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2014年4月

2014年4月25日 (金)

オバマとハナミズキ

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この季節、会社近くの日比谷公園に行くと様々な花を見る事ができて楽しい。チューリップやスミレ、ツツジなどに混じって、ちょうどオバマ大統領来日に合わせたかの様に、日米親睦の象徴ハナミズキの花が美しく公園を彩っている。ハナミズキは1912年に東京市長の尾崎行雄が桜の苗木をワシントンに送った返礼に、アメリカから初めて送られてきたそうで、今では各地の公園や家の庭、街路樹など広く植えられているとおりである。日比谷公園のハナミズキの中にはその際にアメリカから送られた苗木もあると云われ、元祖・日米交流の木だと言えるのである。


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毎年4月末になると咲いている日比谷公園のハナミズキはきれいな白色だが、他にピンク色に色づくハナミズキの街路樹なども都内では見られる。その4枚の花びらに見える部分は実は葉っぱで、中心にある部分が花なのだそうで、我々サラリーマンにとってはゴールデンウイークをはさんで花が咲くから、この季節にハナミズキを見るとじわっと心が浮き立つのである。さてハナミズキの国から来日したオバマ大統領は、尖閣諸島は日米安保の適用範囲だと明言した。何もできない大統領かと思っていたが、少なくとも防衛や外交面では、大統領の来日は我が国にとって有意義なものになったらしい。


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一方、懸案のTPPの方は随分と進展があったようだが、なかなか最終的な合意に至らないらしい。ただ、この交渉が至難であり必死で行っているというジェスチャーが双方とも国内向けに必要だろうから、今は難航しているふりでも早晩決着に至る事だろう。私にとっては日本以外で住んだ事がある唯一の国はアメリカだから、その日米両国があらゆる面でより密接に結びついて欲しいとごく単純に思うのである。ただ聖徳太子以来、中国や朝鮮とは距離を置く事が我が国の安寧に寄与してきた通り、今後、米国が中国といかに接近しようと、日本は中国や韓国とは常に一線も二線も画す要があるとも思っている。

2014年4月22日 (火)

人間ドック・原発・脱亜論と最近考える事

人間ドックの「異常なし」の基準が大きく緩和されるらしい。毎年の検診で血圧が高めのため会社の診療所に出頭を命ぜられ、循環器の医師に「 薬はどうしましょうかね~。まあもう少し様子をみますか 」と、あわや血圧を下げる薬を処方されそうになった私も、この基準緩和で血圧に関しては問題ない範囲におさまる。気が弱いばかりに検診や医者の前では血圧が高くなってしまう私には救いの改訂である。血圧ばかりでなく「経過観察中」の肝臓や中性脂肪も、これで「基準内」になったが、我が身は何の変化もないのに、統計のマジックらしき事で投薬の有無が決まってしまうとは医学もかなりいい加減なものだ。性別や年齢も考えず、一律に厳しく設定した数値の下で、人々は重畳の不安に陥るのである。この改訂によって本人は健康だと思っていても「異常あり」の人が大幅に減るそうだが、世界でも有数の長寿国の国民の多くが「健康でない」と云うのは一体どういうマジックだったのだろうか。医療と薬剤業界の癒着を疑う声も多いが、どうしてもそういう論調に同調してしまうのである。


貿易収支が引き続き巨額の赤字を続けていると報道されている。円安でも思ったほど輸出額が増えない上、停止している原発のために石炭やLNGなどのエネルギー輸入が増えているのが原因だそうだ。原発が稼動しない事は、エネルギーも輸送する我が仕事の面からは歓迎すべき事態だが、これから日本の行く末はどうなるのかと心配になる。巨額の財政赤字に加え経常収支も赤字に転じれば、日本の国債の信認は大きく毀損し、金利の上昇からインフレの到来に至ると経済学者は言う。人口的に今後ますます増える高齢者は手元の資金や年金で暮らすので、真っ先に多くの高齢者がインフレの被害を蒙るのに、原発に反対する人達はシングルイッシューの如く再稼動は駄目だと声をあげる。そういえば昔、これまた何とかの一つ覚えで「安保反対」やら「米帝打倒」と叫んだ人達の多くが、今の日本の自由と繁栄を享受しているようだ。スローガンを叫ぶだけなら誰でも出来る事で、現実を見ながら多角的に考える事が大人の対応ではないだろうか。


