« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2017年2月

2017年2月23日 (木)

トイレットペーパー事件

ビールを箱買いするために先日はちょっと離れたスーパーに妻と車で出かけた。車中ラジオから流れるトーク番組のゲストは、お医者さんだろうか脳科学者だろうか、老人の痴呆についての話である。聞くともなく聞いていると、ボケは日本でも外国でも78歳で発症する例がとても多いとか、痴呆でもアルツハイマー型が60数%を占めるなどと云う事が語られている。またボケないように脳を活性化するには、普段使わない身体の部分を意識する事、例えば手が右利きの人はなるべく左手を使って家事や作業するのが良いとの話も流れてくる。運転しつつ妻には「俺は最近ピアノを毎日練習しているし、社交ダンスのレッスンではいつも苦労しているから脳は活性化されているよな」とちょっと自慢しながら帰宅したのだった。


ところが帰宅するなりトイレの方から妻が「ギャ」っと叫ぶ声が聞こえてきた。何事かとトイレに駆けつけると、妻は便器の前で棒のように突っ立ち「それ!」となにやら中を指差している。見るとそこには真新しいトイレットペーパーのロールがまるごと一つ、やや汚ない水にどっぷりと浸かり、みにくく変形してプカプカと不気味に浮いている。「ナニこれ!?、買い物前に最後にトイレ使ったのあなたでしょう!?」と水浸しでグチャグチャのロールをエンガチョとばかりに拾う不服顔の妻である。「いや、キミの後に入ったらペーパーが数センチしか残ってなくて、脇の新しいロールを出したけどすぐ買い物に出るというし、使った後は後ろのタンクの上に置いたけど…」とその時せかされてムっとした気持ちはグッと胸にしまいつつ、しどろもどろに答える私。


「きっと買い物に行ってる間に何かのはずみで滑り落ちたんだよ」などと、ありそうもない言い訳をしてその場を逃げるしかなかったが、どう考えてもこれは私のやった仕業である。新しいトイレットペーパーを出して使った後、おそらく時間がなかったのでロールをホルダーにセットせず脇に置いておくつもりだったのだろう。ところが急いでいると気もそぞろ、無意識のうちに新しいロールを便器に放り込んで流したに違いない。それは大きすぎたのでフラッシュの出口にひっかかり水の流れを悪くした後に浮いてきたのではなかろうか。「流れきらなかった汚水の中からロールを拾って水を絞って捨てたのよ。いくら洗ってもあの感触がよみがえって調理する気がしない」と一日中ブツブツ言う妻に、「まあ、トイレが詰まったりしなくて良かった良かった」と笑って誤魔化す私であった。それ以後トイレを使用するたびに後ろを振り返る事にしたが、「78歳までには10数年あるが、脳の方は大丈夫だろうか?」などと不安を口にしたりすると、「あなたは意識が他にあるといつも似たような事をするわよ」と情け容赦なく妻は言うのだった。

2017年2月20日 (月)

祝「題名のない音楽会」3500回と黛敏郎

20170220
(You tube画面より)

テレビ朝日「題名のない音楽会」の放送がこの3月で3500回目になると云う。「題名のない音楽会」は1964年8月に始まって以来53年続けられ、クラシックの長寿番組では世界一として今やギネスブックにも認定されているそうだ。この永い間には、毎回のテーマを主宰し番組を進行させる役目の司会者が何人か代わったが、中でも番組の顔としてただちに思い浮かぶのが黛敏郎氏であろう。私も1970年代のなかばに、黛さんの司会と東京交響楽団の演奏を楽しみに、渋谷公会堂で行われていた番組の公開録画によく通ったものだった。


テレ朝が日本教育テレビだった当時、毎週日曜の朝に放送された「題名のない音楽会」2回分の公開録画は、その1~2ヶ月前の金曜日夕方6時半から会場ホールへの入場開始、7時から録画の収録が行われていたと記憶する。今でこそ公開録画や無料コンサートはどこも年寄りで一杯だが、70年代といえば元気な老人の数などは今と比べ物にならないほど少なかった時代である。入場はいつも自由で入れなかった事はなかったが、渋谷公会堂では良い席に座りたいとその日は残業も切り上げ、渋谷駅ハチ公広場からパルコ前の公園通りを駆け上がったものだった。


