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2016年1月

2016年1月31日 (日)

南極クルーズ

南米大陸の最南端ホーン岬をかわしてから丸1日半、アイスパイロットを乗せた飛鳥Ⅱは南下を続け、南極大陸から突き出る南極半島の沿岸に到着した。半島とはいえここは正真正銘の大陸の一部だから、我が人生において初めて南極という極地に来たわけである。その昔、作家の北杜夫氏だったであろうか、母親が当時としては時代の先端の船好きで南極に行ったとのエッセイを読んで「ヘェー」と感心したものだが、まさかその地に自分が船で来るとは想像もしなかった。


砕氷艦”しらせ”の元艦長による船内講演などでは「吼える(南緯)60度」と教えられ、どんなに時化る海域かと思ったが、幸い思ったほど揺れる事もなく南極に到着し、極地2日目の今日は南極晴れとなった。本船の周りに聳える岩山はびっしりと厚い雪に覆われ、海面には時々青く光る氷山があるかと思うとクジラやアザラシ、ペンギンが見え隠れし、その光景はまさに本や写真で見る南極そのものである。荒れた海を越えてわざわざ寒い所に行くクルーズはどうも気分が乗らない、などと内心それほど期待もしていなかった南極でも、やはり来てみると感動ものである。


こうして初めて訪れた南極も、キャビンにあるテレビモニターを見ると、周囲に多くの探検クルーズ船がいる事がわかる。数マイルの範囲にハパグロイドの”ハンゼアティック”、シルバーシークルーズの”シルバーエクスプローラー”などの小ぶりな豪華探検クルーズ船、さらにはノルウエイの沿岸急行船フッティルーティンの”フラム”も北極の冬場はここ南極に出稼ぎに来ている。最近は世界のどこに行ってもそれぞれの海域に応じたクルーズ船が見られるが、日本が保有するのは僅か3隻の外洋クルーズ船のみで大きな進展もない。わが国の客船マーケットの細々とした業態とその保守性に、海洋国とは名前ばかりだとクルーズファンの一人として嘆きたくなってきたのだった。

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絶景、南極の山と海とフラム

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夕刻行きあったシルバー・エクスプローラー

2016年1月22日 (金)

パタゴニアにて

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日本と地球の裏側にあたるチリとアルゼンチンに跨る南アメリカ大陸の先端パタゴニア地方にいる。チリのプンタレナスを経由して今日はアルゼンチンのウシュアイアである。パナマ運河が20世紀初頭に開通するまで大西洋と太平洋を結ぶ航路は、南アメリカの最南端を回ったのだが、それにはケープ・ホーン沖を回るコース、ウシュアイアが面するビーグル水道を経由するコース、そしてマゼラン海峡を通過する3つのルートがあった。飛鳥Ⅱが先日入港したプンタレナスはマゼラン海峡に面しており、この後ウシュアイアを出るとケープホーンから南極海に向かうのだろうから、このクルーズでは南アメリカ先端の3つの伝統的な航路をすべて経験する訳で、これはなかなか貴重な体験である。


それにしてもチリ南部の氷河地帯からマゼラン海峡、そしてビーグル海峡とここ数日見た景色は、まさに息をのむという言葉がぴったりの絶景といえよう。ここは南半球の高緯度なので北のアラスカ地方やノルウェーの西海岸などとも似ているが、そのスケールの大きさはこちらが遥かに優っているようだ。いくつもの大きな氷河、U字谷や大カールを抱き夏でも大きな雪渓を頂いた無数の山々、何より観光地につきものの遊覧船やヘリコプターなどがほとんど見られず、人間の手が入らない「地の涯」感が圧倒的なスケールでこちらに迫ってくる。チリやアルゼンチン南部のこのパタゴニアに、日本や欧米から便利なフライトでも開通すれば、多くの人が自然に魅せられて訪れるのではないだろうか。


昨晩はウシュアイアの町に、船内で仲良くなった何組かの友人と名物のキング・クラブを食べに出かけた。日本で言えば花咲ガニの類のようだが、目の前で茹でた30センチほどの大きなカニをハサミを使い、身を剥きながら豪快に食するのは、船のメシに慣れた舌にはひどく新鮮であった。今朝は地球最南端の町での1時間あまりのジョギング。思ったほど風の寒さも感じず久しぶりに揺れない大地で走れたが、ビーグル水道を抜けたこの先は南極海だから、世界で一番南にあるメルセデスベンツのディーラーだとかガソリンスタンドなどを一々確認しながら走ってきた。それにしても2011年にはアフリカ大陸最南端の喜望峰、ヨーロッパ大陸最北端のノールカップに飛鳥Ⅱで訪れる事ができ、今回は世界で一番南の町ウシュアイアに来られたわけで、船は色々な場所に連れて行ってくれるものである。

2016年1月21日 (木)

