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2014年9月

2014年9月29日 (月)

ラグビー関東大学対抗戦

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日曜日は久しぶりにラグビー関東大学対抗戦の慶応義塾大学 対 青山学院大学戦の観戦に、秩父宮ラグビー場へ足を運んだ。この試合の後には人気の早稲田大学 対 筑波大学戦のカードも組まれているので、秋晴れの下、観客席も多くのファンで賑わっていた。永年の大学ラグビー観戦だが、鍛え抜かれた若者たちの体と体が、目の前でガシッ、ガシッと音をたててぶつかるのを見ていると、いつの間にやら自分の魂がゲームに引きこまれ心が無色になった感じがしてくる。試合を見ているうちに、眼前の選手達の動きに思わず入れ込んでしまい、知らず知らずのうちに体に力が入っていたり、自分の上体を思わずひねったりするのもラグビーを観戦する際の面白みである。


それにしてもまだ暑さの残る季節の試合だからか、前後半とも40分ハーフのうち半分の20分が経過した時点でウオーターブレークがあってプレーが中断するほか、試合途中のレフェリーの笛についても場内放送で丁寧な解説があるなど、関係者は様々な工夫を凝らして競技を盛り上げようとしているようだ。そういえば最近は交代選手も、怪我した場合だけでなく戦術的に入れ替えられるし、昔は試合の前に校歌を歌う事もなかったが、昨日はハーフタイムに両校チアガールの演技まであって正に隔世の感がある。若い女性がオジサン達の目を楽しませてくれるのは良いとしても、オールドファンとしてはルールを知っている人だけが見に来ているような、かつての玄人っぽい観戦時代がちょっと懐かしい気持ちもする。


関東大学対抗戦も最近は東京教育大学時代からの古豪・筑波大学や新興勢力の帝京大学が力をつけている。そんな切磋琢磨は多とするも11月第1週の慶明戦、11月23日の早慶戦、12月第1週の早明戦と毎年決まった日に行われる伝統の定期戦も楽しみだ。毎年毎年、それぞれの定期戦の日がくると「ああ今年もまた秋が深まってきたなあ」とラグビーの試合が季節の移り変わりを教えてくれる様な気持ちになる。昨日はまだ神宮外苑の絵画館前歩道に映える夕陽もきつかったが、早慶戦や早明戦を応援する歓声があたりを包む頃には、沿道のイチョウ並木が鮮やかな黄色に変わっている事だろう。それにつけてもラグビーの試合を見て家路に着く時は、日頃のストレスをすっかり競技場に置いてきて、心がすっと軽くなったような気がするから不思議なものである。

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2014年9月28日 (日)

セレブリティーミレニアム号とツーリズムEXPOジャパン

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レインボーブリッジ下を通れず大井水産埠頭に停泊するミレニアム号

土曜日はお台場のビッグサイトで開かれていた”旅の祭典ツーリズムEXPOジャパン”見学に行ってみた。かたがた、東京港大井水産埠頭に寄港したセレブリティクルーズの”セレブリティーミレニアム”号を見るために、ビッグサイトに程近い青海南ふ頭公園に足を伸ばした。”ミレニアム”号は2000年に就航したミレニアムクラス(9万トン)第一船で、北米や欧州の各港でよく見かけるXマークをモチーフとするおなじみのファンネルと、その濃紺と白の船体が初秋の水面に映え、思わずここはどこの港だったっけとその船影に見とれてしまった。


セレブリティの客船といえば、2008年にカナダのバンクーバーから7万トンクラスの”セレブリティ・マーキュリー”号でアラスカクルーズに乗船した事があって、その際はセレブリティという名に相応しい落ち着いた船内の雰囲気と、調和のとれたモダンな内外装でごく快適な船だったとの記憶がある。会社は今や大ロイヤルカリビアングループの傘下になるも、もともとはギリシャのチャンドリスと云う船会社が前身なだけに、食事は欧州調の洗練された味で、サービスも行き届いていた印象であった。


