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2017年10月

2017年10月31日 (火)

2017秋 慶應野球部優勝おめでとう

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三田山上での優勝祝賀会に行くのは昭和47年以来45年ぶり。早稲田に勝った時だけ歌える「丘の上」が爽快だった。

慶応野球部が東京六大学野球で7季ぶりに優勝して、昨夜は晩酌の酒がひときわうまかった。今季は初カードの東大初戦でまず敗戦、私が神宮球場に足を運んだ翌週の法政戦は初回に法政・4番の中山(3年履正社)に大きな3ランをくらうなど投手陣が崩壊、打線も繋がらずという有様だった。正直言って昨年までの大黒柱・加藤(現・広島カープ)が抜けたあと、春に続いて一体だれが投の軸になるのかと心配していたが、当初はまさにその危惧どおりの展開である。リーグ序盤でスタンド観戦しながら「ああ、これは秋はあかんな」というのが正直な思いであった。


ところが法政に勝ち点を奪われた後は、その日に一番調子よいのが投げると云う日替わり投手陣の踏ん張りと見事な打線の粘りで明治、立教、早稲田に競り勝ち、ついに6連勝して35回目の優勝をとげる事ができた。その中で特に目立ったのは都立・公立高校や慶応志木高・湘南藤沢高校といった特に野球に力をいれているわけではない学校からきた投手陣であろう。早慶戦の1年生投手の関根君(都・城東)の踏ん張り、同じ1年生の佐藤君(県・大館鳳鳴)の快投、最後に志木高出の2年生石井君による見事な投球は、まさに今季の慶応投手陣の底上げを象徴しているかのようだった。


打線も楽天にドラフトされた岩見君(4年比叡山)のホームランがよいところで出た一方、明治戦以後は僅差のゲーム展開が多いなかで、逆転や延長戦をしぶとく制して勝利をものにしたものである。主将の照屋君(4年沖縄尚学)や岩見君は一浪、2塁手の倉田君(4年浜松西)は二浪、3塁手の瀬尾君(4年早稲田佐賀)は理工学部の学生である。野球の強豪校から注目されて来た部員と普通の高校から頑張って入学した部員、一貫教育の塾内各高校から上がってきた部員たちそれぞれが切磋琢磨して戦うという慶応らしい布陣だが、彼らをここまで育てあげた大久保監督や各コーチの手腕には敬意を表したい。


さて天皇杯は一つの競技に一つだけ下賜されるものだ。相撲で言えば大相撲本場所の優勝力士が授与されるが、野球ではプロ野球の日本一チームでも甲子園優勝校でもなく、東京六大学野球の春・秋の優勝校に送られる。その重みを感じつつ、11月10日からの明治神宮大会で全国の代表と戦ってほしいと野球部には期待する。今日は私も昭和47年秋の優勝パレード以来45年ぶりに、三田山上での優勝祝賀会に参加して青春の喜びが蘇った気がした。一方で我が競走部も5年後の箱根駅伝本選出場を目指して、強化策やスカウト活動を開始したばかりである。野球部の優勝をみると、彼らから選手育成やスカウトについて学ぶ事が多いという気がしてならない。

2017年10月26日 (木)

堂々と憲法改正せよ、安倍首相

予想どおり自民党の圧勝で終わった総選挙だった。企業の景気は上向きで失業率も改善、株価もアップしているのに、どうしても安倍首相をやめさせたい勢力は、格差が拡大する一方だとか、戦争ができる国に突き進んでいるなどと、まるで愚にもつかないへ理屈のキャンペーンを張ったが、国民はそれほどバカではなかったという事だ。ましてやモリカケ問題を国会で延々とやるなどは時間の無駄以外のなにものでもないから、安倍首相は今後この問題は無視したらよいのではと私は思っている。


それにつけても我々から2~3年上の世代、いわゆる団塊まっさかりの連中とよく酒を飲むのだが、彼らの多くがいわゆるリベラル、というより左翼っぽい思想を持っているのに驚く。企業や社会でそれなりの実績を挙げてリタイアしようかという世代なのに、いかに日教組の教育や進駐軍のWAR GUILTY INFORMATION PROGRAMの影響が恐ろしいものかとつくづく感じるこの頃である。


