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2016年12月

2016年12月23日 (金)

米中 世紀の競争

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ジェフ・ダイヤーという英国人ジャーナリストによる「米中世紀の競争」(原題 CONTEST OF THE CENTURY)を図書館で借りて読んだ。2015年に出された400ページ近い大著だが本屋で買えば2800円もする。興味深い本ではあったものの、こんな高価なハードカバーを買うのはやはり気がひけ、図書館から借りて返却期限を気にしつつ懸命に読みすすめた。


フィナンシャルタイムズの元北京支局長を勤めた著者は、中国の挑戦にアメリカが勝てるのか、軍事・政治・経済面から様々な考察を披露している。まず軍事的に中国は、かつて西欧諸国が行ったような帝国主義によって他国領土の侵略を企てる手段よりは、西太平洋の海域から米国のプレゼンスを駆逐したいのが主眼だと云う。海軍力の強化と国力の進展を説いたアメリカのマハン戦略の信奉者こそが北京政府であり、これに対して建国以来、西へ西へとフロンティアを伸ばし、日本やフィリピンを勢力の下に置いた米国がいま衝突をおこしているとしている。


政治や経済の分野では、中国通貨の国際化や各種経済協力を通じ北京政府はその覇権主義的な態度を露骨に示し始めている。しかし近隣のアジア諸国はアメリカ・中国のどちらにも深くコミットせず、両国のバランスの上に自国の利益をはかろうとしているそうだ。本書を読むと、中国軍がアメリカの無人潜水機を盗んだ事件や、フィリピンのドゥテルテ大統領が支離滅裂な発言を繰り返す事など、東アジアで今おきている事象の根本がよくわかる気がする。


読後、中華共栄圏の再現をもくろむ中国がその勢力を伸ばす事に、我々はもっと神経を尖らせねばならないとの感想を抱いた。いくら中国が経済成長し、いずれGDPで米国を抜いても、その文化圏に巻き込まれるのは真っぴらで、民主主義・自由主義のアメリカ側にいる方がはるかに幸せであろう。経済や軍事面のみならず、映画・音楽・カルチャー・スポーツなどの文化面でも、我々は中華圏とはより一層距離を置き、従属的であってもアメリカと共に歩むべきだと認識をあらたにした。現代版の脱亜入欧と行きたいが、トランプ新政権は、日本と中国のどちらにより友好的なのか、やはり心配ではある。

2016年12月19日 (月)

九段下・寿司政

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寿司政のちらし

接待族を卒業してからもう何年になるだろうか。むろん銀座のバーへ行ってタクシーでご帰還などという事も今はなく、寿司屋なら価格明示の大手チェーン店にたまに行くぐらいである。それでも時々値段表などが店内になく、勘定は月末に請求書を送ってくるような高級なお寿司屋さんが無性に懐かしくなるものだ。などと思っていたら、元いた業界に近ごろ復帰しフルタイムで働き始めた妻が、私の誕生日に「なんでもおごってあげるよ」と豪気な事を言う。思わず「九段下の”寿司政”のちらしなどをたまには食いたいねえ」と口ばしると「じゃあ、お好みでサシミや寿司をつまんで、最後はチラシで〆る?」とこのあたり自腹になると急にセコくなる男性と違って、女性の方が太っ腹である。


という事で、先ごろ靖国通りの九段下交差点からちょっと入った「寿司政」を予約して妻と二人で行ってきた。六時きっかりにお店に入ると、すでに接待族らしい数名のサラリーマンがカウンターを囲み、例によって連れだった得意先のゴルフをヨイショするお約束の会話が聞こえてくる。立派な和服を着た中年女性のサービスに気おくれしまいと、「ここは三回目だったかなあ、昔ばらちらしをいただいたのがひどく記憶に残って、十年ぶりくらいに来ましたよ」といかにも場慣れしているふうに自分からベラベラ喋りだすあたりが私の気の弱いところである。店内はそんなに広くはないがカウンターの中の職人の他、厨房でも下ごしらえが忙しく、いかにも江戸前と云う雰囲気が漂っている。


