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2015年9月

2015年9月27日 (日)

おすすめ「大放言」百田尚樹 著

20150927

話題の百田尚樹の「大放言」(新潮選書)である。この本が出された事は知っていたものの、作者の卓見や国を憂う強い気持ちは、「永遠の0」などの小説や様々な雑誌・コラム・対談ですでに良く知られているので、敢えて買う事もないかと思っていた。そんな折、先週は広島までの出張が入り、4時間弱の新幹線道中に読む本はどれにするかと東京駅構内の本屋を物色していたところ、「大放言」が最近のベストセラーとの店頭の宣伝が目につき、ならばとプロモーションに動かされて購読してみた。


一言で表して「とても面白い」。もともと作者の思想には共鳴するところが多いのだが、最近の朝日・毎日・東京各新聞などのマスコミやサヨクの馬鹿さかげん、はたまた言葉狩りが横行する世相などを作者が縦横無尽にメッタ切りするその筆致は、大いに共感できて思わず拍手を送りたくなる。今の風潮をこの作者ならこういう風に批難するだろうなと思いつつ各章を読みすすめると、炎上覚悟で「放言」する筆の運びが正にこちら側読者の期待通り。読みながら「そう、その通り!」と溜飲が下がり、一人で新幹線の座席で時にニヤッと唇が曲がったり、またプッと噴き出したりの連続であった。


さすが「永遠の0」の作者だけあって表現が巧みだと感心するうち、あっという間に目的地に着いてしまった出張であったが、ここでは本文を引用して内容について私の拙い解釈や感想を述べるより、まずは皆さん、一冊760円のこの新書本を買って読んでみなさいと言いたい。面白い事、間違いない。また一方で私自身も日ごろ、この下手なブログを妙にオブラートに包んだソフトな意見に纏めようとするのでなく、しょせんアマチュアの世相に対する独断・異論なのだから差別(と今ではされている)用語も遠慮せず使い、過激な本音をバシバシ述べようかと刺激させられたのであった。

2015年9月21日 (月)

クラマーさん

「日本サッカーの父」と言われたデットマール・クラマー氏が、90歳で亡くなったとニュースが流れてきた。その名前を久しぶりに耳にして「アラー、何と懐かしい名前か」と懐旧の念が沸き起こり、同時に昔のサッカーに関する様々なエピソードが浮かんできた。以前にもアップした通り(2012年8月4日(土))、 高校時代の担任が東京教育大(現・筑波大)出のサッカー選手で当時はまだプレーヤーとしても半ば現役だったが、その先生の口からよく出るのが「クラマーさんはなあ・・・・」と云う話であった。先生はやはり体育系の生徒が好きだった様で、私はサッカー部ではないが色々と目にかけてもらったから、クラマーさんと聞くと、先生の真っ黒に日焼けした顔とほのぼのとした高校生活を思い出すのである。


ちょうど私の中学・高校時代はクラマーさんの指導で日本サッカーが東京オリンピックでベスト8まで進み、日本リーグがいよいよ始まる第一次サッカー興隆期である。続くメキシコオリンピックで、日本サッカーチームが銅メダルに輝いた時に学級担任だった先生は、3位決定戦当日は授業を中断して教室でのサッカーテレビ放送応援であった。その試合では相手が地元メキシコで、圧倒的に日本は不利かと思っていたら、メキシコ選手のミス連続に場内が大ブーイングとなり、最後は観客が敵の日本に声援を送ると云う印象深い試合だった。日本が試合に勝ち銅メダルとなった時には「こんな事はおそらく当分来ないから、みんな良くこの快挙を覚えておくように」と教壇で言われた先生の顔は、ひどく嬉しそうであった。


身長165センチとドイツ人にしては小柄ながら、クラマーさんと”さん”付けで慕われ、当時の日本人なら誰もが知っていた「日本サッカーの父」がクラマーさんだった。今ではボールリフティングなどは子供たちでも訳なくこなすが、その当時は空中に舞ったボールがいつまでも地面に落ちない足技は、まるで曲芸まがいと見られていた時代である。クラマーさんはいとも容易にボールリフトを続ける、などというエピソードを聞いたのもあの担任の先生からであったろうか。さてクラマーさんの事を思い出すにつけ、かつて世界のサッカーを見る事ができる唯一の番組として放映されていた「三菱ダイヤモンドサッカー」のテーママーチが記憶の底から蘇り、我が若き日々とあのサッカー勃興期をなつかしく思い出したのであった。

