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2016年6月13日 (月)

ゼロ戦の里帰り

20160612

しまなみ海道の旅行で広島空港に着陸し、飛行機が所定のスポットまで移動する中、ふと窓から外を見ると駐機場の片隅になにやら変った形で濃緑色の小さな機体がいる。緑色の小型機と胴体の日の丸がめずらしいと思い目を凝らすと、その飛行機は小さい頃から本や模型によって、私の記憶に深く刻まれた形体ではないか。「そうだ、これはゼロ戦じゃないのか」とあらためて気づきびっくりしたが、その姿はあまりにも美しく、映画の撮影などで他の機種を改造したものかと一瞬いぶかしく思ったのである。しかし小さいながらも、今にも大空に向かって駆け上がりそうなそのたたずまいは、まさしく「本物」のゼロに違いないようだ。


と云う事で旅行から帰って調べると、これは日本人の篤志家が私財を投じておこした「ゼロ戦里帰りプロジェクト」のゼロ戦らしい。大東亜戦争初期ソロモン海海戦で墜落したラバウル基地のゼロ戦22型をアメリカに持ち込み、エンジンこそ三菱の栄からアメリカ製に換装したものの、往時のように飛べるべくレストアした機体だと云う。今回は里帰り中で日本国内各地を飛行していたが、九州から関東地方への移動中に機体に不具合を起こし、着陸予定の岡山ではなく急遽広島空港に来ていたとの事だ。それにしても私達は昨年末に”飛鳥Ⅱ”でラバウルの海軍基地跡を訪問し、ソロモン海を航海したばかりだから、その基地から飛び立ちその海で見つかったゼロ戦と広島で出会うとは、これも何かの縁かとの思いが胸をよぎる。


それにしても梅雨に入る直前の青空に、旧海軍の暗緑色の機体が栄えてなんとも格好良いし、博物館や資料館で見るのと違い、大空を自由に飛べるゼロ戦とあって出合った感激もひとしおである。これを見ていると、世界で数少ない”飛べるゼロ戦を日本人が所有”し、”日本人が操縦”すると云う 「ゼロ戦里帰りプロジェクト」 に大いに拍手を送りたいと思ったのだ。戦争に負けて往時の技術遺産はほとんどが逸失してしまったが、日本人の精神までもアメリカの占領政策によっていまだに骨抜き、平和ボケにされたままである。中国の覇権主義が脅威になり世界のパラダイムが変わる中、今一度我々は大東亜戦争や戦後の意義を見つめ直し、未来を考える事が必要だとゼロ戦を見つつ考えていた。

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