商船三井が運航する大型船が、中国で裁判所の命令によって差し押さえされたとニュースが伝える。戦争中に徴用されて戻らなかった船の中国人船主の訴えに、中国の裁判所は現在の価値で補償しろという判断だが、これは国交を再開した日中共同声明の精神を根底から揺るがす事件である。これを認めれば、今後ある事ない事、日本から被害を蒙ったと称する原告が次々とハゲタカの如く現れてくるだろう。それにつけても思い起こすのは明治18年(1885年)、福沢諭吉が起した時事新報で、福沢が自ら書いたと云われる社説の脱亜論である。福沢はその中で「中国や韓国の如き近隣の悪友と謝絶すべし」と自論を展開している。当時、欧米列強が進出しようとする東アジアにあって、日本が独立して国を発展させるには欧米に習って近代化をする事が必要で、アジア的な風俗風習なかんずく中・韓国の様な野蛮で傲慢な体制と訣別する事が必要だと説いている。福沢の開明に改めて瞠目するとともに、今こそ日本はいかなる経済的不利益を蒙むろうと、脱亜論にならって中国や韓国と距離を置くべきだと考えるのである。

2014年4月20日 (日)

東大70連敗・リーグワースト記録タイ

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頑張れ東大

4月になれば恒例、神宮球場の六大学野球リーグ戦観戦となる。今日は母校・慶応と東大の2回戦だが、母校の応援とは別に東大にも肩入れしたい微妙な試合だ。それは東大が今日負けると70連敗と云うリーグワースト記録とタイ記録になるからである。東京六大学野球が他の多くのリーグと異なって”六大学”たるゆえんは、入れ替え戦など行わずどんな時にも固定した学校で戦うところにある。その原点は例えばオックスフォードとケンブリッジのボートレースの如く、お互いに尊敬できる学校同士の定期戦にあって、東京六大学野球もリーグ戦の形態をとっているが、その根底を流れるものは対校戦なのである。早慶戦が順位に関わらずリーグ戦の最後に行われるのは、対校戦の精神に則っての事であろう。


であるから、リーグ戦の中の一校が常に弱いと云う事は、対校戦形式を基礎に永年同じメンバーでリーグを運営する六校のレーゾンデートルに関わる事だと危惧する。なにしろ東大の前回の勝利といえば2010年の秋、早大1回戦でハンカチ・齋藤に勝ったのが最後で、以後6シーズン勝利がないそうだ。他の学校にとっても簡単に勝ち点をとれる相手と喜ぶより、リーグの存在自体を問われる問題だと認識する必要がある。同じ様に伝統校の対校戦形式をとっていた関東大学ラグビーの対抗戦グループも、もともと入れ替え制のあったリーグ戦グループとの交流を最近はより密接に行っている時代である。という事で、慶応の勝利を望みつつも、今季の東大が戦力充実し、あわよくば母校以外のどこかの足をすくって、大いにリーグ戦を盛り上げて欲しいものだと期待半分で神宮球場に足をはこんだ。


試合は東大・先発の辰亥君(3年・高松)の巧投に慶応の打者が泳がされ、前半は投手戦で互角の勝負である。好投の彼に代わり6回アタマからなぜか東大のピッチャーが交代して試合が動き、最後は慶応打線のつるべ打ちで、13対2の一方的な試合になってしまった。冬が戻ったかの様な寒空の下、なかなかアウトカウントが増えずにゲームが長引く中、楽しみは高校時代に甲子園などで活躍し次代を担う慶応の1・2年生、川崎君(智弁和歌山)、山口君(桐光学園)、須藤君(創志学園)、照屋君(沖縄尚学)などの登場を初めて実際に見る事が出来た事であった。それにしても、東大もそろそろスポーツに秀でた秀才を限定的に入学させたらどうだろうか、いやそれでは東大の栄光や伝統がなくなってしまうのだろうかと、毎年人ごとながらいろいろ心配しつつ東大の戦いぶりを眺めているのである。

結果は慶応13-2東大で東大は70連敗
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2014年4月18日 (金)

