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2016年11月 3日 (木)

文化の日

20161103

自他ともに認める体育会系だと思ってきたが、60才を過ぎた頃から残りの人生これだけではまずいと考え始めた。という事で電子ピアノを買い一念発起して50年ぶりにピアノを始めたのはよいが、どうもバイエルやらブルグミュラーでは退屈である。で、いきなり実力よりはるかに上級のモーツアルトのピアノソナタ(K331 トルコ行進曲つき)を練習し始めたのが1年4ヶ月前だった。もともとこの曲が好きだったという事もあり、以来自分でも以外なほど熱心に練習に取り組み、会社に行く前など30分から1時間ほど毎日ピアノに向かってきた。


もっとも実力以上の曲の上、ハノンなど地味な指の練習は省略ときているから、8分音符や16分音符が連続しメロディーが上下するような難解なパートには始終てこずっているのが現状。それでも「60の手習い」も練習していると僅かずつでも上達するもので、時々妻に「うまくなっただろう」と自慢したりしつつ、3楽章のピアノソナタのうち、第2楽章まで何とか弾ける様になってきた。時々つっかえたりテンポが狂ったりするものの、プロが演奏すれば25分ほどかかる1、2楽章を弾ける様になるのに1年4ヶ月だから、テンポの早いトルコ行進曲である第3楽章は習得するのにまた1年くらい時間がかかる事であろう。


ピアノとともに文化的活動そのⅡは社交ダンスである。週1回の個人レッスンを受け始めて4ヶ月経過したいま、毎回みっちりとワルツやタンゴの基本姿勢の学習である。社交ダンスは足型さえ覚えてしまえば後は何とかなるものかと思っていたが、ダンスがダンスらしくなるのはポスチュアーとかホールドがとても大切だとおぼろげに判ってきた。個人教授はそれなりに費用もかかるものの、クルーズ船での集団レッスンと違って手取り足取り先生に教えてもらうと「なるほど、ダンスはこういうものか」と納得する事も多い。つい昼休みなどに会社近くの公園で復習をしたりして、道行く人に胡散臭く見られたりと、まるで映画「シャルウイダンス」ではないかと自ら苦笑してしまうのである。あまり自分には似つかわしくないピアノとダンスの練習で、老化やボケが少しでも防止されたら、などとツラツラ思う文化の日である。

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