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2017年4月

2017年4月29日 (土)

セレブリティ・ミレニアム日本一周春色クルーズ(2)

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この8泊の航海は、セレブリティーが日本で行う初めての自主クルーズで、この後ゴールデンウイークはHISが本船をまるごとチャーターし台湾・石垣方面へのクルーズが1航海ある。ほとんどのクルーは日本が初めてと言っていたが、クルーズも終盤になった今、彼らサービス係の日本語の挨拶もかなり上手になってきた。一方で日本人の乗客はクルーズ慣れした比較的高齢者が多いようで、船内の雰囲気はなかなか落ち着いており、そこここに上質な時間が流れている。次のクルーズは連休真っ最中とあって若者やファミリーも乗船するだろうから、かなり雰囲気も変わる事になるのだろうか。


反面、船内で目立つロシア人の乗客たちは概して不愛想のようだ。廊下で通路を譲っても挨拶はしないし、エレベーターでは人が降りてから乗るとか、女性優先などというマナーも守らない人たちが多い。ロシアの田舎から来た連中ばかりかと思ってロシア人のサービスクルーに聞くと、モスクワやサンクト・ペテルスブルグからやってきた客も多いとの事で、やはり彼らのマナーは西欧風とはほど遠い事を感じる。もっとも中国本土から来たファミリーの集団などがいないので、席を占領されたりもせず、彼らロシア人のマナーがちょっと目につく程度なのだろう。


クルーは世界各国から集まっているが、操船部門のオフィサーや機関部の上級エンジニアはギリシャ人達である。セレブリティークルーズ社のシンボルマークであるローマ字のX(エックス)は、創業者チャンドリス家のギリシャ語の頭文字に由来する通り、いま会社はアメリカにあっても船はギリシャの伝統をあちこちに受け継いでいるようだ。今回の日本周遊クルーズは海はべた凪ぎで、9万トンを超える大型船の中央部で寝泊りしていると、船体の動揺も機関の振動も聞こえず、部屋の冷蔵庫の始動音で朝に目が覚めるというほど静穏である。もっとも部屋の掃除や細かい点では飛鳥やにっぽん丸ほど行き届いていない点もあるが、値段を考えると大変快適なクルーズだといえよう。

スイートの乗客が使えるマイケルズクラブ・ここではお酒がただであった。
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2017年4月28日 (金)

セレブリティ・ミレニアム日本一周春色クルーズ(1)

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22日(土)から米国CelebrityクルーズのMillennium号(91,000総トン)で、8泊の日本一周クルーズに来た。例によって寄りたくない反日の国家、韓国の釜山への寄港があるものの、ここはいつも通り一切下船しない事にしているからこれで良しとしよう。Cebrityの船は2008年にMercury号でアラスカクルーズに利用した時に、料理が美味しかったと記憶している通り、今回も期待にたがわず食事はかなり美味しいと感じる。船内で開かれたクルーズ・ライター上田寿美子さんの講演では、この会社が伝統的に料理に力を入れていると聞いて、なるほどと感じているところである。


この8泊のクルーズはCelebrityの日本発着では初の自主クルーズだそうで(この後にHISのゴールデンウイークをかけたチャータークルーズが催行される)クルーが970名に対して乗客は約2,200人弱だそうだ。うち日本人は1,530名、ロシア人が270名、オーストラリア、イギリスやカナダなどの英語圏から340人との事で、船内放送も英語、日本語、ロシア語の順で行われている。田舎者らしいロシア人達は人が降りる前にエレベーターに乗ってきたり、廊下で遭ってもニコリともしないのが多いが、シナ人のように親戚一同で席や通路を占領してワアワアと騒がれるよりは遥かにマシで、これまでのところ快適な船旅を続けている。


外国船に乗るとしばしばシステムやルールの運用に微妙な違いがあって、気の弱い私は、乗船後しばらくブッフェの食べ物などをキャビンに持ち込めないのか気になってじっと他の人の様子を観察したりするのだが、どうも本船はそれほどそれらが厳格でないようだ。今回はフルタイムで働き始めた妻の太っ腹によりスカイスイートキャビンでのクルーズ、飛鳥ならCスイートクラスのキャビンというところだが、外国船の例に漏れず船内ではきわめて料金の高いアルコールも、スイート専用のラウンジでは飲み放題、かつ部屋に持ち帰って良いとの事で酒好きの我々夫婦にはありがたい。さてクルーズ後半は新潟、青森、仙台と続くがこの後も楽しみだ。

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2017年4月20日 (木)

