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2017年6月

2017年6月30日 (金)

今こそ、韓国に謝ろう 百田尚樹 著

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あの「永遠の0」を書いた憂国の作家、百田尚樹氏の「今こそ、韓国に謝ろう」と云う本がベストセラーになっている。もっとも本の帯には「百田尚樹、涙ながらの大謝罪!」とあるので、この人も何か勘違いしてサヨク陣営に寝返ったかといぶかしく思いつつ話題の本を買ってみた。まず冒頭のまえがきを読むと、「日本が朝鮮および朝鮮人に対して行った悪行を知り、愕然としたから・・・」「日本は韓国に謝らねばならない!」とあるので、やはり心配したとおりの本かと思いつつ、おそるおそる本編の1ページ目を繰ると・・・・。危惧した事とおよそ正反対、お約束の論旨展開に、思わず”ブッ”と大きく噴出してしまった。


氏はわが国が朝鮮半島を併合した1910年以降、日本人は朝鮮の人々の意見も聞かずに義務教育を普及させ、識字率を上げたりハングルを普及させたり、あまつさえ日本で六番目の帝国大学を作る事までしてしまったと指摘する。頼まれたわけでもないのに勉強などしたくない朝鮮の子供の自由を奪い、教育を押し付けた大罪は大いに反省すべきだと云う。ヨーロッパがアジアの植民地の人々にまともな教育をしなかったのとは反対に、「子供たちに無理やり学校に通わせた」いわば「人権蹂躙」を朝鮮で日本は行ったと批難する。また施設はつくっても肝心の人としての「モラル」を日本人が教えなかったために、韓国人が世界でいま嘲笑をあびているのは日本人として大きな失敗であったと氏は説く。


同様に国土を分断して鉄道を敷いたり、氾濫にまかせておればよいのに自然を破壊する治水工事や護岸工事を行ったうえ、港湾まで日本が整備してしまった悪行の数々を百田氏は挙げる。全土のハゲ山に朝鮮人の意向も聞かず緑化運動を行ったのも大きなお世話で謝罪すべきと云う。はたまた産業らしい産業がない国だったのに日本の勝手な都合で、工業をおこし農業改革を行った結果、朝鮮半島の人口が大きく増加したのも現地の人たちが望んだものではなく謝らねばならないのである。永い間の両班(やんばん)体制や奴隷制度などの悲惨な伝統によって併合前の朝鮮は「類をみない不潔」な国だったものを、その伝統をこわし半島を近代化させたのも大いなる間違いで、余計なおせっかいだったようだ。


本書は我々の多くが知る朝鮮半島の歴史の他に、日本が統治する前には想像を絶するような社会制度・風習・伝統があった事が紹介されて、この国の異形の文化に驚かされる。慰安婦(本当は金銭目当てのふつうの売春婦)の問題しかり、交渉が合意した後もいつも「ゴールを動かす」韓国人の姿勢しかり、本書を読むと、日本人として誠実に行ってきた事に対して彼らがなぜいつもエキセントリックに反応するのか、多くの日本人が日ごろ感じる疑問にヒントが得られるような気がした。そして最終章「韓国人はなぜ日本に干渉するのか」という百田氏の持論展開には、思わず「うーん」と唸って拍手を送りたくなる。本当は近寄ってはいけない朝鮮半島に100余年前に図らずも関わってしまったと云う大失敗を、この際いさぎよく「謝ろう」と痛快かつシニカルに説く本書の一読をぜひおすすめしたい。

2017年6月23日 (金)

