にっぽん丸のグアム事故(その2)
修理なった”にっぽん丸”の船尾(1月27日横浜・大桟橋にて)
飛鳥Ⅱのチャータークルーズで横浜港大桟橋へ帰ってくると、グアムの事故でドックに入っていた商船三井客船(MOPAS)の”にっぽん丸”が修理なって、次の航海「世界青年の船」の乗客を待っていた。みると船体後部の破孔もきれいに修復され、本船の堪航性が完全に回復してまずは一安心である(写真上)。事故で怪我人が出なかった事はもちろんだが、もともとこの時期にドックが予定されていたからその点はMOPASにとって不幸中の幸いだった云えよう。ただ「船長の酒酔い操船か?」と大きく報道されたこの事故で、同社の評判が毀損されたことは間違いない。事故の原因は何なのか、金額的にどの位の損害が出たのか、個人的に興味を覚えたので推測してみたい。
おりしも国土交通省の運輸安全委員会より「旅客船にっぽん丸衝突(港内施設)事故について」の第一回目の報告が出され、本船の事故に至る経緯が概観できる。これによると、昨年12月30日夜9時すぎにグアムのアプラ港をサイパンにむけ出港しようとした本船は、タグボートの支援を受け後進を開始している(下図)。当時の天候は快晴だから視界は良好だったことであろう。海上としては特別に強風というほどでもないが、風が北東(図面の右上)から8米以上10.8米未満吹いている事が報告書からわかる。F4岸壁に入船左舷で着岸していた本船は、離岸後に後進で岸壁の端を交わしたのち左回頭し、港の出口に向かおうとしている。報告書に記載はないが、パイロットは乗船しているはずである。
注目されるのは(多分後進の行き足がある)離岸7分後、左回頭中に左右2基あるプロペラの両方が全速後進となっている事である。以前のブログでも書いたように一般商船と違ってクルーズ船では、ウイングにあるジョイスティックやエンジンテレグラフを船長自ら操作するから、ここでも船長は自ら操船していたものと考えられる。報告書には、この後「いったん左舷プロペラが前進になった」との記載があるが、左に回頭中に、左舷前進・右舷後進の操作をすれば本船は右に回る力が働くはずで、この操作も不明である。その後ただちに両プロペラは全速後進となって、離岸後9分で米軍の燃料補給桟橋(下図D桟橋)に本船の艫(とも)から衝突した事が報告書に記載されている。
大型コンテナ船や巨大タンカーに永年乗っていた知り合いの船長にこの航跡図を見てもらったところ、やはり「不思議だなあ。港の中ではふつう全速後進などはかけない」「パイロットがどういう指示をしていたかもあるけど、ちょっと理解できない」との事である。船体の重さに比べ上部構造物の嵩が大きい客船で、後ろに向かって北東の風が吹く中、なぜ全速で後進したのかがやはりポイントのようだ。一般商船から乗ってくる飛鳥Ⅱの船長と違い、MOPASは船長が自社養成だから、本船に慣れていないということもないだろう。事故原因については船長が本当に飲酒の影響下にあったのか、パイロットやタグボートの関与はどうだったか、艫(とも)でワッチに入っていた2航士からの報告が適切だったかなどが、航海情報機器の記録解析とともに必要になろう。
さてもし仮に船長のアルコール摂取が事故の主因で、これが船長の重過失だと認定されれば、本船に生じた破孔を填補する船舶保険の支払いに影響がでるかもしれない。一方で3億円と云われる米軍の桟橋の修理費用は、PI保険(Protection and Indmnity=船主責任保険)の領域となるが、この約款を読むと保険金支払いの免責事項として「不穏当かつ慎重を欠く航海」が掲げられている。とは云え1989年にアラスカで起きたエクソン・バルディーズ号の油濁事故は船長の酒酔いも事故の原因の一つだったが、PI保険だけでなく船舶保険も適用されていた実例もある。ただしPI保険は社会的・道義的責任には適用されないから、億の単位になるかも知れぬ乗客の帰国費用負担がMOPASの負担になるのだろう。今後の調査の進展を注視したい。
下図・国交省・運輸安全委員会の当該報告書より推測される”にっぽん丸”の航跡(一部合成、青線は筆者の加筆、 D桟橋に衝突)
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