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2017年12月

2017年12月25日 (月)

陸王とハリマヤ

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かつてハリマヤがあった大塚三丁目の交差点 角の銀行の右隣が店舗だった

友人たちが、大人気のテレビドラマ「陸王」を見たら、とさかんに薦めてくれるので、シリーズ最後の数回をテレビの前で楽しむことにした。倒産寸前の”こはぜ屋や”という足袋屋を舞台として、マラソンシューズの開発に活路を見いださんとする彼らの前に、大手のスポーツ用品メーカーや銀行などが立ちはだかる話である。「半沢直樹」で評判になった池井戸作品らしい勧善懲悪のはっきりしたストーリー、かつ毎回のように涙腺を刺激されるドラマを大いに楽しませてもらったが、画面を見ているうち脳裏に浮かんでくるのが、物語り同様に足袋屋からマラソンシューズメーカーになった大塚のハリマヤのことであった。


私が陸上競技をしていた1960年代後半から70年代前半にかけて、マラソンや長距離ランナーのシューズと云えばオニツカ・タイガー(現アシックス)のものがほとんどであった。特に1968年メキシコオリンピックで君原選手が履いて銀メダルをとった、オニツカの”マジックランナー”は軽くて通気性にすぐれ、多くの長距離選手に愛用されていたのだった。そんな時代、競走部の友人が「これがなかなか良いよ」教えてくれたのがハリマヤのランニングシューズである。たしかに履いてみるとハリマヤはオニツカのシューズよりゴム底が厚くて弾力があり、私のような踵着地の者に良いという事がただちにわかった。


早速買い求める事にしたが、メーカー品と違って大塚にあった小さな店でしか売っていないから、山手線をぐるっと半周回って買いに行ったのだった。駅から遠くはずれ知る人ぞ知るという風情のランニングシューズ店だったが、まだジョギングという言葉もなく、買い物客は本チャンの競技者ばかり。お店の中は、何か一途な雰囲気が漂う空間だったのを覚えている。ハリマヤはもともと足袋屋だったものが、マラソン黎明期の名選手だった金栗四三に頼まれシューズの開発をしたと云う。かつては有名マラソン選手もハリマヤシューズを愛用したものの、バブル期の波に踊らされ、いつの間にかハリマヤは消えていったらしい。テレビで「陸王」を見ていたら足袋屋からマラソンシューズの店になったハリマヤを思い出し、なぜかそのシューズを履いただけで速く走れるかの気になっていた頃を思い出したのだった。

2017年12月22日 (金)

クルーズコンサルタント

妻が10月に実施されたクルーズコンサルタントの試験を通ってその資格をとり、先日ディプロマや胸につけるバッジが届いて喜んでいる。クルーズコンサルタントは日本外航客船協会(JOPA)が「クルーズに対してより正しい知識を取得していただき、自信をもって(クルーズ商品を)販売していただけるように作られた、旅行会社社員のための資格」(クルーズアドバイサー認定制度ホームページ)である。認定制度の趣旨から誰でも受けられるわけでなく、実際に旅行業に従事している人でないと受験できない制度になっている。試験はクルーズについての知識や歴史のほか、旅行業に関する関連法規や約款も一通り覚える必要があり、すでに総合旅行取扱管理者資格をもっている妻が受験するためには実務者であることが必要であった。という事で”一念岩をも”の気合で、職安でみつけた新宿の旅行会社にしばらくパートで勤務し、やっと受験の機会を得たのであった。


それにしても生活に関係ないのに、よくそんなに資格をとる情熱があるものだとつねづね彼女に感心する。旅行業管理者の他にいったい幾つ資格を持っているのかと妻に聞いたら「うーん、多すぎて分からない」と古い履歴書を出して数え始めた。そこには運転免許や教員免許、英検準1級といった学生時代に得た資格、情報処理や宅建、証券外務員など銀行員時代のものに加え、犬の毛を刈るJKCのトリマーの資格、1級小型船舶操縦士など日常にまったく関係ないものまで並んでいる。全部で10以上の国家資格や業界団体認定の資格を持っているようで、このあとも難しいといわれている気象予報士資格を取りたいなぁと傍らでブツブツつぶやく。


自慢ではないが、私などは普通自動車運転免許以外の資格は何もなくとも、40数年間社会人として生きてこられた。もっとも会社に入ってからは強制的にいくつかの社内講習を受けさせられたが、だいたい出張で多忙などと言って逃げまくってきた。全社員がTOEICの試験を受けねばならない時には「まだ受験していないのは社内であと数人」と呼び出しを喰らい、訳もわからずテストに臨んだものだった。この時は数年前までアメリカで一人駐在だった経験がものを言い、初めてにしては上出来、翌年以降の試験免除とされる社内合格点を突破して以後はTOEICともサヨナラである。資格を取る勉強に熱心な妻に「資格などいらないし、勉強せずとも人生はやっていけるぜ」とうそぶくと「転職もしていないあなたは本当にラッキーなだけで生きてこられたのよ、周囲に感謝しないと」と反撃されるのである。

