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2014年10月 8日 (水)

ねんりんピック栃木2014に参加して(2)

20141008
40数年ぶり旗手の後ろで行進

土曜日の朝、貸切バスで250名余りの東京都選手団と役員は、那須高原から宇都宮の栃木県総合運動公園へ到着した。ここ公園内の開会式が行われる陸上競技場にほど近い野球場で、他県の選手団と共に我々も10時50分の入場行進まで2時間近く待機となるのだが、この間に地元の小学生による激励セレモニーなどがあって、全国の選手たちと一緒に徐々に気分が盛り上がっていったのだった。それにつけても、イベントを秒単位でとり仕切る進行役の人達、宿や交通の手配をする旅行社、食べ物や飲み物を配る弁当係り、その他多くのボランティアが滞りなく準備を進めて行くさまを見ると、その統制された仕切りぶりに驚嘆するのである。各種のスポーツ大会をはじめ日本で行われる様々なイベントの陰にこの様な人達がいて、準備万端怠りなく大会が執り行なわれるのだろう。


開会式の華、陸上競技場での入場行進は北海道を筆頭に順次北から南へ下る順番で行われ、参加47都道府県に全国20の政令指定都市の計67チームが参加した。考えてみれば入場行進などに参加するのは大学時代のインターカレッジ以来40数年ぶりの事で、まさか60歳過ぎてから旗手の後を歩くなどとは想像もしなかったから、私にとってはちょっとした感激の場面であった。メインスタンドには常陸宮ご夫妻や厚労副大臣、県知事や宇都宮市長が列席されており、歩きながら観客席に向かって帽子を振りつつ礼を送れるのも我が人生の中でめったにない慶事である。会場に響く君が代の斉唱が他の大会より一層大きかったのもシニアの大会であるゆえんで嬉しいし、日光東照宮の流鏑馬や子供たちのダンスなどのアトラクションも開会式を大いに盛り上げてくれた。


開会式を終えると栃木県内各地に散らばる各競技別の会場へと選手団は分かれ、マラソンの選手達は県東南部に位置する真岡市にバスで移動である。ここでも真岡市長、市議会議長の挨拶や和太鼓の歓迎セレモニーがあって、土曜日は試合前日の調整をする間もなく行事でまる一日が過ぎ去ってしまったのである。我々もようやく午後6時頃にスケジュールから解放され、宿舎である指定されたビジネスホテルで荷をほどき、すでに暗闇に包まれたホテル近所で軽く足慣らしをして翌日に備える事ができたのだった。いささかハードな日程だがそこは全国から選抜され時間も体力もあるシニア世代のこと、ホテルの食堂では他県の代表達とすぐにうちとけて交歓する選手の光景があちこちに見られ次第に夜が深まっていった。


いよいよ日曜日の大会当日である。3キロ、5キロ、10キロの部それぞれのマラソンレースに出場する全国から集まった60歳代70歳代の選手250名余が、真岡市井頭公園のロードで日頃の健脚を競った。この日は折からの台風接近で一日中雨に降られたが、怪我をする者もないようで3つのレースが無事行われた。個人的には雨で途中から体が冷えて動かなくなり記録的には大いに不満だったが、何とか入賞できて記念のメダルを頂いたのは良い思い出となろう。そういえば昨秋行われたこの大会の予選会も大雨の中のレースだったから、ねんりんピックと云えば、”雨のレース”と胸に刻まれそうである。因みに各都道府県別にマラソンの3種目、60歳台と70歳代をそれぞれ1位8点、2位7点・・・8位1点として集計すると、47都道府県の中で優勝は地元の栃木54点、2位は静岡の34点、3位が東京25点、以下愛知22点、宮城21点、高知18点となった。地元が優勝、2位が陸上王国・静岡などと云うと何やら若者主体の国民体育大会とあまり変らないのも面白い。(続く)

入賞記念のメダルと賞品
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