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2013年12月

2013年12月29日 (日)

飛鳥Ⅱ 2015年世界一周クルーズ

2011年に飛鳥Ⅱで世界一周をした乗客のうち、船内で自然発生的にできた友人のグループがあって、下船してからもその仲間達10数名で年に2度ほど東京近辺で飲み会をしている。我々夫婦は仕事の関係で定例会以外まだ参加できないが、その他にグループの有志達は一緒にクルーズ船に乗ったり、仲間の別荘を訪れたりとあちこちで親好を深めているそうである。それまでまったく見知らぬ者だった同士が、100余日間同じ船に乗って生活を共にするとこうして友人となってしまうのも、クルーズの不思議な縁である。乗客の中には多くの医師や弁護士の他、文筆家なども乗船していたそうだが、我々の様に気が合って集まる仲間達は、どうやら会社の経営者や役員、サラリーマンなど企業人だった人が多い様だ。集まっても皆偉ぶらず、現役時代の手柄話などをほとんどしないのが心地よい。


昨日は東京駅近辺で、仲間のうち比較的年の近い2組の夫婦と計6人で忘年会を行った。ダンス教室やブリッジ教室など飛鳥船内で経験したいろいろな思い出、出会った人のあれこれ、これからのクルーズ予定やら旅行社の情報交換などに花が咲き、いつも通りあっという間に数時間がすぎてしまう。そんな中、話題に上ったのが先ごろ発表になった2015年の飛鳥の世界一周クルーズである。今回は飛鳥初代から数えて20回記念のワールドクルーズだそうで、5年ぶりにスエズ運河を通って地中海に入るルートはちょっと注目である。先の国会で通った特措法によって、ソマリア沖の海賊に対して日本船にも武装ガードが乗船できる様になった為に、2015年はアフリカ沖喜望峰を廻らずに、インド洋から地中海にスエズ運河経由で抜けられる事になったのである。


ただこのクルーズ、乗客はインドのボンベイで全員下船し、アラブや中東、ヨーロッパなど3コースに別れて7日間の陸上ツアーを行い、スエズ運河の手前にあるアカバで船に戻ってくる変則スケジュールになっている。船やクルーは紅海を通るが、乗客なしの空船航海という措置は、海賊対策で保険会社などとの交渉の結果なのだろうか。外国の客船はここを頻繁に通過しているのに対して、何とも過剰なまでの安全策である。もっとも600名ほどの乗客全員を飛鳥流の至れり尽くせりツアーで案内するにはコストも相当かかるはずで、その分クルーズ料金も例年より高く設定されている様だ。ただ高齢者の中にはゆっくりと船内に残りたいと云う乗客もおり、そういう要望にはどう対処するのだろう。「何があっても責任を負いません」という念書でもとって、船内でじっとしていて下さい、と云う事にでもするのだろうか。2015年世界一周は寄港地も面白そうだし、念書を書いてサービスのない船内で1週間我慢すれば料金が大幅に安くなるのだったら、また金の工面をして乗ってみたいものだと酒飲み話で盛り上がったのだった。
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2013年12月27日 (金)

安倍首相の靖国神社参拝

今年はアベノミクスで景気は上向きになり、為替は心地よい範囲で円が下落、株価も上昇した一年だった。ルーピー鳩山がぶち壊した沖縄の基地問題もどうやら解決に向かう様だし、安倍政権になってやっと日本が普通の国になったとちょっと嬉しい一年だった。ただその中で首相がやり残した宿題は靖国への参拝だったと思っていたが、これもやっと年末になって実現し、「お、安倍さんやるじゃないか」と改めて評価したくなる。どこの国の味方か判らないメディアはまたぞろ大騒ぎしているが、中国や韓国は何をしてもしなくとも日本が嫌いなのだからほっておけば良いだけの話である。


産経をのぞくメディアはあたかも 『アメリカまでが靖国参拝に反対』 かの如く報道しているので、これは本当かと思いアメリカ大使館の声明を改めて読んでみた。それによると12月26日付けの声明は以下の通りである。
”Japan is a valued ally and friend. Nevertheless, the United States is disappointed that Japan's leadership has taken an action that will exacerbate tensions with Japan's neighbors.

The United States hopes that both Japan and its neighbors will find constructive ways to deal with sensitive issues from the past, to improve their relations, and to promote cooperation in advancing our shared goals of regional peace and stability.

We take note of the Prime Minister’s expression of remorse for the past and his reaffirmation of Japan's commitment to peace.”

