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2015年5月11日 (月)

京王線特急

20150511

友人の家に行くために久しぶりに京王線の特急電車に乗った。始発・新宿駅から例によって前方風景を堪能するべく先頭車両に乗り込み、運転台すぐ後ろのいわゆる「かぶりつき」に陣取る。ただ京王線は新宿から笹塚駅までは地下化されており、しばらくは運転士後ろの遮光ブラインドが閉められているので前を見る事はできない。で、最初の停車駅である明大前が地上なので、ここで当然の如くカーテンが開けられるものだと思っていたら、昼間なのにいつまでもブラインドが閉め切られたままである。かつて労働組合の強かった東武東上線などは昼間でもカーテンを下ろしていたが、それ以外の大手私鉄は普通は運転士の後ろのカーテンは日中開けられてきたものだ。京王線も伝統的に前方の景色が見えたのに、この日は運転士の体調でも悪いのかと余計な心配をしたりする。


まあしょうがないと思いつつ明大前を出て快調にとばす特急の運転台のすぐ後ろに立っていると、電車はやがて柴崎駅の付近から調布に向かって新しい長いトンネルに入っていく。そういえば、以前京王線の調布駅付近の地下化工事が進んでいると聞いた事を思い出し、どうやらこのまま調布まで昼でもブラインドをしめたままの運転をするのかとようやく合点がいったのだった。予想通り調布駅でこのブラインドは揚げられたが「いやあ、京王線がすっかり変ってしまったのでびっくりした」と訪問先の友人に言うと、3年ほど前にやっと調布駅付近の地下化が完成したのだと彼が教えてくれる。かつて1960年代初め、沿線に住んでいた別の友人が「京王線は小田急などと違って地味で遅れている」とよく嘆いていたものだが、日本初の通勤電車冷房化(2010年6月29日ブログ「伊予鉄道」)を始め往時がまるで嘘の様な近代化である。


ところで私は"多摩プラーザ”やら”流山セントラルパーク”などという横文字の駅や、単に地名に東・西・南・北をつけただけの安直に決められたような駅名がどうも好きになれない。その土地にふさわしい名称を関係者が知恵をしぼって名付けたような駅や、同じ北と云っても阪急の”西宮北口”の様に一ひねりを入れた名前が好ましいと日頃私鉄に乗る度に思うのである。そういう眼であらためて京王線に乗ってみると、”桜上水”や”芦花公園”に始まり”百草園”などきれいな名前の駅が沿線に多いのが嬉しい。この線にも”西調布”や”東府中”という平凡な駅もあるが、”分倍河原””聖蹟桜ヶ丘””飛田給”などの駅名はなかなかインパクトがあるし、”多磨霊園”といきなり墓地が駅名になるのもユニークである。天気の良いこの季節、郊外に行く際に車のハンドルを握らず、電車に乗りながら沿線に思いを馳せ、車窓に流れる景色を楽しむのも良いものだ。

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