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2018年12月

2018年12月24日 (月)

JTBの時刻表

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時刻表といえば鉄道弘済会(JR)より交通公社(JTB)版が昔から馴染み

60才台も後半、「大人の休日倶楽部・ジパング」の会員となって、JRの全線で運賃や特急料金などが30%引きで乗れるようになった。一生懸命はたらく現役の人たちに対して、高齢者割引を利用して遊んでばかりいるのもナンだか申し訳ない気もするが、せめてジジ・ババたちは消費活動に協力し景気に貢献する義務があろうと云うものである。という事で、この連休前半は妻と二人で東北地方の温泉に「ジパング」を利用して行ってみようと計画した。寒くなった東北地方の温泉で雪でも見ながら、日本酒で一杯などというのもオツなものだ。


さて、こういうフラッとした旅を考えるには、アナログの時刻表が必要なので久しぶりにJTBの時刻表を買ってみた。ふだん使うネットの「路線情報」はA点からB点への移動には便利なのだが、鉄道やバスの路線図を見つつ、あっちに寄ってみるか、途中下車したら次の列車まで何分あるかなどという気ままな旅のプランニングにはあまり役にたたない。ネットの乗り換え案内で見る旅程が早さを優先した一次元的な情報だとすると、時刻表から得られる情報は二次元的な広がりで、それを眺めているうちに旅のアイデアが膨らんでくる気がする。ゆっくりと時間をかけてフェリーで行こうかなどという時も、まず時刻表を見た方が旅のイメージが早くつかめる。


旅の楽しみの一つである列車の選択も、紙の時刻表で見た方がはるかに便利である。東北新幹線などでは乗りたい列車がE2系なのかE5系なのかが一目瞭然になったし、山陽新幹線でまだ活躍する500系に乗りたいと思ったら、500系「こだま」がやって来る時間もすぐにわかる。なにより時刻表をじっくりと読んでいるとJR線の様々な割引や運賃の特例を発見して、ちょっと得をした気持ちになる。かつて神戸に出張する際には「601キロ以上を同一経路で往復すると運賃が1割引になる」という制度を利用して、会社には新神戸までの正規運賃を請求しながら、東京から西明石までの往復切符を買って車中ビール代を稼いだものだったが、こんな割引も時刻表ならではの発見である。


その他、時刻表には全国の路線図、主な駅の構内案内、私鉄やバス、飛行機・フェリーの時刻からレンタカー、それに駅弁の案内まであるから、これ一冊あれば旅の計画はほぼ完成する。分厚い時刻表をつらつら眺めつつ旅のプランや料金をシュミレーションするのも、学生時代にかえった様でなかなか楽しいものである。「ジパング」の会員なら往復割引などに加え、運賃や特急料金が3割引なのだから遠くに行けば行くほど得した気分になる。これからはせいぜい老人の特典を利用させてもらい国内旅行を楽しもうと思っているので、ネットが普及する前にそうだったようにJTB時刻表を季節ごとに買い換えることになりそうだ。

2018年12月14日 (金)

12月14日 赤穂浪士の討ち入り

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本所松坂町・討ち入りのあった吉良亭跡の案内板

12月も半ばの14日である。通勤途中に今年ももう終わりかなどと考えていると、「そう言えば今日は赤穂浪士の討ち入りの日だった」と思い出した。吉良邸への討ち入りと云えば即座に「時は元禄15年12月14日、江戸の夜風をふるわせて、響くは山鹿流儀の陣太鼓、しかも一打ち二打ち三流れ…!、おう、まさしく赤穂浪士の討ち入りじゃ」と南春夫が歌う”元禄名槍譜・俵星玄蕃”のセリフが浮かんでくる。もっとも旧暦の12月14日といえば今なら1月も後半だから、その夜は江戸の夜風もひとしお冷たく、両国橋のたもとで雪を踏みしめ仁王立ちする助太刀の俵星玄蕃もさぞや寒かったに違いない。


無念の切腹をした浅野内匠頭であるが、本当は田舎者で礼儀知らずなのに、後世「忠臣蔵」などによって吉良上野介が悪役として書き換えられたのかも、との思いがふと湧いた。切り付けられた上野介は名門の出であり領地でも名君と云われていたそうだから、田舎から来た大名の世間知らずな所作を以前から苦々しく思っていたとも考えられる。一方で内匠頭も若い頃は江戸住まいが長く、そのうえ参勤交代でしばしば江戸にも来ており、そのあたり本当の田舎侍で礼儀しらずだったのか真偽のほどはわからない。結局のところ、今でいう上野介のパワハラにぶちキレて、松の廊下で刃傷沙汰に及んだのだろう。