拙ない私訳では「日本は大切な同盟国で友人である。ではあるが、日本の指導者が周辺諸国との摩擦を悪化させる行動をとった事に米国は失望する。過去の微妙な問題に対して、日本と周辺諸国が地域の平和と安定と云う共通の目標に向けて協力をより促し、関係を改善する為に建設的な道を共に探る事をアメリカは希望する。首相の過去への反省と平和貢献に向けた再度の表明は、これを承知するものとする」と云うところだろう。
<超訳>
「日本は信頼しているよ。だけどなあ、頼むから中国や朝鮮を刺激しないでくれよ。日本が平和を希求している事は良くわかっているからさあ」


以上の通り、これは従来からアーミテージら親日派が言っていた、「日本の立場はあろうが周辺諸国との軋轢を深くしない様にしてほしい」というアメリカの希望に対して、彼らがDISAPPOINT(がっかり)したのであって、首相の靖国参拝そのものを反対している強い表現ではないのである。日頃あれだけ「アメリカに擦り寄るな」と大見得を切るメディアだが、今度は鬼の首でもとったかの様に、「アメリカも靖国参拝そのものに反対」とばかりヘッドラインをつくりあげるご都合主義が笑えてくる。情けないのは欲に目がくらんだ経済界がこの問題をノーコメントとしている事で、石原前都知事に「タヌキの様なおっさん」と揶揄された経団連のトップなどは、眉毛でも切って出直して欲しいと、物心ついてから50年以上真ん中よりやや右寄りである私は思うのである。

写真は雨空の下、静謐とした今日の靖国神社。リンク先は毎日新聞の英語版。まったくどこの国の新聞かと思う。

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2013年12月23日 (月)

太平洋戦争は無謀な戦争だったのか

昔から第2次世界大戦に興味があって随分多くの書物を読んだが、最近は読売新聞の土曜日朝刊を読むのが楽しみである。連載されている紙面1ページ大の「昭和時代」は、なぜ日本が戦争に突き進んだのか判りやすく解説されており、改めて土曜の朝はちょっとした日本近代史の勉強をしている気持ちになってくる。そんな中、本屋で見つけた新刊が「『太平洋戦争』は無謀な戦争だったのか」(ジェームズ・B・ウッド著 WAC文庫)である。12月14日にアップした「敗戦史観を超えて」の通り、私も先の大戦における日本の戦い方はあれで良かったのか、という思いを常々抱いているから、迷わずこの本を買って連休中に読んでみた。著者は軍事史を研究する米国の大学教授だそうで、一部に天皇の役割や特攻隊員に対する誤解があるものの、まず公平かつ冷徹な視点で日米の戦争を俯瞰している相当な大作であった。


そもそも「あの戦争は無謀だった、戦うべきではなかった」と戦後日本人が信じこんでしまった事が、正しい反省なのだろうかとの思いが私からは去らない。我々の父祖の代はそんな無謀で世間知らずだったのだろうか。あの当時、世界で日本だけが残虐で向こう見ずな行為をしたのだろうかと考えると、そんな事は絶対あるまいと信じるのである。どうやらアメリカの圧倒的な物量の前に大差で破れ、無条件降伏に追い込まれたショックを今に至るまで引きずり、そのくびきから日本人が未だに逃れられない状態にあるのではないか。特定秘密保護法に対するヒステリックかつ見当違いなメディアの反応などを見るにつけ、先の戦争への再評価を我々自身が迫られているのではあるまいかと常々感じているから、「日本敗北の運命が決まっていたのではない」「開戦は絶好のタイミングであった」という筆者の考えにわが意を得たりと頷きたくなるのである。


さて、この本も総論としては日本が敗れる事は不可避である事を前提に書かれているが、戦い方をもっとうまくやれば有利な条件で講和できたはずと筆者は説く。考えてみれば大戦の前段階であった中国での戦いは、真珠湾以降ほとんど戦史的な話題として取上げられなくなったのが事実で、そうであれば中国各地に展開していた陸軍をなぜもっと大規模に太平洋の島を巡る攻防に割かなかったという疑問がただちに湧きあがる。またテニアン島などマリアナ諸島の防御を固めて米国に取られなかったら、B29の発進基地が作れなかったから本土空襲や原爆投下もそうたやすくなかったであろう。緒戦の勝利に驕ってミッドウエイやガダルカナル、パプアニューギニアにまで戦線を伸ばしすぎ、アメリカとの消耗戦に引きずりこまれたのが日本の敗因であると著者は指摘し、兵力や艦隊をうまく温存しておけばもっと有利に戦局が進められたはずだと云う。


