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2018年8月

2018年8月29日 (水)

長唄を聞きながら連想したもの

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我々の年代になると男性はだんだんしょぼくれてくるのに対して、女性はますます元気になるようだ。私と同じ年齢でふだん大型バイクのハーレーを乗り回し、合唱サークルなどで活躍している友人の奥さんが、最近なにを思ったか長唄の謡いを習い始めた。この種のお稽古のお約束である発表の場に来てほしいと彼女が言うので、先日、会場である半蔵門の国立劇場小ホールに彼女の旦那と一緒に出かけてみた。もっとも私は「長唄って何?」というほど知識がないのだが、永年の友人夫婦だし有名な国立劇場に初めて足を踏み入れるのもひとつの経験だとの思いである。


で、そもそも長唄とは何かとネット検索すると、もともとは江戸時代に生まれた三味線を中心とする歌舞伎の伴奏音楽なのだそうだ。これに歌や太鼓や笛なども加わり、本来は男性のみが演じる歌舞伎から独立して、女性の奏者も加わって奏でる邦楽が長唄なのだと云う。今回、友人の奥さんが出た舞台は名門の長唄一門の披露演奏会の最後の出し物として、お弟子さんたちも加わって奏でる総員顔見世レビューのようなものであった。友情出演の松本幸四郎の演する舞(と云うのが正しいのかさえ私には不明だが)の後ろのひな壇で、プロやセミプロの楽器奏者や謡い手総勢60余名に混じり、彼女のようなお弟子さんたちが唸る長唄(約15分くらいか)を聞くのはめったにない経験であった。


例によって場内撮影禁止なのが残念だが、西洋音楽の演奏会と違って舞台上が和服なら観客席も和服姿の女性が多い。なんでも京都や都内神楽坂の芸者連中も場内に詰めかけていたと云うからあでやかなわけである。そんな劇場の雰囲気に圧倒されつつ長唄を聞いているうち、20年前に亡くなった母方の祖母がよく三味線を弾きながら居間で長唄の稽古をしていたことを思い出していた。そういえばその祖母も元々は芸者の出であったのが、ゆえあって政治家の祖父と結婚したと聞かされたことがある。


長唄を聞いているうち、あまりに日常とかけ離れた世界に触れた反作用によるのか、なぜか舞台のそでからクレージキャッツの植木等が、僧侶姿でお経を唸りながら登場して壇上を練り歩き「お、お呼びでない?お呼でない?こらまた失礼しました」とおどける姿が今にも眼前に展開しそうな気がしてならなくなった。いつもと異なる世界になると、ちょっと斜にかまえてしまううのが我が性根か。多くの人が真剣に非日常の舞台をみつめるほど、どうしてもクレージーキャッツの連想が止まらずに、一人客席で笑いをかみ殺す長唄初鑑賞であった。

2018年8月23日 (木)

「FMファミリー」をご存知ですか?


FMファミリーのエンディングテーマ

以前にもアップしたとおり(NHK FM ジュークボックス 2016年8月24日)同級生よりちょっと先を行きたい”ませガキ”だった私は、昭和40年代からのFM放送ファンだった。まだNHKFMがNHK・FM実験放送局でFM東京が東海大学のFM実験放送局といっていた時代である。DJやおしゃべりの多い在来のAM局と違い、当時のFM放送はクラシックにしろポピュラーやジャズにしろ音楽の専門番組が中心で、こちらを聞いている方がちょっと「通」っぽく思えたのである。


と云っても当時のFM放送でもバラエティーやおしゃべり中心のプログラムも放送されていた。特に私は平日の午前中、朝9時からお昼までの長時間に亘るFM東海「FMファミリー」が好きで大学生時代にはよく聞いていたものだ。なにしろ文科系の大学生などは、いかに講義にまともに出ないかを自慢しあっていたような時代である。午後からの練習に備えて、午前中は体力温存とばかり、家や合宿所でゴロゴロしてFMラジオをつけっ放しにしているのが常であった。


その「FMファミリー」は、パーソナリティだった浜島信子さんの落ち着いた語りで、都会的で気のきいたバラエティー番組であった。主に主婦向けに生活の情報や暮らしのヒントなどが音楽とともに流されていた番組だったと記憶するが、なかでも「想い出の歌」というコーナーでダークダックスらによって歌われる山の歌は心に残った。また10時の時報で「ただいま10時、三越開店のお時間です」と告げるナレーションもとても印象的だったが、さすがに社会人となってからは「FMファミリー」を聞く事はなく、そのうち同番組も1990年に終了したそうで残念である。


ところで最近はセミ・リタイアの身、時間もできるようになって、かつて耳に馴染んだ番組のテーマ曲やオープニング・エンディング曲をまた聞きたくなることがある。そういえばあの「FMファミリー」で毎日のように聞いたエンディングのアップテンポの曲は何だったのか、急に恋しくなってあちこち検索してみたが、さすがにその頃の情報はなかなかヒットしない。そうこうしているある夜、YOUTUBEをあちこちホッピングしていたら、どこでどう繋がったのか突如その懐かしいテーマ曲が流れてきた。曲の名は「Brazilian Polka」演奏はClebanoff Stringsという楽団で、偶然に出会った懐かしいエンディングメロディを聞いていると、学生時代に戻ったかのような気持ちになる。年齢をとると懐旧の念が濃くなると思いつつ、以来この曲を毎晩聴くのである。

