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2017年11月

2017年11月30日 (木)

近代日本と慶應スポーツ・特別展

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慶応義塾体育会創立125周年を記念した特別展「近代日本と慶應スポーツ」が、三田キャンパス東館ホールで開催されていると読売新聞にあったので、会社の昼休みを利用して行ってきた。入場するとまず最初に目にとまるのが、本展のサブタイトルである「体育の目的を忘るゝ勿れ」という福沢諭吉の論説文の掲示だ。このコーナーでは慶應のスポーツが「創立者福沢諭吉の身体感・体育感」(解説パンフ)を原点としており、それが「近代日本のスポーツの発祥の一源流」(同)となった事を示している。私も今回初めてじっくりと福沢先生の論説を読んでみて、まさにこの教えが義塾体育会のバックボーンだと思い知ったのだが、この点はあらためて別の機会にアップする事にしたい。


展示物は明治時代、まだ体育や運動という言葉が社会に根づいていない頃の資料に始まり、早稲田大学野球部が慶應義塾野球部に送った挑戦状のほか、戦前のオリンピックに出た選手たちの活躍、戦時のスポーツと選手、戦後の復活のさま、国際交流の成果など170点余りにのぼっている。ほのかな灯りに映える落ち着いたホールには、ところどころに体育会本部の学生らしき学ラン姿の塾生が詰めていてここち良いが、平日の昼休みなので訪れる者も少なく静謐な雰囲気である。なぜか我々の年代以上の女性がちらほら見受けられるが、今と違って当時は女子選手の少ない時代だったから、わざわざここに足を運ぶ彼女たちは往年の名選手だったのだろうか。


ぜひ見たかったものがベルリンオリンピック陸上・棒高跳びで、早稲田の西田修平選手と2位・3位となり、メダルを半分づつ分け合った大江季雄選手の「友情のメダル」であった。残念ながら銀と銅色に分かれた丸いメダルは写真撮影禁止だったものの、教科書にも載った競走部の大先輩が係わったメダルを実際にこの目で見ることができたのは何よりである。傍らに展示されている大江選手の「明治維新ニ於イテノ地租、農政問題ノ社会学的考察」という卒業論文の分厚い綴りを見ていると、フィリピンで戦死した大江選手が決して伝説の人ではなく、本当にこの三田の地で学んだ塾生だったことが伝わり、なにやら急に親近感が湧いてくる。


そのほか、戦前に活躍した選手たちの戦地からの手紙や遺品、戦死広報などの展示物のなかで、特攻死した水泳部主将の片山選手が恋人に残した写真立てと、エンジ色の旧制中学時代の水泳ふんどしが生々しく印象的だった。これらを見ると、ありきたりな感想だが平和な時代にスポーツができるありがたさを感じるのである。そうこうするうち「ボーズ頭は決して高校生らしくない」「グランドへのお辞儀は虚礼である」「何故大声をだすのか」とENJOY BASEBALLを徹底した野球部の元名監督・前田祐吉氏のノートを前に足が止まってしまう。なるほど前田さんらしいと感心しつつじっくりと読んでいると昼休みの時間はとっくに過ぎて、あわてて会社にとって返したのだった。

六大学野球最多本塁打記録を持つ高橋由伸選手(現・巨人軍監督)のストッキング
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2017年11月29日 (水)

JTB 2019年サン・プリンセス 世界一周チャータークルーズ

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横浜大桟橋に左舷付けする「サン・プリンセス」(2013年5月)

JTBが米プリンセス・クルーズ社の”サン・プリンセス”号(77,441総トン・95年竣工・2016年改装)を丸ごとチャーターし、2018年4月から7月まで世界一周クルーズを行うと発表した。横浜・名古屋・神戸からの98日間のクルーズは、台湾を皮切りにモルディブ、アラブ首長国連邦などを経て、スエズ・パナマの両運河を通行、地中海・カリブ海・アラスカのクルーズ三大エリアを巡る”定番中の定番”一周コースである。料金は窓なし内側キャビンの188万円(早期割引)~888万円(スイート)+諸税・チップ(約30万円程度)と、飛鳥Ⅱの2018年ワールドクルーズの330万円(Kステート・早期特別割引)~2,625万円(ロイヤル・スイート)に比べ各段に安く設定されている。