韓国のフェリー事故に思う

今回の韓国のフェリー事故の映像を見て思い出した事がある。5年以上前のことだが、日本で永年活躍していたフェリーが韓国に売船された後、大きく改造されて日本との定期就航に就く際にその船内を見学する機会があった。韓国人が好きそうな白と濃い茶色の化粧版を使って上級キャビンはすっかり化粧なおしがなされている一方、車両甲板の一画にカウンター付きの急造ナイト・クラブが造られて、関係者一同、我が国ではとても許されない改造だと驚いたものである。ガソリンや軽油を積んだクルマがとめ置かれる車両甲板は、日本では航海中は乗客の立ち入り禁止であるが、その場所にタバコも吸える様な遊興空間を作ってしまい、これでよく韓国の船舶検査機関の許可が下りるものだと思ったのだった。


今回の事故について、これまでに発表された事を踏まえた私の独自の推論は以下の通りとなる。事故当時、操船はまだ新米の3等航海士によってなされ、船長は指揮を執っていなかったと報道されている。前夜霧の為に発航地の仁川を2時間遅れで出航した本船は、基準航路より近回りの航路を選択し先を急いでいたのではないだろうか。多くの島沿いの慣れぬルートを辿っていた朝8時頃、当直の3航士は船長が選んだ近回り航路よりさらに本船が逸脱している事に気付き、船長の朝の登橋前にあわてて位置を修正しようと急激かつ大きな回頭を行ったのではないか。漁船や他の船舶を避ける行動にしては、速度も落とさずに奇異な回頭をしたのは、ブリッジがあわてて操船している事を示しているのではないだろうか。


一般的に客船は貨物船などより動揺がゆったりする様に、重心がトップ・ヘビーになっている(もしボットム・ヘビーであると、起き上がりこぼしの様に船が早く元に戻ろうとして乗り心地が悪くなる。)この船がまだ日本船(マルエーフェリーのフェリーなみのうえ)だった頃の元船長は「舵の良く効く船だった」とコメントしているから、この大回頭もシャープに行われたに違いない。ただ普通のフェリーはトップ・ヘビーでもその程度の事で、復元性に影響するほど船体傾斜はしないものだ。これに日本から売られた後に造られた上部キャビンの影響、船体下部バラスト水タンクの張水の不備、車両甲板の積載車両やオンデッキのコンテナの固縛強度不足による急な移動などが重なって、船体傾斜が復元可能な範囲を超えてしまったのではなかろうか。


船体に海水が浸水し傾斜した後に乗客にキャビンに留まれとアナウンスした誘導も良くなかったと思う。クルーズ船に乗ると最初に行う避難訓練では、非常時には乗客は救命胴衣をつけて速やかにデッキの指定された救命ボートに集合するようにと云われる。また子供などが別の場所にいても彼らはクルーが誘導するので、船内に探しに行かずにデッキで待つよう指示されるのである。船体は大傾斜してしまうと、避難場所への集合やボートでの脱出も容易ではなくなる。本船の場合は修学旅行中の大勢のティーンエージャーによる混乱をおそれて船内で待てとアナウンスしたのかも知れぬが、この避難誘導が正しかったのか今後大きな問題となるだろう。私は船舶や航海の専門家ではないが、海に関係ある仕事に永年携わり客船にもしばしば乗船する身として、船内に残された者の全力の捜索と事故原因の究明に関係者は尽力して欲しいと願っている。

就航セレモニーが行われた車両甲板。この背面にカウンターバーが出来ていた
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改装されたレストラン
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2014年4月16日 (水)

フォーレンダムの休日 4(寄港地めぐり)

石垣島 (竹富島)
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最初の寄港地、石垣島は3年ほど前にマラソン合宿で訪れた場所だ。その時に川平湾はじめ島内各所を走り回ったので今回は石垣観光でなく高速船で10分、向かいの竹富島観光に行く事にした。竹富島は周囲が9キロ、人口300人ほどのきれいな島である。町の中心部の伝統的町並みを水牛車に乗ってゆっくり観光するのがツアーの目玉なのだが、現地ではなぜかこの水牛車のルートに沿って、「竹富観光センターは約束を守れ」とか「暴走事故を引き起こす水牛車」「協定を守り早期に移転せよ」とそこここに手書きペイントで水牛車営業に抗議する看板がある。この水牛車を運営する会社に賛成する人、反対する人のそれぞれの主張に興味はないが、観光客を呼んでおいてその客が楽しもうとする媒体にケチをつけたいなら、観光で人を呼ぶ事などやめて欲しいし、せめて外部の目のつかない所で仲間うちでやって欲しいものだ。学生運動のようなペンキで書かれた看板が不快であった。写真の水牛の向こうに無粋なたて看板が。