さて同じセレブリティ・クルーズの7万トンクラス”センチュリー”号は、この秋に中国のクルーズ会社に売られるそうだ。急増するアジアでのクルーズ人口をターゲットに、中国の会社がいよいよ欧米の名船を中古買船する時代になったのかと感慨も深い。ただ、いくらかつての名船が極東に来ても、主にカップルで乗船する欧米人や日本人とは異なり、一族を引き連れた宴会の船、あるいは買出しツアー船、はたまたバクチ船と化する中国の船にはあまり乗りたくないものだ。


そういえば、かつて旧ユーゴスラビアから購入した2代目”にっぽん丸”(現在のは3代目)は、部品の交換やメンテナンスに大変な苦労したと聞くが、主に西欧仕様で装備されている”センチュリー”号を買った後に、船につきものの不具合があった際に中国の運航会社はどの様な対応をするのだろうか。数年前にイタリアの”コスタ・マリーナ”号が韓国のハーモニークルーズに売られ、韓国市場で事業を始めた際も、様々な理由でさっさと客船事業は休止され船は今では廃船処分になったと聞く。


企業家精神と云えばとても響きは良いものの、中国や韓流の客船ビジネスは、儲かるとなるとあまりメンテナンスやドックの事を詰めずに中古船を買って事業を始め、不都合があればさっさと撤退すれば良いと考えている様に私にはみえる。船を見てから訪れた”旅の祭典ツーリズムEXPOジャパン”会場のロイヤルカリビアンコーナーで「来年は13万トンの新造船がアジアに来て、上海を中心にクルーズを展開する予定なので是非どうぞ」と薦められたが、「貸し切りなら良いが、グループでワイワイ、 ゴミが散らかっていても平気な中国人乗客が中心で、日本人がそこにちょこっと乗る様ならば如何なものかなあ? 」 とつい言わなくてもよい皮肉を言って出てきてしまった。
(このブログは一部訂正しました)

ツーリズムEXPOジャパンのプリンセスクルーズコーナー
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2014年9月23日 (火)

彼岸花とおはぎ

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お彼岸である。東京の気温は25度以上あったが日陰に入ると風がさわやかで、ジョギングの距離も知らずに伸びていく。「暑さ、寒さも彼岸まで」とは昔の人はよく言ったものだ。この時期、通勤の途中に通る公園の築山には、赤い彼岸花が集落になって咲き誇り公園利用者の目をなごませてくれる。東京では皇居のお堀端のほか、あちこちでこのちょっと特異な赤い花の群生を見る事ができる。


白い彼岸花は東京ではあまり見ないが、きょう父の墓参りに行ったお寺近くの住宅の庭先に咲いていた。彼岸花の別名は曼珠沙華といい、広辞苑によるとこれはサンスクリット語で「天上に咲くという花の名。四華の一つで、見る者の心を柔軟にするという。」のだそうだ。四華とはめでたいしるしとして天から降りる4種の蓮華草(WEBLIO)との事で、正に秋のお彼岸の頃に咲く花にふさわしいネーミングである。


お彼岸といえば、もう一つ忘れられないのがおはぎ。もともと小豆の赤色には災難を除ける効果があると昔から云われており、江戸時代になってお彼岸の頃に採れたての新しい小豆をつぶし贅沢な甘い食べものとして味わい始めたと云う。春秋のお彼岸、ビールや甘いものを父の墓前に供え手を合わせていると、少し謙虚な気持ちになって心が落ち着く様な感じがする。

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2014年9月22日 (月)

ねんりんピック栃木2014・東京都選手団結団式

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昨日は、第27回全国健康福祉祭とちぎ大会「ねんりんピック栃木2014」の東京代表選手団結団式が、四谷のスクワール麹町で行われた。東京からは20種目のスポーツ交流大会と3種目の文化交流大会に266人の代表選手が出るそうで、ユニフォームの配布、東京都体育協会長のあいさつや選手宣誓、子供たちの空手による激励演舞など2時間の結団式であった。東京からだけでこれだけの選手が出るのだから、全国からは1万人くらいの選手、それに加えて役員、世話係や同伴者などが10月4日(土)から7日(火)まで宇都宮市を中心に栃木県各地に集まるらしい。ねんりんピックに付随する各種イベントを含めると、大会参加者はのべ50万人というから大変な規模のイベントである。