日本のクルーズ人口も徐々に増えている昨今である。飛鳥Ⅱの2018年ワールドクルーズは予約で満杯、キャンセル待ち超多数という状況をみて、JTBはパナマックスクラスのプレミアム客船をドーンと借り切る事にしたのだろう。リタイアした団塊の世代が元気なうちに、というもくろみもあるのかもしれない。ただ従来の日本一周、せいぜい10日間くらいのチャータークルーズと違い、飛鳥Ⅱの倍以上の定員2000名もの船を、3か月にわたって借り切るとはずいぶん思い切ったものだ。もっとも世界一周を行うのは邦船ではお婆さんになってきた飛鳥Ⅱのみ、それも2019年以降は予定も決まっておらず、また新しい日本のクルーズ客船ができるニュースもない。ここは評判の定まった外国のクルーズ船をチャーターし、日本船に準ずる快適さで世界一周を提供しようというJTBに大いに拍手を送りたい。


そうは云え、船内での毎日の食事はどういうものが出されるのだろうか。飛鳥Ⅱのワールドクルーズでは、洋食・中華・和食とも気候やスケジュール、海域などにあわせて正餐からカジュアルまで、高齢者に口当たりの良いものを中心に実に細かい配慮がなされていた。深夜になるリオのカーニバル見物の前には、精をつけるべく夕食はうなぎのかば焼が出てきたものだった。食事はクルーズの基本である。中高年世代の日本人に合った、それも長い間食べても飽きない料理の提供にJTBは船会社と打ち合わせをする必要があるだろう。図書館の本ひとつをとってみても、長い航海日の無聊をなぐさめる日本船のライブラリーの充実には到底かなわないだろう。ドクターや床屋も日本人を乗せるのだろうか。


心配なのがお風呂で、サンプリンセスではバスタブがつくのがミニスイート以上のようだ。3か月以上シャワーだけでは嫌だ、という声が出てくることだろう。またウォシュレットが全キャビンについているのも日本船ならではだが、このあたりワールドクルーズにあたり何らかの対策が練られるのか。左党にとっては港近くのスーパーなどで安い酒をドーンと仕入れ自分のキャビンで飲める邦船と違い、外国船のアルコール持ち込み原則禁止、かつ船内で飲むと高い酒代も心配である。我々なら持ち込んだ缶ビールを一日で1本、ワインを2人で1本費消するとして、飛鳥なら部屋で飲む限り酒代が一人一日1,000円もしないが、外国船なら割高のビールに始まって相当かかるところだろう。これらを総合的にみると…。などなどと考えつつ、JTBの宣伝を興味深く検討するのだ。

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フネとしては古い部類だがバルコニー率は高い(同)

2017年11月27日 (月)

「ALWAYS三丁目の夕日」の世界

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浜松町近辺に勤めるようになって早くも半年近くなった。これまで永い間、皇居周辺あるいは日本橋近辺などに勤務していたから、何やら都落ちの感がないでもないが、毎日通っているとそう悪くもない場所だと思えてくる。芝公園のみどりはこれまで思っていた以上に広くて変化があるし、なにより東京タワーが目の前に見えるのが気分がよい。我々のような昭和どっぷり世代は浅草のスカイツリーなどよりも、高台にどっしりとそびえたつ東京タワーの方がはるかに町のシンボルと思えるのである。


