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2014年8月11日 (月)

「中国の大問題」を読んで

20140812

どこかの書評欄で、著者は中国寄りとされるものの「一読しておいて良い本」とあったので、伊藤忠の社長を退いた後に中国大使を務めた丹羽宇一朗氏の「中国の大問題」(PHP新書)を読んでみた。丹羽氏は伊藤忠が大量の不良債権で苦しんでいた時に会社を立て直した経営者で、かつて彼の功績をNHKが紹介した番組では、社員より早く電車で出勤し激務にいそしむ氏の姿が好意的に放送されていた。当時、私は何人かの異なる部署の伊藤忠社員に折々「あの放送は本当?」と聞いたのだが、皆一様に「そうですよ」との返事でやはり丹羽氏は名経営者だと感心したものだった。


しかしその丹羽氏の著書「中国の問題」は、商売人の目から見た日中関係に重きを置きすぎで、いささか失望したというのが読後の実感である。中国人に知己も多く、永年中国各地を廻った丹羽氏の豊富な経験に基づいた解説は興味深いが、結局のところ増長する中国に対して日本人は中国人を理解する様に努力しよう、中国の無体な行動に大人の対応をして粘り強く立ち向かおうとありきたりの呼びかけである。それは14億の民が購買力を持つに従い、中国市場を欧米に手放すのは余りに勿体無いと云う考えが根底にあり、その為には少々なら我慢しようという商人的下心が透けて見える様に思うのである。


丹羽氏がいみじくも本書で解説されている様に、たかだか9千万人の共産党員が少数民族も含む14億の民と広大な土地を治める正当性の根拠は、「抗日戦に勝利した事」だから、しょせん我が国と共産党中国とは水と油の存在で、そもそも付きあうのが難しいのが日中関係の本質である。すでに日中の経済関係は切っても切れない相互依存にあると解説する人もあれば、関係が断絶しても日本にとって致命的な経済的損失がないとする向きもある。仮に我が国の経済がいかに損なわれ日本が東アジアで孤立しようと、ここは相当な覚悟をもって日中の関係に一線を引き、これまでのやり方を見直す時に来ていると思っている私は、いくら名経営者であってもやはり丹羽氏のスタンスには寄り添えない。


1885年に福沢諭吉が書いたとされる「脱亜論」は、「不幸なるは近隣に国あり」として、日本は東アジアの悪友である清国と朝鮮と謝絶する事を説いている。「脱亜論」にはいろいろな解釈があるそうだが、日本が独立をまっとうするためには中国や朝鮮と関わってはならないと云うのが福沢の持論だったと一般的には理解されている。大東亜戦争に至ったその後の過程を見ると、福沢の論はけだし正鵠を得ていたと彼の慧眼に目を見張ると共に、今一度、現代版の脱東アジア論を再考し、日本はどんなに困っても中国や韓国とは政治・経済で距離を置いて新たな戦略をはかる事が必要ではないかと考える。今年も暑い夏の日が続き、うなぎの蒲焼を喰いたいのがやまやまだが、中国産と表示があるとやせ我慢で買うのを拒否する私は、国産うなぎの値段を見てはため息をつくこの頃である。

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