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2016年7月

2016年7月28日 (木)

行進曲『軍艦』百年の航跡

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元海上自衛隊・東京音楽隊長で吹奏楽史研究家の谷村政次郎氏が2000年に出した「行進曲『軍艦』百年の航跡」を図書館で借りて読んだ。作曲者の瀬戸口藤吉や作詞の鳥山啓のそれぞれの生い立や彼らを取り巻く歴史、二人の如何なる関わりからこの名曲が誕生したかなど、我々の耳になじんだ名曲「軍艦マーチ」にまつわる様々なエピソードが本書で語られている。「軍艦」が明治33年に初演された際の経緯や、大東亜戦争後の著作権問題にいたるまで、この名マーチの生い立ちについて詳細を初めて知る事ができて興味深い内容であった。さらに皇太子殿下(今上天皇)のご成婚パレードや、東京オリンピックなどの晴れがましい場で、著者が実際にこのマーチを演奏した時の逸話などが本書を飾っている。


かつて黛敏郎氏が存命だった頃、TVの「題名のない音楽会」で、音楽的にも「軍艦マーチ」は素晴らしいと誉めていた事を、本書を読んであらためて思いだした。日本固有の土着的リズムと西洋音楽の感性を融合させ、トリオの「海ゆかば」では雅楽的な調べをミックスしたこのマーチを聞くと、我が国独自のマーチを創造しようという作曲者の心意気を感じるのである。一方で演奏する側にとってもなかなか難易度の高い曲だと云うあたり、西洋の楽器に触れて高々30数年に過ぎない中で、西欧文化のキャッチアップを急ぐ意気軒昂たる明治人の気骨を見るようでもある。


さて、よく行く日比谷公園野外音楽堂の消防庁音楽隊・金曜都民コンサートで、今春のシリーズ最後に演奏されたのが「軍艦マーチ」であった。ここで音楽隊隊長の五十嵐氏が、壇上から「この曲にはいろいろな考えを持つ人がいるかもしれないが、それは別として音楽を楽しんで」旨のコメントを発するのを演奏前に聞いた。しかし本書によれば東南アジア始め世界各国では、我が国のいわゆるサヨク系大新聞などが書き立てるように、旧軍国日本と結びつけて「軍艦マーチ」を気にする人などはまったくいないとの事。音楽隊隊長のコメントに込めた杞憂がまったく必要なくなる時代が早く到来しないかと思っていたら、たまたま一緒にコンサートに行った会社の新入社員からは「『軍艦マーチ』って何ですか?」と聞かれたのには思わずのけぞった。最近はパチンコ屋でも「軍艦マーチ」がかからないのであろうか?戦後は遠くなりにけり、か?

2016年7月26日 (火)

東京の街の秘密50(内田宗治) 玉川上水

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新宿御苑脇の玉川上水

「春の小川」が書かれた地、代々木上原にジョギングで向かう道すがら、新宿御苑脇の側道を走り抜けた。側道といっても御苑の一部とも云える場所で、小道の両側に樹木がうっそうと生い茂り、みどりの風がそこを吹きぬけて気持ちが良い。その傍らを近年あらたに整備再現された玉川上水の清流が流れている。厳密にはこの小川の水は多摩川から流れて来るのではなく、御苑の下を通過する自動車専用トンネルから湧き出た水なのだそうだ。しかし、ごく近く四谷四丁目の交差点付近にある玉川上水を記した水道碑記は、このあたりが江戸市中に飲み水を供給していた大事な地区であった事を偲ばせてくれる。


「東京の街の秘密50」によると、江戸下町では井戸を掘っても、塩分が混じって飲用不適だった場所が多く、飲み水の確保が町づくりの大きなポイントだったそうだ。そこで神田上水とともに市民に水を供給するために、1653年、徳川四代目将軍・家綱の時代に、突貫工事で玉川上水が作られた。上水は多摩川の羽村の堰で取水され、四谷まで43キロ間を武蔵野を貫いて流れ、江戸時代には厳密な水の管理がされていたと云う。今も玉川上水自体は残っているものの、オリジナルの多摩川の水は、水道水用に村山貯水池や東村山浄水場に送られてしまい、代わりに下水を高度処理した水が途中から主にこの上水を流れているそうである。