基隆
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台湾北部の雨の多い港町であるが幸いの晴れ。ここでは野柳という奇岩が並ぶ海岸と「千と千尋の神隠し」の舞台にもなったとも云われるを九份を本船ツアーで観光した。野柳は溢れる中国本土からの観光客と、彼らが立ち入り禁止の場所に入るのを警告するガードマンの笛で、海岸を見るどころでなく早々に引き上げた。九份は日本の統治時代に金の採掘で賑わった山の町で、斜面に沿って造られた路地や石段が観光地となって多くの人で賑わっている。鉱山労働者の為の娯楽施設や社交クラブなどの建物も保存され、当時の山の栄華を伝えてくれるのが興味深い。これらの観光地までの途中には台湾の鉄道を見る事ができるが、鉄道は日本と同じく左側通行、その軌間も1067ミリで、信号の設備などは日本の鉄道ととても似ている。金鉱山の開発や日本式の鉄道を見るにつけ、戦前の日本の統治が台湾の開発に貢献した事を実感できるのである。


那覇
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今回のクルーズで実に40年振りに再訪した町である。以前来た時には車の通行もアメリカと同じ右側だったが、今や道もすっかり整備され町中をモノレールが走っている。人口は30万人だそうだが、本土の同じ人口の都市よりよほど町の規模は大きく、また多くの人で賑わっている。かつて守礼の門だけだった首里城も内部がきれいに復元整備され、琉球王朝の歴史を教えてくれる。沖縄が辿った歴史、中国や日本本土との関係、第二次大戦の戦場となった事など、ここの人々が複雑な心境をもっている事は、首里城内部の諸展示を見るだけでも容易に想像できる。されど町には軍人やその家族と思われるアメリカ人がそこかしこでショッピングを楽しんでおり、彼らが沖縄経済の重要なポイントになっている事も伺い知れるのである。


清水
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富士山の世界遺産登録という事で清水港がクルーズ船誘致に張り切っているらしい。駿河湾フェリーのターミナルに着いた”フォーレンダム”号から三保の松原まで、往復13キロのジョギング後のお楽しみは清水港でのビールである。日本のクルーズ船は料金が高価な反面、酒の持ち込み自由で良いが、一部のラグジュアリー客船を除きほとんどの海外のクルーズ船(外国船)はアルコールの持ち込みができない。本船でもワインのボトル持ち込みは、開栓料として一本18ドル(ただし1本目のワインは部屋で飲む限り持込可、2本目以降18ドル。その他のアルコールは下船まで船で預かるシステム)徴収されるので余程プレミアムワインでない限り船に持ちこもうという人はいない。という事で缶ビール一本が5.5ドルと高い船内での費消を抑え、我々も安い町の食堂へと繰り出す事にする。岸壁近くのエスパルス・ドリームプラザの生ビールは、汗をかいた体にこのクルーズ中もっともうまく感じる飲み物であった。店内には本船のクルーズカードを下げた客も多く、皆同じ事を考えるものだと思ったのだった。

2014年4月15日 (火)

フォーレンダムの休日 3

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今回のクルーズは比較的高齢の方が多かった様だが、2度あったフォーマルデイにおける男性タキシード着用率は10%以下だった。本船をチャーターしたH.I.S社とクルーズプラネット社が30余人の社員を船内各所や陸上ツアーに適宜配置している事もあって、総じてクルーズは快適で船内の乗客の醸し出す雰囲気もゆったりとしたものを感じた。サービスクルーはホーランドアメリカ船が欧米で配船する際と同じくインドネシア人を中心に、ビバレッジ係りがフィリピン人で、その仕事も他の海域と同様に快活でてきぱきとしていると思われた。昨年の”コスタビクトリア”号はアジアでのビジネスを中国を中心に展開しようとしているので、中国人のサービスクルーが多く、船内がやや雑然としていると感じたが、今回はホーランド社の特徴である静かなムードが横溢していたようだ。