2018年8月22日 (水)

湘南の風

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クルーズを通じて知り合った友人の湘南のご自宅に夫婦して初めてうかがった。遠足気分でロマンスカーに乗り新宿から約一時間、待ち合わせ場所は小田急の片瀬江の島駅である。こうして江の島に電車で来るなどは何十年ぶりだろうか。行き止まり式のターミナル、竜宮城を模して作ったというレトロな小田急の駅舎に降り立つと、海を目の前になんとなくリゾート気分が盛り上がる。


改札口を一歩出ると、ほほをなでる風が海風でまるでクルーズ船のデッキにいるように心地よい。同じ気温でも都会の真ん中の空気と海辺の空気はこうも違うのだろうか。かつて、このあたりから片道1時間以上かけて東京都心まで通勤していた同僚が何人かおり、毎日ご苦労さまと思っていたが、この空気とこの景色に慣れると、暮らすならこの辺り、という気持ちも判らないでもない。


そういえば江の島のある藤沢市には、「善行」駅そばにある県立スポーツセンターに、若いころは陸上競技の試合でよく来たものだ。また今年の正月には箱根駅伝の学連選抜に選ばれた後輩の根岸君を応援しに藤沢橋まで訪れたばかりである。という事で藤沢というとどうしても陸上競技のイメージが浮かんでしまうのだが、ちょっと海岸の方に来てみると古くからのお屋敷とリゾート地帯とあって同じ市内でも場所によってずいぶんと景色が違うものだ。


海の見える新しいマンションの友人宅で暮れ行く相模湾の景色を堪能し、帰りはこれまた何十年ぶりかで江ノ電に乗ってJR藤沢駅に戻ってみた。夏祭りでもあったのか、車内はゆかた姿の若い子たちでごったかえしていたが、こうしてがったんごっとんとのんびりと電車に揺られるのも良いものだ。最近はどこへ行くのもクルマで行く事が多くなったが、缶ビール片手に電車に揺られる小旅行をもっと頻繁にしてみようと思ったのだった。

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外国人も多かった江ノ電

2018年8月14日 (火)

ワールドクルーズと世界史の再学習

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飛鳥Ⅱで駆け足ながらぐるっと世界を廻ると今までと違った視界が開けてくる。今回オマーンのサラーラで本格的なイスラムの世界に触れ、マルタで十字軍騎士団の要塞を見てボストンで合衆国建国の足跡を訪れると、世界史をもっと勉強しておけば良かったとの思いがにわかに湧いてくる。私はこれまで宗教にも美術にもあまり興味がなかったから、西欧の古い教会やキリスト教の宗教画などに馴染めなかったが、実際にあらためて来てみると今までと違う想いが去来するのは年齢のせいだろうか。またかつての多くの戦地の跡や砦を訪れると、なぜ西洋人は歴史を通じていつも戦っていたのだろうかと疑問がおこる。


という事で世界史を勉強しなおそうと思い立ち、帰国後に適当な本はないかと物色していたら、山川出版「(新)もう一度読む世界史」とその付属本である同社の「詳説 世界史図録」を本屋の店頭で見つけた。なんでも山川出版の高校生向け歴史の教科書はつとに有名なうえ、同社の大人向けの学びなおし「もういちど読むシリーズ」も100万部を超えるベストセラーなのだそうだ。「もう一度読む世界史」は教科書仕立ての解説のほか多くの図表が掲載され、「ひと」「新常識」というコラムでは歴史学の新たな知見や新解釈などが紹介されており、読み物としても面白い。「世界史図録」の方も「もう一度読む世界史」に準じて多くの資料が載っており、これを眺めているだけで勉強になりそうだ。


かつて学校の西洋史の時間と言えば、年号を暗記し意味も判らずにただ断片的に起きた事件・事象を覚えたものだった。しかし歴史上の出来事、例えばイギリスの「大憲章」(マグナカルタ)とはどういうもので後世に何を残したか、宗教改革の後に北ヨーロッパが興隆し南欧が没落したのはなぜか、産業革命とは何かなど西欧社会の流れを踏まええつつ歴史を考えるようとすると「もう一度読む世界史」が大きなヒントを与えてくれる。今回のように「百聞は一見にしかず」でまず現地を訪れ、実際何があるのかを自分の眼でみて興味を持つと、初めて歴史を自分のものとして捉えようとする事がわかった。その意味で2年後と言われる飛鳥Ⅱの次回のワールドクルーズでは、終日航海中に「西欧史」の講座を定期的に催したら多くの乗船客が受講して面白いのではないだろうか。

2018年8月 8日 (水)