ねんりんピックで行われる60歳以上のシニアスポーツ競技20種目は、大きく分けて4つにわけられそうだ。まずサッカー、マラソン、水泳、テニス、ソフトテニス(軟庭)、卓球、ソフトボールやソフトバレーの競技系スポーツに弓道、剣道、太極拳、なぎなたの武道系スポーツ。ゴルフ、ダンスの社交系スポーツ。ゲートボール、グランドゴルフ、ターゲットゴルフ、インディアカ、ペタンク、ウオークラリーのいわゆるシニア参加者が多い系スポーツの4分類である。チームで出場する種目もあればマラソン、水泳のように個人で参加するものもあるが、結団式会場はいずれも元気そうなシニア世代で溢れ、なにやら本格的な老齢社会に向かう現在の日本の縮図を見る思いであった。


ねんりんピックという大会の存在自体、選ばれてみて初めて知ったのだが、各県持ち回りで毎年開催され今年で27回目だそうだ。今回の大会会長は栃木県知事で開会式には皇室のご臨席を仰ぎ、厚生労働大臣の祝辞もあるというから国もそうとう力を入れている。昨日配布された総合プログラムには田村厚労大臣のあいさつとして 「 国としても、高齢者の介護予防や市町村による地域づくり・・・」とか 「スポーツ、文化、健康、福祉などに関する様々な催しを通じて、あらゆる世代が幅広く交流を・・・・」などと麗句が並んでいる。選手には宿泊費の一部補助もあるし、会場間のシャトルバスやら講演会・コンサートなどの様々なイベントなどに相当な予算措置も取られている様だ。財政多難な折り、自分が好きで走っていることに対して税金を使ってもらうのも申し訳ないから、せいぜい栃木県ではおいしいものを食べて、地域経済に多少なりとも貢献しようと思いつつ結団式を後にした。

<<過去の記事>>
第27回ねんりんピック栃木2014選手団説明会2014年7月20日説明会
継続は力なり? ねんりんピック20142014年5月9日推薦
大雨の第18回シニア健康スポーツフェスティバル2013年10月21日予選会

写真は東京都選手団の名入りユニフォーム(実費5,570円)とキャップ(支給品)
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2014年9月20日 (土)

スコットランドのセレナーデ

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スコットランド・エディンバラ(フォースブリッジ)のウエステルダム号

世界中が注目して見守ったスコットランド独立の投票も反対派が多数で否決された。そのスコットランドに我々が行ったのは2010年夏、ホランド・アメリカラインのウエステルダム号(82500トン)で、”スコットランドのセレナーデ”(青字クリックして妻の乗船記リンク)と銘打たれた英国周遊クルーズに参加した時だった。このクルーズはオランダのロッテルダムを出て英領ガンジー島に寄港した後、アイルランド共和国ダブリン、北アイルランドのベルファスト、スコットランドのグリーノック、スカイ島、インバーネス(ネス湖)、エディンバラを訪れ最後にイングランドのニューカッスルを訪れる12泊のクルーズであった。


クルーズの途中で英国からアイルランド共和国のダブリンに寄港した際には、パスポートコントロールなど特別な手続きはなかったから、ここが英国と国が違う事はクルーズ船乗客には感じられなかった。同様に今回もしスコットランドが独立しても、単に観光旅行に訪れる我々には大した影響はなかった事だろう。ただユニオンジャックの旗から青い生地や白色のクロスが無くなれば気の抜けた感じがして寂しいし、なにより英国自身は安全保障や行政、エネルギー政策など国家運営に大きな見直しが必要となる事が必至であろう。そういう状況はEUの大きな混乱要因だから、大陸の反対側の日本人としては今回の結果はまずは目出度しというところだろうか。


それにしてもアイルランド問題を除けば、政治や行政的に安定していると思っていた英国の一画が、真剣に独立を目指したという今回のニュースにはちょっとびっくりした。ヨーロッパではウクライナのほかセルビアのコソボなどが変らず紛争の土地だし、ドイツのバイエルン、フランスはブルゴーニュ、スペインではバスクなどで民族独立運動が続けられている。いくらEUになっても民族や宗教が複雑に混在する欧州は、国家の成り立ちや構図が第一次大戦やベルサイユ体制の頃とあまり変らない事を改めて認識させられた。日本では沖縄のごく一部に独立を唱える人たちがいるらしいが、まずほとんどの日本人が同じ国民としてアイデンティティを保てるのは世界的に見れば幸せな事である。


