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2017年9月

2017年9月27日 (水)

ついに「愛国心」のタブーから解き放たれる日本人

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わが家では国の祝祭日に国旗を必ず掲げる。といっても狭いマンションなので金属製ドアにマグネットの旗差しをつけ、日の丸の小旗を斜めに揚げるだけなのだが、どうやらマンションの同じフロアーで日の丸を掲揚しているのは我が家だけのようである。国の成り立ちが違うとは云え、かつてアメリカに駐在していた時に見た、人々が祝祭日のみならずさまざまな機会に星条旗に忠誠を誓う光景とはエラい違いだ。そのアメリカ人のケント・ギルバート氏が書いた「ついに『愛国心』のタブーから解き放たれる日本人」(PHP新書)を知人からもらって読んだところ、なるほどと眼からうろこ、いたる箇所にうなずく事が多い本であった。


ケント氏が冒頭で述べているように、日本人は総じて自分の故郷や育った土地を愛しており、日本の風土や習慣・食事などが好きな事は間違いないだろう。では皆が「愛国心」を持っているかと聞かれると、いちように金縛りにあったかの状態になり、答えに窮する人が多いものだ。同様に私が子供の頃は、立派な大人なのに日の丸に敬意を払わない人もよく見られたのだが、著者はこの現象を次のように批判している。「日本では日教組の教員が率先して、それこそ親や保護者の了解もなしに、日の丸と君が代に対するマイナスのイメージを植え付けるという愚行が、長いあいだ行われてきました。それだけでなく、戦前の国家主義につながるからというデタラメな理屈で、道徳教育までもが否定されてきたのです」。正にその通りであろう。


そして日本人が日本人たる所以は「国民と共にある」天皇という存在があったからだという事を、著者は歴史を踏まえ様々な事例で教えてくれる。私も彼の様なアメリカ人から言われてみて、改めて日本社会のあり方の根っこには天皇陛下の存在があった事に気がつかされたのだが、同時に天皇を基本的に否定するような共産党と野合する日本の野党は、この国を本当に良くしようと思っているのかとの疑問がただちに湧き起こってきた。さて、こういう日本の「国体」を否定する動きは、すべて戦後の進駐軍によるWAR GUILTY INFORMATION PROGRAM(アメリカが日本人を恐れるあまり、二度と強国にならないように精神を改造する計画)によるもので、日本人なかんずくメディアや教育界がこれにすっかり洗脳されてしまった結果が愛国心の拒絶であったと本書は強調する。


最近のネットの発達によって、多くの日本人も朝日・毎日・東京新聞を始めとする左翼的なメディアが流す情報が、相当なバイアスがかかっている事を知るようになった。また右翼の街宣活動も、どうやら多くの第三国の人たちが「右は怖いものだ」とのイメージを皆に植え付けるために行っている面がある事もわかってきた。一方で70数年以上も前の大東亜戦争以前とは世界情勢がすっかり違っているのに、いつまでも懲りる事なく「戦争への道」などと安倍政権を批難し、日本人だけが狂信的に侵略戦争を起こすかのように喧伝する幼稚な勢力が日本にまだ存在しているのも事実である。こうした時代に著者が本書の「おわりに」で「『愛国心』や『天皇』についての誤解とタブーから、ついに日本人が解き放たれるときがきているようです。いや、それはもう多くの日本人にとっては、現実に起きていることかもしれません。」と我々にエールを送ってくれる事は、まことに時宜を得た頼もしいものだと清々しく読了した。

2017年9月20日 (水)

井戸の茶碗

先日、読売新聞の日曜版を読んでいると、一面の「名言巡礼」に「心が洗われる誠実さ」と題して、落語の「井戸の茶碗」が取り上げられていた。その日曜版を読むうち、麻布や清正公やら白金といった馴染みの地名が出てくる事もさる事ながら、この「井戸の茶碗」のきれいな終わるオチににわかに興味を覚え、さっそくYOU TUBEで検索すると、桂歌丸や古今亭志ん朝などがこの江戸人情話を演じていることがわかった。


