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2014年2月 2日 (日)

映画 永遠の0(ゼロ)

20140202

遅ればせながら映画になった「永遠の0(ゼロ)」を有楽町マリオンまで見に行った。封切り以来一ヶ月以上経っているのに今日も映画館は満員で、この作品の人気の高さが判ろうというものである。ベテランの俳優だけでなく若手の好演技と、空母”赤城”などは本物かと思うほどのCGの出来栄えで、開演からただちに画面に引き込まれてしまった。予想通り後半は館内あちこちでハナをすする音、それも今日は男性のそれが多く聞こえてきた様な感動的な作品だった。私と云えば隣からティッシュを差し出す妻に「いらないよ」などと強がりながら、涙をこらえる為にヒーローの娘である風吹ジュンの実年齢と、年代の整合性などを一途に考えながら気を紛らそうとした2時間半であった。


その原作を読んだ我が2010年8月 1日 (日)のブログ 『百田尚樹 永遠の0(ゼロ)』はこう記している。

『久しぶりに後味のさわやかな小説を読んだ。百田尚樹の「永遠の0(ゼロ)」講談社文庫である。「2009年最高に面白い本大賞第1位」との帯もあながち誇大広告とはいえないと感じた。物語はゼロ戦を操って先の大戦を生きぬいたものの、終戦直前に特攻で亡くなったパイロットの孫である姉弟が、多くの戦友を訪ね祖父の生きざまを聞き出すという設定になっている。今まで何も知らなかった祖父の事を探るにつれその驚くべき実像が徐々に明らかになるのだが、読者も毀誉褒貶の差が激しい主人公である祖父の、本当の姿を知りたくて物語の展開にぐいぐい引き込まれていく。

超人的な操縦技術を持ちながら「生きて帰る事が大事」と広言し、戦場では不要な戦いを避け、当時の理不尽な軍隊のやり方に時には批判的であった主人公は臆病者であったのか。彼が守ろうとしたものは何なのか、戦友たちの証言にその伏線がちりばめられ、物語の終盤に仕掛けられた展開に読者はあっと驚くのである。作者は戦友の証言という形をとって、兵隊を消耗品としてしか扱わずロジスティックを無視した旧軍隊を痛烈に批判する一方、朝日新聞の記者と想定される姉の恋人を登場させ、散々戦争をあおったあげく戦後は手のひらを返した大新聞や、戦後の薄っぺらい平和主義に強く不快の念を示している。

私が常々感じている事は、現在の視点で旧軍隊や明治憲法下のさまざまな行動を批判するだけにとどまらず、近隣の国に謝罪をすべしと主張する人たちの心の貧しさや想像力の欠如である。帝国主義の時代に日本があの道をとらなければ一体その後の日本はどうなっていたのであろうか。もちろんその過程で不足したり行き過ぎの行為が多々あったであろうから、その事を検証する事は日本人としては大切であろうが、中国や韓国を念頭において謝罪と反省を迫る自虐史観をもったメディアや政治家には驚くばかりである。

「永遠のゼロ」は戦争の不条理を描きつつ、われわれの祖父や親の代が今の人となんら変わらないセンチメントを持っていた、いやそれ以上の”愛”を持っていた事を示そうとしている様だ。我々と同じ心を持ったかつての日本人一人一人の兵士がいかに戦ったのか、下手なドキュメントより命の重さを浮き立たせてくれる素晴らしい小説であった。この作者に注目だ。』


映画化に当たっては、上記の「朝日新聞の記者と想定される」若者に代わり、合コンの仲間が主人公を批難すると云う演出に変わっているのはかえって残念であった。ただそれ以外では、結末を知っていても充分”泣ける”作品で、原作者の百田氏が作った日本人の琴線に触れるテーマを、上手に映画化した点が素晴らしかった。原作が作られたのは2006年、作中にもある様にあと10年もすれば、先の大戦を経験した人がいなくなってしまうのである。今こそ我々はあの戦争の真相を連合国側から見た史観だけでなく、日本人として一から考え直さなけらばならないと映画を見て実感した。

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映画・テレビ」カテゴリの記事

コメント

こんばんは.
私も先月鑑賞いたしました.丁度風吹ジュンの役と私の母の年齢が同じくらいなので,母が体験した終戦直後はこんな感じだったのかな,と思いながら見ていました.
●●新聞を糾弾したシーンがカットされたのは協賛が朝日新聞なのでやむなし,といったところ以外は変に思想的に傾いているところは無く,素直に泣けるシーンが多くよかったと思いました.どこぞの国は軍国主義を増長すると言ってましたが,きちんと映画を見たんですかね?と言いたくなりますね.

あきらさん、
コメントありがとうございます。私も最後の字幕に朝日新聞と出たところで、「ああ、そうか」と合点がいきました。それにしても、合コンの若者に特攻がテロであるかの如くしゃべらせたのは余りに陳腐で、せっかくの作品を大きくスポイルさせてしまったと残念でした。どこぞの国は、何をしても軍国主義の復活と言い、次には何か理由をつけて別の攻撃をする事が目に見えています。一切、関わらずで行きたいものです。私はどんなに安くとも、中国製や韓国製とある製品・食品は一切買わない主義にしております。

娘の通う公立小学校では国家を教えません。だから、子供たちは国家を歌えません。
国を守って闘ってくださった人々に、申し訳ない気持ちでいっぱいです。

鬼は外さん、アメリカと比較するのもおかしいとは思いつつも、そこでは公立学校で星条旗が掲揚され毎朝国歌(National Anthem)が歌われますね。

日本で君が代を歌うと、何か「右」がかった人であるかのような教育をしたのは、日教組を始めとする偏向した思想の人々でした。

まずプロ野球などスポーツのイベントでは、君が代を演奏し皆で斉唱したら良いと思います。

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