ANA SFCマイル修行(8) 完

昨日は梅雨が明けた沖縄の那覇へ今回の修行の最後となるフライトで行ってきた。これで遂に5万プレミアム・ポイントをゲット、プラチナステイタスに達した。思えば羽田空港から宮古島や石垣島を含み3ヶ月間に計8回、那覇空港を中心に沖縄県を訪問した事になる。一連の修行はスポンサーである妻(ほぼフルタイムワーカー)が、全区間プレミアムクラスに乗れる費用を出し予約手続きをしてくれたから、私(定年退職オヤジ)はただ空港に時間通りに行き指定された便に乗ればよいというお気楽なものであった。それでもフライトの朝となると目覚ましをセットしていても、かつて接待でゴルフに行った時のように遅れてはならじと緊張し、早朝に目が覚めたりしたのだった。


ANAプラチナステイタスの資格を得るためには海外のロングフライトを利用しポイントを稼ぐ手もあるが、国内線だとなにせ国際線の2倍の換算率、かつプレミアムクラスに乗ればさらに割り増しもつく。海外だとパスポートの準備はもとより、着いた空港から町までのバスやら鉄道の運賃、場合によってはホテル代まで考えなければならないが、国内なら基本は日帰りトンボ帰りでよい。国内線で羽田からもっとも飛行距離が長い沖縄まで事前割引を使って往復すれば、プレミアムクラスのただ酒が飲め、どの便でも軽食が出るから食事代もかからない。


という事で今回の修行のお値段は総額で45万円強だった。今後スーパーフライヤーズカード(SFC)の発行依頼をすると、そのクレジットカードを保有している間はラウンジの使用、手荷物制限の優待、優先搭乗などが妻を含めて可能になるそうだが、これをもって高いと考えるか否かは価値観の問題といえよう。その昔、出張族だった頃は国際線の主要路線はJALばかりだったから大分前からJGC会員にはなっていたものの、ANAの上級会員などほとんど興味がなかったのである。今回は妻の主導でANAプラチナステータスになったが、あの時代に出張でJALの半分でも会社の金でANAに乗っていれば、今になってこんなに苦労しなくてすんだのにと妻と苦笑いするのである。

下が一連のANA SFC修行のまとめ

LEG日付フライト出発地/時刻到着地/時刻滞在時間食事PPブログ記事
-1/2ANA670長崎19:1520:50羽田--610五島列島再訪
14/3ANA463羽田07:4510:25那覇2:302,860ANA SFCマイル修行(1)
ANA996那覇12:5515:20羽田2,860
-4/5ANA589羽田12:1513:45松山-1,057新幹線は外国人観光客の誤乗車防止を
24/11ANA0089羽田06:1009:20石垣5:303,460ANA SFCマイル修行(2)石垣島
ANA1774石垣14:5015:50那覇1,017
ANA472那覇16:4519:10羽田0:552,860
35/9ANA467羽田08:4011:25那覇2:552,860ANA SFCマイル修行(3)
ANA468那覇14:2016:45羽田2,860
45/15ANA0087羽田11:5514:550宮古3:403,295ANA SFCマイル修行(4)宮古島
ANA1730宮古18:3519:25那覇842
5/16ANA464那覇12:1514:40羽田16:502,860
55/30ANA467羽田08:4011:25那覇2:552,860ANA SFCマイル修行(5)
ANA468那覇14:2016:45羽田2,860
66/6ANA995羽田09:1011:55那覇4:502,860ANA SFCマイル修行(6)
ANA472那覇16:4519:10羽田2,860
76/14ANA473羽田13:1515:55那覇2:252,860ANA SFCマイル修行(7)
ANA474那覇18:2020:40羽田2,860
86/22ANA995羽田9:1011:55那覇3:052,860ANA SFCマイル修行(8)
ANA470那覇15:0017:25羽田2,860
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2017年6月20日 (火)

米イージス艦とコンテナ船の衝突

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事故のイージス艦フィッツジェラルドと同型艦ジョン・S・マケイン(8362トン) 2009年12月横須賀基地公開日に撮影