話はこうである。麻布のくずや清兵衛さんは、白金に住む浪人・千代田ト斎から買った仏像を清正公前の若侍・高木作左衛門に売る。作左衛門が買った仏像を磨いていると、その腹の中から50両(今でいえば500~600万円)もの大金が出てくるではないか。作左衛門は「仏像を買ったので中の金は買っていない」と清兵衛に金の返却を頼むが、売ったト斎は「売ったものから何がでてこようとそれは当方預かりしらないところ」と拒むのである。


さあ困った清兵衛さんはどうしたのか、そこから話しが次々と展開し、「井戸の茶碗」に連なっていく流れがとても面白い。「悪人がひとりもでてこない」という登場人物の設定と彼らがたどり着く幸せなエンディング、YOU TUBEながら落語の名人たちが演ずる江戸人情話にすっかり酔いしれてしまった。「週刊誌もワイドショーも、話題は不倫、ごまかし、お家騒動・・・・。まさに”他人の不幸は密の味”」(読売日曜版)の嫌な世情だからこそ、「心が洗われる誠実さ」に我々も打たれるのだろうか。これを聞いていると久しぶりに新宿末広亭などへ行って落語の雰囲気を味わってみたくなったのだった。

2017年9月18日 (月)

祝・慶應競走部創部100周年

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長谷山塾長による祝辞・

昨日は日吉で競走部創立100周年の記念式典と祝賀会が開かれた。藤原洋記念ホールで行われた式典に先立って陸上競技場で行われた93回目の早慶対抗陸上では2年ぶりに早稲田に勝利し、その勢いを持ち込んだかのように盛り上がった記念の会であった。式辞を述べた川添競走部部長によると、1917年に部が出来る前にも、徒歩部と云う部が体育会に存在しており、その起源からカウントすると競走部は塾体育会と同じ(125年周年の)歴史になるが、徒歩部は途中で競『争』部と名前が変わったりして、いつの間にかわからなくなったらしい。まだ陸上競技という概念が充分に確立する前の、近代スポーツ揺籃期の混乱から生じた出来事なのであろうか。川添部長の話では、今の競走部は20世紀初めのオリンピック運動の興隆を背景にして誕生したのだそうだ。


場所を移して学生食堂で開かれた祝賀会には現役部員はじめ、関係者含めて800名もの懐かしい顔が揃った。卒業以来40数年ぶりに会う者や地方から上京した者も多数おり、100周年という節目に居合わせる喜びを一同で大いにかみ締める事ができた。見れば中にはかつてインターハイや国体で優勝したり上位に入って「陸上競技マガジン」や「月間陸上競技」の表紙を飾ったOBたちもそこここに散見される。こんな選手たちと一緒に何の実績もない私のような部員が、日々の練習や生活を共にできたのはなんと幸せな事だったかとあらためて往時を思いだす。また、ここに集まった卒業生(塾員)の多くが主に実業界で活躍し、日本の経済を担っている事が交換する名刺からもうかがえて、これこそが慶應の良さであると思うのであった。


さて我々の頃と違い今は160名もの現役部員が在籍し、体育会の多くの部と同様に女子部員も多数活躍している。そして何より驚いたのは祝賀会で鈴木監督から紹介された現在の部の専門的な活動であった。今は短距離・長距離・跳躍などの各パート毎に、かつて日本を代表する選手だった他大学の出身者がアドバイサーやコーチとして現役を見ているほか、専門のトレーナーがついてチームドクター制もできているそうだ。これら部を支える陣容が監督から紹介されるにつけ、我々の時代は一人の監督の下で皆が一緒に練習し、長距離も投擲も飲み食いを共にする牧歌的な体制だった事が懐かしい。もっとも監督によるこれらの紹介で、最後に合宿所のまかないのおばちゃんが呼ばれると、OBの若手連中や現役の学生から一段と大きな拍手が沸き起こって、何かホノボノとした気分になって祝賀会場を去ったのであった。

2017年9月10日 (日)

日曜朝の雑感

桐生君、陸上100米で日本人初の9秒台を記録 ! おめでとう。追い風1.8米と条件にも恵まれたが、そういう環境を自分のものにするのも実力のうちである。大変な努力を積み上げてきた事だろう。これが一つのきっかけとなり、いま10秒そこそこの記録で走っている多田、山縣、ケンブリッジ、サニブラウンなど多くの選手たちが一挙に9秒台になだれ込むような気がする。特に競走部の後輩・山縣君には是非もう一度頑張ってもらい、彼にも9秒台をだしてほしいところだ。