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2017年12月17日 (日)

2019年サン・プリンセス 世界一周クルーズ 説明会

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昨日は新宿で行なわれた”サン・プリンセス 2019年世界一周チャータークルーズ 説明会”に行ってみた。我々は飛鳥Ⅱの2018年のワールドクルーズに乗船予定なので、翌年”サンプリンセス”に乗船するとなると毎年世界一周に行くことになってしまう。「フツーの善良な共稼ぎサラリーマン所帯」としてはどう考えても無謀なのだが、まあなかば冷やかしで説明会を聞いてみようか、というところである。


主催者であるJTB社員のうやうやしい案内で通された新宿の貸し会議室には、約100人ほどの参加者がすでに集まっていた。BSの「世界の船旅」で以前「世界の7割は海です、出かけませんか船旅へ」と喋っていたおなじみの男性による説明は、このクルーズが問い合わせ段階で定員をオーバーする程反響が大きかったという話から始まった。価格で競合するピースボートとの違い、特に”プレミアムクラス”それもパナマックスサイズの適度な規模で定番中の定番を廻るコース設定であること、いかにコストパフォーマンスに優れているかなど、その話しっぷりはややチャラいものの彼自身がクルーズ大好き、というのが伝わってくる。


会場はなんらかのクルーズ体験者が半数以上のようだが、比較的若い人もチラホラで、飛鳥のそれと比べるとややカジュアルな雰囲気である。最も安い内側のキャビンとバルコニー付きのキャビンが人気との説明だったが、私が以前の記事で危惧した外国船を借り切る際のポイント、食事・図書・医療の点などで充分に配慮がされているという点はさすがJTBである。途中で上映された寄港地や本船紹介DVDでは、例のクルーズライターの上田寿美子の「スミコチェック!」も入り、参加者が飽きない工夫もされている説明会であった。


船好きがジンジンと伝わってくる彼の話をきいているうち、なんだかこちらも乗船したくなってきた。クルーズ船が大型化する前に造られた90年代の船の長所であるゆったりしたシップデザイン、一周500米で飛鳥Ⅱと同じようにプロムナードデッキを全通する本物のチークデッキは、航海中に毎日ジョギングする我々にとってはなにより嬉しい点である。ランドツアーの催行予定がないようだが、まだ訪れた事のない寄港地も多いしキャンセルするならいつでもできるからと、あっけにとられる妻を尻目に仮予約書にサインをしてしまった。こうなるとなんだかクルーズ資金を稼ぐために、高齢者になってもやむなく働いているような気がしてならなくなった。
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2017年12月11日 (月)

ニッカ十年浪漫倶楽部・待つ楽しみ

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10年前の9月、”にっぽん丸”の北海道・小樽のクルーズに乗船し、ニッカの余市蒸留所に行く機会があった(妻の乗船記)。清涼な余市の空気の下、つね日ごろ晩酌で飲んでいるウイスキーというものが、どういう過程を経て出きるのかじっくりと見学する事ができたが、その折に現地で薦められた「ニッカ十年浪漫倶楽部」に迷わず入会したのだった。「ニッカ十年浪漫倶楽部」は3万円余の会費を払って余市のウイスキー1樽を数十人で分割所有するもので、入会して仕込んだウイスキーが5年経過した時点で樽からのマイウイスキーの瓶詰が1本、10年の満期時に2本のボトルが送られてくるというシステムである。

当時は10年というと随分と先の長い話にも思えたものだが、毎年余市の蒸留所からは樽の中のウイスキーがどの様に熟成しているかの報告があって、同倶楽部でうたっていた「待つ楽しみ」をこの間に十分あじわう事ができたのだった。5年目と10年目に送られてくる瓶詰めのウイスキーは、他の樽でできたものとは一切混ざらず、度数も調整されていないマイ・カスク(樽)のみで熟成したモルトウイスキーとあって、まさに待った自分(たち)だけのお酒がどういう風に仕上がってくるか、封を切るのがお楽しみであった。
(5年目の「ニッカ十年浪漫倶楽部」)

当たり前だが過ぎてみると時間の経過とは早いもので、熟成期間が満了して、先ごろ2本の10年もののマイ・ウイスキーが送られてきた。送られてきたものは「香り:ウッディな香りとレモンやライムのようなさわやかさ・・。味わい:オークのビターな味わいとスパイシーさ、・・・」との解説書つきで59度の強さである。そういえば5年で送られてきたボトルは2015~2016飛鳥Ⅱの南極・南米ワールドクルーズの乗船記念に、横浜を出て早々に飲んでしまったから、居間に置いてある10年物ボトルをみては、これをいつあけようかとソワソワしている昨今だ。それにしてもこの10年いろいろな事があったものの、こうしていま無事においしい酒が変わらず飲めるという事は、お天道さまに大いに感謝である。

マッサンとニッカ記念ボトルとアイリッシュ(2014年10月14日)
マッサンとニッカ十年浪漫倶楽部(2014年12月1日)
竹原のウヰスキーケーキ(2016年12月 7日)

2017年12月 7日 (木)

This is the Wrangler.