日本郵船のコンテナ船CTX CRISTAL号と米海軍のイージス艦が衝突し多くのアメリカの若者が亡くなった。まずもってこの事故で亡くなった前途ある米国の兵士たちの冥福をお祈りしたい。それにしても2009年秋に自衛艦くらまがコンテナ船と衝突した事故の時にも思ったが、現代の軍艦というのは鉄板が薄い事にあらためて驚いた。旧帝国海軍では駆逐艦こそぺらぺらだったものの、巡洋艦以上の軍艦は装甲が厚かったと云われる。今の戦争は魚雷戦などがないのでこれでよいのだろうが、現代の巡洋艦たるイージス艦の船穀はこんなにも薄いのか。


報道ではよくわからないが今回の事故はどうも2隻とも伊豆半島の先端、神子元の灯台をかわして東京湾に向かう同航船だったようだ。当夜の視界は良好だった中、コンテナ船がイージス艦の右舷後ろから追突したとすると、ねずみ色でただでさえ見にくい軍艦のうえ、コンテナ船からはマストや両舷の赤青の灯火が視認できない位置、船尾灯しか見えない方向からぶつかったのかもしれない。追突だとすれば見張りをしっかりしていれば防げた事故だとも思うも、衝突したとされる午前2時頃は当直の2等航海士と操舵手(クオーターマスター)の二人ウォッチで、2航士が海図の確認などで遮光カーテンの奥で作業すれば、ブリッジは実質一人体制になる時もある。


NHKニュースでは内航船の船長の話として「3人ブリッジで見張りをしているはず」と言っていたが、これは2航士とクオーターマスターの他、船長もブリッジで操船をしている事を指しているのだろうか?ただ事故現場が船舶の輻輳する海域と云っても、深夜に神子元灯台をかわって翌日の早暁に着く浦賀のパイロットステーションまでは船長は居室に戻っていたのではないだろうか。というのも東南アジア航路の本船はここに来るまで荒天などでそもそも日本到着が遅れていたようで、その後の神戸・清水・名古屋・東京・横浜に連日入れ出しするスケジュールもかなりタイトである。船長は睡眠不足だったはずで、明朝の東京湾に備え少しでも寝ておくため、神子元を通過してからはブリッジにはいなかったのでないかと推測する。


かつて1980年代、私が北米航路のコンテナ船担当だったころは釜山・神戸・名古屋・清水・東京と毎日各港入れだしのスケジュールを船長(当時はみな日本人)に提示すると、毎回「俺を殺す気か、これじゃずーっと寝る閑がないじゃないか」とひどく怒鳴られたものだ。今回のコンテナ船はフィリピンクルーだそうで、実質的に日本の船主が日本郵船に定期用船で長期に貸し出している船である。これから保安庁の調べや海難審判で様々な事実がわかる事になろうが、就労体制も含めて一刻も早く原因が究明される事を望みたい。それにしてもコンテナ船の代船手配や船荷証券はじめ膨大な輸出入書類を書き換えなどに皆テンヤワンヤだろうと関係者の苦労を思うと心が痛む。


2017年6月15日 (木)

ANA SFCマイル修行(7)

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やっと届いたブロンズステイタスカード

ラウンジが使えポイントも割り増しとなるプレミアムクラスでの修行(全8往復)も、予定通り5回目の沖縄・南西諸島フライトでブロンズサービスのステータスがゲットできてそのカードが届いた。先週の6回目にひき続きプラチナまで残るは2回の羽田・那覇往復となった。という事で7回目の昨日は往路が13時15分発の473便で、那覇で2時間25分待ち、帰りが18時20分発の474便である。プレミアムクラス搭乗とは云え毎週のように沖縄に行く事もそろそろ飽きてきたし、この梅雨空で那覇やその近辺を廻る気もあまりしないので、今回はトンボ帰りの日程である。もっともこのせわしなさを味わってみることで、やっと本当のマイラー”修行僧”のような気分にもなれそうだ。