さて先日、わが家の給湯器が突如まったく作動不能になった。あわてて東京ガスに連絡して見てもらったところ”寿命”との事。器具を新換えするしかないと云われ、見積もりをもらうとなんと45万円と目の玉の飛び出る価格にびっくり。床暖房もできる強力なものなのでそういう値段になるそうである。こんなに高いなら今年の冬はうんと床暖房を活用しないともったいないと思っているところだ。


この給湯器、とりあえずの応急処置部品が届くまでの4日間、わが家では蛇口をひねってもまったくお湯が出ず、風呂どころかシャワーにも入れない状況になってしまった。こうなってみて初めてお湯がいつでも蛇口から出てくる今の生活のありがたさが身にしみる。仕方なく妻は気合をいれて”水シャワー”でしのぎ、私は近所の銭湯に3日間毎日通う事に。幸い我が新宿区にはお風呂屋さんも多く残っている上、区から60才以上の者には月4回まで無料で銭湯に入れる入浴証をもらっているので、このクーポンの恩恵を受ける事になった。


こうして通うはめになった最近の銭湯は、普通のお湯のほかに湯の中に電流を流して体を槽内でぴりぴりさせる電気風呂や薬草をいれた薬草風呂などもあって、最初は何をどうしたら良いのかちょっと戸惑う。それでも3日連続で大衆感ただよう”町のお風呂”に通っていると、すっかりその雰囲気にも慣れ、場を仕切ったような感じでお湯の中でリラックスできる。お約束の富士山の壁絵を眺めつつ、同じ42度の湯温でも家庭の42度より体がずっと温まる湯につかっていると、給湯器の故障もそれほど気にならなくなったのだった。

区から60歳以上に配布される入浴証、9月の分はすでに3回使った。
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2017年9月 6日 (水)

THE ROYAL EXPRESS

先週末は伊豆に行った。今回は列車の旅だったが、東京への帰り道に伊東駅でJRの特急”踊り子”号を待っていると、向かいのホームに"The Royal Express"との表示もまばゆい青色の豪華な電車が停車している。この列車、先頭車両はムーミンの顔のような形状でどこかで見た事があったし、側窓のガラスを固定するパテもちょっと古そうなのだが、すべて閉まっている窓ブラインドの端からのぞき見る車内はすっかり木目調にリノベートされていて、これは一体何かとにわかに興味を覚えた。


帰宅して"The Royal Express"を検索すると、この列車は今年の7月から横浜-伊豆急下田間で伊豆急の親会社である東急が運行するクルーズトレインなのだと云う。ホームページによると、東急催行のこのクルーズトレインの旅は横浜から出発し、伊豆急下田までの3時間余りの間に車内で豪華な食事を楽しむのだそうだ。その晩は乗客は下田で宿泊し、翌日の帰路はこの電車で伊東に戻り、そこからJRの”スーパービュー踊り子”号で横浜まで帰るらしい。


一方でこの編成自体は2日目に伊東で乗客を降ろした後、東京からの”スーパービュー踊り子”で来る新たな乗客を収容して下田に行き、3日目に下田から横浜に帰る旅を1行程としている。どこかで見たと感じた車両は、1990年代前半に伊豆急が導入した”アルファリゾート21”を改造したものだったが、気になるお値段というと下田での宿泊費も込みで約15万円と、クルーズ船の飛鳥ならAスイートのキャビンに泊れそうな強気の設定である。


今回、私が見た"The Royal Express"は伊東駅で、ちょうど横浜方面から来る”スーパービュー踊り子”の客を待っているところだったようだ。2014年に旧鹿児島本線だった”おれんじ食堂”"肥薩オレンジ鉄道の旅を楽しんだ通り、この手の列車によるクルーズと云うコンセプトはJR九州の”ななつ星”で最近にわかに盛んになっている通りだ。この値段を鉄道に払うなら私ならクルーズ船の上級クラスのキャビンで旅する事を選ぶだろうが、いずれにしてもシニア世代を主な対象にした旅行の企画が益々盛んになる世の中である。

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