東京タワーで思い出すのは、映画「ALWAYS三丁目の夕日」で、主人公ろくちゃんが住み込みで働く鈴木オート界隈だ。映画の中にたびたび出てくるシーンは、建設中の東京タワーの4本の脚が完成し、これから上に向かって伸びていく昭和33年の初め頃で、鈴木家の一平君は私より2~3年上という設定である。鈴木オートのある「夕日町三丁目」は、愛宕町か西久保巴町(現・虎ノ門三丁目)近辺を想定しているようだが、ここは今や高層ビルが建ち、すっかり様子が変わってしまって映画で描写された町の雰囲気は感じられない。


それよりもその近辺においては、もっと浜松町駅に近い芝公園や田町駅に近い芝二丁目~三丁目あたりが映画の舞台としてはぴったりだという気がする。近代化されてしまった愛宕や虎ノ門より、芝や芝公園あたりは東京タワーを間近に仰ぐ商店街や中小企業が軒を連ね、いまだに下町の風情が残っている一帯である。芝公園二丁目には自動車整備健保会館の建物があるのも、かつてこの町に鈴木オートのような「町の整備工場」が多数あったあかしともいえそうだ。


もっとも映画で一平君と友達の淳之介君が高円寺まで都電で遠征する際は、現在の外堀通りを走る都電3系統に乗ったようで、そうなると舞台の設定はやはり3系統(品川~虎ノ門~飯田橋)が走った西久保巴町付近だったかとも考えられる。とすれば町医者の宅間先生が狸にたぶらかされるのは、さしずめ愛宕山の杜だったのだろうか。とにかく東京タワーを間近に見ながら、フィクションとは云え映画のシーンを脳裏に、往時の街並みや都電の走った跡をたどるのは楽しいものである。

芝二丁目界隈
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2017年11月22日 (水)

川と掘割・江戸東京歴史散歩

父親の転勤で西日本に住んだ時と自分の海外勤務を除いて、まる60年間東京で暮らしてきた。この間に東京も随分と変わったが、やはり”ふるさと東京”だと思うと、町の歴史や成り立ちを知りたくなってくる。という事で、先に「東京の街の秘密50」などでアップしたとおり、最近は東京の歴史や地誌について書かれた本を読む事が多くなった。今回はPHP新書から出たばかりの「川と掘割”20の跡”を辿る江戸東京歴史散歩」という本をとても楽しく読んだ。筆者の岡本哲志氏は、NHK「ブラタモリ」に町の案内人として7回も登場した東京のエキスパートである。


ちょっと振り返れば、先の東京オリンピックを契機として作られた首都高が日本橋川や築地川、古川などを覆ってしまうまでは、東京の都心はもっと水辺が広がっていたものだった。さかのぼれば徳川時代は、いくつもの台地が入り江や低湿地に切れ込む場所であった江戸の町造りのために、水のコントロールとその有効利用が幕府の大きな課題だったのである。玉川上水の開設や神田駿河台の堀削、そして本書で展開される江戸市中を縦横に網羅した堀や運河、河川の建設をみるにつけ当時の土木具術水準の高さにあらためて驚くとともに、都市計画にかける幕府の思いが伝わってくる気がする。


さて、この本を読んでさっそく気になっていた日本橋堀留町あたりを昼休みに散策してみた。堀や運河もないのになぜこのあたりが堀留町というのか、実は以前からちょっと気になっていたのである。本を読んで目からウロコ、ここにはかつて東西二本の堀があり、日本橋川の舟運を利用した荷物の揚げ場として賑わっていた事がわかった。こうした水辺が大火や震災、空襲のたびに埋めたてられ、最後は物流の変化によって消えていったのが東京の水辺の歴史でもある。この種の本を読むと、これまで何気なく通行していた場所が以前はまったく違う情景であった事を知り驚く事が多い。そこを通りかかるほとんどの人が知らない地誌や歴史を、自分だけが知っているという密かな悦びが沸き起こるのである。

日本橋の堀留公園。 何気ない公園だが、かつてここに運河があった事を知る人は少ない。
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2017年11月17日 (金)

