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2015年11月

2015年11月25日 (水)

ねんりんピック長崎大会・予選

駒沢陸上競技場で行われた来年のねんりんピック・長崎大会の予選を兼ねた第20回シニア健康スポーツフェスティバルTOKYOのマラソンの部に出場した。ねんりんピックは厚労省と各都道府県などが共催する60歳以上のスポーツ・文化の祭典で、各都道府県代表によるマラソン・水泳・テニス・剣道・ソフトボール・サッカーなどの競技の他に、ゲートボールやゴルフ、ダンスなどのシニア向けスポーツも行われる総合イベントである。更に囲碁・将棋・俳句・マージャンなどの文化交流大会に、常陸宮さまと同妃ご臨席による開会式や音楽祭・美術展などが期間中に催され、持ち廻りで開催にあたる各県では地域の一大イベントになっている。


一昨年に駒沢公園で行われた第18回シニア健康スポーツフェスティバル TOKYO で3キロの部を気軽に走ったところ、この試合が翌年のねんりんピックの予選を兼ねており、昨秋は栃木で行われたねんりんピック栃木2014 のマラソンの部(3キロ)に参加できた事はアップした通りである。選手は隔年のねんりんピック本大会にしか出られない規則になっているから、あれから2年後この秋の予選で一着になればまた来秋のねんりんピック長崎大会に東京代表で出場できる事になる。という訳でマラソン大会の会場となった駒沢公園に先の勤労感謝の日に集合した。マラソンの競技は3キロの他に10キロや5キロの部もあるが、もともと学生時代は中距離(800米や1500米)が専門だった私は、短いほうが相対順位が良いから、東京代表を狙うなら3キロである。


ただ問題は年齢で、60歳を過ぎると筋力や走力はそれ以前の落ち方に比べて確実に早くなる。駒沢の会場で昨年の栃木ねんりんピックで仲良くなった何人かのランナーと再会すると、みな一様に去年より記録が落ちたとボヤいているのである。みな総じてリタイヤかセミ・リタイヤの身だろうから、時間的には練習するのに充分な環境のはずなのだが、いかんせん年齢には克てず、60歳になったばかり(厳密には予選時59歳から参加可能)の『若手』の参加がなによりの脅威となる。今回3キロの部は参加30名ほどでスタートしたところ、その中にただ一人ダントツに速いランナーがおり、プログラム記載のその名は初めて見るから多分60歳台になったばかりの新参者に違いない。ゴールではその彼に30秒も離されて2着と一敗地にまみれ、来年の長崎ねんりんピック出場は結局ただの夢となってしまった。こうなればこの一着のランナーが何かの都合で来年のねんりんピックを辞退して順番が繰り上がらないかと、一緒に長崎旅行を楽しみにしていた妻が嘆く昨日今日である。

人気のないスタンドのポール。掲揚された旗のロープが寂しく
風になびきカンカンとポールに響く音は風情あって良いものである。
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2015年11月20日 (金)

飛鳥Ⅱウィーンスタイルクルーズ

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パームコートのザッハートルテ

今週初めは休暇をとって飛鳥Ⅱの”ウイーンスタイルクルーズ”に乗船した。2泊3日のクルーズだが初日はいつもより数時間早く14時に横浜を出港(帰港は3日目の朝9時で通常と同じ)するのがちょっとお得な感じがして嬉しい。心配された天気もどうやら大丈夫で、2日目に寄港した清水は昨年ホーランドアメリカラインの”フォーレンダム”チャータークルーズ以来である。


このクルーズの中心は何といってもウィーンスタイルのコンサートである。”ウィーン三重奏団”と銘打って演奏するピアノ三重奏は、父がウィーンフィルで活躍するチェロ奏者、二人の息子がバイオリンとピアノという珍しい「父と子」トリオとなっている。このウィーンスタイルクルーズが約700名の乗船客で、次のグレンミラー楽団の乗船するクルーズが900名ほどの船客という事で、2つの音楽クルーズを連続乗船する乗客も多く船内は賑わっていた。