さて今回のスコットランド独立の投票で、ウエステルダム号で訪れたスコットランド各地の美しい風景や、エディンバラの町並みが頻繁に日本のニュースに流されるにつけ、あのクルーズの様々な光景が脳裏に蘇った。美しい自然や落ち着いた街並み、ウイスキーの蒸留所やなまりの強い言葉、あちこちで見るキルトをはいたバグパイプの男性などなど、スコットランドでは伝統とともに人々が生きている事を肌で感じたのだった。もっとも念願かなって見る事ができたエディンバラのミリタリー・タトゥー ( バグパイプと世界の軍楽隊のパレード ) では、警戒の警官から 「 コンニチワ、オゲンキデスカ?」 と声をかけられて、何で日本語がそんなにうまいのかと聞いたところ 「 大阪で英語のセンセイをやってました 」との事で、地球は狭いなあとも思いつつクルーズ船に帰船したのだった。


当日録音したミリタリータトゥー(曲目:ブラック・ベアー~スコットランド・ザ・ブレーブ)の様子(mp3)

2010・エディンバラ・ミリタリータトゥー
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2014年9月18日 (木)

大相撲九月場所

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両国国技館の大相撲本場所に10年ぶりに行った。英国人を連れて行ったのだが、ビール片手に様々な伝統の決まり事を、準備もなしに英語で解説するのはなかなか骨の折れる事だ。呼び出しはPagerなどと煙に巻いていたが、一番困ったのが軍配だった。「レフェリーが持っているあの黒い道具を、胸の前で縦にすると制限時間が一杯なのだ」との身振り手振りの苦肉の解説に、「それはあのファンの事か?」とその英国人が問う。あれはうちわではないものの、たしかにファンの形をしているので「その通り!」とその場はおさめたものの、やはり気になって帰宅後に和英辞典を開くと、軍配は"Sumo referee's fan"とあって一安心したのであった。


すでに力士は国際化が進んでいる通りだが、昨日は外国人それも西欧人の観客が多いのに驚いた。お客全体の1割くらいは外国人かと思うほどのところ、それに反して彼らに対する英語の案内表示がほとんどない。観客が入り口でもらうぺらっとした大判紙の簡単な案内(星取表)には、力士の部屋名や出身地、身長・体重が列記してあって便利なのだが、この案内紙の外人向けバージョンもないようだ。相撲協会のホームページには英語版があってそこそこ解説が記されているようだが、入り口で外国人むけに観戦ガイドの冊子を配るとか、英語解説のイヤホンを貸し出すなどもっと積極的な外国人観客向けサービスをしてもいいと思う。そのほか伝統の興行といってもやはり娯楽なのだから、場内どこからでも見る事ができるスクリーンくらいは設置して、力士の出身地や勝敗その他ファンの喜ぶ情報くらいは流してほしいものだと思った。


また力士が大型化して栃若時代や柏鵬時代のおすもうさんのサイズに見慣れた目からすると、土俵ももう一回り大きくても良いのではないかという気持ちがした。小兵力士が土俵をいっぱい使って、動き回る相撲もちょっと見てみたいものだ。それにしても皆が働く平日の昼の日中に本場所の興行がうたれ、結びの一番が夕方6時きっかりに終わる大相撲というのも不思議なエンターテイメントである。今回は御茶屋を通さずチケットを購入したので、恒例のおみやげセットはなく、ビールや伝統の焼き鳥は自分で売店に行って購入したが、お茶屋にチップを遣る必要もなく、すっきりしていてこれはこれで良いものだと感じた。昨日も場内は満員御礼の垂れ幕でご同慶の至りだが、相撲も伝統を活かしつつ時代にあわせてファンサービスを改善し、ますますの発展を望みたいものだ。

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2014年9月15日 (月)