METS 指数

10月の東京は前線の停滞と台風でうんざりするほど雨が多かった。こうなると困るのが日々の運動だ。ふだんは月に200キロ程度あるいは20時間ほどジョギング、またはランニングをする事にしているが、雨が降るとそうもいかない。学生時代は「雨が降る日でも試合はあるよ」と云われて、よほどの大雨でない限り練習させられたが、さすがに趣味で走っている今では雨をついて走るなどは真っ平ゴメンである。


そんな日は仕方なく近くの高速道路の高架下まで濡れつつ走り、高速道路下の歩道を使ったりするのだが、雨天空でただでさえ薄暗い上に多数のホームレスの人たちが雨をしのいでいて、どうも心置きなく運動するという雰囲気でもない。もう老人の域に達した身としては何か目標があるではないし、そうまでして走る事もないのだが、どうしてもうまいビールを飲むためには汗をかくのが必須、という内なる声が体の中から沸き起こってくる。


という事で、雨の日はよく近くの公営プールに行って泳いだり、丸ノ内や大手町近辺の道路やビル街の下に広がる地下道をせっせと歩いたりする。ただ水泳やウオークでは月200キロという距離で表示する意味がなくなるから、その月は20時間走るというもう一つの目安に切り替える。しかしこの時に例えば30分のジョギングやランニングに相当するには何倍の時間かけて泳いだり、歩いたりしなければならないかという事にしばしば悩むのだ。


そんな時に便利なのがMets (Metabolic Equivalents)である。いろいろな身体活動が安静時の何倍のエネルギー強度なのかを指数化したもので、Mets表によると時速5キロ~6キロ程度のウォーキングは3.8、ジョギングやゆったりしたランニングは7~8、時速11キロで走ると11である。プールではクロールが8、平泳ぎが10で、夫婦で習っている社交ダンスは3だそうだ。これを使えば1時間泳げば1時間走ったのと同じ強度、地下道を歩く場合は2時間歩くと走る事の40分相当、毎週約1時間の社交ダンスは先生の話もあるので10分走程度と置き換えられる。こうして目標時間達成を目指すも、やはり走る事に勝る強い身体活動は少なく、雨が多い月は20時間が遠いノルマとなってしまう。目標を15時間にダウンさせようかとも思うが、その度に「年齢かなあ」と感じるのである。

2017年11月10日 (金)

山下埠頭

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山下埠頭の遠望

朝のテレビニュースで、主に在来貨物を扱う横浜港の山下埠頭がなくなるというニュースが流れている。国際物流のコンテナ化によって在来船の貨物取り扱い量が大きく減った山下埠頭を再開発し、一般市民も楽しめるハーバーリゾートに再開発されるそうである。確かに横浜市港湾局のホームページをみると、昭和50年代の初めに200万トン、1000隻近くの荷さばきをした山下埠頭も、昨年は一般貨物船の減少でわずかに14万トン、100隻ほどに減っている。ここが横浜の繁華街に近い事を考えると、こういう計画が進められるという事も納得できるというものだ。


そのニュースを聞いているうち、昭和50年代の初め、一万総トンの日本籍の在来貨物船に乗ってカリブ海・中南米へ3か月の乗船研修に出たのが山下埠頭だったのを思い出した。最近は日本の外国航路の貨物船といえども、船籍はパナマなど便宜置籍国にして外国人で運航されるのが当たり前の時代となった。わずかに危険物や可燃物など特殊な荷物を積む船に限って日本人数名に外国人が混乗するケースもあるが、我が乗船研修の当時は外国航路の船と云えば日本人30数名が乗っていた時代である。よきマドロスの最後とも云える頃であった。


スケジュール通りに走るコンテナ船と違って、その頃は船混みや積荷、揚げ荷の状況で、貨物船が港で長期停泊する事もしばしばで、若い乗り組み員たちは、ゴーショーギ(Go Shore 着)を着て、荷役のない夜や当直の合間に夜の街に繰り出したものだった。私が横浜から乗船した時も、クルーとなじみの伊勢佐木町あたりのおねえさん達が大挙して山下埠頭におしかけ、出ていく本船に向かって手を振ってくれていた。何か月も海の上で生活する船乗りたちが、後進で山下埠頭から離岸する船の舳先に立ち尽くし、いつまでも彼女らと別れを惜しんでいた光景が忘れられない。


