沿って加納治五郎の講道館、東京教育大の跡地、旧ハリマヤの店舗が一直線に並ぶのは、東京高師(のち東京教育大、現・筑波大)や金栗つながりだったのかと、画面を眺めつつ文京区かいわいの歴史に思いを馳せる。
さてそんな 「いだてん」 に変なところからケチがついた。公益法人「受動喫煙撲滅機構」なる機関から、ドラマの中にタバコを堂々とのんだり受動喫煙のシーンが多いのはけしからん、謝罪のテロップを番組で流せとの抗議が寄せられたと云うからビックリだ。私も妻もタバコは吸わないし、町で歩きたばこのニオイが流れてきたら不愉快になるほどタバコは嫌いである。なので受動喫煙反対という趣旨そのものは大賛成なのだが、テレビドラマに対するこの種のエキセントリックなクレームには到底賛同する事はできない。
「いだてん」の舞台は百年以上も前のこと、ドラマの当時はフツ~に見られた光景を、あたかもそんな日常はなかったかのごとく消し去って彼らは一体なにを得ようというのであろうか。「百年前には多くの人が公共の場でタバコを吸っていたから、今の世の中でもそれをやって差支えないんじゃない?」と現代人がドラマを見て考え方を変えるとでも思っているのだろうか。そうだとするならば、受動喫煙撲滅機構はよっぽどテレビの前の「普通の」人たちを低く見てバカにしているといえよう。
ネット情報によると、この機構に対して「それだったら時代劇で人を斬るシーンも削除しろというのか」といった批判がメールで寄せられたそうだ。しかしその担当者は「人を斬るシーンなら血がドバっと出たり、内臓が飛び出たりというのはテレビでは配慮されてやらないはず」で「たばこだけが堂々と出ているのは変ではないか」とまるで頓珍漢な答えをしているという。ちょっと待ってほしい!。タバコは日常の生活に溶け込んだ風景なのに対して、斬り合いは江戸時代に於いても、あちこちで年がら年中ひっきりなしに行われていた「日常風景」ではない。日々のタバコの場面をあたかもなかったかの如く画面から消し去ることと、たまにあった凄惨な斬りあいの現場を描写することを同一に比較できるわけがない。
これに限らず、昔なら普通だったことが、いまや画面から次々と「あれは駄目、これは駄目」と制限されているようだ。表現する領域がどんどんと狭く差しさわりのないものだけになって、このままでは世の中がひどく窮屈になっていく気がする。私が好きだったクレイジーキャッツのギャグやドリフターズのコントも、ビデオやDVDで見れば各種ハラスメントだらけで、今ではとても放送できないであろう。世の中に生きている人々は多種多様なのに、それぞれの人たちの気分にほんの少しでも障ることを恐れて、常に「正しい」ことばかりを表現するような社会の行先はどうなのだろうか。少し前には「アメリカではマックで買ったコーヒーが熱くて舌にやけどしたからマックに賠償しろと裁判する人がいる」と皆で笑ったものだった。しかしこう何もかもがクレームの対象になるのをみると、日本もアメリカを笑えない社会になってきたようだ。弁護士や評論家だけが忙しい、窒息するような社会風潮はもう少し何とかならないものか。
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