昨日の那覇は予想通りの土砂降りとあって、空港のターミナルビルからは一歩も出ずに本屋やみやげもの屋をひやかし、早々にラウンジに駆け込む。そこで恒例のオリオンビールの生を一杯飲み、フライトまでの時間は置いてあるウイスキーを楽しむ事にした。ウイスキーといえば日ごろ我が家では、特売で1000円以下で売られている”バランタイン”くらいしか飲めないから、ラウンジのサントリー”ロイヤル”をこの際に存分に賞味しようと張り切るのだ。夕方5時近くになるというのに、ここのウイスキーの瓶はほとんど減っておらず、これ幸いとばかり家では滅多に飲めない高いお酒をゆっくり楽しむ事ができた。


さてこの日は今回の修行で初の夕食が出るフライトである。ディナーの食前酒をCAが聞きに来るので、先ほどの続きを楽しもうと 「ウイスキーを下さい」 とリクエストすると、なんと「申し訳ありませんがウイスキーは積んでいません」と彼女が困ったような顔で言う。そういえばラウンジのウイスキーも飲まれていなかったし、機内でも最近はワインやら焼酎を注文する声は聞くが、「ウイスキー!」というのはあまり耳にしない。ワインを日本人が普通に飲むようになったのはこの20年くらいだし、かつて焼酎は労働者が飲む安酒と思われていたから、私などは国際線でビジネスクラスに乗った時は、まず”高級ウイスキー”だと思っていた。最近はウイスキーが人気がないとは聞いていたが、国内線とは云えプレミアムクラスにウイスキーがないのはさすがに時代の流れかと驚いたのだった。さあ、あと一往復か。

ウイスキーをあきらめ赤ワインで楽しんだディナー
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2017年6月13日 (火)

チャルメラ派かサッポロ一番派か?

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同窓会の打ち合わせメールを日中に友人の自宅に送ると、折り返しすぐに返事が来たりして 「ああ、みんな、サラリーマン生活が終わって家にいるのか」 と妙に安心したりする日々である。妻が働きに出ている昼間、つい昼食もありあわせのものにしたり抜いたりしてしまうが、先日妻に付き合ってスーパーに行った際に、明星チャルメラの昔と変わらぬ包装を食品棚にみて、無性に懐かしの味を食べたくなってしまった。


という事で昨日、一人チャルメラを作ってみた。明星チャルメラはサンヨー食品のサッポロ一番と同じ年1966年の発売で、その頃ちょうど中学生だったからよく食べた覚えがある。当時は学校から帰ってカバンを家に放り投げ毎日のように自転車で近所に遊びに行ったが、ちょうど食べ盛りの頃、その前のおやつに母親がよくチャルメラをこさえてくれたのだ。また友人の家にあがりこみ夕方になるとそこのお母さんがインスタントラーメンを出してくれることも多かったが、家によってチャルメラ派とサッポロ一番派が別れていて、今でも昔の友の家の前を通るとそこがどちら派だったかなどと思い出したりする。


それまでは日清チキンラーメンのように、どんぶりにラーメンを入れてお湯をかけるだけのインスタントラーメンが主流だったところ、チャルメラのころから粉末スープを別に作り小さい袋に入った香辛料を振るようになったのがちょっと高級で、それが一味違うおいしさになったように感じたものだ。当時のお母さん達はみな忙しかったのだろう、どの家でも包装袋にあるようなチャーシューやほうれん草などが入っていた覚えはほとんどなく、どこかの家でゆで卵が入ったのが出てくると「お~、オマエの家は豪華だなあ」などと囃したのである。


なので今回自宅でつくる久しぶりのチャルメラも、具は一切なしである。写真のように何となくシンプルで日常的、手間いらずの感じがよい。もっとも麺を食べ懐かしいスープをすすろうとすると、包装の袋には製品の「食塩相当量」がスープで4.1グラムと表示があって、「おっと血圧を考えるとスープはやっぱり少し残すか」などと考えるのがあの頃との大きな違いである。濃厚なスープをうらめしく半分残しつつ、よし今度はサッポロ一番を買ってみるかとドリフターズの「サッポロ一番、これがラーメン、本場の味だ♪」とコマーシャルソングを口ずさんでみた。