さて昨年そのコスタ船で見かけた楽しそうにダンスを踊るカップルが今回も乗船していたので、下船間際に思い切って 「 ダンスがお上手ですねえ 」と声をかけてみた。すると 「 船のダンスは正式な社交ダンスを踊る人ばかりで、あれでは知らない人はステージに行けないわよね 」 「 だから私達はステップは自由に、そしてまず楽しそうに踊って皆で盛り上がりたいのよ 」という事を言われた。正に我が意を得たりと肯くのだが、一方で陸上ツアーから帰船する際に舷門で並んでいると「外国の船はダンスの会場も狭いし、音楽もタンゴやワルツ等のスタンダードが少なくラテンばかりかかる。正式な社交ダンスが出来る日本船の方が良い 」という会話も小耳にはさんだ。我々も飛鳥Ⅱで100日間も午前・午後と社交ダンス教室に通ったから偉そうな事は言えないが、どうも日本ではクルーズ→豪華客船→正式なボールルームダンスというステレオタイプの図式が定着しすぎではないだろうか。舞踏会をやるような広い会場がなくても、また正式なステップでなくとも、まずリズムに合わせて体を楽しそうに揺すると云う本来のダンスがもっと日本でのクルーズシーンにあって良い。そんな事を考えると日本のクルーズ文化はまだまだ外国からの借り物なのかもしれない。


このクルーズは日程的には最後の清水寄港が思わぬ余禄、最後のごほうびだったのは先にアップした通りである。ただ8泊で横浜から石垣・台湾・那覇・清水・横浜と廻るのは航走時間ばかり長く、その分上陸地での観光時間が短かすぎた。地図を広げればすぐわかるが韓国の済州島や釜山は言うに及ばず、中国の上海でも台湾に比べればぐっと距離的に日本列島と近い。下船日に各キャビンに届いたクルーズログによると今回の総航走距離は2474マイルとあるから、これから計算すると浦賀水道や入出港時の半速・微速を含めての平均速力は16.5ノットと相当なスピードであった。それに対して4つの港での総停泊時間が入出港の手続きを含めて34時間とあって、一箇所が8時間強と極めて短い上陸時間なのである。日本と敵対する韓国や中国はなるべく行きたくないと思う昨今、台湾はクルーズ船のほど良いディスティネーションとなるが、そのためには国内での入港を減らして2つにし、台湾での滞在時間がもう少し長ければなお良かった。

2014年4月13日 (日)

フォーレンダムの休日 2

今回のクルーズは日曜日に横浜を出てから2日間洋上、3日目に石垣島、4日目基隆(台湾)、5日目那覇と寄港した後に本州に戻ってくる旅程である。嬉しい事に帰路は真っ直ぐ東京湾に戻るのでなく8日目(日曜日)の午後に清水に一旦寄港し、その日の深夜から月曜にかけて横浜に帰ってくる8泊9日のスケジュールになっている。週初めから仕事などに戻りたい乗客などは清水でおりる事が出来るので、ここで70数名が途中下船するそうである。その追加寄港の分だけ途中の日程が厳しくなる訳だが、チャータークルーズとあって船の借り入れとチャーター終了、一部乗船している外国人の観光など様々な制約を乗り越えての苦心の配船スケジュールなのだろう。


昨年の”コスタ・ビクトリア”乗船の時にも思ったが、一旅行社が海外の有名な大型船をチャーターし日本人向けサービスと云う付加価値をつけて、自らのリスクで集客する事業を展開するのは大変な英断に違いない。プリンセスクルーズのごとく日本法人を作って市場を開拓するのも一つの方法だが、”コスタビクトリア”や”フォーレンダム”の様にチャーターで新しい需要を掘り起こさんとする果敢な企業家精神には大いに拍手を送りたい。それにつけてもこの20年ほどほとんど進展がないかに見える日本船は、今後一体どんな事業展開をしようとしているのだろうか。昨晩は本船では船長主催のブラック・ホワイトパーティというイベントで大いに盛り上がったが、この雰囲気を見ていると従来のままの高価格路線の日本船は、あっと気が付いた時には市場から見放されてしまうのではないだろうか。