サマータイム導入を

このブログでも毎年、夏になるとアップしてきたサマータイム(夏時間)である。夏の朝あまりにも早く夜が明けすぎ (特に東日本では)、反対に夕方ゆっくり楽しめないのは損なので、個人的には夏になると家の時計一台を2時間早め、それに合わせて起床したり寝たりしている通りだ。などと思っていたら東京オリンピックを契機に安倍首相がサマータイム導入を検討し始めたと報道されている。もっともガーシュインではないが「サマータイム」と云うとどうしても「夏の季節」を表しているようで、アメリカで使われる「デイライトセービング・タイム」の方がぴったりくる感じがするのだが。


過去いく度か導入の可否が検討されたサマータイムだが、オリンピックの暑さ対策のほか、安倍首相は省エネ効果とともに経済効果に着目しているらしい。すなわち早く夕方~夜間のオフタイムが来るので、照明などの節約効果が見込めるほか、レジャーや買い物・外食の需要が増える事を期待しているそうだ。また明るい時間に活動するので交通事故や犯罪が減る事も見込まれている。反対に外が明るいため残業や夜更かしが増えるのではないかと心配する向きもあるが、人々の生活も多様化しているから明るいといっていつまでも仕事をしたり酒を飲んだりする時代でもないだろう。


もし2時間時計の針を進める社会になったら、勤務をさっさと切り上げ、夕方6時には近所のゴルフ場に行ってハーフラウンド回るなどという欧米のような遊び方が日本でもできるのではないか。仕事が終わらない分は朝早く片づける事になるだろうから、人々の働き方も随分と変わるだろう。もっとも今の社会はコンピュター内蔵の時間設定で世の中のシステムが動いているから、リセットの手間は覚悟しなければならない。私もかつてデイライトセービング・タイムに切り替わった日にアメリカで飛行機に乗り遅れた事があったし、今回の飛鳥Ⅱのワールドクルーズでも、時刻改正の日に時間前にダイニングに行ってしまったりと混乱した経験も多い。それでも朝のむやみに明るい時間が減り、夕方の光を皆で楽しめるのは素敵な事だと思うのである。

2018年8月 1日 (水)

シンガポール「『豊かな小国』の躍進モデル」を読んで

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シンガポール・セントーサ

今回の2018年飛鳥Ⅱワールドクルーズの最初の寄港地は4月2日シンガポールであった。当日、飛鳥Ⅱはセントーサ島に渡るロープウエイの真下にあるクルーズターミナルに着いたが、その直後に米・朝会談がここセントーサのホテルで行われる事を知るよしもなく、我々はコンクリートで造成されたこの島を見物して回ったのだ。会社の現役時代はシンガポールには毎月の様に出張で来ていたし、妻も若い頃に長期出張で3カ月ほど滞在しているからここは我々には馴染みの国である。


米・朝会談で話題になった躍進するシンガポールから我々日本人が何を学ぶか、経済学者である猪木武徳・大阪大学名誉教授の読売新聞7月29日(日)付けコラム「地球を読む」がとても興味深かった。人口560万人のこの特異な都市国家は、今や一人当たりのGDPはアジアのトップで経済成長も年6%をマークしている。低成長にあえぐ我が国とは大きな違いだ。ここに来るたびに街が再開発され景色が変わるのに驚かされるが、かの有名なマリーナ・ベイ・サンズは完成から数十年後に取り壊す事を前提として、その期間もてば充分と韓国のゼネコンに安く作らせた、という噂さえ流布されている。


この様に日本とはまったく違う体制のシンガポールだが、猪木氏は出稼ぎ労働者の低賃金に支えられて国の経済が繁栄している事が問題だと指摘する。低所得の外国人に頼る 「 国家の統合性が不安定 」 な体制では、経済的価値以外に何を求めるのかについて国民的なコンセンサスを得るのが難しい。今は中国やシンガポールの様に一党独裁かつ自由が大きく制限された体制の国が、短・中期には経済成長しているのも事実である。しかし所得格差が是正されないまま富の不平等が進めば、いずれ独裁的な政治と市場経済は両立しなくなるであろうし、その徹底した実利追及主義では、長期的には国民の潜在的な力を引きだせなくなる可能性が大である事を猪木氏は指摘している。


さて猪木氏が関心を寄せるシンガポールは、はたしてこの先どうなるであろうか。かつて良く会ったシンガポール企業のトップは、この国では誰が何をしているかすぐ分かってしまうから、息を抜く時にはタイに遊びに行くと言っていた。我が国の企業から派遣された日本人も、便利だが季節感のないシンガポールにはあまり永く住みたくないという人が多い。経済が躍進する事が国家の第一目標だとしても、実利と競争一辺倒で、国民に根付いた慣習や社会構造が浅く、上質な文化の醸成が希薄、すなわち重層的な価値の蓄積が感じられない国が国民を幸福にする事ができるのだろうか。実験都市国家シンガポールの行く末は興味深いと、クルーズでの思い出や猪木氏のコラムを読みつつ考えた。

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