何を聞きに行ったのか当時の手帳をタンスの奥から引っ張りだしてみると、昭和50年(1975年)3月7日は「NHK開局50年奉祝」(もう一番組のテーマは不明、ただしアンコール曲はエルガーの「威風堂々」)、6月27日が「ラグ・タイム」と「ベルディ」がテーマ、8月22日には「マーチ」と「ビング・クロスビー」の特集であった。そう云えば黛さんで記憶に残るのは、わが国を憂う心情が番組でしばしば語られる事であった。当時メディアに出る文化人などは、今よりずっと左翼が多かった中、黛さんは堂々と保守の立場を堅持し、音楽の解説に挟んでわが国の美点や徳目を、弁舌さわやかに聴衆に訴えていたのが素晴らしかった。最近は世の中がややまともになり、(当たり前だが)愛国心が恥ではなくなってきたから、黛さんもあの世でちょっと溜飲を下げているのではなかろうか。

2017年2月16日 (木)

マイ・インターン

20170216intern

せっかく最新型の大型テレビを買ったのだから、その多彩な機能の一部でも使わないともったいない。という事でアマゾンから配信される動画レンタルを我が家で楽しむ事にした。なにしろ新しい映画が一本399円で、48時間以内なら何回でも見る事ができるのである。これでレンタルビデオ屋に行く必要もなく、TVのリモコン一つでカウチポテトが楽しめるのだから便利な時代になったものだ。さっそく先週末には「マイ・インターン」をためしに選んで視聴してみた。「マイ・インターン」は2015年秋のリリースだからちょっと時間が経っているが、人づてにとても面白いと聞いていた作品である。


話はアパレル販売で成功するワーキングマザー(アン・ハザウエイ)率いる会社に、シニア研修生として70歳のベン(ロバート・デニーロ)が応募するところから始まる。わが国では最近「きれる老人」が問題になっているが、主人公ベンは永年培った社会人としての経験をいかし周囲に穏やかに接し、次第に皆の信頼を得ていくのである。電話帳をつくるという古い会社に永年勤続していたベンが、時代の先端を行く企業に勤めるという設定や、ネットにやや戸惑いつつも仕事を忠実にこなすという映画のプロットにはとても共感を覚える。とくに彼が「なぜ、みんなシャツのすそを(ズボンに)しまわないの?」と職場の若者に言うセリフは思わず拍手したくなってしまった。


それにしてもふだんは悪役かちょっとふざけた役柄が多いのに、今回は年齢に似合わない前向き、かつ誠実な役のデニーロで、アン・ハザウエイ扮するやりての女社長と『友情』で結ばれる展開が粋である。カジュアルな職場ながら、びちっと背広を着て上品なネクタイをしめているデニーロを見ているうち、思わず「俺もああいう老人になりたいなあ」などと口走ると、傍らの妻は「是非そうしてね、お願いだから」となにやらニヤニヤ笑っていたわが家のリビングであった。ベンの人柄や人情の機微によって、周囲が順風になるさまを見ると、こちらも何だか幸せな気分になって、「イヤー!映画って面白いですねえ」とかつて淀川長治氏が言っていた言葉を胸に思い出したのだった。サヨナラ、サヨナラ、サヨナラ!

2017年2月 9日 (木)

良いかも?トランプ大統領(アパホテル 本当の日本の歴史を読みつつ)

マティス国防長官の来日に続き、安倍首相が訪米する。ワシントンでの会談後、二人はフロリダのトランプ大統領の別荘に行ってゴルフをすると云う。大切な人と一日ゴルフコースを回ると、相手の人となりが判って親近感がわくものだから、二人の首脳の距離はこれでぐっと縮まることだろう。もっともアメリカでは日本と違って18ホール通しでプレーするから、半日もたたずにホールアウトしてしまうだろうが・・・。と思ったらもうハーフやるそうでご同慶の至りだ。米国内ではいろいろな物議を醸しだしている新大統領ゆえ、ここでまずは同盟国である英国や日本との信頼関係を強固にしておきたいと思っているのだろうか。でも安倍さん、トランプさんとのゴルフでは大変なものだけは賭けないで、と言っておきたい。


それにしても太平洋を米中で半分に分けないかとぶった上、米中で「新型の大国関係」を作りたいなどとうそぶく中共の習近平は、これまでのところあまりトランプ大統領に相手にされていないようだ。新大統領と電話会談がやっとできたと云われれば、それはガセネタだなどと混ぜ返される始末で、習近平の面目は丸つぶれの状態だ。クリントン候補に莫大な支援をしたのが無駄になった挙句、商売人のトランプ大統領とは”ディール”を行えば組し易しと考えていたふしが当初はあったようだが、それらのシナリオが崩壊し、北京は今さぞや狼狽している事だろう。「一つの中国」なぞ認めないとのトランプ発言も愉快だし、今日も中共の舗装用素材や肥料が不当廉売だと新政権下で認定発表があった。