Tabasco sauce can make almost anything taste good

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アメリカのどこかの空港内にあった本屋で、もう20年以上前"Live and Learn and Pass It On" という小冊子を買った。飛行機の乗り継ぎの際、ぶらっと立ち寄った本屋で立ち読みして、思わず”ブっ!”っと噴出して以来すっかりこの冊子が気にいって、今でも時々暇つぶしに眺める事がある。 中味はアメリカの市民が編者によせた"Ihave learned that ~"で始まる小文を集めた文集で、まあ「私が習った事といえば≒人生で大事な事は・・・」とでもいう薀蓄集である。そこに収集されている簡単な英語の各作文は、ちょうどわが国の川柳のように人生や生活のポイントをついていて面白い。


さてその中にこんな文があった。"I have learned that if you like garlic salt and Tabasco sauce you can make almost anything taste good."というもので、タバスコ好きの私は、料理にこれをふりかけようとする際、このフレーズを思い出しニヤっとしてしまうのである。イタリア人はスパゲッティにタバスコを使わないと云うし、何にでもタバスコをかけようとするのは田舎者のアメリカ人と日本人くらいかもしれないが、かく言う私も妻が「まずそのまま味わって、それからタバスコかけるならご自由に!」とあきれるほど何にでもタバスコをかける方である。


そのタバスコはアメリカのルイジアナ州に本社を置くマキルヘニー社によって、一日100万本以上も製造、世界へ輸出されているそうだ。ルイジアナ州は岩塩の産地として有名だから、これにメキシコ産のトウガラシ(タバスコペッパー)や穀物酢を混ぜてオーク樽(楢樽)で長期熟成させる伝統の製法でつくられているとの事で、製品になるのに3年以上かかっているという。わが家ではマキルヘニー社の製品はタバスコのほかにハラペーニョソースも愛用しているが、もしわが人生にタバスコがなかったら食事もさぞつまらないものであったろう。いつの日かルイジアナ州のタバスコ製造工場を見学してみたいものだと私は密かに思っている。

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2017年4月18日 (火)

2017年春 東京六大学野球 慶應 VS 東大一回戦

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春の緒戦、慶應はいきなり一年生投手の登板

東京六大学野球春のリーグ戦の観戦に行く。この時期になると変わらぬブログなのだが、50年以上、毎年春・秋には神宮球場の学生野球に通っているから仕方ない。今年も初観戦は15日の土曜日、慶應対東大の一回戦だった。この日は母校の応援のほか東大4年生、注目の宮台投手(湘南)の投球にも期待がかかる。下級生の頃から注目されていた宮台君はリーグ戦に先立つ社会人との対抗戦で、強豪の明治安田生命を相手に9回4安打9三振で完封勝利し、いよいよその実力が開花したかと思われたからだ。


ところが慶應一回戦に先発したこの日、宮台投手はどうもコントロールが定まらず、明らかなボール球の連発である。とにかくストライクが入らず、打者11人に5四死球で、2回で早々と降板となったのは残念だった。 ひじを痛めたために昨年フォームを変えたそうだが、もう一度出直してこれからのリーグ戦にはその実力を発揮して欲しいところだ。驚いたのは慶應の先発投手が一年生の関根君(城東)だった事。なんでも昨年夏の東東京大会で都立高校ながらベスト4まで進んだ投手らしいが、春のリーグ戦で1年生投手の先発と云えば、1985年春開幕カードの立教戦でいきなり完封勝利した志村亨投手(桐蔭学園)をつい思い出してしまう。 


関根投手はこの日は最速139キロと球速は抑えていたものの、5回を5安打失点1に抑えたのは立派だった。願わくばこの後、先輩の志村投手の様に神宮の杜を沸かせ、リーグの諸記録を塗り替えていって欲しいものだ。一方、打では現在アマチュア選手の中で飛距離が一番と言われる慶應4年の岩見選手(比叡山)が、この日も宮台投手から左翼席に豪快なホームランを打ったのが光った。打った瞬間、相手の外野手さえほとんど動けないような大きな放物線を描く彼の打球は、あの法政の田淵選手のホームランを彷彿とさせるものがある。今春・今秋と彼はどこまでリーグ戦でホームランの数を伸ばす事ができるのだろうか。いよいよ球春到来で楽しみである。

2017年4月15日 (土)

東京消防庁音楽隊・2017年春・金曜コンサート

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気候もよくなったこの頃である。日比谷公園の野外音楽堂で春・秋の金曜日昼休みに行われる東京消防庁音楽隊の金曜コンサートに行ってみた。昨秋のコンサート以来半年ぶりで、会場は近所の勤め人のほか多くの中高年聴衆で一杯だ。無料のコンサートと高齢者に支給される都営交通パスによるのか、ざっと見回すと聴衆の平均年齢は飛鳥Ⅱの乗船客より高齢のようにも見うけられる。


