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2013年10月

2013年10月29日 (火)

女子レースの隆盛

秋が徐々に深まると、マラソンや駅伝の便りが各地から聞こえてくる。かつてこの季節には、東日本の各県別チームで競う青森・東京駅伝(アオトウ駅伝)が開かれて、顔見知りの選手が、それぞれの故郷代表で走っていたのを、新聞紙上で陰ながら応援していたものだ。そのアオトウ駅伝も2002年で終了してしまった代わりに、最近は女子マラソンや駅伝大会がテレビ中継され、休日はそれらを見ているとつい画面に引き込まれてしまう。


考えてみれば1928年のオリンピック・アムステルダム大会陸上女子800米で、日本の人見絹枝が2位入賞を果たしたものの各国の選手がばたばたと倒れ、女子には過酷すぎるとしてオリンピックの種目から中長距離レースが除かれたと云う歴史が嘘の様な近ごろの隆盛である。戦後ようやくローマ大会(1960)で女子800米が復活し、1500米はミュンヘン(1972)、1万米に至ってはソウル(1988)まで女子レースが行われていなかったが、今や3000米障害からフルマラソンまで、およそ男子が走る競技はすべて女子種目があるから隔世の感がある。


女子の記録といえば、ミュンヘン大会で女子1500米レースが初めて行われた時は、優勝者の記録が4分1秒くらいで、当時現役だった私は「ああ、俺も女子ならオリンピックの決勝まで行けたのになあ~」などと中継録画を見ながら愚痴をこぼしていたら、競技仲間たちから「その比較に何の意味があるの?そんな事考える暇があったらもっと必死で練習したら」などと失笑されたものである。その女子種目も、今やマラソンではラドクリフの世界記録が2時間15分台だから、「女子ならなあ」等とは口が裂けても言えず、ただ「恐れ入りました」と脱帽するしかない。


さてこの週末にあった大学の女子駅伝に出場した各校のメンバーが読売新聞に掲載されていたので、つらつら眺めていたら、下の名前が真珪さんとか摩耶さん、紫織さん、杏莉さんなどなど、実に現代的な名前が目立ち、時代の移り変わりを如実に感じた。同じ紙面のすぐ下には、大阪マラソンの都内女子上位完走者が掲載されていて、そこでは上位から清子さん、知子さん、智子さんと伝統的な子のつく選手名が多かったのと対照的である。大学生と少しの年齢の差で、ランナーの名前も随分違う様で、マラソンの記録から妙な事に気がつかされるのも女子レースならではである。

2013年10月23日 (水)

婚外子相続の法改正は慎重に

婚外子にも結婚している夫婦に生まれた嫡出子と同じ相続を認めるべき、という最高裁の判断が下りたが、これに即して民法を改正する作業が自民党の中で遅れていると報道されている。党の内部では、この改訂で日本の結婚制度や家族制度が破壊しかねないため、慎重な対応を求める声が相次いでいるそうで、党の部会の結論が先送りされていると云う。保守を信望する私も、最高裁の決定には違和感を感じていたので、この問題は時間をかけ、充分に議論して欲しいと思っている。


たしかに人は生まれながらに差別されるべきではない、という理想論は判るものの、事はそう簡単ではないと最高裁判断には様々な疑問が湧いてくる。まず故人に財産がなく負債ばかりが残った際、(遺産相続を放棄しない場合には)婚外の子も同様に返済負担を負うと云うのだろうか。また葬儀や相続の手続きなど面倒な事はもとより、故人の看病など、長い間に家庭を営むため行った様々な労役、儀式やしきたりの負担は、普通は結婚している家族の負担で行われるのに、遺産だけは非嫡出子が平等に権利に預かれるのだろうか。


そもそも人は生まれながらにして希望の場所に出てくるわけではない。男でなくて女に生まれたかったとか、日本人ではなくアメリカ人だったら、金持ちの家に生まれていたら、はたまた長男は嫌だなどと思っても、人は自分の出自は所与のもの、運命として引き受けるのが人生ではないだろうか。非嫡出子という要因の他にも自らの出生、あるいは親の状況による不利益などは世の中のゴマンとあって、なぜこの問題だけが憲法違反として取り上げられるのだろうか実に不思議なものだ。結婚した家庭を中心とする結びつきや、現在の戸籍制度によって、日本の社会の安寧が保たれているという点が、最高裁の判断に反映されていないのは残念である。