絶妙に味付けされた牡蠣の先附けに始まり、サシミのうまいところをちょこちょこっとつまむと、おまかせのにぎりがくる。それを一口ほおばると「円やかな赤酢シャリ」と、どれも一手間施されているネタが絶妙にマッチングして、これぞ文久元年(1861年)から続く老舗の味だと頬がおちそうだ。日本酒をチビチビ楽しみつつ、あっという間ににぎりも食べてしまったが、せっかく来た久しぶりの高級すしやである。ここですぐに帰ってしまうのは何とももったいないと、予定どおり名物のちらしも注文することにしたが、こうしてみると私たちは年齢の割りに食い意地が張っているようだ。妻が払った勘定はほぼ予想通りで、美味しく食べ飲み、誕生日が来ても一歳若返ったような気分がした。さて間もなく来る妻の誕生日は彼女の好きな「黒毛和牛」かと、今度は自分の財布を心配するこのごろである。

2016年12月12日 (月)

明治維新150年とカジノ法案 (北岡伸一氏のコラムを読んで)

12月11日付け読売新聞朝刊の「地球を読む」欄は、日本の政治外交史を専門とし、JICA理事長を始め各方面で活躍している北岡伸一氏の「明治維新150年」「開国と民主的変革に意義」というものであった。そのコラムのなかで再来年の2018年に迎える明治維新150周年にあたり、北岡氏は明治維新の意義をわかりやすく解説した上で、今後すすめるべき事業についての構想を述べており、私にはその内容がとても興味深かった。  


氏は明治維新とは「積極的に国を開き、西欧諸国と対峙するために、国民すべてのエネルギーを動員すべく、既得権益を持つ特権層を打破した民主化革命であり、人材登用革命であった」という。武士社会の既得権益を覆した上で、王政復古から廃藩置県、憲法の制定と内閣制や選挙の導入、職業選択の自由や義務教育の導入など「要するに、明治の偉大さは、開国と民主的な変革によって、国民の自由なエネルギーの発揮を可能ならしめたこと」だと纏めている。


北岡氏の文章を読むと、徳川300年の眠りから覚め、改革に向かった当時の強いエネルギーがわかる一方、冷戦後この20年に亘る日本の停滞をどうしても思いおこしてしまうのである。文中で氏も指摘するごとく「多くの既得権益に手がついておらず、海外の事物の導入にも消極的であり、弥縫策で現状を糊塗」してきたのが最近の日本のありようだろう。同じ様に永い停滞に陥っていた英国がサッチャー革命で「英国病」から脱出した如く、日本も高度成長期やそれ以後の時代を通して溜まってきた既得権益や社会のひずみを、強いエネルギーによってただす必要がありそうだ。


北岡氏は今後、日本の近代化経験などを世界に発信しかつ共有するプロジェクトを推進したいとしているが、それはそれとして、コラムを読んでふと現実に立ち返ると、いま安部首相が取り組んでいるのは、戦後パラダイムのなかで溜まりきった社会的な澱(おり)から、日本を脱出させる試みなのではないかと思われる。アベノミクス、集団的自衛権、年金改革、ロシア関連、真珠湾訪問などの一連の施策は(中にはうまくいかぬものもあるものの)、新たな時代へステップアップするために、首相のエネルギーをもって断行される平成の維新活動だという気がする。そしてその施策がおおむね国民にも理解できるところが、安部政権の支持率が高いゆえんではないだろうか。


その観点から話題のカジノ(IR)法案は、まか不思議な景品交換システムや、半島に多くの金が流れる噂があるなど、とかく不透明と云われるパチンコ業界に大きく影響を及ぼすから、戦後パラダイムへの挑戦ともなるべき法案であろう。これが成立して公営のカジノが開かれれば、パチンコに使われていた金のうち、かなりの額がカジノへ流れるだろうから、競馬などと同じ明らかな金が国や自治体に入る事になる。カジノによって巷間云われる巨大な既得権益の構図が揺るがされる事は、戦後利権に挑戦する安部政治にとって維新の一里塚となること間違いない。反対論者が云う「依存症」の心配は、病気や性格の問題でまったく別次元の話であろう(なんと依存症の一位はパチンコ!だそうだ)。安部首相の指導力に期待したい。