交通ルールを守るチリの犬

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飛鳥Ⅱは1月14日チリのバルパライソに到着した。チリに来たのは日本企業も資本参加したアンデス山脈の銅鉱山開所式に来て以来で、あれから早くも15年になる。考えてみればこの15年は中国人の爆買いで世界中の資源やエネルギー源が高騰し、そしてまた彼らの経済成長急減速で産油国や資源を輸出する国が苦境に陥いった期間であった。この歳月におけるわが仕事の変化や自分の来し方を思いおこし、思わず「時代は廻る」などと云う言葉が我が脳裏に浮かんでくる中、本船は首都サンチアゴの外港であるバルパライソに入港した。


街並みが世界遺産に登録されているバルパライソだが、そのカラフルさも主に粗末なトタン板でできた家々の外壁にスプレーで塗りたくられたカラーが作り出すもので、地震国チリでこんな建築物が密集していて大丈夫かとの思いが頭をかすめる。ごみや空き瓶が町のそこここに散らばっているが、日本で「世界遺産」に登録されるとなると地域ををあげて美化運動、保護運動などが展開されるのとは大違いのようだ。世界遺産を認めるユネスコの政治性や偏りが指摘される今、ここを見るとその選定基準の胡散臭さや杜撰さをどうしても考えてしまう。


バルパライソの港を出ると、町には鎖をつけずウロウロとしている犬が多いのに気がついた。野犬というよりシェパードやラプラドールレトリバーなどの立派な犬も多く、彼らは町を我が物顔に闊歩している。概して毛並みこそ汚れているものの、こそこそ餌をあさると云うより自分が町の主であるが如く実に堂々としているし、人の往来の頻繁な歩道のど真中で何の警戒心も見せずぐっすりと寝ていたりする。


驚いたのは彼らが多数のクルマが通る道路を横断する時は、数十米おきにある交通信号を守る事である。どうやら歩行者が信号待ちしている時は、彼らも人間を見習って横断歩道の手前で止まり、人が歩き出すのを見て道を渡る習性が着いているらしい。チリの犬は「交通のルール」を犬から犬へ伝えるすべを持っているのかと見まごうばかりの行動であった。後で地元の人に聞いたら、ここでは犬をリードでつないだり庭に囲っておく習慣がなく、飼い犬は朝になると町に出て夜また家に帰ってくるそうだ。ところ変われば文化も変わるが、「信号を守る犬}はこの南米の旅で最初のカルチャーショックであった。

イースター島など絶海の孤島

モアイ像で有名なイースター島はチリに属し、本土から遥か3700キロも離れた南太平洋に浮かぶ孤島である。こんな島にはこの先2度と訪れるチャンスがないだろうが、そこに簡単に来れるのがクルーズのメリットと云えよう。と云う事で周囲60キロ、伊豆大島ほどのイースター島に飛鳥Ⅱは新年1月7日に到着した。島の港湾施設が貧弱なために本船のテンダーボートで上陸する上、島内受け入れ側の交通手段もキャパシティに制限があって、乗客は決められた時間に下船し島内では集団で行動する事になった。


このイースター島には工作しやすいと云われる凝灰岩の山があって、ここから10世紀以降18世紀頃までモアイ像が製造・切り出されて島内各地に運ばれたと云う。像の建立目的としては各部族の守護神的な意味あいや祭祀用のためだったと云われるが、さらにより宗教的・墓碑的な背景もあった様で、はっきりしたその存在理由はいまだ分からないらしい。このモアイ像は単独で立っているものから15体が列をなしている壮観なもの、さらに倒壊しているのや製造半ばで放棄されたものまで島内のあちこちで見る事ができる。これらを見ていると、テレビ「世界不思議発見」のミステリー・ハンター、竹内海南江ちゃんが今にも眼前に現れそうな気がしてくるものだ。


さてニュージーランドから南米チリまで、タヒチやイースター島寄港を除き、南太平洋を横断するという退屈な日々ではあったが、この間に映画「バウンティ号の反乱」で有名なピトケアン島に接近した。ここは1790年イギリス船バウンティ号で船長に反乱をおこしたクルーが辿りついた面積4平方キロ余の島で、以後その子孫を中心に数十人の人々が住んでいる。現在の人口は50数人だそうで、定期航路も飛行場もない絶海の島で彼らは一体どういう生活をしているのだろうか。遺伝的学的にも極めてユニークな例が見られるのではなかろうか。そのほか「ロビンソンクルーソー漂流記」の舞台になったロビンソンクルーソー島が今では有人の島であるのを見たり、大海原の航海中でも、興味深い事物が眼前に展開して行くのである。

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2016年1月15日 (金)

