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2018年10月 5日 (金)

60歳代後半のランナー

人生も60歳代後半になると、筋力の衰えを如実に感ずるものである。60歳くらいまでは皇居一周、ちょうど5キロで高低差約30米のコースを20分以内で走れたが、いまやとてもそんな記録はだせない。それでも65歳になる前は、頑張ると21分くらいで一周できたのが、65歳以降になると22分を切るのに 「ハーハー!、ゼーゼー!!」と喘ぐ始末である。速度にすると5キロの距離を時速15キロで走れたものが、時速13.5キロくらいでしか走れなくなったというわけである。


そう云えば、かつて国際大会で活躍したような元大選手が、還暦過ぎにレ―スに招かれて走るのを見ると、名選手もずいぶん遅くなったと感じたものだ。特に65歳以降に招待された場合は、若い頃と違って、よぼよぼした走りで、まるで他人事として見ていたのだった。ところ変わって今度は自分がその年齢の老人になると、ちょうど彼らのようで、おのれのフォームが町のショーウインドウに映るところなどをみると、一生懸命に走っている割にはよたよたのゆっくりジョギングのように見えて何とも情けなくなってくる。


たとえばいま私が、皇居一周を時速13~14キロで走ろうとした時、ふつうスタートして3キロ~3.5キロくらいで息が苦しくなる。以前なら苦しくともそのままのリズムで5キロ程度は押し通せたのだったが、60歳代後半となると、そこで腕を意識的に振ったり、ステップを維持しようと努力しても、ただバタバタと苦しさに全身もがくばかりでスピードが持続できない。生理学的な知識はないのだが、筋持久力というのだろうか、酸素やスタミナが切れた状態のなかで、筋肉が踏ん張る能力が失せてきた事を如実に感ずるである。


これが老化という事なのだろう。若い頃はまったくの無名選手で、いつも他人の後塵を浴びせられてきたのだが、永く走ってきたおかげで、今は同年代のレースでメダルや賞状を貰えるようになった。だが最近こうも遅くなってくると、次は「70歳代以上」という部門がある大会を狙って走るしか良い思いができないかという気もしてくる。もっとも最近思わぬ大病・手術をして気弱になった私に妻がくれた斎藤茂太氏の「モタさんの楽ラク人生術」という本には、「他人と比較するな」 「ある年齢になったら無理に体を鍛えるなかれ」「年齢相応と思って生きるのが楽なみち」とあって懸命に走るのはもう卒業するかという気持ちも一方でおこるのである。

20181005

息の苦しくなる3.5km過ぎ

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