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2015年6月

2015年6月29日 (月)

モーツアルト ピアノソナタ11番

50年ぶりに再開したピアノの練習も、入門者用のブルグミュラーばかりやっているのに飽きてきた。という事で本来の練習とは別に刺激を求めるという意味で、一挙にモーツアルトのピアノソナタをやってみようという気になった。無茶である事は承知の上だが好きで再開したピアノなら自分のやりたい様にやってやろうと云うものである。で、どうせ練習するなら昔から好きだった、そして誰もが「ああ、あの曲!」とわかるイ長調のソナタ11番・(ケッヘル331番・トルコ行進曲付き)に限る、とこの週末はピアノの前に座った。


初心者がバッハのチェロの無伴奏組曲やピアノだったらリチャードクレイダーマンなど、一曲入魂とばかり有名な作品をそれだけに限って徹底的に練習し、その成果をYoutubeでアップしたりしているのを見るが、私の試みもそれと似た様なものだ。遥か実力以上の曲へのチャレンジで、私の場合はネットではなく、どこぞのピアノバーに行ってポロポロときれいな旋律のさわりを軽く弾き、店の若いオンナの子にでもちょっとモテようと云う不埒な動機もある。


もっとも言うは易しで、いざピアノソナタにとりかかってもブルグミューラの初心者クラスにはこのソナタが実に難しい。今までやったのとはレベルの違う難しい和音を片手づつ何とかとかんとか押さえて練習しても、いざ両手で弾こうとすると途端に神経が分散してしまい激しくつっかえるばかりなのである。どう聞いてもあの軽快かつ美しいモーツアルトのメロディとは思えぬどたどしさで、何度繰り返せど遅遅として上達せぬ曲に呻吟しながらの週末であった。


という訳で土・日それぞれ一時間ほどピアノに向かったが、2日かかってもソナタ冒頭のテーマである18小節の音がかろうじて出てくる程度である。本当はハノンでも開いて和音の練習などするべきなのだろうが、老後に向かってせっかく趣味で始めた事だから、つまらない鍛錬などは一切しないつもりである。まあ発表会があるわけでなし、数年かかっても良いから第一楽章をゆっくりと練習し、できれば女性にうけつつ70歳になる迄にこなせれば等と思っている。ボケ防止の頭の体操、期間の長い我がプロジェクトXの開始となった。

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黒鍵を押すべき音符にマーカーをつけて四苦八苦するピアノソナタの楽譜

2015年6月24日 (水)

TOKYOベイエリアナイトラン

数ヶ月前に会社の若者たちと飲んでいたら、「都心の夜景を楽しみながら走ろう」とうたわれる”TOKYOベイエリアナイトラン”に皆で出ようと俄かに盛り上がり、先の金曜日はその勢いのまま大会に出てしまった。スポーツ新聞社などの後援で行われるこのイベント、年に数回開催されるそうで、マラソン大会としては珍しく平日の夕方7時過ぎのスタートである。コースはお台場地区とあって都心にごく近いため、働く若者達が勤務後に気軽に走れる大会だといえよう。

夕方7時過ぎ、会社務めを終えて都内から集まった若者は10キロの部で男子290名、女子140名ほど。各地で開かれる休日の普通の大会と違って、走友会のグループや真剣そうなシニアの姿はなく、ごく普通の会社員グループやカップルなどで会場は和やかな雰囲気である。アルコールの勢いで参加を決めてしまった我がグループは、私以外みな初めてのマラソンレースとあって、やや緊張の表情が場違いでおかしい。それでも受付から着替え、スタートまで動線もしっかり組み立てられており、初心者でも迷うことなく参加できる気持ち良い大会だった。

コース設定はなかなか良く練られていて、クルマが走る道路との交差は少ないのだが、その分コンパクトなエリアの中で走るとあって急カーブや陸橋などの起伏は多い。その上、当日は梅雨の小雨によって路面がかなり滑りやすくなっていたが、私はこれはこれで練習の一環、新鮮な負荷と思う事にした。距離表示は1キロ毎と案内にはあるも、3キロと8キロの表示以外は暗くて判らないのが残念。それでも夜間に係らず沿道は適度に足元が照らされ、ランナーを誘導する係も要所に配置され安心して走れる好コースである。