2016年12月 7日 (水)

竹原のウヰスキーケーキ

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今年9月の飛鳥Ⅱ”秋の日本一周・韓国クルーズ”で寄港した広島だったが、広島市内や宮島にはもう何度も来ている。そこで今回は、”安芸の小京都 竹原散策(午後)”へ本船主催のオプショナルツアーに参加する事にした。竹原は広島から40キロほど東にある瀬戸内海に面したこぢんまりした町で、私などは往年のマラソン名選手で竹原高校の教員だった采谷(うねたに)選手の事を思い出す他には、ここに電原開発の火力発電所があるという程度の知識しか持っていなかった。ただ2年前のNHK朝の連続テレビドラマ「マッサン」で、竹原の古い町が舞台となりテレビに流れたのが印象に残り、今回は広島港からの半日のバスツアーに参加してその町並を見学しようと思ったのである。


訪ねた竹原は前に海、すぐ後ろには山が迫る古くからの港町で、かつては製塩業や酒造業がさかんだったと云う。市の中心部に数百メートルに亘って伸びる町並み保存地域は、明治のごく初期の郵便局や各種の商家、寺院、マッサンの生家である竹鶴酒造などがあって古きよき時代の賑わいをしのばせてくれる。そしてしっとりした街路を見学したあとは、お約束のみやげもの店でのお買い物!の時間である。名物にうまいものなしとはよく云われるものの、珍しく本船主催のツアーに参加して来た竹原だから、何かないかと思っていると、店頭に「ウヰスキーケーキ」という大きな垂れ幕があるのが目にとまった。


店内のウイスキーケーキの包装紙には「アルコールを含みますのでご注意下さい」と赤字の注意書きあって、なぜか妙にこの文句に心がひかれてしまう。まあ、ニッカウイスキーを造ったマッサンゆかりの地で「ウヰスキーケーキ」を買うというのもオツなものかと、試しにハーフポーションを買ってみる事にした。さてクルーズをおえてわが家で「ドライマンゴーを混ぜ込んだケーキに余市のウイスキーシロップをたっぷり染み込ませています」とある包装紙をあけると、上等な”余市”ウイスキーの香りがプーンと漂ってくる。一口食べるとケーキの甘味とウイスキーの味が絶妙にハーモナイズし、アルコール分も濃いのか大人っぽい味が嬉しい。アルコール風味にすっかり気持ちよくなって妻と二人であっという間に食べてしまったが、どうやらこのケーキは竹原でしか売られていないらしい。宅急便で取り寄せようかとも思うも、会社に竹原の電発に時々出張する社員がいるので、彼にみやげに買ってきてくれと頼もうと思っているところである。

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2016年12月 6日 (火)

安倍首相の真珠湾訪問

安倍首相が年末に我が国の現役首相として初めて真珠湾を訪問し、オバマ大統領とともに犠牲者の慰霊をする事になったと云う。開戦75年目にあたる12月7日(現地時間)ではないものの、このニュースを聞いて、とても喜ばしいことだと安倍首相の行動を素直にたたえたくなった。これについてはオバマ大統領の広島訪問に際し、今年5月30日に私はこのブログで次の様に書いている。


引用始め
『こうして私は、オバマ大統領の事をやや見直したところだが、さて今年12月で75周年になる真珠湾に安倍首相は行くのだろうか。オバマ氏の広島訪問が必要ないと考えていたのと同じく、私は安倍総理も真珠湾の行事へは参加すべきでないと思っていた。しかしここで誰が次の米国大統領になるかに係らず、オバマ氏の広島訪問に次いで安倍首相が真珠湾に行く事によって、日米の絆がゆるぎない事を世界に示す事ができるのではないだろうか。中国の無法な振る舞いが地域の脅威になりつつある今、これによってかつての敵同士であった日米が世界で最も信頼できる同盟国になり、その間にクサビを打つ事が容易でない事をより強く世界に示せるだろう。それと共に首相が未来に向けたスピーチを真珠湾で行えば、いつまでたっても謝罪や賠償が基準となる韓国へ、我らが次元の高さを示す事にもなるのではないか。』引用終わり