婚外子の平等相続を支持する人たちは、欧米のほとんどの国で非嫡出子の相続について差別がないと主張するが、日本の美点である家庭を中心とした伝統的な結びつきは、欧米諸国が真似したくともできないもので、彼らは仕方なく法律によって現状を追従しているのではないのか。他の国の良い点は積極的に取り入れたら良いが、日本の近代社会の根幹をなす良い社会制度は、憲法違反などとして簡単に切り捨てるのでなく、例えば「非嫡出子も状況によって嫡出子の半額~同額の間で相応に決まる」という柔軟な法律に改正して欲しいものだ。かくゆう私も母方は非嫡出子の家系だったが、世の中そんなものよと(その後たまたま正妻になった)祖母は割り切っていた様である。

2013年10月21日 (月)

大雨の第18回シニア健康スポーツフェスティバル

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東京都体育協会が主催する第18回シニア健康スポーツフェスティバルTOKYOのマラソンの部に参加した。これは卓球やテニス、剣道、サッカーなど10種目の競技について、都内在住の59歳以上のシニアが参加できるスポーツイベントで、マラソンの部はこの週末に駒沢公園陸上競技場で、10キロ・5キロ・3キロの距離別にレースが行われたのである。このイベントの存在は、新聞折り込みの東京都の広報で知ったのだが、都民のみの大会という事で、市民ランナーがふつう試合の申し込みに利用するランナー向けの雑誌などには大会の記載がない。一体全体どんな雰囲気なのか、どんな人が出るのか皆目見当がつかず、知る人ぞ知るレースで市民ランナーの強豪や、かつての名ランナーなどが出るのか、はたまた運動会的な盛り上がりで、一生懸命走ると却って目立ってしまうのか、一抹の不安を抱いたまま競技場に向かった。


あいにくの土砂降り雨の中、多くのランナーが参加をとりやめた様だが、それだけに駒沢陸上競技場のスタートラインに並ぶ者は強そうな人が多く、皆それなりに走る経験を積んで来た真面目なランナーに見える。最近はマラソンブームという事で、どの大会も速いランナーからなんちゃってランナーまで多士歳々なのだが、この大会はシニアの部だけの開催、かつ大雨をものともせずスタートラインに並ぶのだから、いずれの参加者も一騎当千というわけだろう。大雨でウオームアップもできないまま、号砲一発トラックを飛び出すと、道路は水溜りだらけで足を取られ、雨粒は冷たく肌をうって一体全体自分が速く走っているのか遅いのかも良くわからない。それでも「59歳以上で上限なし」というくくりの中では若輩に入るので、一生懸命に走るうちに次第に順番が上がってゴールでは上位になり、運よく入賞記念のメダルを貰える事ができたのだった。


むかし本当に若かった頃にはいくら頑張っても縁遠かったメダルや賞状も、シニアの中では、まだ”若い”60才台前半のうちが入賞賞品をゲットするチャンスというもので、最近は人生の帳尻あわせとばかり、貰えるものはいくつでも頂いておこうとちょっとリベンジの気持ちである。他のスポーツに例えてみれば、学生時代ゴルフ部に在籍していたものの大した事がなかったプレーヤーが、歳をとって会社のコンペで優勝したら、ちょっと嬉し恥ずかしのこんな気持ちなのだろうか。継続は力なりという事か。ただ若い時は記録を伸ばすために練習したものだが、この年齢の練習は記録の落ち込みを先延ばしするだけだと言う点がちょっと残念ではある。それにしても多くの70才台、80才台男女が大雨をものともせず、頬を紅潮させて駒沢公園を激走しているのを見ると、俺もあの年まで走っていたいものだと元気をもらった気がしたのだった。

今回貰った入賞メダル
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2013年10月19日 (土)