それにしても御苑脇を流れる玉川上水を見ると、僅かなせせらぎが道の傍らにあるだけで清涼感があたりに漂ってくる事を感じる。いまや都心のほとんどの中小河川は暗渠になったり、高いコンクリート壁面にびっしり囲まれた中を流れているが、これらに工夫を加えて蓋をはずしたり、水辺に花や緑を植えて小道でも通せないものであろうか。玉川上水も久我山より下流はほとんどが暗渠の中なのがとても残念である。羽村から四谷まで43キロの間の高低差は僅か90米で、もし玉川上水の全線に水の流れに沿った緑道が整備されれば、ちょうどフルマラソンの距離に匹敵する素晴らしいマラソンロードや自転車道になる事であろう。

2016年7月22日 (金)

山縣亮太君、高桑早生さん 慶應競走部リオ壮行会

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昨夕はリオ・デ・ジャネイロオリンピックの陸上競技・短距離で活躍が期待される山縣君と、同パラリンピックの陸上短距離や幅跳びに出場する高桑さんの壮行会に出席した。JR田町駅で降り、三田南校舎の中にある会場のカフェテリアに向かって久しぶりに慶応仲通り商店街を歩くと、かつてあった学ランや学生帽を作る洋服屋さんが減って時代の変遷を感じさせる。清家塾長も参加の下、開催された壮行会は、ロンドン五輪の陸上競技800米代表だった横田君の他、卒業したばかりの若手から大先輩のシニアまで多くのOB、それに現主将など競走部現役部員も若干名集まって盛況であった。


山縣君は、テレビで見るより近くで見た方が体格的にスマートに見える。スピーチではロンドンオリンピックに出場した後、不調や故障でとても悩む事もあったが、今はどういう状況でも現実を受け入れる様になったという。皆の前では朗らかに喋っているものの、そのスピーチは競技者としての苦悩が彼を一回り成長させた事を思わせ、聞いていると「艱難汝を玉にす」という言葉が浮かんでくる。彼はオリンピックの舞台は「発表会」だと思って参加したいと言っていたが、リオでは体調だけでなく精神面でもピークになる様に調整して最高の「発表会」にして欲しいものだ。


高桑さんのスピーチは、多くの人の協力があって晴舞台に立てる事の感謝の念を表していて、とても好感が持てた。今どきの若者は概して女性の方がコメントがしっかりしているが、特に彼女は社会人になって、よりしっかりしたようで頼もしい。パラリンピックではT44というカテゴリーに出場するそうで、こちらも大いに応援しようという気持ちになった。今回はちょうど我々前後の世代が定年などで職場から去る時期にあたり、時間に余裕の出来た多くの先輩・後輩が出席していた。久しぶりに会う事ができた懐かしい顔を見ていると、これも山縣君や高桑さんの活躍のおかげだと感謝しつつ三田の山を去ったのであった。

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2016年7月19日 (火)

東京の街の秘密50(内田宗治) 春の小川

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生まれ育った町だから、私はふるさと東京が好きだ。で、気が向くと江戸時代や昭和初期の地図が載った東京の解説本を買ったり、往時の名所見学に出かけたりする。先年アップしたように、赤穂浪士の討ち入りがあった吉良上野介邸までジョギングした通りである。それにつけても東京の街の中をジョギングしていると、なぜこなんな所に坂があるのか、ここはひょっとすると昔は谷底だったのだろうか、はたまた尾根筋だったのか等と道路の傾斜が気になってくる。なにせクルマや電車と違って自分の足で勾配を乗り越えるわけだから、自然の傾斜がモロに負担となり、ちょっとした地形の変化にも敏感になってくるのだ。こうしてみると武蔵野の台地が、江戸前と呼ばれる海岸に落ち込む場所に発達した東京は、地理的にとても変化に富んでいる事に気がつく。