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スラックスの基本はストレートと思っていたおじさん世代としては、最近の若者が着る人力車夫のパッチのような細いパンツがどうも気なってしかたない。そのうえこの頃のデザインは妙に股上が浅いし、なによりベルトループの数が少なく腰回りが落ちつかなくて困る。ユニクロなどで売られているのも、大体がこんなスタイルだ。男女問わず若者がこういうズボンを着て前屈みになっていると、後ろから下着やストッキングの上部が見えてしまうのだが、彼ら彼女らはなんとも思わないのだろうか。


なんでも最近のファッションは、上半身のシャツをズボンの上に出しているから、ベルトがきっちりと腰に回っているかとか、後ろから下着が見えそうかなどと云うことは気にならないらしい。しかしシャツはズボンの下に入れるシャツ・イン世代のおじさんとしては、どうも流行のスタイルがひどくだらしなく見えてならない。そんな我らがいま町なかで既製品のズボンを買おうとしても、みな股上は浅いうえに、ベルト通しが5つくらいしかなくて困るのだ。といって普段着のズボンにオーダーメードなどは無理なので、既製品で股上がゆったり、かつベルト通しが多いものはないかと探していた。


そこでみつけたのがWrangler Jeansである。なんでも元々ロデオ騎手やカウボーイを念頭に、鞍上の安定を求めるデザインを採用したのがラングラーなのだと云う。よって股上は深め、腰回りも余裕があり、やや太めのベルトを通すベルトループは7個と他のジーンズより多いのが心地よい。またデニムの生地も以前のゴワゴワのものより伸縮性があるストレッチ素材とあって履きやすい。これならベルト通しの間もだらしなく見えないし、体に比して標準より大きめな我がヒップも快適なのでこのモデルを愛用することにした。もっとも家で毎日着ていると、すぐ食べものや飲み物をこぼして妻に怒られるので、しばらくは外出用にしよう思っているところである。

2017年12月 5日 (火)

皇居 乾通り 一般公開

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12月2日(土)から10 日(日)にかけて、普段は入れない皇居の乾通りが、朝の10時~午後2時半の間一般に公開されている。宮内庁ホームページによると平成26年の天皇陛下傘寿を記念して乾通りを公開したところ好評だったため、以後、春の桜と秋の紅葉の時期に公開されていると云う。途中、開催されないシーズンがあったものの今回で5回目の公開となるそうで、この時期は我ら皇居ランナーたちは、押し寄せる人波によって周辺の通行規制が行われるために走るのが難しくなる。それなら今度はこちらが見学せねばと、小春日和の今日は、会社の昼休みを利用して乾通りに行ってみた。


皇居前広場に向かう道は、平日とあってそれほどすごい人出はないものの、ふと見れば周囲は元気な老人でいっぱいで、さながら日本の社会を象徴しているかのようだ。といってもこちらも国の基準ではその高齢者になるから、近辺の丸の内や大手町あたりで働いている若者から見れば同じ部類なのかもしれないが。隊列に従って入口になる坂下門に向けぞろぞろと歩いて行くと、周囲には警察犬も配置されてものものしい警戒体制である。アメリカの空港並みに警備厳重な荷物検査やボディチェックを受けてやっと坂下門をくぐると、そこからは普段は入れない聖地に来た様な気がして何やらわくわくしてきた。


坂下門を入ってすぐに見えてくるのが先の皇室会議でニュースに盛んに登場した宮内庁であった。そのすぐ左が正月の一般参賀でおなじみの長和殿で、この辺りからふと後ろを振り返ると東京駅周辺の高層ビル群がにょっきりと木々の上から姿をのぞかせている。ついこの前までは皇居を見おろす建物は不敬という事で、丸の内のビル街が9階建てになっていたものだが、たしかにまだ建て替えられていない帝劇ビルなどはこちらからよく見えない。なるほどあの高さ規制は往時として意味あるものだったのかと、ここに来てみて初めて判った気がしてきた。


左に吹上御苑、右手に蓮池堀や皇居東御苑の石垣を見つつ、皇居を貫く乾通りをそぞろ歩くと、紅葉した多くの木々のほかに冬に咲く桜なども見る事ができる。東京のど真ん中とは思えぬ景色を堪能しつつ、太田道灌が江戸に城を築く際に堀ったといわれる道灌堀などを見て歩くうち、あっという間に出口である乾門についてしまった。距離にして僅か1キロたらずの見学だから、正直言えば大きな期待に反してちょっと短すぎてあっけなっかたというのが感想である。それでも皇居の周囲をいつもグルグル走っていながら垣間見る事もできなかった「近くて異次元なワールド」に初めて踏み入れることができて、皇居への親近感もより強まった気がしたのだった。

道灌堀
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