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2017年6月11日 (日)

ピアノのお稽古

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モーツアルトのピアノソナタ11番(ケッヘル331番「トルコ行進曲付」)の練習を始めたと当ブログにアップしたのが2015年6月末(リンク モーツアルト ピアノソナタ11番)で、それからほぼ2年が経過した。この間には100日に及ぶ飛鳥Ⅱの南極・南米ワールドクルーズがあり、船内の電子ピアノで練習できる時間が限られたりしたが、それ以外の日々には、ほぼ毎日の様に数十分から1時間の練習を繰り返してきたのだ。小さい頃は親に言われていやいや弾いていたピアノも、自分の意思で練習するとなると意外と積極的に取り組める事にあらためて驚くのであった。


自分の実力以上の課題、かつハノンなどは一切やらずにいきなりの練習だから、当然の事ながら随分と苦労した部分も多かったのが事実である。特に第1楽章の最後の変奏曲などは指が楽譜通りにおよそ動かず、プロの弾いたCDを聞いては「これは別の曲か?」と絶望的になったり、ピアノは私よりはるかに上手い妻が傍らで思わず噴き出してしまうような場面もよくあった。それでも老人の常で早朝に起きてしまった日などは、我が家の電子ピアノにヘッドホンをつけて、カタカタと一人練習してきたものだった。


「好きこそものの上手なれ」とはよく言ったもので、とにかく昔からこの曲が好きだったからこそ、なんとか自分の手で弾いてみたい一心である。70歳までには全3楽章、プロが演奏すると30分弱のピアノソナタを最後まで通して弾きたいと思っていたが、何とか2年で取りあえず第3楽章トルコ行進曲のコーダまでたどりつけた。もちろんまだまだ怪しい部分や弾きなおしをしなければならないところが多いし、人前で演奏するなどとは冗談でも言えないが、とりあえず自ら設定した所期の目標を2年で達成である。


ピアノは楽譜に向かっている最中でもけっこう他の事を考えている事がわかったり、苦手なところを繰り返し練習しているとある日ふっとそこがスムースに通過できたりと、新しい事に挑戦していると年齢に拘わらず思わぬ発見をすることがある。今は難しい場所を再度練習し直したりしているが、とりあえず全楽章をなんとか弾ける様になったから嬉しくて一日一回は最初から最後まで通して弾いてみる。さて次は何の曲にチャレンジするか、クラシックにはこれ以上好きなピアノ曲がないので、もう一度実力相応に戻りソナチネでも練習しようか。はたまたハノンもやっぱり必要か、いやポピュラーを楽しむか等といろいろ考える。やっぱり年齢などあまり気にせず何でもやってみるものなのだ。

2017年6月 7日 (水)

ANA SFCマイル修行(6)

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全8回シリーズ南西諸島めぐりのANA SFCマイル修行も6回目となった。この日の往路は羽田を9時10分発・那覇11:55分着の995便である。ポイントが稼げるプレミアムシートのうち、いつもは左舷側2Aに座るが、今回はそこが先に予約済みなので反対舷スターボード2K(窓際)となった。羽田を出た沖縄便は静岡や愛知の東海道岸上空を飛行し、熊野灘あたりから那覇に向かうなか、この日はスタボーなので雲の上に頭を出した富士山がくっきり見え清々しい気分だ。那覇空港では南からの風が卓越していたため、乗った便は本土から飛行したまま北から真っ直ぐ滑走路18に進入し、珍しく定刻より20分ほど早着した。