その目的の為には、日本軍による太平洋の戦いは大したものではないと米国に認識させ、彼らの戦力をヨーロッパ戦線により多く向けさせる慎重な思慮が必要だったが、日本軍が余りにも強烈かつ広範囲にアメリカを戦争を駆り立てる行動を取ってしまった点が悔やまれるのである。ロジスティックスを重視しつつよりコンパクトに戦っていれば、日本の国防圏が突破される時期ももっと遅くなったはずで、その時はソビエトの参戦もなかった可能性が大である。著者は日本がうまく戦って昭和20年の夏にまだ相当の戦力を保持していれば、アメリカは本土決戦で多大な犠牲を予想し、「戦争に疲れた連合国は、日本本土の破壊と占領を回避しながら、日本が最も近年に占領した領土を手放すという和平折衷案を受け入れるのに積極的だったかもしれない」としている。歴史にイフはないものの、そうならば満州国も存在していたであろうし朝鮮半島や台湾も日本の領土として現在に至るまで保全されていた事になり、日本人の考え方も今とは大きく違っていたであろう。

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2013年12月21日 (土)

およげたいやきくん

かつて現役営業職のサラリーマン時代は、この季節になると取引先と連夜の忘年会だった。その当時会社に接待用の寮があったが、12月は多忙な為、たしか鍋料理またはすき焼きかしゃぶしゃぶだけの3択限定メニューとなっていた。毎夜毎夜この3つを順番に食べているうちに胃腸も疲れ果て、たまには吉野家の牛丼やマックなどのジャンクフードが食べたいものだと考えたりしていたのだった。贅沢になれると、その反対が欲しくなるから人間は勝手なものだ。こんな生活を続けているうち、いつか体を壊すのではないか等と危惧しつつ、ようやく年末の休みに辿り付いてホッとするのが、師走の恒例だったと当時がちょっと懐かしい。


今は半分リタイアの閑職組ではあるが未だサラリーマンの身、今週はさすがに職場関連の忘年会が幾つか続いた。飲んでいる間はホホイのホイとばかり調子良いものの、翌日の朝に出社の為に起きると、妻に「う、酒臭い」などと云われるし、体もさすがに辛いものがある。60歳をすぎると、飲んだ翌日はやはり応えるものだ。ユーミンの「12月の雨」の歌詞”雨音に気づいて遅く起きた朝は、まだベッドの中で半分眠りたい♪”と云うくだりは、実は接待に明け暮れるサラリーマンの心情を歌ったものではないか、などとおよそ見当はずれの想像が二日酔い気味でぼんやりした頭に浮かんでくる。


と云う多忙な週であったが、水曜日は予定がなくまっすぐ帰宅。たまたま夜7時の「甦る!昭和の歌謡曲売り上げ・ベスト101」などという民法テレビにチャンネルを合わせると、テレビから流れる懐かしい歌のオン・パレードに思わず引き込まれ、結局3時間番組の最後まで見てしまった。当時の演歌を改めて聞いていると、若い頃はわからなかった歌詞に込められた意味に気づいたり、ピンキーとキラーズやらピンクレディを見て往時の情景を思い出したりと、歌と生活体験が密接に結びついている事を改めて実感した。


ところで番組で紹介された昭和で1番の大ヒットは、何と「およげたいやきくん」だそうである。子門真人が歌う昭和50年の、”毎日、毎日ぼくらは鉄板の上で焼かれていやになっちゃうよ♪”と云う、ひらけポンキッキの子供向けの歌はサラリーマンの共感を呼んで、なんと450万枚もレコードを売り上げたと云う。往時の12月の連夜の忘年会を思い出すにつけ、サラリーマンも楽ではないなと、テレビにあわせて「たいやきくん」を歌うのである。

2013年12月17日 (火)

シェール革命

海運の市況を表す重要な指標としてBDI(バルチック海運指数)が有名だが、以前はハンプトンローズ/日本の石炭海上運賃が代表的な海運運賃の指数であった。これは合衆国の東岸にあるノーフォーク又はニューポート・ニューズから日本までの石炭運賃の推移を追った指標で、我が国の物資輸入量が世界の物流に大きなインパクトを与えていた時代は、この運賃の高低で世界の海運の景気が判断できたのであった。それが米国産の石炭の高騰やオーストラリア産の台頭などで、この30年ほどすっかり米国東岸からの船積みがなくなり、この市況指数も過去の遺物となっていたのである。しかし最近ハンプトン・ローズから欧州や極東向けに、再び相当な量の石炭が船積みされているのを知りびっくりした。