第90回記念早慶対抗陸上競技会

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毎年かならず案内がくるものの、なぜか長い間足を運ばなかった早慶対抗陸上競技会である。スポーツ科学部の選手が中心の強い早稲田大学相手に、近年は慶応もなかなか善戦するものの及ばない状況だったが、今年は第90回の記念大会かつ慶応も戦力が充実しているとの事で、昨日は久しぶりに会場の横浜市日吉の陸上競技場に行ってみた。山縣君の慶応の選手としての最後の力走をこの目で見たいし、ひょっとすると今年の戦力なら勝てるのではという期待をこめつつ、かつて通いなれた東横線の日吉駅に降り立った。この試合はトラック競技が4x200米継走を含む5種目、フィールド種目も跳躍・投擲の5種目で計10種目、両校から代表選手3名づつが出て競い合い、1着を3点、2着2点、3着1点として総得点を競う伝統の対校戦である。


改装されてすっかりきれいになったが、思い出の競技場に入ると慶応の応援席は近年になく(近年顔を出していないが多分そうだろう)多くのOBやその家族で賑わっている。かつて部員として同じ時期に在学していた人たちも、それぞれ前後して会社勤めを終える頃とあって、おのずと後輩の応援に顔を出すようになるのだろうか。スタンドのそこかしこに懐かしい顔を発見するが、中には在学の時以来40数年ぶりに会う人もいて、声をかけられても最初は誰だが判らない顔もいる。そんな人も話している声の特徴に耳を傾け、じっと表情を見ていると往時の面影が徐々に浮かんで来て、一挙に懐旧の念が湧き起こるものだ。昔は練習の鬼で怖かった大先輩が、社会人の間ご無沙汰していたうちにすっかり丸くなり、近況を交換しあえるのも不思議な気持ちである。


晴天の下で始まった対抗競技は、注目の山縣君が余裕の走りで勝ったものの、最後はいま一歩伸びず記録は10秒25であった。試合続きで多種目に出場とあって疲れもあるのだろうが、この後のアジア大会では日本代表としての活躍を期待したい。感動したのは1500米競走でこれまでの自己記録からすると早稲田が圧倒的に有利の中、理工学部1年生の中谷君(藤嶺藤沢)が残り1周でスルスルとトップに出て、最後まで粘りきり自己記録を6秒も更新して勝ってしまったレースである。強豪ぞろいの相手に対して、想像するには仲間の選手が良いペースをつくりつつ中谷君が残り一周まで後方に位置し、最後にスパートする作戦だったのではないだろうか。団体で戦う対抗戦の面白さとともに、伸び盛りの選手の勢いを感じたのだった。
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山縣君は余裕の1着


フィールド種目ではディーン元気選手らが卒業後の早稲田の層の薄さからか、跳躍、投擲とも圧倒的に慶応が勝り、最後の対抗800米リレーの前に慶応の優勝が決まってしまった。慶応の優勝はなんと平成6年以来20年ぶりとあって、観客席のOB連中も大いに盛り上がったのであった。大会最後を飾る800米リレーでは、早稲田大学が昨年のこの大会でマークした日本記録を今年も更新して一矢を報いたのはさすがであった。久しぶりに応援に行ったら優勝、それに山縣君の最後の走りや1年生の奮闘、目の前での日本新記録の誕生など、秋空の下でのとても充実した一日であった。現役の諸君はお疲れ様、そして楽しい一日をありがとう。

1500米競走の接戦
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1500米は伸び盛りの一年の最後の粘りで3点ゲット
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2014年9月13日 (土)

リベラルじゃダメですか?

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精神科の医師で最近はコメンテーターとして名前が売れている香山リカ氏の「リベラルじゃダメですか?」(詳伝社新書)が面白そうなので読んでみた。新書の帯にはリベラルが「なぜ、嫌われるのか?」「『過激』」「『危険』」だと言われるのか、「その理由を少し考えてみることに」すると云う。若い頃から一貫して真ん中よりホンの少しばかり右寄りだった私にしてみれば、最近のリベラルというかサヨクの退潮傾向は当然の結果だと納得しているところなのだが、相手の方はこの風潮に一体どういう反応をして何を考えているのかいささか興味もある。弱った敵をみて「それ見ろ」とばかりちょっと勝ち誇りたい気持ちもあれば、彼を知り己を知れば百戦危うからずという気持ちもあって店頭に積まれている本を買ったのだった。