福田純子さんの司会、五十嵐隊長の指揮で始まるコンサートは、スーザの「美中の美」(The fairest of the fair)を皮切りに、NHK朝ドラの主題歌などに続き、中村八大ヒット曲メドレーで終わる耳に馴染みの曲ばかりであった。新年度のコンサートらしく新しいバンドメンバーもちらほら見えるなか、会場の一部は演奏に合わせて八大さんが作った九ちゃんの懐かしい歌を口ずさむなど雰囲気も良い。恒例、しめの「木陰の散歩道」では、皆の手拍子やシンバルの音を楽しみ、幸せな気分でコンサートを聞き終わった。


さて遅咲きの桜のほかチューリップが咲き誇る日比谷公園からの帰り道、ふと気がつくと私自身サラリーマン時代よりゆったり歩いているようだ。春の空のもと、勤めから解放された実感がそうさせるのだろうか。そういえばピアノは毎日練習しているが、昔から一度管楽器を演奏したいと思っていたのだった。折りしもちょっと年上の友人がフルートを習い始めると聞くし、習う事に遅すぎる事はないと云うから、中高年のフルートかクラリネット教室にでも行ってみようか、というアイデアが頭をよぎった。どうもやりたい事が多くて困ったものだが、それらのうちどこまで本当に実行するであろうか。

2017年4月13日 (木)

ANA SFCマイル修行(2) 石垣島

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早朝の羽田空港ANAラウンジ

修行の2弾目は羽田/石垣島/那覇/羽田である。石垣島行きは早朝6時10分に羽田空港を出る国内線始発便で、これに乗るためには朝の5時半頃に空港に着く必要がある。この時間に我が家の近所から羽田に到達する地下鉄がないため、最寄のJR線の駅までタクシーに乗り、JRの始発電車から始発モノレールを乗り継いでの搭乗となる。辿り着いた羽田空港第2ターミナルのANAラウンジはさすがに人影もなく、白々と明けゆく窓外の空港も広々としたエプロンに駐機している機体が見えるばかりで、早朝の侘しさを漂わせる光景である。


ボーイング737型の石垣往き便は家族連れなどのレジャー客がほとんで、その日のうちに帰京するわが身には違和感を感じる華やぎの中、搭乗機は定刻9時20分に石垣島新空港に到着した。石垣島は2011年の正月に家族で旅行に来たほか、2014年に客船”フォーレンダム”でも訪れているので、主な観光地にはすでに足を運んでいる。という事で次の那覇行きまでの5時間余、空港からバスで30分のANA INTERCONTINENTAL HOTEL近くのマエサトビーチで南国の風に吹かれて過ごす事にした。


外気温は25度ほど、湿度は高いものの水温は24~25度と海水浴にはまだちょっと冷たいマエサトビーチの海水である。しかし一人で海を眺めてボーっとしているのももったいないから、シャワーやロッカーが完備されたパブリックの脱衣所で着替えて、ちょっと震えながら水につかる事にした。冷たい水も泳ぎ始めれば慣れてくると云うもので、きれいな海底を泳ぐ魚たちを眺めながら今年初の海水浴となった。周囲は台湾や中国から来た家族連れの海水浴客が多く、いやはやマイル修行もいろいろ経験できるものだと思いつつ一人ゆっくりと水を掻いていた。


ビーチから上がり折り返し空港に行き那覇行きに搭乗すると、その便は那覇空港上空で管制規制によって空中待機を命じられる。飛行機がぐるぐるとホールディングしているうちに、1時間後に接続する東京行きに間に合うかやや心配になってきたが、到着地で仕事やアポがある訳でないただのマイラーだから、あとはANAが何とかしてくれるだろうと覚悟を決める。幸い那覇からの東京便も到着機材が同じように遅れ、一時間ほど出発が遅延したため事なきを得たものの、わが家に帰ったのは夜10時近くとなり、早朝の事が遠い過去のように感じる長い18時間の修行がようやく終わった。飛行機代はスポンサー(妻)がついているが、こんな日は出張の日当 (距離200キロ以上の日帰りは5割り増し) もちょっと請求したくなるような気分であった。

石垣島 マエサトビーチ
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2017年4月 9日 (日)