「三菱ダイヤモンドサッカー」のテーマ/ドラム・マジョレット

2015年9月18日 (金)

安全保障法案(平和安全法制)YES

会社の昼休みに、興味本位で騒々しい国会議事堂の方へ散歩に行ってみた。といっても国会前の道路両側に集まって安全保障法案反対と言って気勢をあげているのは、せいぜい千人~2千人くらいだろうか。どんな人達なのか行き交う参加者をじっくりと見ていると、やはり9割方が初老から老人の範疇に入る高年齢の人達である。それも大半は男性で、総じて垢抜けないと云うか、私にとっては余りお近づきにはなりたくないタイプの人達である。「平和憲法」と唱えれば敵もいなくなるかの如き悪しき戦後教育を受けた世代や、学生運動くずれの人たちがあと十数年かして世の中から消え去った頃、やっと日本も「普通の国」になるのだろうが、それまではしばらくの辛抱か、などと思いながら蒸し暑い国会前を腹ごなしにブラブラ歩いてきた。


それにしてもテレビから流れてくる国会審議の模様は見るもバカバカしいお粗末さである。我々が選挙で選んだ代表たちが正当な手続きを踏んで採決をしようと云うのに、いくら法案に反対であったとしても、良い年をした大人たちが稚戯にも劣る手段で妨害を行っているさまは見るに忍び難いものがある。こうなると彼ら野党の姿に『民主主義の破壊者 』という言葉が似つかわしく浮かんでくるが、昨日は我が家に遊びに来ていた中学生の姪っ子もテレビを見ながら「ドン引き~!」と叫んでいたから、これから大人になる彼らにもこんな場面は恥ずかしくて見せたくないところだ。テレビで流れる国会のニュースは、悪しき大人の見本といえよう。


今回の一連の国会審議を見ていると、民主党は死んだなとの思いが強くなってくる。私も何を隠そう2009年の総選挙では民主党に一票を投じたものの、鳩山・管政権にひどく失望した事はこれまで度々アップしてきた通りである。最後に野田政権になって少しはマトモになったかと感じたのだったが、今回の民主党の諸対応を見ていると、これでは万年野党そして旧社会党の二の舞になる事が必至だと確信した。巨大中国の軍国化・朝鮮半島情勢など、我が国の安全保障を取り巻く環境に大きな変化がある事は、民主党内で判っている者が多いにも係らず、何ら具体的対案を出さず、ただ「戦争法案反対」など愚かなキャンペーンを墨守するあたり、野党根性丸出しで、まともに日本をリードする気概がない事が露呈した。今回の安全保障法案問題で、将来的に一番大きな被害を蒙った真の敗北者は民主党である気がしてならない。


さて今の憲法をごくフツーに読めば、我が国は自衛隊でさえ持てないものと私は解釈している。「 いや自衛権までは否定していない 」との都合の良い後付けで自衛隊が誕生した如く、「個別的自衛権」ならよくて「 集団的自衛権はだめ 」と云う従来の解釈も、すべて我が国を取り巻くその時の情勢に応じて出てきたものに違いない。所詮、憲法論は理想論、その解釈などは時勢の範囲なのであろう。時代は大きく変ったのである。つい25年前、誰が中国の軍国化を問題としたであろうか。安全保障環境が根本から変った今、本来なら我が国は憲法を変えるべきところだが、国会の前に集まった様な人達やサヨクメディアを考えると、現状ではそれはそう簡単にできる事ではないだろう。