もちろん油断は禁物で、商談の餌などをバックに中共が巻き返をはかる事は必至であろう。トランプ政権は ”ディール”の成果さえ見えれば、あっさり中共と接近する可能性も大きいかもしれない。ただ最近話題の「米中もし戦わば」の著者で対中強硬派であるピーター・ナバロ氏が、新設の国家通商会議のトップに抜擢された事からすると、暫くの間は、新政権の対中姿勢は厳しいものが続くのだろう。同書は米国が中共に対してさまざな対抗措置をとり、資本を引き上げる事を示しているそうで、(本の値段が高いので)「米中もし戦わば」はいずれ図書館で借りて読んでみたいものだ。「これまでのところ」と限定して言えば中共の支援が大きかったクリントン氏より、いろいろ問題はあってもトランプ氏の方が日本には良かったかなと感じているところである。


さて「米中もし戦わば」が借りられるまで、近所のアパホテルのフロントで、ホテル支援のために800円で購入した「本当の日本の歴史・理論 近現代史学」をじっくり読む事にしよう。

20170209_2

2017年2月 7日 (火)

銀座線1000系 特別仕様車両

銀座線のホームで地下鉄を待っていると、前面オデコの真中に前照灯一つだけを煌々と灯した車両がやってきた。「あれ、銀座線の1000系は2灯式じゃなかったかな?」とちょっといぶかしく思いながら乗車すると、その内部は何だかいつもと様子が違っている。車内は木目調の化粧板でシックに仕上げられ、すべての手すりが真鍮色になっているではないか。やっとここで乗車した電車が、先日発表された銀座線のかつての車両、旧1000形を模した特別仕様編成である事に気がついて、「今日はラッキー!」とひとり快哉を叫んだのだった。
201702053_2


この電車は地下鉄90周年などの行事にも用いるために2編成作られたもののうち、1月17日から仕業についた最初の編成らしい。さっそく周囲を観察すると、まず目につくのがドア横の予備灯である。これを見ていたらかつて銀座線や丸の内線のホーム直前で、車内の電灯が一斉に消えて真っ暗になり、予備灯だけが点灯していた光景を思い出したブエノスアイレスの丸の内線)。車内の妻面に掲げられた製造者銘板の「日本車両会社」の文字がレトロなのも粋である。つり革は手でつかむ下側の部分が広い昔の形状をしているが、使われない時にバネで窓側に跳ね上げた本来のリコ式でないのがちょっと残念なところだ。
201702052_2


こんなレトロな雰囲気を車内で感じているうち、子供の頃に赤坂見附の医者に行くために銀座線によく乗った事を思い出した。今は東急ホテルになってしまったが、かつて見附そばに大きな病院があって、小さい頃ひ弱だった私は体調を崩すとそこの高名な小児科の権威に診てもらったものだ。親に連れられて渋谷から銀座線に乗ると、次第に病院の注射が怖くなり、一つ手前の青山一丁目からはトンネルが永遠に続いて、いつまでも赤坂見附駅に着かなければよいのにと念じたのだった。騒音を撒き散らしながら走っていた当時の銀座線の旧車両には思い出がいっぱいある。
201702051_2


さて特別仕様編成は、新型台車をはき、両開きドア(かつては片開き)の上には情報ディスプレイも備えた最新鋭の設備を誇るが、一方でノスタルジックな演出のために、ウインドシル・ウインドヘッダー(旧型車両のガラス窓の上下につけられた補強枠)を模した化粧テープを外側に貼っていたりする。ここまでやるならいっその事、走行中にかつてのつり掛け式台車の轟音を流し、駅に近づいたら車内の照明を真っ暗にして予備灯を点灯するなどと凝ってみたらどうだろう。きっと人気が一段と盛り上がるのではないだろうか。

2017年2月 5日 (日)

飛鳥Ⅱ 2018年世界一周クルーズ(夢の案)

20170205
飛鳥Ⅱ 2011 ワールドクルーズ フランス・セーヌ川のルーアンにて

ソマリア沖の海賊問題でスエズを通れず、2015年以来東西両半球を巡る世界一周クルーズを催していない飛鳥Ⅱも (2015年末~2016年春は我々も乗船した南極南米ワールドクルーズだった)、2018年にはこれを再開するという。同地域の海賊状況が大幅に改善された事によるものだ。

いよいよ2月20日頃にその旅程が発表されるらしいが、夢のクルーズがこうなったらという案を勝手に想像してみた。こんなクルーズなら老後の貯金などの事は捨て置いて、是非また乗船してみたいものだ。