パームコートなどで出されるお菓子はオーストリアの有名なチョコレートケーキ”ザッハートルテ”、また食事もウィーン風カツレツ”ウィナーシュ二ッツエル”が2日目ディナーのメイン料理とあって船内はウィーン風に演出されている。このクルーズの目玉”ウイーン三重奏団”の2回のコンサートは初日の夕方と2日目清水出港後の夕方の2回で、そのために東京・清水両港の出港が14時と早めに設定されたようだ。


曲目は初日がベートーベン”「仕立て屋カカドゥ」の主題変奏曲とロンドによる変奏曲”と”メンデルスゾーン第1番(二短調)”だったが、この2曲はサロン音楽的な気軽さというより、より芸術的かつあまりポピュラーでないのがやや残念であった。両曲とも難解なピアノのパートがウリの作品らしく、やたらと下の息子の技巧的な演奏がフィーチャーされるのだが、やはり船内のステージでは音響効果もいまいちでやや退屈な時間だと感じた。専門的な音楽性を求めて乗船する客はそう多くはないだろうから、ピアノ三重奏なら同じベートーベンでも”大公トリオ”などを演奏してくれたらより楽しめたのにというのが感想である。もっとも2日目はぐっとくだけて、タンゴや日本の歌メドレーなどのポピュラーな小作品のコンサートで楽しめたのがやはりクルーズ船ならではの趣向である。


さて先の”フォーレンダム”では清水の日の出埠頭から8キロ離れた三保の松原までジョギングしたが、今回は飛鳥Ⅱから往復1時間半かけて日本平に駆け上がり、「ここから見るのが日本一」と云われる富士山を眺める事が出来たのもこのクルーズの良き思い出である。もっとも船内ではいつもながら少々はしゃぎ過ぎ飲みすぎの上に、久しぶりの本格的な山道ジョギングとあって帰宅してからも暫くはぐったりの秋の休日であった。

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メイン料理のウィナーシュ二ッツエル

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日本平からの眺め、真正面に富士山、右下に飛鳥Ⅱ

2015年11月13日 (金)

東京時代MAP(大江戸編)

「(江戸の)歴史地図と現代地図を重ねた新発想の地図」と謳われる「東京時代MAP・大江戸編」を買ってみた。「紙に印刷された幕末の地図と、半透明のトレーシングペーパーで印刷された現代地図を重ねて構成」したこのタイムトリップMAPは、江戸時代末期の街と現代の街路を簡単に比較するため古地図をある程度変更したり省略しており、今の東京中心部がかつてどういう地理であったのかが一目で判る様になっている。


これを見ると現在の東京駅は幕末には北町奉行所や松平伯耆守らの屋敷があった事、徳川将軍家の菩提寺である上野の寛永寺は、往時は今の動物園や文化会館、美術館などを含む広大な敷地だった事、千代田区や中央区に所々あるごく狭い横丁は、かつては堀割りや川であり、江戸の町は水辺に満ちていた事などが一目瞭然にわかる。その一方で月島などは当時まだ海の下で、東京は浅瀬に向かって干拓造成されてきた事が実感できるのである。


また江戸市中の飲み水のために関口(文京区)で神田川に堰をつくり水位を高め、水戸藩の上屋敷(現在の小石川後楽園)まで水を導いた神田上水の水路も、この地図ではそれとわかる様に実に簡単明瞭に記載されているのである。こうした地図編纂の大胆さとまとめの巧みさ、なによりトレーシングペーパーを利用したアイデアに感心し、まさに江戸のいにしえを巡る「散策手引き書」としてぴったりの本だと思った。