と云う事になると昨年末の総選挙で民意を得て圧勝した安部自民党は、次善の策として臆する事なく集団的自衛権の一部行使を含む安全保障法案の成立に向けて粛々と進んでもらいたいところだ。60年安保にせよ北朝鮮問題にせよ、これまでサヨクが主張してきた事はすべて間違いだった事がいまや明らかなのである。もし60年安保改定が国会で否決されていたら、今の繁栄する平和日本はなかったであろう事をデモに参加する勘違いの方々に思い起こしてほしい。「平和憲法は残ったが国は亡くなっていた」「平和憲法は貫いたが中国の属国になった」などという冗談だけは金輪際ゴメン蒙りたい。我々は『平和』憲法の為に生きているのではない。

こんな勘違いした化石があちこちに。
20150918


2015年9月14日 (月)

界 伊東

週末は義父の法事を兼ねて、妻方の一族郎党で伊東の星野リゾート「界 伊東」へ一泊旅行へ行った。ここへ来たのは3度目なのだが、最初の時は以前のオリジナルブランドの旅館であって、経営不振に陥ったホテルや旅館を再生させる事で有名な星野リゾートの運営になってからは2度目の宿泊となる。なぜ温泉名の前に「界」とつけるかは 「小さくて上質な温泉旅館」で「洗練された和の空間を備えた旅館だけを選び、『界』という名をつけました」とウエブサイトに説明がある。なぜ”界”がそういう事を示すのか今ひとつ良く判らないところなのだが、広辞苑によると”界”とは生物分類上で最高の階級を言う学術用語だそうだから、私の大学同窓後輩にあたる星野社長はアタマをひねって最高を目指してブランド名を考えたのだろうか。


その凝った命名にたがわず「界 伊東」はJR伊東駅にごく近い町の中にあれど、芝生の庭やプールも備えた豪華な旅館である。うれしい事には午後4時から5時まで庭園を眺める小部屋で生ビールをただで飲める上、今回は風呂場への通路脇でサンマの干物を肴に日本酒の試飲まで出来る。20米のプールで泳ぎ、源泉かけ流しの湯を浴びた後、手っ取り早く喉を潤す事ができるというこの特別サービスはさすが他とは一味違う。いつも温泉に浸かると食事まで我慢できなくなり、自販機でビールを買ってしまう私たちは、やはりお値段の事だけはあるなと感心しながら優雅に無料生ビールに日本酒を楽しんだのであった。夕食も今年始めての松茸の土瓶蒸しをはじめ写真の通りの豪華バージョンで、秋の味覚をゆっくりと美味しく味わった。


「界」は精鋭スタッフを揃えているそうで、すべてに一呼吸を置いているかの様な丁寧な応対がなされる。もっともそれが何度目かの私達にはやや冗長に感じて、丁寧な説明や笑顔を受けているうち、「それは分かってるから早くやってよ」と言いたくなるような気がする時もある。例えば夕食開始時の乾杯で「とにかくすぐビール!ビール!すぐ持ってきて」と急くのが酒飲みの常だが、ここでは係りの若い女性が客一人一人に対して真摯かつ丁寧に対応する仕事ぶりで、それを見ていると、ここは一瞬グッと催促は我慢しようかと云う気持ちになってくる。しかしこんなワガママな文句以外、他には何も言う事がありませんと言える素晴らしいサービスで、特に頼んでおいた事がきちんと当該の係に伝わっているところをみると、このリゾートチェーンがなぜ人口に膾炙するのかその理由がわかった気がしたのであった。

界 伊東の名物料理、ご当地金目鯛のぐり茶蒸し

Photo

2015年9月 8日 (火)

北京世界陸上2015

この夏のイベントは北京での世界陸上だった。例によってテレビから流れる織田裕二の饒舌をうざいととるか、陸上競技への愛情満載だとみるかは微妙なところだ、等と思いながら週末は炎熱下の競技中継をけっこう見てしまった。その中で大会を通じて日本選手のメダルがないまま終わってしまうのかと思ったら、50キロ競歩で谷井選手が3位入賞したのは立派であった。ただ谷井選手のゴール直後を写した翌日の読売新聞などは、数ミリとは言え彼の両足がはっきりと地上から離れており、いくらゴールした後の事で彼がよほど嬉しかったにせよ、新聞のスポーツ部校正者は陸上への愛を持って、競技者の恥にならないよう片足が地面についた写真を選べよと注文をつけたくなった。