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ライナー時代から続くというブラック・ホワイトパーティ


基隆で並んで着岸した”ダイヤモンド・プリンセス”号を見て多くの乗客が「今度はあれに乗りたいなあ」と言っていたが、日本に進出した外国船が ①和食の充実、特に白米の炊き方・みそ汁の作り方などの改善 ②ウォッシュレットの装備 ③できれば大浴場の設置などの対策を行えば、今後彼らが日本の市場を席捲してしまうのではないだろうか。現実に”ダイアモンド・プリンセス”号は、日本のドックでこれらの施策を一部ほどこして、しばらく日本人向けに日本での配船を続けるそうである。航空機の発達によってすたれかけた客船ビジネスを、クルーズという形で作り上げたアメリカ人のひそみにならい、外国船と日本船が大いに切磋琢磨して競争し、広大な海域を誇る海国日本で新しい日本クルーズを盛り上げてほしいものだ。

キールンのダイアモンドプリンセス
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2014年4月12日 (土)

フォーレンダムの休日

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新しい那覇港客船ターミナルのフォーレンダム

先週の日曜日(6日)にホーランド・アメリカライン(HAL)のクルーズ船”フォーレンダム”号(6万1千トン)に横浜から乗船して7日経過した。旅行会社HISの日本人向けチャータークルーズで、これまで石垣・基隆(台湾)・那覇と回り、後は清水に寄って横浜に月曜に帰港するだけとなった。初日と2日目は強風で船はやや揺れたものの、それ以外は天気に恵まれて春の船旅をゆったりと楽しんでいる。HAL社独自のブッキングによるのか一部に西欧人も乗船しているが、今回のチャータークルーズの乗客は1200名を超えるそうで、営業的には成功なのだろう。私自身も例によってこれまでいささか飲み過ぎのきらいはあるものの、まあクルーズ中は良しとするか、という事で洋上生活を快適に過ごしているのである。


さてHALといえば2010年イギリス周遊の”ウェステルダム”号(ビスタクラス8万2千トン)以来の2度目の乗船である。同じクルーズ会社でも船や海域でクルーズの趣きに違いがあるし、何より今回は日本人用のチャーター船という事でどうなるのかと興味をもって横浜から乗船した。まず船そのものからみると本船は構造上やや動線が複雑だと感じた。第3デッキを全通するチーク張りの素晴らしいデッキがありながら、そこはジョギング禁止と表示してあるのにまず面食らう。(もっとも一部の乗客がこれを無視してゆっくり走っていたが特にお咎めもないようだ。)これはすぐ下の2デッキに客室が並ぶので3デッキをジョッグすると騒音が下の階に響くためと思われるが、何とももったいない配置である。2デッキの客室を5デッキに上げてバルコニー付きにし、逆に4.5デッキに集中する公室の一部を下の階にする設計をしていれば3デッキをもっと有効に活用できたはずだと思った。

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チーク張りの素晴らしいプロムナードデッキ


船内の公室の配置もさる事ながら、デザイン的には多くの絵画に混ざって、”おや?”と首をかしげる色使いの装飾や奇抜な置物が目をひく。これは”ウエステルダム”号でも感じた事で、HAL社あるいはオランダの伝統なのだろうか。そういえば本船の母港であるロッテルダムは第2次大戦の空襲のあと、奇抜な建築物が数多く建てられているから、ダッチ流のデザインとはこういう色や形なのだろうか。また本船は立ち入り禁止区域とそうでない区域の表示が不明瞭で、EXITとある表示のまま進むとクルー専用区域に迷いこんだり、逆にデッキクルーのみの場所と思われる船首に行けたりとあいまいな表示と複雑な船の構造にしばしとまどう。それでも先年の同じチャータークルーズ、”コスタビクトリア”ではクルーが喫煙場所で乗客と一緒に堂々とタバコを吸っていたが、そのあたりのクルーの対応はきちんとなされており、イタリア船とオランダ船の違いを感じたりもする。 