帰りは16時45分発の472便ゆえ那覇では5時間ものインターバルがある。よってふだん南側から着陸の際に眼下に迫ってくるリゾート地の瀬長島に行き、滑走路36の手前で着陸する飛行機の低空飛行をゆっくりと見つつ時間をつぶそうと計画を練っていた。着陸寸前のアジア各国の民間機もさることながら、東京では見る事ができない自衛隊のF15戦闘機や早期警戒機、哨戒機を爆音とともに間近で眺めるのも一興であろう。ところが案に相違して当日の離発着は北側からで、瀬長島付近では離陸した機体が頭上はるかを急上昇中する様しか見られないことになる。残念だがこの案はまたの機会に延期する事にした。


と云う事でこの日はモノレールに乗って、那覇市内の沖縄近隣航路フェリー乗り場である泊埠頭「とまりん那覇」にぶらぶらと散歩におもむく。行ってみるとまだ夏の観光客もおらず船を待つ地元の人たちがいるだけの生活感ただよう待合室だ。お昼時になったので待合室近くで地元のお弁当を買うと、380円という安さにも拘わらず、東京あたりのコンビニ弁当に比べてコメの量がとても多いのが嬉しい。おかずはハムカツの間にポテトサラダが挟んであるし、小さなハンバーグにマカロニサラダ、加えてにんじんの千切りと卵を一緒に炒めた素朴な沖縄のチャンプルーが楽しめる。閑散としたフェリー乗り場で潮風に吹かれつつ、一人ゆったりとご当地ならではの弁当を食べるのも旅の喜びである。さあ修行もあと2回となった。

安くてがっつり、沖縄のお弁当
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2017年6月 5日 (月)

「加計」などやってる場合か?

東証株価が上がり有効求人倍率もあのバブル時代を超えたそうで、課題はまだまだ山積であろうがまずは順調な安部政権の経済政策だ。ご同慶の至りである。一方で北朝鮮の暴発やシナの軍拡、かたやパリ協定からの離脱表明など予想がつかないトランプ政治と、外交や安全保障では片時も世界の情勢から目が離せない。わが国の舵取りも極めて難しい時節といえよう。こんな時にどうでもよいような「森友」や「加計」問題を、悠長に時間を割いて国会で質疑をしている民進党や共産党の議員を見ていると、あなた方はどこの国の議員ですかと情けなくなってくる。健全な野党がいない日本は不幸である。


「加計」の本質については、元通産官僚で慶應大学の岸博幸教授による読売新聞5月31日朝刊「編集委員が迫る」の解説が一番合点がいった。これは獣医師の需給を所管する農水省や族議員・獣医師会による岩盤規制と、それに対して穴を開けたい内閣府のせめぎあいが事の本質であって、規制緩和の要請を文科省が認めたくなかったのが問題の構図だという。とすると内閣府との交渉に負けた前川とかいう元文科省事務次官の腹いせが事の発端であり「内閣府との交渉に負けたということだ。なのに、問題の文書を根拠にして『行政がゆがめられた』と発言したことに著しい違和感を感じる」「行政がゆがめられるとまで感じたら、なぜ在任中に体を張って戦わなかったか。・・・理解できない。」と岸教授は述べる。


ここのところANAの修行で、羽田や那覇空港のラウンジで過ごす時間が多いから、そこに置いてある新聞各紙にじっくり目を通す事ができるが、人一倍「加計」に熱心なのが朝日新聞であろう。もっとも朝日を手にとる度に、こんな下らない事に紙面を割いているようでは、団塊老人がいなくなるに従い、この新聞の行く末が決まってくるような気がしてならない。読売新聞の6月3日朝刊の「変奏曲」欄では「(民進党の支持率がこうも)上向かないのは、『森友』や『加計』で国が滅びることはなくとも、(民心党が苦手中の苦手である)『安全保障』ではそれ(国がほろびること)があることを国民が知っているからだろう」との事。安部憎しのあまり、安全保障の危機の前に大切な事をすっとばし、瑣末な議論をしていてよいのかと民進党やサヨクテレビ・新聞などに文句を言いたい。

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