ちょうどその頃は海運産業が長い不況に突入していくさなかで、私は帰ったら転職するかと去り行く横浜港を振り返りつ考えていたが、とうとうそんな事もせず40数年、この業界で永らく禄をはむ事になった。山下埠頭のニュースを聞くにつけ、貨物船で語り合ったクルーたちはその後の不況の下で、どうしたのだろうかとの思いが浮かんでくる。彼らの本名は覚えていなくとも、船乗り独特の職名で呼ばれていたそれぞれが働く姿は今も強烈にまぶたに残っているものである。チョッサー(一等航海士)、ボースン(甲板長)、クオーターマスター(操舵手)、ナンバン(機関部の一職名)、局長(船舶無線局長)、シチョージ(司厨長)など船内での職名が、山下埠頭のニュースと共に蘇ってきたのであった。

2017年11月 8日 (水)

海上保安庁音楽隊 第24回定期演奏会

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場内撮影禁止だが隊員入場・演奏前にコソっと一枚

応募した海上保安庁音楽隊の第24回定期演奏会鑑賞券が当たり、池袋の東京芸術劇場コンサートホールに行ってきた。元来ブラスバンドを聞くのが好きで、春秋の金曜日の昼に日比谷の屋外公会堂で行われる消防庁の金曜コンサートはよく聴きに行っている。また警視庁や自衛隊などのバンドが行進する時には、ついパレードに一緒について行ってしまい、妻には「まるで子供のようね」と笑われているありさまだ。今度生まれたらブラスバンド部に入って自分で管楽器を演奏してみたいと思ってみたりもする。


海上保安庁の音楽隊は、ホームページによると「国民と親交を深め、海上保安庁の活動に対してご理解をいただくと共に、海上保安職員の士気の高揚を図る」目的で昭和63年に設立されたそうだ。といっても海上保安庁じたい、ふだんの生活にはあまりなじみがない組織だが、クルーズ船に乗れば国内各地で巡視船を見る事ができるし、なによりシナによる尖閣問題では、彼らの命を張った行動に注目が集まるところである。その音楽隊は演奏専門の隊員でなく、海上保安業務を行いながら練習や活動に取り組んでいるとの事で、これはぜひ彼らを応援せねばと定期コンサートに応募したのだ。


夜7時からの演奏会は、大きなホールがほぼ満員の盛況だった。考えてみれば亡き父は運輸省(現・国交省)の役人だった頃、海上保安庁に出向した事もあったから、ここに来るのも何かの縁かと思いつつ開演を待つ。スーザの行進曲「黒馬騎兵隊中隊」で始まったコンサートだが、少し聴いているとふだん青空の下で聞くブラスのサウンドと違って実に豊饒な響きであるのに気がついた。ホールの音響効果を考えてても、そのハーモニーはついこの前まで巡視船に乗り組んでいたり、ヘリコプターの整備をしていた隊員とは思えないほど馥郁たるもので素晴らしい。


プログラムもマーチに始まり、英国の民謡、ミュージカル始め芸術的な曲目まで多彩、アンコールにはお約束の「海猿のテーマ」そしておなじみのマーチ「我らが指揮者」で盛り上がってフィナーレにとなる楽しいコンサートであった。こんなに素晴らしいコンサートなら毎年この抽選に当たればあたればよいのだが、そのためには海上保安庁友の会に入れば確率はもっと高くなるのだろうか。周囲を海に囲まれた日本で、たまたま親子して海運に縁があり、また妻の祖父も船乗りだった事を考えれば、これを機にこの会に入会しようと単純な私は決心したのであった。

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