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2014年12月 4日 (木)

飲酒

大学の競走部も間もなく100周年を迎えるから、物故者もいるもののOBは全部で1000人をはるかに突破しているはずである。これだけの大人数がOB総会などで集まっても、お爺さんと孫の様な世代間では会話もそう弾まないので、最近は年齢別に前後15年位を一区切りにして集まる会が多くなった。


という事で我々の代では上が60代半ばから下が50才という仲間が集まる事になっているので、諮らずもここでは私はいつまでも先輩の顔をしていられる。会社では後輩が先輩のポストを抜くというのが日常茶飯事となっているが、運動部というのは一度卒業してしまえば、現役時代にどんな『迷』選手でも『名』選手を前にちょっと先輩ヅラしていられるから、『迷』の部類だった私には居心地のよい場所といえる。


昨日はまだ50才にならんかという後輩と、その会で隣合わせになったので酒を勧めたところ「すみません今日は飲めないのです」と言う。「どこか悪いのかい?」と問うと、「旅客機のパイロットで、明日早朝九州に飛ぶのに12時間を切ったので、駄目なんです」と彼は断る。「まあ。ちよっとならいいじゃない、どうせわかんないだろう」などといたって無責任な私に 「いや搭乗前には検査もありますし」 と言葉柔らかなれど毅然とした答えが返ってきた。なるほど大勢の命を預かるとはこういう事かと我が不明を恥じつつ、彼のプロフエショナリズムを秘かに頼もしく思ったのだった。


そういえばその昔、アリタリアのスッチーをしていた同級生は南周りのイタリア線に乗務したそうで、「アリタリアじゃあ、食事の時にコクピットにワインを持ってきてというパイロットもよくいたわよ。」と言っていた。当時はさすがイタリアのエアラインだと感心したが、今ではそんな事は到底できないのではないだろうか。


船の世界でも、1989年にアラスカで”エクソンバルデッツ”号が船長の飲酒と操船ミスで事故を起してから、飲酒の制限が格段に厳しくなった。昔のカーゴボート(在来の定期貨物船)時代は、「港・港にオンナあり」で国内の最終港を出港した翌日は入出港や荷役作業の他、飲み疲れ遊び疲れで船内全体がひっそりとしていたものだが、今の外国人船員が乗る専用船ではそんなマドロス的ロマンも遠い世界の出来事となってしまった。


昨日は学生の現役主将や主務(マネジャー)も挨拶に来ていたが、今では学食でも合宿所でも成人に満たないものは禁酒だそうで、大学生になれば大人扱いされた我々の時代と違う事に驚いた。もっとも当時、大学に推薦入学した後にわざわざ高校の制服を着て、大学と高校両方がある神奈川県日吉の街で飲んでは高歌放吟、たばこを吹かし、巡回中の生活指導の高校教師と目が会うたび「オレ大学生だけど、なんか文句あるの?」と身分証明書を提示する遊びをしていた輩もいたから、お世辞にも皆が「大人」と言えるほど成熟していたとは言えないのだが・・・。

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