これは例のシェール革命でアメリカ国内で安価な天然ガスが利用できる様になり、だぶついた燃料用の石炭が輸出に廻る様になった事から復活した現象と思われる。アメリカではシェールオイル油田の開発がこのまま順調に進めば、エネルギー的に2035年頃に中東の原油に依存しなくても国民の生活や産業を維持できる様になると云われ、そうなった暁には現在我々が直面している世界の様相もドラスティックに変化する事になりそうだ。まずアメリカの経常収支が大きく改善し、米国の景気回復やドルの復活が期待されるし、エネルギー価格の低下によりアジア始め世界の景気が良くなると云うシナリオが予想されるのである。


さらに米国は中東に関与する必要が薄れるので、対中国封じ込対策で安全保障の焦点がアジアにシフトする事が想像できる。そうなると日本は地理的に米・中対立の最前線に位置する事になり、かつて朝鮮動乱や冷戦時代に担った前線基地としての役割が再びクローズアップされて、”ジャパン・パッシング”などと心配する事もなくなるかもしれない。シェール革命などは遠い世界の事だと思っていたが、こう考えてみると我々の生活にもインパクトを与える事象である様な気がしてくる。その時は円を持っているより、預金をおろしてでも強くなる米ドルを買った方が得だと思うが、こうしてエネルギーやら国際情勢をあれこれ想像してシナリオを作り、自分に置き換えるのもボケ防止には効果がありそうで面白い。

2013年12月14日 (土)

敗戦史観を超えて

時々買う雑誌 VOICE 1月号 (PHP研究所) 誌上で、評論家・渡部昇一氏と「永遠のO(ゼロ)」作者の百田尚樹氏が 「『永遠のO(ゼロ)』で敗戦史観を超えよ」 と題する対談を行っている。骨子は第2次大戦後に進駐軍が彼らの理屈で日本人に植えつけた贖罪感や罪悪感を、我々日本人が後生大事に持つ必要などありませんよ、というもので「『永遠のO』が『はだしのゲン』なぞ駆逐して、小学校に副読本として置かれる日を楽しみにしています。(笑)」と締めくくっている。中国が第2次大戦の戦勝国側だったという理由だけで国連の安全保障常任理事国になり、最近は何かというと日本の行動は戦後の国際秩序を崩すものだ、等と偉そうに発言するのを聞く度に、それは単に戦争に勝った側の理屈に過ぎないと憤る我が心情にぴったり添う対談といえよう。


真珠湾は卑怯な日本人のだまし討ちだ、とアメリカのルーズベルト大統領は叫んだが、その後の研究で日米戦争はルーズベルトが日本を誘って引き起こした面が多分にある事が明らかにされた。また日本の最後通告手交が「単なる事務手続き」のミスで遅れたという事実も、ルーズベルトは充分知っていたとされている。アジア各国で旧日本軍が蛮行を重ねたという中国や韓国のプロパガンダに対して、VOICE誌の対談で、百田氏はインドネシア人は「長年、オランダの植民地支配に耐えかねていたインドネシア人が『解放者』の日本を支援」しバレンバンの石油施設を日本軍に引き渡したと述べているが、これに限らず物事には良い面と悪い面の両方があって、戦前の日本や旧日本軍だけが一方的な悪行を重ねたかの様な自虐史観から私達も卒業したいものだ。その意味で中韓が声高に歴史認識を持ち出すほど、前の戦争は日本だけの責任ではないと考える日本人が増えている様で、批難のエスカレートが日本人を逆に覚醒させるとは皮肉な現象である。