読売新聞がこの23~24日に行った世論調査でも、50歳代以下では今回の選挙結果が「よかった」というのに対し、60歳代は「よくなかった」が多数を占め、内閣支持率も低い結果だったそうだ。ネットの普及で若い世代が日本の本当の姿を知っているのに対し、上の世代になるほど旧態以前たるサヨクメディアから流されるステレオタイプの虚偽情報にだまされるのであろう。シナや朝鮮の味方のような朝日新聞や毎日・東京新聞などは、やがて段階の世代の人たちがいなくなれば、彼らとともに消えてなくなる運命に違いない。


サヨクの連中は今回の結果が小選挙区制による死に票の結果だと、またぞろ制度のせいにする向きも多い。その小選挙区は中選挙区制がとかく腐敗を生み出しやすい、利益誘導型の選挙になるとの批難の中で、1990年代に小沢一郎や細川内閣、社会党の村山内閣らいわゆるリベラル(パヨク!?)も多数加して検討・導入されたものである。どうもリベラル・サヨクの退潮は制度の問題ではなく、もう従来型のかれらの存在価値が賞味期限を迎えた結果だとみるべきではないか。安倍首相は「慢心を戒め」などせず、トランプ大統領と組むとともに、原発も活かし、なにより70年もほっておかれた時代遅れの憲法の改正に敢然と挑んでほしいものだ。

2017年10月22日 (日)

コメダ珈琲店の朝

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名古屋名物おぐらあんも選べるトーストつきモーニング(2人分)

ご多分にもれず年齢とともに段々朝早く目が覚めるようになってくる。休日の朝も早くトイレに行ったりして起きてしまうが、そんな時、妻と二人でドライブがてらコメダ珈琲店の東雲店にモーニングをとりに行く事がある。東雲まではわが家から片道で約10キロ弱、隅田川を越えて比較的すいている週末の都心ドライとしては適当な距離だ。ガソリンを無駄に撒き散らして走るなら、何か少しでも得になる事をしたいという妻の発案で、名古屋オリジナルのコメダのモーニングにしたのである。


”名古屋のモーニング”といえば今や全国的に有名なアイテムだそうで、朝の時間帯に喫茶店でコーヒーを頼むと、トーストやサラダ、ゆで卵などが無料でついてくる。コメダはその名古屋発祥の一大全国チェーンで、都内や近郊各県でもそれぞれ約10~20くらい喫茶店を展開している。そのうち東雲店は、都の市場問題などで何かと話題になる新しいまち、豊洲からほど近いショッピングセンターの一画にあって、駐車場も大きくてクルマをとめやすいのがよい。


こうして一歩コーヒー店内に入ると、朝からモーニングを楽しもうという独身者や家族連れで一杯である。入り口でしばらく順番待ちして席に案内されると、ブレンド(ホット)を二つ頼む。これに焼きたてトーストが一切れつき、私は手作りタマゴペースト、妻は気分によって定番ゆで卵か名古屋名物おぐらあんを選ぶ。気が向けば200円のミニサラダや150円のコールスローなどを頼む事もあるが、しめて代金は二人で千円前後といたってリーズナブル。お店の係はきびきび良く働くし、休日の朝にいつもとはちょっと違う町でゆっくり楽しむコーヒーも良いものだ。

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2017年10月15日 (日)

第94回箱根駅伝予選会・観戦記

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最近は各校のぼりを押し立てての応援

数十年ぶりに立川まで箱根駅伝予選会に応援に行った。母校が箱根駅伝プロジェクト(リンク)を先ごろ立ち上げ、我々OBに対して熱心に応援を呼びかけるメールが届くので、久しぶりに応援に行こうかという気になったのである。箱根の予選会といえば我々の時代は30校くらいが参加する関東学連のごくローカルな大会で、予選会の中位以下の各校は20キロ走れる10人の走者を集めるのに四苦八苦であった。中には短距離や体つきがまるで違う投擲の選手まで借り出して走った学校もあったものだが、今ではエントリーが50校を超える大きな大会となっている。さらに最近の予選会は参加標準記録まで設定されて、この大会で走るランナー全員が、長距離の一定の公認記録を突破しないと出られないルールになっているのには驚くばかりだ。


