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2014年8月20日 (水)

縄文時代の東京都民(2)おどろきの東京縄文人

2013年2月に東京新宿区の工事現場から縄文時代の人骨がまとまって発掘された事をアップしたが、この事件が講談社から瀧井宏臣著 「おどろきの東京縄文人」 として先ごろ発刊されたのでさっそく購読してみた。予期したとおり、この本では市ヶ谷の防衛省にほど近い現場のロケーションに関する考察に加え、なぜ普通は土中で朽ち果てるはずの人骨が残ったのか、残った骨をもとに縄文人の顔を復元するとどうなるのかと云うプロジェクトの詳細などなど、われわれ東京都民の大先祖にまつわるロマン溢れるエピソードが満載の読み物であった。


先のブログでも触れたとおり市ヶ谷加賀町の現場はちょうど武蔵野台地の東端にあたる場所である。北側には神田川があり、現場至近にあたる現在の外苑東通りはかつて神田川の支流が流れていたと考えられる。南には後年に江戸城外堀に連なる水の流れもあったとされるから(現在の靖国通り)、現場は当時は豊かな水に囲まれた台地であった事だろう。神田川を挟んだもう少し北方の斜面が陽当たりが良い事から小日向と呼ばれるとおり、加賀町のあたりも今の靖国通りに向かって日照の豊かな森が広がっていたはずである。


「おどろきの東京縄文人」によると、ここで発見された縄文人の骨は4000年前から古いもので5000年前のものまで全部で16体、そのうちまとまった人骨が6体とある。浅い地層からこんなに確認できるほど多くの骨が出てきたため、一時は最近の殺人事件の可能性があると疑われ、牛込警察の現場検証も行われたそうだ。普通は酸性の関東ローム層に覆われて骨などは残らない場所で、なぜ大量の人骨が発見されたかについては、現場の土の水分や一緒に埋められた貝殻のアルカリ成分に加え、土地の上に永らく武家屋敷があった事や大きなビルなどが建てられなかったなど様々な幸運が重なったらしい。


身長が161センチ程度、5000年前に亡くなったと推定される一体の骨からなる縄文男性の顔は、復元プロジェクトの完成写真から見ると彫りが深くがっしりした顔でなかなかの男前である。今でもそのままテレビのアクションもので、ちょっと悪役になって出てきそうな現代的な顔つきだ。弥生時代に大陸から渡来した人と混ざって現在の日本人ができたと云われるが、復元された元祖・日本人もなかなかの偉丈夫と見える。このほか現代科学によって当時彼らが何を食べていたかまで今では分析できるそうで、彼らは山の幸の他に魚介類も良く食べた人がいた事がうかがえると云う。この本を読んでいると5千年前の東京人の食生活は思ったより豊かだったようだし、人間は時代が変わっても人相などはあまり変わらないのだな、と思ったりもするのである。

20140820

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