その点、この度読んだ新刊、内田宗治著 ”地形で解ける!東京の街の秘密50” じっぴコンパクト新書(実業の日本社)がとても面白かった。この本では皇居や御所のほか、川の流れやそれに伴って形成される谷、尾根の話、武蔵野の台地や崖線のほかに、東京の鉄道を廻るさまざまな歴史や経緯が地勢という視点から示される。ページをめくるたびに「あ、やっぱりあそこは昔こうだったのだ」とか「ヘー、なるほど、そうなのか」と、いかに東京の街が地勢に従って形成され、いろいろな施設がそれに対応して作られたかがわかる。という事で読後、この本によって披露された都内のあちこちを訪れてみたいという気持ちがにわかに高まってきた。


さっそく昨日は本の中で取り上げられていた「春の小川」が高野辰之によって書かれた場所、渋谷区の代々木までゆっくりとジョギングしてみた。夏日になって30度を越える中、3連休を、毎日皇居の廻りばかり必死で駆け回るのも疲れるので、ちょっとした遠出ジョギングだ。自宅から片道8キロほどになる渋谷川支流、河骨川(こうほねがわ)跡の現場にたどり着くと、「春の小川」がここで作られたという説明板と歌詞を書いた碑が小田急線の線路脇にあった。明治45年(大正元年)に「春の小川」が小学唱歌に採用されたと云うから、当時は関東大震災で被災した都内の人が郊外に移住する前、昭和2年に開通する小田急線も走っていなかったから、このあたりはのどかな田んぼが広がっていた事だろう。今や周りは住宅地となり川の流れは暗渠の中となってしまったが、東京オリンピックを機に、都内の中小河川を緑の側道とともに復活させて欲しいものだ。

それにしても、夏の日中に帰りの8キロジョギングはなんともきつかった。

小田急線線路脇、ここで「春の小川」が作られた
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2016年7月14日 (木)

播磨屋本店 朝日あげ

私の好きなお菓子は佐世保の”九十九島せんぺい”、博多の”鶏卵素麺”とともに、自ら「日本一おかき処」と称している「播磨屋本店」の”朝日あげ”煎餅である。その播磨屋本店と云えば、最近、ボルボの高価そうなトラックヘッドに牽引された「世直し特別広報隊」と称する同社の大型トレーラーが、三台一組みになって都内各所を走り廻っている。牽引される白いコンテナーの横腹には「一億総餓死・亡国」やら「天皇陛下お助け下さい」とか「餓死地獄」など、おどろおどろしいフレーズが常に大書きされていて、ふだんは少々右寄りの私にでさえ彼らが繰り広げるキャンペーンの趣旨がどうも良く解からない。しかし、少なくともこのトレーラー部隊を見かけると、つい煎餅を思い出してしまうからその宣伝効果は抜群である。


という事で虎ノ門にある私の古巣の会社近く、播磨屋本店東京本店の前を通りかかると、好物につられてついふらふらと店に入ってしまう。店員の制服はじめ店内の雰囲気はちょっと新興宗教的な感じもするが それにも係らずここはいつもおいしい煎餅を買おうと多くの客で賑わっている。そのお客さんたちは総じてデパートの食品売り場や贈答品売り場で買い物をするような人々のようで、それぞれに各種せんべいを試食しながら店内で供されるコーヒーをゆったりと楽しんでいる。ここでは”はりま焼き”や、最近では”夕焼けトマト”などが人気らしいが、私は一貫して”朝日揚げ”のファンである。


”ほっぺたが落ちる揚げせんべい 朝日あげ”は、21枚入りの特用袋で810円(税込み)で、一枚あたり40円もしないいたってリーズナブルな価格設定。買う時にもらうしおりには「最高級の原料米」と「米ぬかから採った米サラダ油百パーセント」で、「独自開発の新技術」を用い「表裏均一な美しい揚げ上がり」、かつ「製造直売」しており、「さわやかでまあるい味わい」との事。そのしおりは「日本中の揚げせんメーカーが理想とすべき目標にしているのです」と、世直しキャンペーントレーラーに繋がるかのような自負心溢れすぎ、自意識も過剰にすぎる文句がやや引っかかるが、たしかに”朝日揚げ”それ自体は口当たりが軽い上に癖がなく食べやすい。「プロの誰もが絶賛する文字どおり日本一おいしい揚げせんべいです」とあるのもうなづけると思いつつ封をあけると、どうにも止まらなくなるのである。

化粧箱入り朝日あげ(12袋)540円(税込み)
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2016年7月12日 (火)