タヒチで走る

モーレア島から数時間の航海で、飛鳥Ⅱは首都である大タヒチ島パペーテに30日夕方に到着した。入港した岸壁は市街の中心にあって、そこからの眺めによると町は小ぶりながら感じの良さそうな雰囲気である。オーバーナイトステイの翌朝、さっそくジョギングでもするかと思うが、それでも初めての異国の地を走る際は、治安や交通事情、それに野犬がいないかなどいろいろ気を遣う事が多い。ただこの日は天気も良く、周囲も安全かつ歩行者優先のようなので勇んで舷門を飛び出す事にした。クルーズ船と云えば最近は小さな専用走路を上甲板に別に作ったり、ランニングマシーンの充実でプロムナードデッキ(遊歩甲板)で走るのを制限する船が増えている中、飛鳥Ⅱの全通する440米の木張りのデッキは足にやさしくジョガーには最高の環境の船と云えよう。しかしそれでも揺れたり風が強かったりする船上を離れ、上陸日には大地の上を走りたくなるのが走る者の性(さが)であろうか。


という事で、パペーテでは海岸の遊歩道沿いに走リ始めるも、少し進むと正月イベント準備のためかこの道は通行止めになっている。しかたなく町の中に向かおうととって帰すうち、ふと横を見るとすぐ脇に陸上競技のトラックがあって何人かの市民ランナーが走っている。久しぶりにスポーツ施設とトレーニングに励む人に触れると、何故かこちらの気持ちまで高ぶってきて、ここでいっちょう気合を入れて走ろうかという気持ちになってきた。ただこのトラックを無断で走って咎められるといけないので、傍らの施設の使用注意書きらしき掲示を見るも、これがフランス語でさっぱりわからず、あらためて高校・大学と3年間習ったフランス語はまったく実用にならない事を思い知らされる。という事でフィールド内でドローンを飛ばして遊んでいた男性に、「ここは誰でも走って良いの?」と英語で聞くと「ウイ」と返事が返ってきた。


おりしも日本ではニューイヤー駅伝に箱根駅伝の季節である。南の島で弛緩した筋肉に刺激を入れるために、1000米を3本走りその間は600米のジョッグでつなぐかとウオッチ片手に走り始める事にした。ところが最初の1000米1本を終わり腕のストップウォッチをみるとヤケにこれが速いのである。まるで40年前の現役時代の我がタイムかと思うくらいで走っているから、船に乗ってる間に急に筋肉にばねでもたまったかなどと一瞬錯覚する。で、トラックで走っている人達に「ここは400米あるの?」とまた英語で聞くと、私の英語が通じたのかどうか何ともわからないのだが、また「ウイ!」との事。走ったタイムからみるとどうみても400米はないのだが、まあ南の島でのんびりやっている人たちには、400米でも350米でも問題にならないのだろうと、こちらもおおらかな気持ちになっって一緒に走っていたのであった。

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海の民・タヒチから

飛鳥Ⅱはタヒチ諸島のモーレア島に2015年暮れの30日に着いた。ここは映画「南太平洋」の舞台になった島で、画面にも出てくる特異な形状の山、バリハイ山のふところに位置するオフレフ湾に本船は錨を降ろした。この山には現地の別の名前がついているそうだが、映画でバリハイの名があまりにも有名になったために、今では皆がこう呼んでいるとのツアーガイド説明である。そういえば遥か昔に渋谷の映画館に足を運んでリバイバル上映されていた「南太平洋」を見た事を思い出したのだが、今回こんなに近くまで来るなら映画のDVDでも買って見ておけば良かったと思った。


この日は天気予報が良い方に外れて好天気となり、申し込んでおいた「モーレア島ボート遊覧と無人島体験」ツアーを充分楽しんだ。これは現地の業者の小型双胴ボートに乗り、シュノーケルをつけて熱帯の魚を見たりさんご礁の海岸を楽しむツアーで、その一部にはなかば餌づけされたサメやエイと一緒に泳ぐ箇所もあって、なかなかスリリングな体験がであった。サメやエイといっても体調は1.5米くらいの小ぶりなものだが、彼らがウヨウヨ周囲にいる海を泳いでいるとやはり映画「ジョーズ」を思い出してしまい、なかなか他では味わえない気分である。もっともサメの中でも獰猛で危険な種類があると判ったのはごく最近の事だし、大半のサメは人間を襲ったりしないそうである。


さて本船はモーレア島に半日滞在後、数時間のシフトでその日の夕方にタヒチの首都パペーテに着いた。例によって入港作業を見ているうち、パペーテ港のヨット係留場にハワイのホノルルからやってきたクルーザーヨットがいるのがわかった。ポリネシアとは多くの島々という意味で、この辺りではこうして大海原を越えて航海するヨットがよくあるらしい。そもそもポリネシア人はインドシナ半島やインドネシアあたりに居た人々が遠い祖先で、航海術の進歩とともに海洋に乗り出し、トンガやタヒチ・ハワイあるいはニュージーランドに進出したと云う。もともとは同じ所から来たのでポリネシアに住む人々の話す言葉はとても似ているそうで、海洋を隔てて何千キロも離れていてもお互いにかなりの会話が成立するらしい。我々が習う世界史は平地や砂漠の民などの歴史だが、それとはまた違う海の民の歴史がここにはあるのである。

写真はバリハイと飛鳥Ⅱ
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