横浜4月1日出発 西回り 平均15ノットベースで100日間のクルーズ案

横浜4/1, 香港4/6-6, シンガポール4/11-11, ゴール(スリランカ)4/16-16, コーチン(インド)4/18-18, サラーラ(オマーン)4/23-23, スエズ4/29, アレキサンドリア4/30-5/1 (Over night), サントリーニ島5/3-3, ピレウス5/4-4, ベニス5/7-7, ナポリ5/10-10, バルセロナ5/13-13 , ポルト5/17-17, マデイラ(カナリア諸島)5/20-20, ニューヨーク5/28-29 (Over night), キングストン(ジャマイカ)6/4-4, コズメル(メキシコ)6/8-8, パナマ(6/11), アカプルコ6/15-15, サンジエゴ6/19, ホノルル6/27-28 (Over night) 横浜7/10 
※(西回りのため太平洋上で暦の上で一日消滅)


まあ行きたい所と、以前行ったが再度訪れたい所を辿っただけではあるが・・・・。本当はカリブ海ではキューバに寄りたいところだが、日本船では時期早尚だろうか? さて郵船クルーズからは実際にどんなものが発表されるのだろうか楽しみだ。

飛鳥Ⅱ 2015-2016 南極南米ワールドクルーズ ブラジル サルバドールにて
20170205_2

2017年2月 4日 (土)

国防を考えるチャンスが来た

20170204

話題はトランプ政権である。ニュースを見たり聞いたりしていると、とんでもない大統領にも思えるし、少なくとも日本人には海のものとも山のものともわからない人という感じがする。しかし肝心のアメリカの幾つかの世論調査によると、彼を支持する人が支持しない人を上回っており、母国ではまずは相応に期待されているのかもしれない。もっともそうでなければ、トランプ氏が大統領に選出されたりする事はないのだろうが・・・。まあ彼がとんでもない大統領だとわかれば、日本は戦後永らく続いた米国追随から自主独立するために、憲法改正や核兵器保有を真剣に検討するよい機会が巡ってきたと捉えるべきなのだろう。


かつて”ピーナッツキング”、ジミー・カーターや、”B級俳優”と云われたロナルド・レーガンが大統領に選ばれた時はどうだったのだろう。そう云えば1985年に製作された映画”バック・トゥ・ザ・フュチャー”で、主人公のマーティがタイムマシーンに乗って1955年に戻り、マシーンの発明者であるドクに出会うシーンがあった。マーティがドクに「1985年のアメリカ合衆国大統領はロナルド・レーガンだ」と言うと、55年時代のドクは「俳優の? じゃあ副大統領は(喜劇俳優の)ジェリー・ルイスかい?」などと大笑いする場面があったものだ。1980年にレーガンが合衆国の大統領になった時も、独特な発想は今と同じ様なものだったに違いない。その後のレーガン氏の功績をみるにつけ、とかくメディアが流すトランプ大統領のネガティブ情報も、そのまま信じてはいけないと云うのが今回の教訓だろう。


それにしてもトランプ新政権のマティス新国防長官が、最初の訪問地を極東にした事は印象的である。彼は尖閣は日本の施政権下にあり、日米安保条約の適用対象と述べたと云う。この発言で、わが国は、尖閣と云う「領土」を守る事について米軍のお墨付きを再度得たとされている。しかし考えてみれば、大統領が誰であれ米軍が関与する前に、日本人は自らの領土なら自らがまずそれを守る覚悟を示さねばならないのではないか。私達が2012年に当時の石原東京都知事が14億円を募った尖閣買取資金に相応の寄付したのも、たとえ僅かでも身を削ってこそ、自らの領土は自ら護ると云う意志を示さねばならないと思ったからである。


軍事評論家の兵頭二十八氏が「日本の武器で滅びる中華人民共和国」(講談社+α文庫)で主張するように、まず日本自身が尖閣に施政権を及ぼしている事を示すため、島にはなんらかの我が兵力を常駐させてこそ(兵頭氏は魚釣り島に74式戦車を砲台として埋め、自衛隊員を交代で派遣せよとする)、いざと云う時にトランプ大統領率いるアメリカ軍が出動できると云うものである。これを平和の為の抑止力、「トリップ・ワイヤー」として兵頭氏が紹介する通り、いくら日本国内で米軍に基地を提供しようと、日本人が後方で安穏としているなかで、尖閣の為にアメリカ人がまず血を流すと考えるのは甘すぎるだろう。未来永劫に中華序列圏に入るわけにはいかないわが国にとっては、トランプ政権が誕生したのを機にもう少しまともな国防論議が始まる事を期待したいものである 。


« 2017年1月 | トップページ | 2017年3月 »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