参院選と若者、日本はまともになりつつある

予想したように参議院選挙は民進党がふるわなかった分だけ、自民・公明両党が議席を増し与党の勝利に終わった。この結果を見て東証の株価も大幅に上がっており、正にご同慶の至りだ。ことさら「戦争法」などと名づけられ散々こきおろされた安全保障関連法案や、与党や改憲容認派に3分の2の議席を与えるとすぐにでも憲法9条が改憲されるかの如き馬鹿げた主張も、前々回のブログでアップした通りこの選挙ではほとんど争点にならなかった。これらの現象を見て言えるのは、メディアを含むサヨクの人々の考えている以上に日本の国民は成熟していると云う事であった。


安全保障関連法案の際、国会周辺のデモ参加者数やその年齢の事をアップしたように、国会を「取り巻いた」とサヨクメディアがはやしたデモ行進は、大幅に人数が水増しされた老人たちによる「幻想」(7月12日付け読売新聞「参院選座談会」)だった事が選挙結果から明らかになった。そもそも”天皇制”も”自衛隊”も反対の共産党と、民進党が選挙協力で統一候補を立てるとは、どう見ても「野合」そのもので、たとえその候補者が当選しても国会内でうまくやれるはずがない。民進党といえば中にはまともな議員もいるのに、ほとんどの政策で政府に対抗する独自案も持たず、今回の選挙ではなりふり構わず共産党と組んだだけであった。ただ共産党と一緒にやるような政党に対しては、今後いかなる状況になっても一票を投じないと私は心に決めたが、同じ思いの人が多いだろう。(下線:昨秋のブログを参照下さい)


さて今回の選挙で注目したいのは、若者に自民・公明の支持が多かった事である。昔と違い若者が右傾化しているとされるが、それはサヨク的な思想で占められる在来のテレビ報道番組や新聞を、若者がほとんど見ないからではないか。代わりに彼らが触れる大手ポータルサイトのネットニュースは、左の朝日・毎日だけでなく右寄りの読売やサンケイなどからも配信されるから、従来のバイアスのかかったニュースより広く情報を得ていると云えよう。それにも増して重要なのは、これまでメディアがわざと報道しなかったり規制してきた事実が、いまやユーチューブやニコニコ動画で簡単に接する事ができる様になった事が若者右傾化の原因にあるように思う。「何が隠されていたのか」「何が事実なのか」がこれらの動画からより明確に、より簡単にわかる様になった事で、偏向したシナリオに沿った報道に、彼らが影響されなくなったのだろう。


ネットの発展でサヨクメディアに影響されない若者達は今後ますます増えるだろうから、若者の保守化傾向は不可逆的だと思える一方、ネットに疎い団塊の世代以上の老人たちは、これからも在来型リベラル・サヨク的思想の担い手になって「戦争法反対」などと国会前に集まったりするのだろう。こういう老人たちはアメリカの傘の下で安住しながらこれまでも繁栄をエンジョイしつつ、「反米・反基地」などと勝手な主張を続けてきたが、もし共和党のトランプ氏が大統領になってアメリカに伝統の孤立主義が戻ったら彼らはどうするつもりだろうか。米軍が日本の基地から引き揚げれば、力の空白をぬって中国が日本近海に勢力を伸ばす事が必至のなかで、反米・反基地の化石のような人々に、我が国は安全保障をどうやって全うしたらよいのか聞いてみたいものである。

2016年7月11日 (月)

飛鳥Ⅱ 南極・南米ワールドクルーズ2015-2016写真集

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この週末に”飛鳥Ⅱ 南極・南米クルーズ2015-2016”の写真集とDVDのセットが届いた。セットの値段はちょっとはるものの、100日のクルーズとなると我が一生にはそうないイベントだから、記念に2011年と同様に購入しようと船内で予約しておいたものだ。さっそく届いた写真を開き、夜はDVDを回して見ると、船内で知った多くの顔と懐かしい光景が次々と登場し、あんな事があった、こんな事もあったと記憶が蘇ってくる。こうし見ると僅か半年前の事でも随分と過去に起きた様に思える場面もあれば、つい最近だったようなものもあって、人間の記憶とは面白いものだと改めて思う。