早起きして駆けつけた立川の昭和記念公園周辺は、各校の幟(のぼり)や数千人になろうという応援の人々、制服応援団やチアガールにテレビ関係者やメディアなどで一杯である。こうなると箱根の”予選会”がいまやスポーツの一大イベントになっている事がわかるが、これも正月の日テレによる箱根駅伝の全国放送が始まってからで、メディアの影響力はすごいものだとあらためて実感する。昨日は気温も低く時々霧雨の舞うという走るには絶好のコンディションのなか、我々応援する側は選手集団の走りに応じて公園の内外数箇所を幟をもって移動する。ポイント・ポイントで母校の選手の力走に声援を送るが、トップ集団は20キロを1時間を切ってゴールするから、移動しつつ応援する方も結構大変な労力である。


もっともこうしてゴールするトップ集団は、ケニアなどの黒人選手ばかりでいささか興をそがれるのが事実。結果を見ると明治・筑波・日大・専修・亜細亜・東京農大と云ったかつての箱根の常連校が予選落ちするなか、これら黒人選手を核に、おもに”駅伝”ばかりに力を入れているかのような学校が次々と上位~中位に入るのは違和感を感じるところだ。こうなると以前に採用された関東インカレの”陸上競技”の結果(インカレポイント)を、予選会の成績に加味する方式を再びとっても良いような気もする。我が母校と同じように箱根復活を7年前に期して再建を始めた陸上の強豪、筑波大でさえ、ようやく順位を上げるだけで本選出場にはまだ相当の差があるようだ。結果をみると我が母校も全校的プロジェクトといえどもかなり前途多難が予想されよう。それでも昨日は母校で最初にゴールした根岸君(3年・慶應志木)が、学連選抜チームに選抜される可能性大の走りとあって、このあと正月を期待させる観戦であった。

根岸君 (左から4人目 白のランニングにKマーク)の力走
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2017年10月13日 (金)

のぼせもんと小松政夫

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何度もアップした通り子供のころから”ハナ肇とクレージ・キャッツ”の大ファンだったから、(リンク:植木 等と昭和の時代)この秋、土曜日の夜8時から毎週NHKで放送されている”植木等とのぼせもん”を楽しみにしている。山本耕史ふんする植木等のお約束、「お呼びでない?お呼びでない・・・、こらまた失礼しました」もオリジナルに似ているが、浜野謙太の谷啓は顔の表情がそっくりだし、深水元基の犬塚弘ときたら本人かと見まがう体形と仕草でテレビの前で噴き出してしまう。画面からは、古き良き昭和を彷彿とさせるザ・ピーナッツのほか3人娘、中尾ミエ・園まり・伊東ゆかり(のそっくり)も飛び出してなんとも懐かしい。


なにより面白いのが、ドラマが始まる前に出てくる小松政夫(本人)が扮する例の”淀川長治の解説”である。小松が演ずるところの淀川さんの表情、そして何よりその語り口をきいていると、小松が本物の亡き淀川さんより本人らしく思えてくるから不思議だ。その小松政夫が初めての自伝”昭和と師弟愛”を出したそうで、その寸評と本人のコメントが10月8日の読売新聞の文化欄にあって興味深かった。それによると植木等の付き人から喜劇の世界に入った彼は、「父親と思え」と言われた植木とは実際の親子のような子弟関係であったと云う。なかんずくその欄で印象的だったのは「もう一回人生をやり直すとしたら植木さんの付き人をまたしますか」という問いに対して「はい」と小松が即答したくだりであった。


小松政夫の”昭和と師弟愛”はいま話題なのだろうか、月刊HANADA11月号の著者インタビューでも大きく取り上げられている。その中で、植木から言われた言葉で一番印象に残ったのが「おまえはウケなくても七転八倒やってきた。お客さんが笑わなかったら、笑うまで何とかしてやろうっていう努力がね、凄いよ」と誉められた事だと述べている。小松は、これで師匠から認められたと感動したそうだが、読売では「(最近の)芸人には芸があるとは思えない。私はもう75だから、言いたいこといわせてもらう」と苦言を呈している。彼の演ずる淀川長治よりホンモノっぽい淀川長治や「悪いーね、悪いーね、ワリーねディートリッヒ」などの数々のギャク(迷文句?)を思い出すにつけ、読売での若手への注文もむべなるかなと納得するのである。サヨナラ、サヨナラ!!