香山氏が述べている様に、本来「『リベラル』というのは・・・『個人の自由を大切に、でもなるべく平等、公平に』といったマイルドな考え方」のはずであった。それがネットの普及に伴って従来は感情を発露する場がなかった保守派の声が高まり、平等・公平ばかりをあまりに標榜するリベラルの人達がヒダリのコーナに追い詰められたと云うのが現在の現象だろう。その一団、香山氏の言う「リベラル村」は「みなどこかで聞いた事のある人や団体のメンバー」ばかりで「憲法9条の会、脱原発アクション、反核運動、生活保護切り下げ反対や反TPPの集会、さらには新しい歴史教科書反対、死刑反対、オスプレイ反対の会などなど・・・今度は特定秘密保護法に反対しようとしているのである」という通りである。


経済は新自由主義だが原発は反対などというのは「奇人」小泉元首相くらいで、世のリベラル派はいつも同じメンバーが同じアジェンダに同じような反対の意見ばかりを述べるので、世間に飽きられ呆れられていると香山氏は反省する。今やこれらリベラル派が皆で反対するから世のほとんどは逆に賛成に廻るのではないか、とまで香山氏が危惧する通り、リベラル(というか、今やリベラルの意見は共産党や社民党などサヨクとほとんど変わらないようだが)の陣営はもう少し事実に則してフレキシブルな考えをした方が良いのではないかと私も意見をしたくなる。原発反対は唱えてもエネルギー政策は知らぬふりとか、オスプレイの事故率が低い事実は見て見ぬふりなど彼らの主張は常に突っ込みどころ満載で、かつては目的が純粋かつ清廉ゆえに社会的に許容された考え方や主張も、情報化社会では現実に則しないものは最早通じないのである。


さて香山氏は、”リベラル・イズ・バック”として自戒をこめて活動の検証やいくつか今後の提言を書いていて、それぞれが「フン、フン、サヨクにはそういうところがあるよな」と読者を納得させる内容なのは、さすが精神を専門に扱う医者だけの事はある。特に彼女が文中触れているリベラル派が醸し出す「貧乏くさい」イメージの箇所についてはまったく同感で、「『洗練・豪奢・余裕・成熟・酔狂』のあまり欠如」のくだりは香山氏は良くわかっているじゃないかと拍手さえ送りたくなる。姜 尚中の”地獄からの声”の様な暗いムードと、サヨク平和主義者につきまとう何となく垢抜けないイメージを吹き払い、リベラル村の住人達がこざっぱりとした印象と、ちょっとユーモアと享楽的な雰囲気なら多少は好感度は上がるのにとなかなか面白く読了した。

2014年9月11日 (木)

2014秋・目白のさんま

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先週末、近所にある馴染みのカジュアルフレンチレストランに妻と行った。ここは新鮮な素材を使って調理するお店で、その日は新サンマのマリネなどもあると言うからさっそく二人で味わう事とした。それはそれでおいしかったのだが、これで秋の味覚、”サンマの塩焼きが食べたい症候群”のスイッチがすっかり全開になってしまった。9月になるかならぬかの頃から妻は「今年もサンマの季節ね。スーパーで一尾150円になったら買うからね。その時期になれば脂ものって美味しいし・・・」と言っていたが、やっと値段も下がってきてサンマの季節到来である。


で、今年も目白にあるスーパーで秋刀魚を買って、恒例の目黒ならぬ”メジロのサンマ”としゃれる事にした。目白の秋刀魚なら本当は七厘に炭を入れ、団扇でパタパタ扇ぎながら火力を調整したいところなのだが、そこは哀しいかなマンション住まいでそうもできない。ただ最近のマンションに備え付けグリルの性能は素晴らしく、煙や匂いもあまり出ないうちに、こんがりと適度に火が通った秋刀魚の塩焼きができてきた。


つるべ落としの秋の空、家の下で遠く虫の音も聞こえる夕餉に、日本酒をちびりちびり飲みながら程よく焦げて脂の乗った秋刀魚を食べていると、「ああ、日本人でよかった」と幸せな気分になる。本当はマツタケなどもお皿に添えられていたら最高なのだが、中国産はいやだし国産は高くて手が出ない。それでも秋刀魚を食べながら、妻と「俺の方が残さず食べたぜ」「いや私の見てよ」と皿を較べながら子供じみた競争を繰り広げると、今年もやっと秋の到来だ、とちょっとしみじみとなってきた。

どうだ!
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2014年9月 9日 (火)