もともと妻は子供の頃過ごしたブラジルに、一緒に行きたいと予ねてから漏らしていたが、実は私自身は乗船前はあまり乗り気でなかった南極・南米行きクルーズだった。大枚はたいて乗る長期クルーズなら、やはり欧州や北米方面に興味があり、わざわざ寒い南極に行ったり、治安上、安心して町をジョギングできない南米など行く気がしなかった。しかし帰ってしばらくすると、天国の様なタヒチの島々、イースター島のモアイ像、イグアスの滝やパタゴニア氷河の圧倒的な迫力、真の白銀世界だった南極など、クルーズで行った先がすべて素晴らしい思い出となって残っているから不思議なものだ。


さて例によって今回も写真集の末尾にある船長の航海日誌をじっくりと読むと、クルーズ中にはわからなかったクルーの苦労の一端が偲ばれて興味深い。だが本当は航海中の毎日正午に行われる定時放送で、気象・海象のもっと詳しい状況を知りたかったし、航路やスケジュールの変更はより包み隠さず乗客に知らせて欲しかったと乗船中から思っていた。なので1月20日にプンタ・アレナス(チリ)からウシュアイア(アルゼンチン)に向かう際になぜ航路を変更したのか、3月6日ホノルルの米国コーストガードによる出港差止めの理由は何なのか、などを今回届いたこの航海日誌で読めると思っていたが、その詳細が書かれていないのはちょっと残念だ。私の知っている英国人の船長や機長は、航路状況について判りやすい英語で細大漏らさず乗客に説明するのに対し、飛鳥Ⅱの船長はやや知らしむべからずなのであろうか。


そうは云うものの届いた写真集やDVDを見ているうちに、やはり良き思い出は自らが積極的に参加して作りだすものだとの思いが湧いてくる。なかには「???」と思われる変わった人もいたが、船で知り合った友人と云えば、長さ200米余り、幅30米の狭い空間で100日間の生活を共にした言わば「共同体」でもある。写真集を見ているうちに、あの人はどうしただろうか、住所の交換をしたから連絡をとってみようかなどとあらためて思いを馳せた週末だった。そう云えばカメラマンの目によく留まったのか、この写真集にはデッキパーティにおける我が”決死”のステテコ・腹巻の植木等スタイルが出てくるのがちょっと嬉しかった。

2016年7月 7日 (木)

改憲派と護憲派と云うくくり方

参議院選挙について新聞各紙 の情勢調査は、自民・公明の他、おおさか維新の会や日本のこころを大切にする党の『改憲4党』が優勢だと大きく伝えている。まことに結構な中間予想だと思いつつも、そもそも今回の選挙では他に多くの論点があるにもかかわらず、単に『改憲』と『反改憲』の2つに乱暴に色分けして予想の発表をするところに、何かしら各新聞社(特に左系)の意図を感じてしまう。自民党や公明党にも様々な考えの議員がいるはずだが、新聞がこういう大見出しをつける事によって、いわゆる『護憲派』有権者の危機感が煽られ、事によると投票活動に影響を及ぼすのかもしれない。何しろ先の慰安婦問題では、朝日新聞などは誤まった報道を行い、世の中を永年に亘って扇動してきた実績がある。


さて今の憲法と云えば大戦後GHQ、それも一部の特別な考え方をもった人達によって作られたものだと云う。その理念は真に高邁なものの、公布されてから70年近く経ち世の中がすっかり変ったのに、その間なにも変わらない憲法が、複雑になる現実と離反して行くばかりとあってこれで良いのであろうか。この70年間に朝鮮戦争、東西冷戦や東側の崩壊、中国の軍事大国化やイスラム原理主義の台頭などがおこり、世界の情勢はすっかり変ってしまった。その上「基本的人権」という思想さえ普及していなかった時代の憲法を、改正もせずにこのまま放置しておいてよいのかと、疑問が次々に浮かんでくるところだ。ここは改正の発議を行い易くする為に、まず憲法96条を見直すというのが道ではないかと私は考える。