私としては例によって出場者の上位1割に入りたいと走っていたが、ゴールすると目標をクリアーできていたのは上出来の部類。普通ちょっとした大会では私より速い女子選手が何名かいるのだが、ここでは私より上位の女子がいなかったし、男子も最近各地のマラソン大会で沢山出てくる60歳台のランナーなどはほとんどいない。という事で平日ナイトランは都心で働く (あまり競技志向でない) 若い男女が仕事を終え、週末を前に爽やかな汗を流す趣旨の都会のイベントで、あまたのマラソンの中でも新鮮な試みといえよう。我々も全員完走し、帰りには豊洲の飲み屋でうまいビールをしこたま飲んだ事はいうまでもない。

参加賞のタオル
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2015年6月23日 (火)

「戦後七0年『右傾化』批判の正体」

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イースト新書から出た「戦後七0年『右傾化』批判の正体」が面白かった。著者の酒井亨氏は共同通信などジャーナリズムの世界から大学の教員になり、台湾での永い滞在暦をもとに日・台のエキスパートとして多くの本を書いているそうだ。この本は「日本は右傾化したか」という主テーマを始め、現代若者論や世代論、過疎化からメディアへの批判まで、筆者による社会批評の筆致はまさに縦横無尽の展開である。欲を言えばもう少し重厚な考察やアカデミックなアプローチがあっても良いとも感じたが、「正味2週間で書き上げた」と云う本書はまるで酒席の掛け合い話の如しで、その軽妙な考察は読み物として小気味良い。


著者はどちらかと云えば左派・リベラルに属すると自己分析しているが、その視点から見て安部政権の内容を一つ一つ吟味すれば、それは世界水準ではリベラルだし、右翼的発言の代表・石原慎太郎でさえ、中国や韓国基準で比較すれば中道だとごく真っ当な評価を記している。もっとも本来は分配の平等を主張すべき共産党支配の中国が、自由貿易の恩恵を最大に受け貧富の格差が極大化している様に、従来の枠組みによる左・右の区分けもこの世界情勢の下では錯綜しているのが事実。こうして多様化した世の中で我が国の左派はアカデミズムに固執し、現実を省みず論理の一貫性を欠き、だだ耳障りが良いポピュリズムに陥っている事が衰退の原因であると本書は指摘する。


日本の左派は彼ら特有のスノビズムで自国を悪く云う本質に加え、中国やチベットで起きている問題には眼をつむるなど、ご都合主義かつ弱者への連帯が薄いのも受けない大きな要因だそうだ。さて、そういう中で日本人の課題としては、我々が持っているすぐれたポテンシャルに気づき、もう一度平和をベースにした真の大東亜共栄圏的な地域連携を模索する事だとの提案がなされるが、左派・リベラルと自称する著者からそんな事が言われるのが興味深い。いわく中国の台頭に恐懼する地域の各国、特に台湾と組んで、自由と民主主義・法の支配に基づく平和な連合を作るべしとの趣旨で、私もこの提案に諸手を挙げて組みしたい。ただし、韓国も仲間に入れるとする著者の意見だけは、ちょっとご免蒙りたいと思っているのだが。

2015年6月17日 (水)

18歳参政権は正しいのか?

驚いた。日本が戦争に巻き込まれる等とほとんど荒唐無稽な事を議論をしているのが今の国会だと思っていたら、18歳から選挙権を与える改正公職選挙法があっさりと参院で可決されたという。与党も野党も含めた全会一致の賛成で、これで来年の参院選挙から18歳の投票が可能となるそうだが、AKBの選挙ではあるまいし、はっきり言って私は大反対である。人口の高齢化に伴い、老人に人気ある政策ばかりが優先される事について、世の中に危惧が広まってきた事がこの改正の背景にあるとされるが、それは候補者の質の問題で別次元の話であろう。


何でも満ち足りたこの時代、今の18歳と云えば私たちの世代よりはるかに豊かな環境で育ち、生活に不自由を感じる事も少ないはずだ。高校生の有権者のなかには、まだ存在するらしい日教組の思想に毒された者もいるだろうし、社会経験の乏しさで幼稚性から脱していない若者もいるかもしれない。税金を充分に払っていない者もいる事だろうし、親の丸抱えスネ齧り大学生も多い事だろう。『生活』の実際に直面していない彼らが政治に参加して本当に大丈夫なのだろうか。