巻末には「江戸時代歩き」として、花見・月見の名所、目黒・目白・目赤など五色不動やいくつかの「江戸の『粋』」な場所が紹介されていて興味深い。その中には忠臣蔵や桜田門外の変の舞台となった本所松坂町や桜田門周辺が事件の詳細と共に記されていて、これらを読むとかつての江戸の光景が目の前に浮かんでくる様な気持ちになる。こうして江戸の地図を眺めているうち、赤穂浪士が松坂町から浅野内匠頭の菩提寺である泉岳寺に引き上げる道順を、次は私がジョギングで辿ってみようかという気持ちになるから不思議である。

左は江戸切絵図ベースの「江戸東京散歩」右が今回の「東京時代MAP」
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2015年11月 9日 (月)

インビス・ハライコ(Imbiss hareico)九段店

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本場ドイツから入って来たソーセージとビールが気軽に食べられる店、"Imbiss hareico"が六本木の一号店に次いで九段下でも開店したのでこの週末に早速行ってみた。何でもimbissとはドイツ語で軽食とかスナックの意味だそうで、ドイツの食品メーカーであるハライコ社から直輸入した各種ソーセージと本場ドイツの生ビールを楽しめるのがこの店のウリである。新規開店したお店がある処は以前は何屋さんだっただろうか、目白通り沿いの飯田橋と九段下の中間、間口一間半ばかりのこじんまりした簡素なお店である。


まず最初は300ccの生ビールにいろいろな種類の中から選べるソーセージが2本、それにザウワークラフトがついたセットを妻と各一セットづつ注文する。セットは単体でそれぞれ頼むより200円ほどお得になっており、本場から直輸入したソーセージが程よく冷えた生ビールとマッチしてまことに美味しい。当然の事ながらビール党の我々は、このお昼に15キロ以上ジョギングして、このお店に備えて来たからこんなもので済む訳はない。


次に私は500ccの“ビットブルガー Bitburger”の生ビールを頼むと妻が負けじと好物のヴァイツェン(Eldinger)を500cc、その他ポテトサラダにこれまた具のソーセージを選べるホットドッグ、その後でまたビールのお代わりを追加してと二人してドイツの味をゆっくり味わった。この晩は二人で約2リッターを超える本場のビールを飲み、程よく食べて6,000円ほどだから価格もリーズナブルと言えよう。お店のサービスはとても気持ち良かったから、秋の夜風に吹かれつつ「これなら、あちこちで10月でもないのにやる”オクトーバーフェスト”より良いね。また来て見よう」と妻と話しながら家路についたのだった。

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2015年11月 7日 (土)

私学の経営実態

かつて一緒に働いた仲間が今は某宗教系の学校法人で理事をしており、その彼と久しぶりに酒を汲み交わす機会があった。彼が勤める法人は東京郊外で中学・高等学校と大学を経営しているそうだが、戦後できた比較的地味な学校とあってその口から出てくるのが「もう疲れたからそろそろ引退したい」というぼやきである。子供の数が減るにつれていかに私立学校の経営が大変になっているのかについての説明から始まり、全国に700ほど私立大学があってこれから生き残りをかけて合併・連衡がものすごい勢いで増えるだろうと酔うにつれて声が大きくなる。


現在ほとんどの学校法人の経営が厳しいなか、赤字が続くと文科省から睨まれるので各校ともサイドビジネスに余念がないのだそうだ。不動産の賃貸・出版・飲食系などに手を出すものの、総じて実務経験が乏しいためにうまく行かず苦戦を強いられるのだとぼやく事しきりである。となると本業で名を挙げるしかないので、大学では手っ取り早くテレビの全国放送で露出効果が大きい箱根駅伝出場を目標にし、有望な選手には学費免除に寮の世話など至れる尽くせりの環境を用意するらしい。ただその前にまずは優秀な指導者の確保やら有望な高校生の獲得が必要なので、理事である彼が全国を駆け回って勧誘に勤めねばならないと言う。