2017年10月 9日 (月)

「ただ一つ旗かげ高し」 東大15年ぶり勝ち点 

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東京六大学野球も第5週といよいよ佳境である。この週末は天気も良いし神宮球場にでも行こうかと思ったが、母校はすでに法政に勝ち点を落として調子は今一歩。最近はネットによる無料動画配信という便利なものもあり、家に居ながらにして試合が見られるとあって、東大-法政、明治-慶應のカードはパソコン観戦と無精を決め込む事にした。慶應のスラッガー・岩見君(4年比叡山)のホームラン記録もさる事ながら、やっと力を発揮してきた東大のエース・宮台君(4年湘南)と好調な東大打線が、法政の野球エリートたちにどう戦うのかがの今週の見どころだ。


7日(土)はその宮台君の好投で9対2と法政に快勝した東大だが、1勝はできても2つ先に勝って勝ち点を得るのはそう簡単な事ではない。宮台君は土曜日に完投しており日曜日に最初から投げるのは無理とあって、東大が勝ち点を挙げるには2番手以下の投手や打撃陣のふんばりなどが試される場面である。まあ、いくらなんでも今日は法政が勝つのだろうと内心で思いながらネットの動画を眺めていると、東大は初回から適時打が出て4点をとり、なんと4回には2本の本塁打で8対3とリードを広げるではないか。こうなるとひょっとすると今日は東大の勝ち点、それも法政相手の歴史的な瞬間が見られるのではないか、とパソコンの前から離れられなくなってしまう。


しかし高校時代に甲子園などで活躍した実力ある選手を集める法政もそう簡単には引き下がるわけがない。6回からマウンドに上がった宮台君を法政はじわじわと攻め、9回には8対7と一点差まで追い詰める。なお逆転のランナーが塁上に出た状況とあって画面を見ていてもハラハラ、ドキドキの連続である。宮台君が最後の打者をどうにか外野フライに打ち取った瞬間には、他校ながら思わずパソコンに向かって拍手をし、画面から流れる応援歌「ただ一つ」を一緒に口ずさんでいたのだった。リーグのホームページによると、東大が勝ち点を挙げるのは2002年秋以来15年ぶり、連勝での勝ち点は1997年春以来20年ぶり、法政からの勝ち点は24年ぶり、法政から連勝での勝ち点はなんと1928年秋以来89年ぶりだそうだ。


そういえば最後の勝ち点を挙げた2002年には松家君、最後の連勝勝ち点の97年には遠藤君といずれも好投手がいたが、今回は宮台君の他に打撃陣の活躍が見逃せない。一方の法政は最近いったいどうしてしまったのだろうか。あの山中-田淵の時代や江川と黄金軍団の憎たらしいほど強かった法政を知る身としては、拍子抜けする東大戦の連敗だった。もっとも実績ある選手が多数いるからといって、必ずしも勝てないのが大学野球の面白さとも言えるのだろう。さて今までもこのブログでもアップしたとおり、入れ替え戦を行わず東大も含め固定した六校で行うのが東京六大学野球の六大学たるゆえんである。メンバーの一角がこうして奮起する事はリーグの発展にとても喜ばしいとファンの一人として思うのだ。

2017年10月 7日 (土)

暴走パソコン

どうもコンピューターやパソコンは苦手の部類だ。その昔1980年代初頭だったろうか、会社に本格的に業務システムが導入される際には、システム委員会などと云う組織ができて、営業部門からも順番でメンバーに選ばれた事があった。委員会でいやいや発言を求められると「コンピューターと業務の関わりは必要最小限にして、なるべく導入しないようにして欲しい。今まで通り極力人の力でやるべし!」などと一人で反動的な意見を述べ他の参加メンバーに嫌われたものである。超文科系の私にはコンピューターなどに基本的な信頼感や親近感を持てないのだろうか。


しかしそうは云っても、今では仕事にパソコンは必携のアイテムになった。まことに嫌な時代になったものである。しかたなく業務で毎日パソコンを相手に苦労していると、これが私の云う事を聞いてくれない事がしばしばだ。特に他人が作ったエクセルやワードのファイルをベースに書類を作成する時などはどうにも使いづらく、年とともにますます気短かになった事も相まって日々イライラが募るのである。