浅野内匠頭はその場で取り押さえられ即日切腹処分の上、お家お取り潰しとなったのは「忠臣蔵」や「赤穂浪士」でよく知られる通りである。人々の平均年齢が40歳ほどの時代のことだ。内匠頭は33歳でこの重大な事件をおこしたのだから「若気のいたり」でキレたわけでもなし、まさに「短気は損気」の見本のような例であった。ただこの刃傷沙汰が日本人が好きな「忠臣蔵」につながっていくのだから、浅野内匠頭は歴史に名を残した大名だったと言えよう。私も高田馬場を通れば堀部安兵衛を思い出し、本所を車で過ぎれば以前訪れた吉良亭が目に浮かんできてしまうほどだ「江戸散策その4(2008年11月16日)」。と言うことで今日の昼休みは忠臣蔵にちなみ、内匠頭が切腹させられた新橋の田村右京太夫亭跡までぶらぶら散歩してみた。

新橋にある浅野内匠頭終焉の地にたつ石碑
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2018年12月 3日 (月)

市ヶ谷のエル・チリンギート

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日曜日ふっと気が付くと、昼から福岡国際マラソン、2時からラグビー早明戦のテレビ中継である。もう12月第一週の日曜日になったのかと、毎年のことながら一年の月日が経つのが早い事に驚く。振り返ってみると、今年の前半は飛鳥Ⅱで世界一周クルーズをして感動して帰ってきたのに、夏場から入院・手術と人生初めての経験をする事になり、まさに激動の一年であった。体はいたって快調で健康だと信じていたものの、毎年恒例、念のための人間ドックだと思って受診したところ、ひっかかる箇所があるから来いとの病院の呼び出しにびっくり。検査や再検査の結果すぐに全身麻酔で手術とはまさに晴天の霹靂、一カ月前にはワイキキビーチだったのにベッドの上とは人生いろいろな事がおこるものだ、というのが今年一年の感想である。


そんなこんなで、わずか半年ほど前の飛鳥Ⅱのワールドクルーズも何か薄皮のベール一枚向こうで起こった出来事、遠い世界の記憶のような気がしないでもない。しかし最近届いたクルーズの写真集などを開くと、航海中や寄港地の思い出が脳裏にくっきりと蘇り、夢のような生活が懐かしくなってくる。またいつの日か、世界一周クルーズに行ってやろうと思うと、元気が湧いてくるのである。などと日々を過ごすなか、日課で走るいくつかのジョギングコースの一つ、靖国通りの市ヶ谷駅前に”エル・チリンギート”というスペイン料理屋を見つけた。スペイン料理店が最近は数多くある中、この店のドア前にある黒板にはパエリアの表示も大きく、信号待ちの間にそれを眺めていると、飛鳥Ⅱで行ったパエリア発祥の地であるバレンシアがやたら思いだされる。


今年のワールドクルーズはヨーロッパでもイベリア半島を周るのが目玉で、スペインのバレンシア、マラガ、英領ジブラルタル、ポルトガルのリスボン、再びスペインのビルバオと連続して5つの港町を訪れる事ができた。このあたりは食べもののうまい南欧である。マラガでは子イワシや海老のフリット、ビルバオではこの地発祥のピンチョスを楽しみ、リスボンでは2011年のワールドクルーズ以来の名物イワシの塩焼きを堪能できたのだった。バレンシアでは闘牛場を見学し歩き疲れて船に帰る途中、賑わっているレストラン街の一角でパエリアを出すレストランに飛び込むことにした。出港・帰船時間が気になる私たちは「あまり時間がないけど何分でパエリアができるの?」とマネージャーに尋ねると「25分ぐらい」という。パエリアと云っても我々には魚介類のものに馴染みがあるが、ウサギ肉や鶏肉とさやいんげんの載ったパエリアがバレンシアのオリジナルとの事なので、それを注文するこことにした。時間にルーズなスペインらしくなく、ぴったり25分で出来上がったきた熱々のパエリアは、本場の味なのだろうが塩味がけっこう効いていたようだ。


という事で今度は日本のパエリアはどうなのか、先日の市ケ谷のレストランへ夕食に行ってみた。店ではあちら流にイワシの炭火焼きに海老のアヒージョ、それにイベリコ豚のグリル ペドロ・ヒメネスソースを頼んだがいずれも本場のお店に近い味で、スペインワインのグラスを片手にクルーズの日々を懐かしみながら料理を楽しんだ。シェフははにかみ屋なのだろうか、ちょっとシャイな口調だがスペインで修行したのか土地・風土や料理に詳しく店の雰囲気もなかなか良い。締めに注文したパエリアは当然バレンシア風である。出てきた量はスペインのレストランよりかなり少ないものの、日本人向けにあまり塩辛くなくだしが効いていてより繊細な味でうまかった。スペイン料理を食べているうちに、病気の彼方に忘れていた現地の食堂やバルの雰囲気が記憶の底から蘇ってきて、今年はなんだか忘れらない一年になりそうな気分がした。

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