それにしても世界陸上を見ていて印象的なのは、私が陸上競技をやっていた1960年代~70年代前半に比べ女子種目が大幅に増えた事であろう。因みに1964年東京や68年メキシコのオリンピック時と比較すると、女子でその後に取り入れられた種目は1500米、5000米、10000米、マラソン、100米ハードル(それまでは80米ハードル)、400米ハードル、3000米障害、マイルリレー、棒高跳び、三段跳び、ハンマー投げ、七種競技(それまでは五種)と、今回の世界陸上で行われた女子23種目のうち何と半数以上の12種目にのぼるのである。


記録的にみても女子の棒高跳びは今では5米の高さの争いで、トラック種目を含め総じて我々の時代の男子インカレとそうレベルに差がないのに驚嘆する。ただ、その中では今回の世界陸上で女子1500米が勝負にこだわったのか優勝記録が4分8秒と遅いので、「うん、これなら昔の俺だったら優勝する可能性はあったかなあ~」などとテレビに向かって一人でつぶやいていると「毎度、女子の記録を見ては俺の方が速かったって、男と女じゃまったく別の記録なのにそれに何の意味があるの?」と妻が横でいつもの様にあきれている。それを聞きつつ世界の女子選手の活躍ぶりを見るにつけ、女性は強くなったものだと時代の変遷に今更ながらため息をつくのであった。

2015年9月 6日 (日)

ザ・モルツUMAMI 実感キャンペーン

20150906

「発売前に応募すると50,000名様にお届け」とある”ザ・モルツ"UMAMI実感キャンペーンに応募したところ、”ザ・モルツ”350mlの6缶入りパックがサントリーから送られてきた。先日アップした「9人の醸造家のキリン一番搾り」に続いて、またタダでメーカーのプロモーション用ビールを飲める事になったが、今度はこの秋に新発売する製品の先行試飲”実感キャンペーン”なのである。


ただで貰った分「SNSアカウントをお持ちでしたら、お飲みになった感想や写真をTwitterやInstagramなどでご投稿いただき、お知り合いの方々にもご紹介いただきますと幸いです」と同封の案内紙にあるように、試飲の結果を世の中に広めたいというのがメーカーのもくろみの様だ。その案内によると「上質で深いコク・うまみを持つ希少な麦芽」で「独自の製法」で作られたこのビールは「心地よい苦味・コクとほのかな甘みを感じる、複層的で飲み飽きない味わい」とあるので、週末を待ってさっそく試飲してみる事にした。


という事で昨日は例によって大汗かいて週末のジョギングを終え、シャワーを済ませお待ちかねの試飲ビアタイムとした。金色に輝く新製品を冷蔵庫からとり出しプルタブを引きあげる一瞬には、毎度この瞬間に感ずる至福の期待に加え、世間でまだ飲まれていないものを先行して味わう小さな優越感を感じる。ようようグラスに注いだ一杯目はビール飲みのお約束どおり一気にグビグビと喉を潤し、いよいよ2杯目からその味をじっくり吟味するのである。


意識しつつ飲んでみると、たしかにのどごしより味感を重視したおもむきで、ほどよい苦さとリッチという言葉がぴったりのやや複雑なコクがあり、サントリーが相当な力を入れて開発した事がわかる。最近はさまざま味のあるビールを各社が開発しているが、これもプライベート・ブルワリーや海外ブランドの進出で、ビール市場が成熟している証であろう。その中で勝ち抜くには、コクや微妙な苦味がこれからはやはり目玉になるのだろうと思いながら試飲のビールをおいしく味わった。


「秋になると本当にビールがうまい」などとつぶやきながらUMAMIを味わっていると、すかさず傍らでもう一本同じものを味わっている妻は「あなたは冬が来ても夏になっても、『この季節になるとビールがうまい』と言ってるわよ」と混ぜ返される。ただ「心地よい苦味」も良いものだが、私としては敢えて言えばもっと苦味が際立っていて、子供の頃に背伸びしてビールを舐めてみた時に感じた”エグさ”に近い感覚を味わえる「初老者むけ」ビールを飲めないものかとも時々思うのである。

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