祝・競走部全日本インカレ100m+マイルリレー優勝

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テニスの錦織選手の活躍で湧いた週末だったが、マイブーム(この言葉はもう死語?)はこの週末に行われた第83回天皇賜杯日本学生陸上競技選手権大会(全日本インカレ)であった。後輩の山縣君が東洋大の桐生君に勝てるか、その他、注目されて入学してきた1年生の小池君(立命館慶祥)はじめ下級生が、どこまで日本全国から集まったトップクラスの大学生アスリート達と渡り合えるのか。遠方のため会場の熊谷スポーツ公園へは足を運ばなかったものの、週末はネットで次々と流れてくる全日本インカレの成績を自宅でチェックして一喜一憂していた。


下級生達も入賞して頑張る中、注目の100米決勝は、桐生君が200米へエントリー換えしたため山縣君の独壇場になったらしい。緩い向かい風の為か、タイムは準決勝で出した10秒14には及ばぬ10秒20とあって、記録的にはちょっと残念だったが4年生で初の全日本インカレ制覇におめでとうと称えたい。来週の第90回早慶対抗陸上では早稲田の短距離陣に後塵を浴びせて、出来れば日本人初の9秒台を慶応在学中、Kマークのユニフォームで出して欲しいものである。


何にも増して嬉しかったのは、3日間の大会最後を飾る4X400米継走(マイル・リレー)で61年ぶりの優勝の報であった。母校はこの10年ほどオリンピックや世界選手権に代表選手を輩出しているが、何といってもリレーは団体種目とあってチームの力が試される。ましてやマイルリレーは大きな大会で有終の美を飾る種目とあって、400米トラックの周囲に陣取った各チームの声援にも一段と力が入るのが常である。選手達の力走に併せて応援の輪がトラックを周回するそのさまは、陸上競技大会の最大の山場といえよう。そのマイルリレーの2走は本来はもっと短い距離が専門のはずの山縣君で、彼が400米を走るのはそこに主将の意地と責任を見た気がした。


彼らの活躍で全国から集まった150余校、それも標準記録を突破した選手達と競って、男子総合得点で7位に総合入賞したのは立派な結果といえよう。私などは4年間部員の末席を汚しただけだったが、こうして時折後輩たちの活躍の報に触れると、毎年僅かながら強化費の寄付を続けてきた事が万分の一の役にたったかと嬉しい。それにつけても大学時代のたった4年間、青春のエネルギーを費やしただけで、生涯に渡って愛着を持ち続ける対象がもてるのも何だか特をした気分だ。まさに体育会のおかげである。当時は何度も辞めようかと思ったが、運動を続けて良かったと今更ながら思うのである。

マイルリレーの激戦

2014年9月 6日 (土)

秋の部の始まり

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消防庁音楽隊の金曜コンサート、秋の部の初回

幾度かアップしたとおり、秋の気配が感じられる頃になると、神宮球場で学生野球の秋季リーグ戦を観戦するのと、日比谷公園で東京消防庁音楽隊の金曜日の昼休みのコンサートに出かけるのが永年の慣わしになっている。昨日はその金曜コンサート秋のシリーズ初回と云う事で、これから10月末まで8回に亘って野外音楽堂で楽しいひと時を過ごせると、昼前にいそいそとオフィスを抜け出した。学生野球でもこのコンサートでもそうだが、毎春・毎秋に開催される恒例イベントに季節をまたいで来ると、「ああ、また今季もここにこうして来られたのは幸せな事だ」と感じるものである。昨日もコンサートで司会の女性が「今年の夏は洪水、土砂災害などで大変な思いをされた方が多かったが、皆さんは如何でしたでしょうか?」と挨拶するのを聞きつつ、「こうして音楽を聞くどころではない人が全国に沢山おられるのだ」とお天道様への感謝の思いが胸に湧く。


そういえば昨日は多くの自転車が音楽堂近くに駐輪されているのを見て、近隣から自転車でコンサートを聴きに来た初老の人達がとても多い事に気がついた。秋が深まるにつれ自転車に乗っても気持ちの良い季節となるが、彼らはカレンダーにでも都内各地で開催される無料イベントの情報を書き込み、自転車でそれに合わせて駆けつけて来るのだろうか。 年齢的には私よりちょっと先輩に見える駐輪族が、コンサートが終わるとさっそうと自転車に乗って帰る姿を見て、チャリで都内各地をゆっくり廻ればお金もかからず健康にも良いだろうなあと、早々に来るであろう我が引退後の過ごし方に思いを馳せるのである。