歴史にイフはないものの、この対談では真珠湾攻撃の際に、軍艦を狙うよりなぜ石油基地と米海軍工廠を徹底的に叩かなかったのかが残念だと渡部氏は述べている。同時に我が潜水艦をアメリカの西海岸に配置し、ハワイへ向かうタンカーを攻撃して兵站を切ってしまえば、真珠湾に空母がいくらあっても燃料切れで動けず、あの戦争の戦い方も相当変わっていただろうと氏は言う。その時は米空母をおびき寄せ攻撃せんとしたミッドウエー海戦も無かったかもしれないし、「アメリカ陸軍は日本軍の進撃に備えて西海岸に集結せざるをえず、アフリカ戦線までイギリス軍を援護しに行く余裕はなかった。」として戦争のシナリオが大きく変わり「日米戦はドローゲームになっていたのではないか」と、作家ハーマン・ウオークの仮説を紹介している。とまれ兵站(ロジスティクス)の軽視や、レイテの栗田艦隊反転に見られる海軍のガッツのなさが結局戦局を変えてしまうのだが、もし米英と日独伊が引き分けていたら戦後の日本人のメンタリティも随分と変わっていた事であろう。

2013年12月10日 (火)

キャプテン・フィリップス

話題の映画「キャプテン・フィリップス」を見た。アフリカ東岸ソマリア沖で海賊に乗っ取られたコンテナ船「マースク・アラバマ」号の、船長と海賊との闘いを描いた作品とあって緊迫した場面の連続で、息も継がせず話は展開する。映画は2009年に実際に起きた話をベースにつくられているだけに、海賊達の恐怖もリアリテイを伴って迫り、観客は映画の世界にすっかり引きずりこまれてしまう。そのストーリーをここで述べてしまうと興ざめなので、それは見てのお楽しみとして、私も日頃”海賊対策”が実務で問題になっても、何か遠い世界の出来事だと思っていたが、映画を見てからはソマリアや武装海賊の存在が急に現実味を帯びて感じられたのだった。


それにしても「マースク・アラバマ」号の様な小型コンテナ船(1092個積)がアメリカ国籍であり、ほとんどのクルーがアメリカ人である事に正直云って驚いた。国際航路に従事する多くの貨物船は、今や採算上の理由でパナマやリベリアなどに籍を置き(便宜置籍)、途上国の乗り組み員を配乗した上、様々な規制などを逃れて運航されている。映画の「マースク・アラバマ」号の様な船を米国籍のまま敢えて運航するのは、安全保障上、有時に必要とされる米国物資の輸送を考えての事で、この船がクレーンを装備しているのも汎用性を重視している事の現れであろう。本来デンマークの国策会社であるマースクラインが、アメリカ資本の買収を通じて米国海事安全保障法などの補助を利用し、多くの米国籍船を所有・運航しているという事実に瞠目するのである。


この映画は、アメリカ海軍の全面的協力と同型のコンテナ船を使って撮影されているので、映像も迫力満点だが「オヤっ?」と気がついた点が2つある。港を出ると船はふつう船尾の国旗はしまうのに、公海を走る「マースク・アラバマ」号は船尾旗の他、本来は寄港先の国に敬意を表するマスト旗に星条旗を掲揚している。海賊を避けるために「アメリカの船」というのをわざわざ誇示しているためだろうが、星条旗を掲げて航海したのが事実とすれば、そんな船を襲った海賊はマヌケという事になる。また救命ボートには定員分の水が数日分備えられているのに、映画ではフィリップス船長に水が与えられない事はさておき、飲料水が不足しているかの様な演出がなされていたのが良くわからなかった。


どうも仕事柄そんな細部ばかり気になって困ったが、トム・ハンクスの名演技にすっかり酔いしれ2時間強の大作が短く感じたのだった。それにしても最近はアフリカ東岸ばかりでなく西岸でも海賊が出没しているそうで、航海の安全からは本当に困ったものである。この事件以降、世界の船会社はデッキに鉄条網を装備し、武装ガードマンを乗せたり、船内に乗員の待避所(シタデル)を造って海賊対策をしているのだが、我が国はようやくこの11月に、日本籍船に武装ガードを乗せる事ができる特別措置法が国会で成立したばかりである。主要な海運国でも最も遅い方の法制化とあって、日本人の平和ボケぶりがここにも反映されているのが何とも哀しいものだ。

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2013年12月 8日 (日)

新幹線 さくら 初乗車

久方ぶりに、しまなみ街道沿いに今治から尾道近辺の取引先を訪ねた。会合を終え午後に仕事から解放されると、帰路は広島県・福山からどうやって東京に帰るかというお楽しみの時間となる。特に先の月曜日、鉄ヲタの店「せとうち」での鉄道談義に刺激され、体の中の鉄の火が再点灯したばかりの身、ふつう出張者が利用する広島空港から東京まで飛行機で帰るという選択肢はまったくないのである。午後ももう少し早い時間なら山陽本線の各駅停車に乗り、途中の岡山・姫路などで快速や新快速を乗り継ぎ、新大阪か京都まで時間が許すかぎりの在来線の旅を楽しむところだが、今回はそんな事をしていたらその日の内に東京に戻れなくなってしまう。