しかし最近の箱根駅伝の予選会は新興校の宣伝の場と化し、お正月の本大会に出られるまでには至らず毎年悔しい思いをしているとこぼす。それならば個人競技を強化しようとばかり付属中学にテニスやゴルフなどのジュニアレベルで優秀な子供を入学させるが、彼らが全国大会で良い成績を出すと他の私立高校からあの手この手の勧誘が来ると言う。理事である彼は何とか本学高校に上がってもらうために選手の父兄をあれやこれや接待しなければならないが、学校側が父兄を接待などと私学の置かれた主従逆転の状況に、彼の「やめたい」と言う愚痴が真剣味を帯びて聞こえてくる。


学園振興のために「一番良い方法は東大へ現役で入学する生徒を増やす事」だそうだが、極めつけはそのために中学・高校では放課後に教室を開放し、何と近所の塾の先生を学校に呼んで生徒に特訓させていると言うからびっくりだ。そういえば我が家の近所でも、昔はどこも行けない劣等生が入ったハシにも棒にもひっかからなかった学校が、今では大変な受験校になっている例もあるから、私学の下克上の世界には凄まじいものがあるのだろう。それにしても進学塾を学校の教室で開講するとは何だか本末転倒、ちょっと前には考えられなかった状況が現在の私学では起こっている事に驚いた飲み会であった。

2015年11月 5日 (木)

のぞみN700A編成

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かつて自営業者として仕事をしていた時に、新幹線での出張と云えばグリーン車をよく利用する事があった。特に広島あたりから東京へ帰る際には、前夜の宴会の疲れもあってグリーン車を頻繁に使っていた。それでも経費削減と云う事で、例えば広島乗車から新大阪までのJR西日本区間は”ひかりレールスター”の普通車指定席を利用し、のぞみグリーン車は新大阪からだけ利用したものである。新大阪で乗り換えの為ホームを移動するのは一手間だったが、”ひかりレールスター”の指定席なら2人+2人がけシートがグリーン車並みだし、新大阪~東京のグリーン料金は5150円(消費税アップ前)かつ座席に備え付けの社内誌”WEDGE”(400円相当)を持ち帰れるから、実質的にそう大変な出費だと感じなかった。


現在の会社では一嘱託の身分、平社員となったから出張もグリーン車などとは縁がなくなったが、まあ人間はその程度の我慢ならばすぐに慣れるものである。しかし今回の大阪マラソンは、久しぶりに身体を酷使するとあって、往復とも奮発してグリーン車を利用する事にした。久々のグリーン車だと思いながらやや興奮して東京駅で待っていると、やってきたのはN700A(advancedの意味)編成で、それも車端の”A”ロゴも大きいJR東海所属の最新鋭車両である。このN700A編成は東海道新幹線において285キロで走行する区間を増やすため、従来のN700系のブレーキや走行システムを改良し、かつカーブでは車体を傾けて速く走れる様にした車両である。ただ同じAでもまったく新しい編成と、従来のN700系をA並みの走りが出来る様に改造したN700A(スモールA)編成があって、走りの性能は同じでもいわばAは本物、スモールAは後からのアップグレード版編成と云う事になる。


という事で、いつも東海道新幹線に乗る際には純正N700Aに当たらないかとひそかに期待していたが、本物Aの本数はスモールAよりはるかに少ないとあって、なかなかAに乗るチャンスに当たらない。それが今回は気張ってグリーン車にしたら偶然の本物A編成とあって、マラソンを走る前にこれはラッキーな事だと嬉しくなった。内装については双方そう変らないものの、シートモケットは純正版が良いとの事で雰囲気もちょっとゴージャスな感じがする。着席するや早速お約束の缶ビールの蓋をプシュっと開けつつ乗り心地を体感していると、改造版Aよりも心なしか加速も揺れもソフトな気がしてくる。走りの装置は変らぬはずなのにスムースに感じるとすると、これは普通車ではなくグリーン車に乗っている事によるプラシーボ効果なのかもしれない。しかし払った料金分はウンと楽しまねば損と、大阪まで一睡もする事なく乗り心地を堪能したのだった。

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Aのロゴが眩しい純正スペシャルA

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復路は残念ながら改造版A(スモールA)

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