自分の事を顧ると大学の下級生時代には、右寄りながら政治や社会に関してしっかりとした意識は持ってはいなかった。当時は我が母校でも全共闘などと称する一部の人達によって、バリケードが大学構内に作られ講義が1年近く中断されたが、すねかじりで大学に行く身でありながら、私はスト破り行為を敢行したりバリケードに殴りこみをかける事もなく、「学校が休みでよかった」とばかり講義や試験が行われない事に安穏としていたものだった。思えば恥ずかしい限りで、選挙権などおこがましい程度の意識であった。


私はいま、国政選挙から東京特別区の議員選挙まで選挙には欠かさず行っているが、ここでは地方議員の選挙などの投票率はシニアを中心にせいぜい30~40%程度である。そもそも人々の暮らしぶりや政治のあり方に興味のない人達を有権者にしても、しょせん人気投票の様なものになるだけで、本当にふさわしい人達が選ばれるようになるのだろうか。ポピュリズムや人気投票が促進される事が予想されるような選挙権年齢引き下げに危惧するのである。集団的自衛権などより18歳投票権の方がはるかに問題ではないだろうか。

2015年6月16日 (火)

退職後のさ・し・す・せ・そ

慣れた仕事だが月曜日から金曜日まで、はるか年下の若者達と職場を共にしているとやはり疲れて週末が待ち遠しくなる。迎えた土曜日の朝、ふと気がつくと翌日を含め2日間何も予定が入ってない事があって、そんな時は思わずホッとため息を漏らしてしまう。嘱託とはいえ毎日定時に出社を義務付けられている宮仕えの身、このポッカリ空いた時間をいかに有効に使おうかと一瞬迷うものだ。何も浮かばない時はまずアイロンのスイッチをオンにし、前の週に履いたズボンをプレスしたりする。熱いアイロンでズボンにビシっとキレイな一本ラインを入れるのは実に単純な作業ながら、何十年やってもなかなか神経を使うもので、うまく決まった時の気分は爽快である。


休みの朝、会社に行く必要もない嬉しさの反面、なんとなく時間や体力を持て余すようなモヤモヤした感じはこのアイロンがけの作業で遠くへ去っていく。そういえば近々来たるべき長~いリタイア後の日々をどうやって楽しく過ごすのか、「小人閑居して不善を為す」という格言がチラチラ頭に浮かぶ類の私には、それなりの準備が必要なのだろう。という事で先ごろ50年ぶりに再開したピアノも、毎日練習しても子供の頃の様には早く上達しない。ブルグミュラーの半ばにある練習曲14番「シュタイヤー舞曲」などは、ゴールデンウイークからとりかかったが、何とか弾ける様になるまで一ヶ月以上かかってしまった。この調子ではいつ目標のソナタにまで辿り付けるのだろうか、などと思わず進行具合が心配になってくる。


アイロン、ピアノの後は夕方にジョギングしてシャワーを浴び、ビールを楽しんでいると早くも週末の一日が終わってしまうが、これから馬齢を重ねるに連れ、いつまでもガンガンと体育会系のノリだけでは走れないかもしれない。となると生活の中に運動以外で、もう少し穏やかなルーティンワークを習慣づけた方が良いのではないかとも思えてくる。もっとも美術系にはさっぱり興味が湧かないし、ITやパソコン・デジカメも好きでないから、他に気軽にやれるとなると料理ぐらいだろうか。これまで自己流でやっていたのを「さ・し・す・せ・そ」など基礎から習ってみるのは面白いかもしれない。何より家事に関連した趣味ならば、これから一日一緒に家にいる妻のご機嫌もひどく麗しいのではないかと期待するのである。

2015年6月 9日 (火)

週末の箱根

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いつもより蒸気ガスの多い大涌谷方面

箱根の火山活動が活発化したという事で、最近この地を訪れる観光客がめっきり減ったと報道されている。ただ実際に活動が大きく変化しているのは大涌谷近辺の限られた範囲で、他の地区は当面さして問題ないとされているのに、風評被害のため全山で売り上げが落ちているそうだ。という事で箱根のいろいろなサイトをネットで覗いていると、週末や休日にはいつも満杯の我が区の保養所も、人気の土曜日でさえしばしば予約が「空きあり」と表示されている。こうなると我々夫婦の反骨心が頭をもたげ、それなら応援の意味もこめて箱根に行こうと先週末は強羅にある区の保養所に泊まってきた。