新幹線は外国人観光客の誤乗車防止を

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先週は”ANA修行”で一旦帰った後に、愛媛県や広島県の船主さんたち訪問の旅に出た。この旅は仕事の延長そのものだが、瀬戸内の船主は永い現役時代にお世話になった人たちである。個人的にも彼らとは多くの歴史や思い出があるし、仕事は基本的に人と人の繋がりや信頼関係で成り立っているから、お世話になったお礼を兼ねての退職あいさつである。さて帰路に福山から東京に新幹線で戻る際は新大阪まで”さくら542号”に乗車し、新大阪駅で6分後に出る始発の”のぞみ336号”に乗り換える事とした。”さくら”は普通車指定席でも横2列+2列だから、東京まで直通する”のぞみ”普通車の横5列席に長時間座り続けるより快適なのである。


福山から”さくら”に乗って指定された席に座ると、周りは体の大きな西洋人観光客たちばかりだった。その中の一人のおばちゃんと終点の新大阪までいろいろお喋りをしていると、彼女らは家族や友人7人のスウェーデンから来たグループで2週間の日本旅行をしているのだと言う。シナや朝鮮には行かず日本国内各地だけを廻っているそうで、桜がどこに行ってもきれいだと日本の事をほめていた。そういえば新幹線のホームにも列車内にも多くの観光客、それも最近は西欧人がやけに多いのに気がついた。


さて乗り換えの新大阪では時間もない上にホームも違うので、コンコースの電光掲示板の表示に従いホームに駆け上がり、すでにそこに入線している列車に乗り込む。もっとも一瞬これが目的の列車か不安になって、もう一度頭上の表示板で再確認したとおり、東海道新幹線はどの列車もN700系編成で白と青の同じ塗色だから、日本人でも慌てて乗ると違う列車だったと云う事が起こりそうだ。こうして新大阪から乗車した”のぞみ”336号”普通車指定席でも、近くに何組かの外人観光客が眼についた。


乗車した”のぞみ336号”は、名古屋に11時30分に到着し2分後に出発で、名古屋の降車も済みここから乗る客の番になるとドアー付近で混乱が起きている。どうやら外国人のグループなど多数がデッキで右往左往している様子で、うち一組は車内中央に進んでから誤乗に気づき降りようとUターンし後続の乗車客が驚いている。他方、私の横、通路をはさんだ3人席では、アジア人グループ同士で「その席は私達のだ」「いや私達がそのチケットを持っている」と揉め始めている。名古屋を発車しても席争いに埒があかない様子なので、私は一人に「切符見せて」と聞くと、その券面は3分後に同じホームから出る”ひかり518号”で、揉めている組は一本早い列車に乗車してしまったわけだ。


間もなく車掌が来て必要な手続きをした後、彼らを自由席に案内していったが、同じ車両で他にも同じように揉めている外国人がいたから、海外からの観光客急増で新幹線の誤乗車が増えているに違いない。なにしろ名古屋駅では同じホームから数分置きに同じ色、同じ形、同じ両数の新幹線が発着を繰り返している。長距離列車がそんなに頻繁にやって来る事を経験したことのない外国人にとっては、わずか2~3分前に到着したのが目的の列車と違うという事は想像できないだろう。外国人観光客にジャパン・レール・パスを売る際や指定席の窓口では誤乗車を防止する案内書きを手渡すとか、駅のアナウンスでも注意を呼びかけるなどして、快適な旅を提供する様にしたらとやり取りを聞きながら考えていた。

2017年4月 4日 (火)

ANA SFCマイル修行(1)

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ANAプレミアムクラス機内食

退職後、妻から私に課せられた最初のミッシヨンは、全日空のスーパーフライヤーズカード(SFC)をゲットするためのマイル修行である。マイル修行とは各航空会社のフリークエントフライヤーズ・クラブの上級会員になるために、一定の期間になるべくマイル(ポイント)を貯めやすい路線に集中的に乗る事で、けっこう体力と時間とお金を使うので、道をきわめ修行する事に例えてこれをマイル修行と云う。ANAでも一年の間に多くの便を利用し、ポイントを貯めるとSFC会員となる資格ができ、この会員になると今後各地の空港ラウンジの使用、優先搭乗や手荷物の優先など様々な特典が得られる。しかもこの特典は、スターアライアンス便を含め家族ともども享受する事ができるのである。


さて私の現役バリバリ時代は欧米の長距離路線を飛ばすのは主に日本航空だったから、駐在した北米と東京の間の往復や海外出張にはほとんどJAL便を利用していたものだ。なのでこれまでに会社の金を使って乗ったフライトによって、我々夫婦はJALの上級会員(JGC)クラブにすでに加入し幾つかの特典を楽しむ事ができる。しかしJALは倒産時に海外路線を大幅に縮小した一方で、ANAが近頃とても元気だから、退職して時間ができ、体も元気な今のうちに”修行”してSFC会員にもなるというのが妻のたっての希望だ。それも最近フルタイムで仕事を始めて、すっかり気が大きくなっている彼女が資金はすべて出し、予約もネットですべて済ませるから、私はただ空港に行って飛行機に乗れば良い、というのが今回課せられた”修行”の要諦である。