今の憲法の中で最も疑問に思うのが、その前文、「日本国民は、恒久の平和を念願し、人間相互の関係を支配する崇高な理想を深く自覚するのであつて、平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼して、われらの安全と生存を保持しようと決意した。」と云う下りである。どう考えても日本の周囲は、中国が急速に軍事大国化して地域の覇権を唱え、北朝鮮は拉致に加え弾道ミサイルを発射すると云う状況で、彼らの「公正と信義」におよそ「信頼」を置くほど私はお人好しになれない。護憲派の政治家や評論家たちは憲法の理念を言うばかりで、実際に起きている中国や北朝鮮の脅威を過少視するが、それらを聞いていると彼らのバックに誰かがいるのかと疑いたくなる。


先のAIIB加盟問題でもわかった様に、中国と地理的に遠いヨーロッパ諸国は、その経済的恩恵を受けようと中国に接近しており、今回の英国EU離脱によって、その動きはいっそう強まるだろうとされている。一方でトランプ氏の台頭に見られる如く、アメリカ国内では伝統的な孤立主義に戻ろうという動きもあり、もし彼が大統領になって広言通りに政策を実行したら、日本の米軍基地のプレゼンスは大きく後退していく事になろう。その時、中国の「公正と信義に期待して」我々は国防や軍備に注力せず、憲法9条を後生大事に護っていたら、果たして尖閣や東シナ海が安泰であろうか。私には改憲など自明の理、出発点である。しかし「改憲派が優勢」などと、まるでその動きを牽制するかの如き新聞の見出しを見るにつけ、わが国が置かれた状況や世界の趨勢、その他さまざまな難題を顧みずに、事態を単に『改憲』/『護憲』問題に矮小化しているメディアに何か違和感を感じるのだ。

2016年7月 5日 (火)

モヒートが忘れられぬ

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各種の健康本によると週に1~2回は禁酒日をつくった方が良いと云うので、以前は晩酌をしない日を決めていた。で、すこし前にかかりつけの医者に「酒を飲まない日は手持ち無沙汰で早く寝たいから睡眠薬を処方してください」と頼んだところ、「いつもどのくらい飲むの?」と聞かれる。「毎日缶ビール1本とウイスキーの水割り1~2ハイ (本当は2~3杯) ぐらいですかね」と答えると、「その位ならストレスを感じて禁酒するより、毎日飲んだ方がまだ良いですよ…」と多分いけるくちの先生の指示である。以後有り難く先生の指導を守り晩酌を欠かさない日々が続く。


晩酌と云えば一日の諸事を終え ”まずビール” から始まるのだが、次はウイスキーの水割りを飲むかと云う事が多い。もっともたまに目先が違うものの、最近のように暑い日は二杯目にスッキリ系の飲みものが欲しくなって、飛鳥Ⅱで寄港したカリブ海キュラソー島のカクテル「モヒート」のミドリ色があざやかに脳裏に浮かんでくる。あれは暑かったキュラソー島ウイレムスタットの町で、朝のうちに海岸に沿ってジョギングをし、午後から繰り出した町でショッピングした帰り道だった。本船を前に客船ターミナルの入り口に近いスナックバーに立ち寄り、そこの”名物”だという「モヒート」を頼んでみたら、出てきた鮮やかな緑色のカクテルは、運動と街歩きでカラカラに渇いた喉に何とも爽やかな飲みものだった。(写真・上)


ミキサーした大量のミントの葉と大ぶりなライムに、ラムとソーダを注いだそのモヒートはまさにカリブの味がしたのだが、帰国してそれに近い爽やかなアルコールドリンクが身近にないものか、最近スーパーの酒棚をさがしてみた。するとラムでなくウオッカがベースであるし、ミントではなくレモンの味なのだが「キリンビターズ」の”ほろにがレモンライム”(アルコール度8%)がそれらしい感じがする。もう一本「キリン氷結ストロング」(度数9%)を買って帰り、世界でここでしか製造していないトリニダードトバゴの工場で買った”アンゴスチューラ・アロマティック・ビターズ”を数滴ふりかけてみると、キリンオリジナルの甘さに大人の苦味が加わって、安いチューハイがちょっとカリブ風になった感じがするのである。などと酔いが廻るにつれ、またいつかカリブの町を訪れたくなってきた。

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写真
上)キュラソーで飲んだ(フローズン)モヒート
下)キリンビターにトリニダードの工場で買ったアンゴスチューラ・アロマティック・ビターズ

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