さてオバマ大統領の弱腰な外交姿勢によって世界で紛争地域が広まったと云われたが、広島でのスピーチを聞くと彼の平和希求への思いの一部なりとも忖度する事ができ、私の心の中では、オバマ氏に対する評価もやや改善されたところである。ここで後を継ぐトランプ新大統領は中国への批難をツイッターで始めたり、台湾の総統と異例の電話会談をしたりと中国を牽制し始めたが、一方で選挙公約どおりTPPに参加しないとなれば中国の思うつぼであって、この新政権が一体全体どういう方向に進むのか甘い予断はまったく許されないところだ。


こういう時期における安倍首相の真珠湾訪問は、オバマ氏の思いを果たすとともに、トランプ新政権に対しても少なくとも一定程度以上のポイントをあげる時宜を得たものになるだろう。もっともトランプ氏の言動をみるにつけ、文春新書の「自滅するアメリカ帝国」で伊藤貫氏が述べる様に(8月15日ブログ)、日本がアメリカの属国的な地位にある事を脱し真の独立国になるためには、少数の核兵器を持つ事が本当は有効なのであろう。軍事費をミニマイズしつつ安全保障を全うするためには、一番の抑止力を持つ核を少数でも保有する事が、ポピュリズムが到来する国際社会において、独立を担保する有力な手段である事は論を俟たない気がしてくるのである。

真珠湾に錨をおろす米軍艦艇(JAL機より)
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2016年12月 1日 (木)

ねんりんピック東京都選手団解団式とスクワール麹町

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東京都選手団団旗返納

長崎ねんりんピックの東京都選手団解団式が、先の日曜日に四谷駅前のスクワール麹町で行われた。参加22種目、約400人の役員・選手のうち、解団式に集まったのは人数的に全参加人数の半分ほどだろうか。好成績であった水泳やマラソンの結果が紹介され、それぞれの競技の戦いぶりが報告された後、参加団旗が東京都体育協会に返納されて、今回の長崎ねんりんピック東京都選手団の活動は打ち上げとなった。会場では各種目競技チームからそれぞれ1名の代表がこの大会に参加した感想を述べたが、主に70歳台になろうという各長老の話しっぷりはしっかりしていて滑舌もよく、とても老人のスピーチとは思えなかった。ねんりんピックに参加するような元気なシニアたちは、しゃべる方も若者以上に元気なものだと目を見張ったのである。


そういえばねんりんピックのマラソン(各3キロ・5キロ・10キロの3種目)では、総じて60歳以上の部でも70歳以上の部でも、その年代に達したばかりの”若い”人が上位に多数入っていたようだ。その中で西日本のある県の代表が68歳にして60才台の部で3位になっており、「年齢が上がっても、やりようによってはまだまだ走れるのだ」と私はその人の走りっぷりにずいぶん勇気づけられた。こういう元気なランナーを見ていると、私も60歳代の後半になっても、Young at Heartで頑張ってみるかと云う気持ちが湧いてくる。今後、仕事に拘束される時間が減って練習時間はよりとれる事になるだろうから、まずは2年後のねんりんピック富山大会の東京予選に出るべくトレーニングをつんでみようかと欲も沸いてくるのだった。


それはさておき、2度にわたるねんりんピック大会出場に際して、集合場所として四谷駅前のスクワール麹町に何度も来たが、この便利な施設は11月30日で土地借用契約満了のために全館規模での営業が終了する。施設の一部こそ来年はまた使用できるとの事だが、ここはねんりんピックの他、かつて仕事関連の集会のために何度か来たことがあり思い出深い会館でもある。元々この場所には消防署があって本来は東京消防協会の厚生施設だと云うが、来年以降は駅前のこの立派な建物はどうなるのだろうか。ただ次回もし都の予選を突破しねんりんピックに出られる事になっても、その時に集まるのはこの場所でないのかと思うと、ちょっと寂しい気持ちもする。そんな感慨を抱きつつ、フランス語の「広場」という意味からきたスクワール麹町で行われた解団式に参加したのだった。

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