テツの次善の策としては、福山から「ひかりレールスター」の横2列+2列の普通車指定席をエンジョイして新大阪まで行き、新大阪からちょっとリッチなのぞみのグリーン車料金を自己負担して帰京するという手段もある。などと思っていたら、九州新幹線開業を機に「ひかりレールスター」の運行がほとんどなくなってしまい、代わりに九州新幹線のN700系「さくら」が山陽筋まで出ばって来ているらしい。いやちょっと乗らない間に山陽新幹線も随分変わってしまうものだと世の変遷に驚いたが、たしか「さくら」の普通車指定席も2+2の配置で「ひかり」の料金だったはずだ。それならば是非新しい「さくら」を体験してみたいものだと30分以上待って、N700系「さくら」に福山から乗車してみた。


初めての「さくら」、乗り心地に関してはごく普通のN700系という感じで従来の車両と変わりなかったが、車内の意匠はバルクヘッドや椅子の肘掛などに木調の合板が張られぐっと落ち着いた雰囲気である。JR九州は「ななつ星」でも木目を多用しているそうで、他のJR各社とは車内デザインで差別化を図ろうとしているのだろうか。新しい「さくら」の普通車で新大阪までの一時間余りを楽しみ、新大阪から「のぞみ」のグリーン車にゆったり乗って帰ってきた費用は21,610円であった。会社に請求できるのは、福山から東京までの「のぞみ」普通指定席の17,170円だから4,440円の自己負担となるが、グリーン車に置いてある雑誌 "WEDGE" (定価400円)をいつも持ち帰るし、出張には日当もつくから、この位の自己負担で新しい車両+グリーン車を楽しめるのはテツとしては嬉しいかぎりだ。

木目を多用したさくら車内
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2013年12月 3日 (火)

鉄ヲタの店 せとうち

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会社の若い、と云っても50歳前後の鉄道愛好家達の仲間に一人シニアの私がいつの間にか加えられ、昨日は5人のメンバーから成る ”鉄”の飲み会に参加した。場所は地下鉄・千駄木駅にほど近い”せとうち”という居酒屋である。このお店、知る人ぞ知るテツヲタの集う店らしく、11月始めに予約を申し込んだ処、1ヵ月後まで一杯ですとの事で、最も早く予約できたのが昨日の月曜日だった。駅至近のマンションの2階、表通りから入り口に上がる階段からして鉄道に関わるディスプレイで壁面が飾られ、一段一段とステップを踏む度にマニアックな予感が盛り上がってくる仕掛けになっている。


扉をあけて一歩”車内”に踏み入れると、まず目に入るのは0系新幹線グリーン車のボディを使った部屋の仕切り。壁には駅名の表示板やら運賃表、国鉄の路線図に各種列車のサボなどがところ狭しと飾られている。照明は、と顔を上げると蒸気機関車か旧型国鉄電車の廃品を利用した前照灯が光りを放ち、荷物置きは列車の網棚、椅子はかつてのグリーン車のリクライニングシートでテーブルナプキンは鉄道省時代の路線図とくるからマニアにはたまりません。普段職場ではあまり声高に自慢できないテツのウンチクぶりをここでは遠慮なく口に出し、鉄ヲタぶりをカミングアウトしてはおのおの自慢話に花が咲くのだった。


酒が進むにつれ「俺はかつて東京から岡山まで東海道・山陽線の駅名を全部暗記したものだ」と云えば「いや私は博多まで覚えた」「ムム・・・・、それは参りました」などと云う屈託ない会話で酒席が盛り上がる。みんな会社に帰れば○○部長や××室長なのだが、この時ばかりはまるで童心にかえった様で楽しい。そのうち出張の際にはいかに合法的に列車の旅を楽しむかと云う話題などで盛り上がり、次々と廃止になる寝台列車の旅をみなで懐かしむのであった。それにしてもメンバーは時刻表マニアから車両マニア、中には廃線予定区間の乗車マニアまでいて、同じ穴のムジナとは云え人の好みは多種多様である事が良くわかった。料理は定番のコース(というかそれしかない様子)にビールや日本酒、ワインなどを楽しんで5000円強だったが、何より同好の士で会話が途切れない事が印象的なヲタの飲み会であった。

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