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2018年9月 4日 (火)

劣化するメディア

久しぶりに友人の医者と飲んだ。永らく東京郊外にあるベッドタウンの市民病院の院長だったが、定年で院長を辞めて今はフリーランスでいくつかの病院で診療をしているそうだ。彼と杯を交わすうち「今のテレビ番組は見るにたえないね」と例によってメディアがいかに劣化しているかの話題で盛り上がった。彼は「NHKのためしてガッテン」とか「たけしの家庭の医学」などはとにかくひどいと憤慨する。「充分検証もされていないごく一部の例を、さも誰にでも効くかのごとくセンセーショナルに取り上げて」「番組の翌朝は病院の外来初診が増えるんだよ」と苦笑する。また大学医学部の入試で女子の合格者が少ないのは、関係者はじめ受験生も知っている公然のことなのに、医療の実態をよそに今さら正義の面をかぶって取り上げるニュースにも彼は怒っていた。


私も半現役の身となって以前より家にいる時間が増え、テレビのスイッチをオンにする機会も増えたが、とにかく今のテレビ番組はつまらない。殊に各局が真っ昼間に延々と放送しているワイドショーは、取り上げるトピックが同じならその切り口もどこもまるで似たようなもので、たまたま何かの続きでワイドショーになるとあまりのバカバカしさにすぐテレビを切ってしまう。そのワイドショーが盛んに流している一連のスポーツ関連の報道、日大アメフト事件から始まりボクシング連盟の会長やら女子体操の引き抜き騒動なども、大の大人が口角泡を飛ばして論評するような大事件なのか。こんな話題を延々と放送しているのを見ると、他にニュースねたがない日本は平和で平等、貧富の格差も少なく本当に良い国なのだと思う。


こういうワイドショーに出演する識者たちは、肥大化した人権主義やポリティカルコレクトネス(と云うらしい)、反ハラスメントの立場から、常々”お約束の『正しい』”意見を述べているようだが、総じて誰がしゃべっても画一的でまったく面白くない。そういえば日大アメフト事件で思い出したのが、かつて取引先だったある某大手メーカーの幹部の話だった。彼は明治大学野球部在学中に投手として往年の島岡御大のもとでプレーし、入社後は都市対抗野球で活躍したこともあるのだが「とにかく島岡さんは破天荒だったね。いやなバッターに対しては頭の方でも構わず投げろと言うんだよ。でもそれを本当にやっちゃうのが星野仙一よ、星野はホント豪快だったね」と面白可笑しくかつ好意的に喋ってくれたものだった。


そんな話を思い出すにつけ、スポーツの世界でもいわゆる『正しい』ことばかりがまかり通るようになって良いものかとの考えが浮かぶ。テレビを見ていると、ここでも私の大嫌いなコンプライアンスやらコレクトネスという基準が、ステレオタイプのコメントとして巾を利かせているようだ。最近では19才になったプロ野球選手が飲酒をしたとして罰せられたと報道があったが、その一方でこれから18歳になる若者には選挙権を与えて大人として扱うのだと云う。20歳以下と云ってもプロスポーツ選手の飲酒を問題だと報道したメディアが裁く”『正しい』社会”とは、一体どのようなものなのだろうか。ワイドショー識者のコメント通りの世の中がもし来れば、とても生きていけない息苦しいものになってしまうに違いない。こんな報道なら若者がテレビや新聞を離れるのは当然だろう。体育会の「武勇伝」も遠い昔話になるに違いない。

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