先日は苦労してエクセルの表で作業していると、とつぜん画面がスクロールしてどんどん下にいってしまった。1行目から20行目までに収まっていた表の下にブランクの150行目やら200行目が次々と現れ、元に戻そうとしてもままならない。あわてて「X」をクリックしてエクセルを終了させようと試みるも、パソコンは応じてくれず狂ったように無関係な罫線をクルクルと示す。なんとか強制終了して今度はメールを見ようとアウトルックを開くと、一度しかクリックしていないのに幾重にも新規メールの画面が開いていく。あれやこれや元にしようとキーボードを押しているうち、今度はマウスがまったく機能しなくなってしまった。


こうなるとずぶの素人には手がおえない。仕方なく会社のパソコンのメンテをしている人に電話すると「どうもパソコンは壊れたようですね」「今は忙しいから後日伺います」とつれない返事だ。パソコンがないと仕事もできず、その日は業務を打ち切って早退したが、帰宅して理科系の妻に相談すると「もしかしてマウスが動かないのは無線マウスの問題かも」と言う。翌日、意をとりなおし家から持参したコード式のマウスをUSBポートに差し込むと、なんと何事も無かったようにふつうにパソコンが動き出した。どうやら無線マウスが故障して暴走し、操作もしていない事を勝手に次々と指示したようだ。なんとふざけた道具かと呆れたが、やはり私とパソコンは相性が悪いようだ。手書きの時代が懐かしい。

暴走無線マウスの元凶?信号を受けるチップ
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2017年10月 2日 (月)

定年後の再就職

最近、本屋の店頭をひやかすと定年退職したオヤジ向けに、定年後の働き方に関して書かれた本が多い事に気づく。読んでみると、現役時代に働いていた会社や関連業界に再就職した人に対して、どの本でも「現役時代の上下関係を忘れろ」とか「先輩風をけっして吹かすな」などという調子で注意を促しているようだ。たしかにその通りで、それはそれで頭ではわかっているつもりだが、自分の現実となるとなかなかそうもいかない事に気がつく。


私も一旦会社を辞めた後、この夏から知人の会社を手伝い始めたのだが、仕事といえば、もと勤めていた会社を含めて、同じ業界の各社から下請け書類の作成を引き受け、そのデリバリーを行う業務で、土地や家の業界に例えれば仲介の不動産屋のような役目である。当然もとの会社の人たちなどにえらそうに教育したりする立場ではないものの、まだ入社そこそこの相手先の若手に接していると、「こんなタイミングでは駄目だよ」とか「もっと良く書類をチェックしなさい」などとつい老婆心が頭をもたげて説教したくなる。


先日ある大手商社に輸入貨物に関する書類の貰い受けに行ったところ、まだ学生気質も抜けないような社員から「あ、この書類ちょっと間違っていたから直すまで少し待ってて下さい」と言われた。待つと云っても最近の事務所はどこもセキュリティ対策とかで簡単に中には入れないようになっている。「待つはよいのですが、どこで?」と答えると「いや、ここで」と一流商社に入ったのだから頭は良いのだろうが、何も考えていなさそうな兄ちゃんは、廊下を指さして慇懃無礼な答えだ。仕方なくそこで書類が整うまで10分ほど待ったのだが、手持ち無沙汰に廊下に突っ立っていると、心の中からは「俺をこんな廊下で待たせやがって」との言葉が湧いてくる。


「ちょっと前ならな、この会社に来たらこんなチンピラ若造でなく、応接間に通され役員や部長が出てきて『お茶にしましょうか、コーヒーですか?』と言われたものだぜ」と定年再就職本なら禁句とされるような思いが胸の中で頭をもたげてくる。”中高年には生きがいが大事、毎日のリズムのためにも定年後に何らかの仕事しましょう”などと新聞や雑誌・書籍にはきれいごとが書かれている。しかし60代も後半になって再就職先で若者からつまらない思いをさせられると、人の心は教科書通りそう簡単には転換できないものだ、と型にはまったノーテンキな本の忠告にちょっとイラっとくるのである。


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