街路にはまだ夏のシンボル、百日紅(サルスベリ)が赤や紫の花を見せているが、日比谷公園のコンサートが回を重ね、神宮で学生野球が佳境を迎える頃には、ふと気がつくと金木犀の匂いが漂ってくる季節になっている。その頃には日々気温が下がって、ジョギングしても同じエネルギーで体が楽に前に進んで行き、なんだか速くなった様に感じるのが心地良いものだ。夕方などは陽が早くおちて辺りが薄暗くなり、同じ速度で走っても、視界が狭く景色が速く流れてなおさら強くなった気がする。そういえば、そろそろマツタケの季節だが、会社も第一線を退いて嘱託再雇用の身となっては、マツタケをギフトで頂いたり酒席で賞味したりする事はまず無くなった。しかし忙しかった現役の頃と違って、今は季節のうつろいを敏感に感じる余裕があり、以前とは違った感慨をゆっくりと胸に抱ける時間もできて、これも悪くないなと秋空の下で思ったりもする。

2014年9月 1日 (月)

ついにスマホに換えるの記

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従来の携帯電話はガラケーと云って、日本独自の形式でガラパゴス的な進化をたどった携帯電話なのだそうだが、これまではこの”ガラケー”で何の不自由も感じていなかった私である。日頃ガラケーを使う用事と云えば妻に何かをたのむか我が家にカエルコール、すなわちメシを作ってくれと連絡するのが関の山。たまに友人や親戚から電話やメールが来たりもしていたが、それ以外に誰かと頻繁に連絡を取り合う必要も、外でパソコンのお世話になる必要もない生活である。通勤電車に乗って多くの人が黙々とスマホに熱中しているあり様を見ると、何を皆一心不乱にしているのか何やら異様な雰囲気さえ感じてしまう一方で、なぜスマホが人々をそれほどまでトリコにするのか若干興味が無い事もなかった。


で、電気店に行って「スマホで一体何をするの?」と色々質問したところ、「お客様の生活ではスマホは必要ありませんね、ガラケーの方が通信料も安いし、そのままでよろしいのでは?」と半ばバカにした様な店員の返事が返ってきたものである。そうは云うものの皆が携帯からスマホになる中、あまりにも世の中の動きに取り残されるのも何かなあ、という考えが心のスミに浮かぶのが気の弱い私の性質である。そんな中で2ヶ月ほど前に妻がそろそろスマホに代えるというのを機に、ならばこの際私もまったく同じ機種に取り替えようか、とついにガラケーをスマホに換える事にした。解説書などは一切読む気がない私でも、理工系の妻が使うのと同じ機種なら「おーい、これはどうすんだ?」と一言わめくだけで操作に戸惑う事もないし、彼女がいろいろ使い方やアプリに習熟するその成果を後でちょいと借りれば良いわけである。


といってもいざ買い換えてみると今までの携帯と使い勝手は大いに違うし、画面に現れる予測文字は小さいしと慣れるには苦労が多い。会社でメール一つ返事するのに四苦八苦して溜息をついていると、周囲の若者たちが 「○○さんもスマホに換えたのですか」 と、彼らはこういうものには目ざく反応するものだ。もっとも老眼がすすんだ身とあっては電車の中では眼鏡なしに小さな画面や文字を読めないし、ましてや車中でゲームをやろうなどと云う気にはさらさらならない。ただ混んだ電車や会社の昼休みに還暦をとうに過ぎたおっちゃんがスマホをポケットからととり出し、「あの人、気だけは若い!」というポーズを見せる小道具としてはちょっと使えそうだ。という事で、この週末には我が家のITに関する ”主任” である妻にネットラジオ局のアプリをインストールしてもらい、今朝はモーツアルトを聞きながら出勤したのだった。そういえば妻は「どうして『主任』レベル呼ばわりするの、ちゃんと『CIO=Chief Information Officer』と呼びなさい」とますます意気軒昂なのがちょっとくやしい。

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