効率よい修行とは飛んだ距離に応じてポイントが海外の2倍たまる国内線、それもなるべく長距離の沖縄や南西諸島を往復する事だそうで、まず手始めとして昨日は朝07:45分に羽田を出て那覇10:25着の463便に搭乗、折り返し12:55那覇発・羽田15:20着の996便の搭乗であった。もっとも昨日は修行の初日とあって妙に気分が高ぶってしまい、かつて大事なお得意先とゴルフに行った朝のごとく、目覚まし時計がなる前、まだあたりが暗いうちから目が覚めてしまう。スポンサーの妻の計らいで、ポイントが25%余計に貯まるプレミアムクラスに乗って良いとの事で、初めて利用する羽田空港第2ターミナルのANAラウンジを使用できるのもちょっと嬉しかった。


到着した那覇は気温が21度、ちょうど東京のゴールデンウイークの様な快晴で爽やかな風で、何だか2時間半で帰ってしまうのが惜しい天気である。ごく限られた時間で何ができるか考えたすえ実行したのは、モノレールのゆいレールで空港から3駅目の奥武山運動公園にある陸上競技場トラックでの30分ほどのジョギングであった。空港にとって返し、フライトまでの間は那覇空港のラウンジで「修行は疲れるけど楽しい、いや楽しいけど疲れる・・・かな!?」などと考えつつタダのオリオンビールを飲む。「まあ修行の結果JGCとSFC会員両方になった暁には、私が先に逝ってしまうと妻は家族会員の資格がなくなるから、この先大事にしてくれるはずだ」などと一人ビールの2杯目を飲みながらにやにやしていたのだった。今後このラウンジには何回来ることになるのだろう。

那覇空港 ANAラウンジのオリオンビールの生
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2017年4月 2日 (日)

慶應箱根駅伝プロジェクト

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3月29日付け読売新聞

年初来スポーツ新聞に慶應が箱根駅伝に向けて強化体制をとるなどの記事が掲載され、”うん?”と思っていたところ、3月28日に慶應義塾広報室から「慶應箱根駅伝プロジェクト始動について」のプレスリリースがあってやっと納得した。福沢諭吉先生が「先ず獣心を成して後に人心を養え」と言われたとおり、慶応義塾はもともと身体活動を重視しており、多くの選手を輩出した体育会もこの4月23日に125周年記念祝賀会を迎えるとおりである。もっとも早稲田大学のように「スポーツ推薦」がない現在の入学制度の下では強化と云っても容易なことではない。


今年で100周年を迎える競走部は、最近はリオ五輪400米リレー銀メダルの山縣君や中距離の横田君などの活躍が目立つが、第一回大会から参加し、戦前には優勝した事もある箱根駅伝は、残念ながらこの23年間予選を突破できず出場していない。かつて私が箱根を走った頃は中継放送はNHKのラジオだけで関東学連の一レースにすぎなかったものが、昭和50年代にテレビの完全中継が始まってからは、箱根は全国区の学校宣伝の場と化し、予選を突破する事がきわめて難しくなっている状況だ。知人の某私大経営者と話すと、永らく学校を挙げて箱根駅伝初出場を目指し、コーチや寮、推薦入学制度を整えたがそれでも本選に出場できず、学連選抜チームに時々選手を送りだすだけだと嘆く。


かつて昭和40年代、箱根駅伝の下位の記録は13時間台かかった事もよくあったのが、昭和50年代には最下位がおおむね12時間台になり、昭和60年代に11時間台、距離が伸びている最近でもしんがりの学校が11時間30分から40分台で走っている。この事をみても、全体のレベルが年々上がり出場が難しくなっている事が判る。さてわが競走部はどういう方法で長距離を強化し箱根駅伝予選突破を目指すのだろうか。新コーチの招請やラボの設立のほか、一貫教育の各高校と連携して優秀な選手の確保を図るとあるものの、具体的にどういう展開を図るのか注目したい。

(追)
さっそくOB会からは「力強いご支援を頂きたく」旨メールが来たが、今後寄付の要請などももっと頻繁にくるのだろうと予想する。強くなるならぜひ支援はしたし、退職の身となったしと、そちらはちょっと複雑な気持ちではある。

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