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レセプション前の奇抜なカラーのオブジェ


そういえば本船では各港でパイロットが乗船しているのにH旗を出さないのは、オランダ船のポリシーなのだろうか。またリピーター向けに開催された船長同席のパーティではウイルス感染防止で、船長は乗客と握手もしないと云う事になっていた。プレミアム・ダイニングのピナクル・グリルではデザートのベークド・アラスカが防災上の観点からフランベの炎なしで運ばれてくるのもやや興ざめだった。ノロウイルスの脅威や防災の観点から最近はそういう事なのだろうが、アメリカ式の極端な対応は(HAL社は今や米・カーニバルの傘下だし、HALの本社も米・シアトルに移っている)いささかやりすぎではないかと疑問に感じた。現在は”クイーンエリザベス”の船長になったクリストファー・ウェルズがP&Oの”パシフィック・ドーン”船長だった当時、唯一の日本人乗客だった我々に随分気をつかってくれ、長々と相手をしてくれてから僅か5年に過ぎないが最近のクルーズの風潮を改めて憂いたくなる。


さてさすがに日本は新年度4月のクルーズという事で、乗客もサラリーマンやOL同士、子供連れなどが少ないようで、ここは飛鳥やにっぽん丸など日本船かと思うくらい年配者の多いゆったりした船内である。もっとも高齢者の無意識による列の割り込み、ぶつかっても声をかけない老人、あるいは男性のびっくりするほどの大きなくしゃみと女性客のかん高いおしゃべり音など、乗客年齢の高い船でしばしば経験する点もあるものの、全体的には「乗客の織り成す雰囲気」は静かで上品な船内だと感じている。昨年ゴールデンウイークに催行されたコスタ・ビクトリアのチャータークルーズが、ブラジル人や中国人の若いエンターテイメントクルーでいささか騒々しかったのに比べると、やはりHALに即した船内の空気という事で、ほぼ期待通りの穏やかなクルーズをこれまで楽しんでいるのである。

2014年4月 3日 (木)

長屋の花見

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桜の花も満開と云う事で、会社の若者たちから昼休みに公園に花見に行きましょうと誘われる。「それは名案だね!ところで酒はどうするんだい?会社の昼休みだけどまあ適当に飲もうぜ。『長屋の花見』じゃあるまいし。」と最年長の私の提案に一同はきょとんとしている。「あれ、君たち落語の『長屋の花見』を知らないの?」と言うと「そんな難しい話はわからないのですが・・・・」と皆の困ったような顔。TOEICなどは私の若い頃には想像もつかない良い点をとって入社し、ITの扱いに長けた若者たちも、かの”大根のかまぼこ”や”卵焼に見立てた沢庵”を知らないのかと苦笑したのであった。


この調子じゃ彼らは目黒で本当にさんまがとれると考えてしまうのかと、話が通じない相手に今更ながら世代の差を感じたのである。そういえば最近は寄席にも行かなくなってしまったが、若い時分は新宿の末広亭などによく繰り出した。友人の中にはアメリカ駐在の際、長時間ドライブに落語のカセットを何本も持参していた者がいたし、私もかつて「寿限無、寿限無、ごこうのすりきれ、かいじゃりすいぎょのすいぎょうまつ、うんらいまつ、ふうらいまつ・・・・・」とえんえんと暗記したものだった。今でもクルマで環七の堀の内にある妙法寺あたりを通りかかると、落語「堀の内」に出てくるお祖師さん参りのあわて者が頭に浮かんで、ハンドルを握りながら一人笑ってしまうのである。


そういえば、江戸落語の「井戸に落っこった」と云うお約束の落ちも、最近は落ちる様な井戸がなくなったし、なにより「長屋」と聞いてもそれがどんな建物かわからない若者が増えている。町がきれいに整備されるのは多とするも、こうして江戸や明治の情緒がだんだん忘れ去られていくのは寂しいものだ。そんな中、時々通る本郷三丁目交差点角の小間物屋かねやすに「本郷もかねやすまでは江戸の内」としゃれた銘版が掲げられているのがおもしろい。なんでも江戸の大火の後にこのあたりから南の神田や江戸市中は火事を配慮した建物が奨励され、町の様子がここから違った事に由来するそうで、風情ある案内が掲げられ往時の江戸を想像させて呉れるさまに心和むのである。

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