強羅と言っても保養所のある辺りは登山電車の駅よりちょっと上がった所で、問題の大涌谷には直線距離で僅か1.5キロとほど近い。が、周囲はまったく平穏で火山活動のかけらも感じないし、近所の住人たちもごくあたり前の生活を営んでいるようだ。と、宿のそばに珍しく大きなヤギのツガイらしものがいるので近づくと、この動物こちらの気配に気づき振り返った姿がビックリ、なんと大きなイノシシのカップルである。箱根ではイノシシ被害も時々あるそうで、「こりゃマズイ」と目を合わせない様にして足早に通り過ぎるなど火山どころではない強羅であった。そういえば4年前の3月12日、東日本大震災の翌日、箱根に来た時は全山で数分置きに山鳴りがして、遠い地震がここにも大きく影響を及ぼしているという事を実感したが、その時とは違って今回は平穏そのものだ。


さて、何か事件が起きるとそこに派生するごく僅かな可能性や関連性をひどく気にして、訪問を自粛したり物品の購入をとりやめたりする人が世の中にはいる。しかし専門家や学者によって、何らかの危険が切迫していない事が判ったら、我が家はいつも通りの消費生活をし観光を楽しむ事としている。むしろ需要が少なくなったこの時こそ、地元品の値下げや観光地の閑散さをエンジョイできるとも思うのである。震災後は原発の風評被害に遭っている福島県産のミルキークイーン米を永い間購入して味わっているし、今はこうしてゆったりと空いている箱根に来るのもそんな気持ちである。ほんの僅かでも、これが地元の経済に資すればまた嬉しいものだ。増して箱根は、かつてお正月の駅伝選手として母校の襷を繋げて走った思い出の地である。このまま火山活動が収まって、来年の箱根駅伝がつつがなく執り行われる事を望みつつ山を去った。

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保養所に積んであった避難用のヘルメット

2015年6月 1日 (月)

パラパラチャーハン(二人前)

これまで幾度かおいしいチャーハンの作り方を当ブログでアップしたが(2013年6月4日 おいしいチャーハンの作り方(3))、やはり家庭用ガスの火力ではどうもいま一つスッキリしない。ご飯がパラパラにならないのがその原因であろう。という事で以前テレビのバラエティー番組で紹介していた”家庭用パラパラチャーハンの作り方”を見た時に、これは!と思い書き留めていた調理メモをとりだし、この週末は久しぶりにチャーハンにトライしてみた。


いつも通り、ネギにかまぼこ、チャーシュなどの具を適当に細かく切るのだが、今回は切った具をまず熱湯で1分ほど茹でるのがテレビで習った手順である。二人分という事で材料はネギ半分、チャーシュー40グラム(大3枚)、かまぼこ半分を使い、これらを切ってざっと茹でた後、温まった材料はざるで水分を切り、ビニールの袋に入れて大匙一杯の醤油で袋ごと良く揉んで味を馴染ませておいた。


お茶碗2杯分のご飯は、生卵2個を入れてあらかじめ充分混ぜておく。また味付けに中華味の素、オイスターソース、塩・胡椒でスープ40CCをやや薄味を心がけておいて作る。いよいよ大きめのフライパンに油をひき玉子かけご飯を炒めるクライマックスとなるのだが、ここで問題はフライパンをあまり熱しすぎない事である。フライパンは中火にしておき、投入した卵ご飯を焦げない程度にまるで”お好み焼き”の様におヘラで軽く押さえつつ炒めるのである。


調子にのってプロの様に強火で鍋をふったりせず、ジワっと水分をとばす様に炒めるのがコツのようだ。ほどなく用意していたスープを加え、最後に茹でておいた具材をまぜ、火がとおり全体がドライな感じになってきたら完成である。ここまではあくまで薄味を心がけておいたが、もし皿に盛る前でも薄い味と感じたらここで塩・コショウを加えたらよろしい。


私の適当な料理には辛口批評家の妻も「これまでで一番おいしいチャーハンだった」とのやっと合格のコメントである。これまで散々試してきたが、しょせん家庭用ガスの火力では、ご飯や具の水分を一気にとばす事ができないから、具材は別に茹でておき、ご飯は玉子とからめて中火でお好み焼き風にする方が結果パラパラチャーハンになるという事がわかったのだった。

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