カシオペアに望む

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1ヶ月前の『10時打ち』でゲットしたプラチナチケット、寝台特急”カシオペア”の個室”カシオペアデラックス”に札幌から上野まで乗車した。これで”北斗星”(上野→札幌)、”トワイライトエキスプレス”(大阪→札幌)についで、”カシオペア”(札幌→上野)と現存する3大豪華夜行列車の旅をすべて体験できたと、我が妻は事のほか喜んでいる。”カシオペア”は予想にたがわない快適な列車で、かつて北海道に渡るのに青函連絡船を乗り継ぎ、上野から24時間ほどかけて札幌にたどり着いた頃とは隔世の感がする。それでもこの列車が誕生したのが1999年だから、もう14年間も経過したわけで、乗車してみてアコモデーションにいささか古さを感じ、設備に不満を覚える点があったのも事実である。

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カシオペアデラックス個室
設備面でいえばまずウオシュレットのないトイレである。いまや最新のボーイング787など航空機のトイレにもウオシュレットが装備される時代だ。特別料金を徴収するカシオペアほどの列車なら、デラックス個室にはウオシュレットくらいはつけておいて欲しいものだと思った。また各個室の液晶テレビは、現在位置がわかる様にモニター映像が映し出されるものの、表示される地図は肝心の駅名が記されていない。もともとは既存の道路地図などを利用したものだろうが、少なくとも駅名や現在の走行距離、時速などの情報は表示する様にソフトを入れ替えて欲しいところだ。そのほか機関車に前方展望カメラを置いて、ジャンパ栓を通して個室でモニターする事くらいは難しい事ではあるまい。航空機やクルーズ船では、今やごく当たり前に前方風景がテレビで見られるから、”豪華列車”ならこの程度のサービスは必須アイテムといえよう。

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ウオシュレットが欲しいデラックス個室のトイレ

ダイヤの面では、ビジネスユースでない列車でこんなに速く走る必要があるのか、と疑問に感じた。上り列車は札幌発1612分・上野着0925分(乗車日は沿線の火災で1時間遅れて10時半頃上野着だったが)、札幌ー上野間1215キロを17時間余で走るので、平均時速は70キロほどと結構速い。心配していたJR北海道区間は保線状況が却って快適に感じたが、深夜に通過する「青い森鉄道」や「IGRいわて銀河鉄道」区間では、ポイントを通過する際などは相当揺れ、寝台での睡眠は途切れがちであった。北海道と首都圏連絡ではほとんどの旅行者が航空機利用で、カシオペアといえばほぼ観光列車だろうから、停車時間をもっととると共に、走行スピードを下げて20時間ほどかけて走ったら快適ではないだろうか。札幌を午後早くに発車すればつるべ落としの秋の陽でも、北海道の雄大な景色や噴火湾の海岸を楽しめるし、関東平野の朝景色ももっとゆっくり味わえる事だろう。

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映像は改善の余地あり

現在わずか1編成しかないカシオペアでは、整備の時間を捻出するためにこの様な窮屈なダイヤ設定になるのだろうから、せめてもう1編成くらいは造って欲しいところである。さて九州では”ななつぼし”と云う、豪華クルーズトレインが運転を始めたそうである。新幹線が青函トンネルを通って函館まで延伸された際に、このカシオペアの処遇がどうなるのか不明だが、ゆっくりと列車の旅を楽しみたいという需要は今後ますます多くなる事だろう。今回乗車した”カシオペア”は、従来の列車に較べて快適な事この上なかったが、将来は振り子など最新の設備を駆使し、ダイニングカーも2両くらい組み込んだ北海道連絡の新型車両を開発して欲しいものだ。そんな列車が札幌で稚内方面行きと釧路方面行きなどに分かれ、乗客は昼間ゆったりと北海道の風景を車窓から堪能できるなら、私達も是非もう一度乗って見たいと鉄道ファンの見果てぬ夢は続くのであった。

2013年10月17日 (木)

縁の下の力持ち

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縁あってタグボートの内部を見学する事ができた。タグボートといえば、クルーズ船に乗った際に、あちこちの港で大きな本船の着岸や離岸をアシストしてくれるのがお馴染みの風景だ。一方で私などは40年も海運界で働いているものの、日頃タグボートへの関心はその料金が高いか安いかばかりにあって、船内がどうなっているのか、実はこれまで知らなかったから、今回は絶好の見学機会という事である。


見学したのは長さ30米ばかりの大型のタグボート。下はブリッジ内の写真で正面の左右1対のスティックで、それぞれ船尾にある2つのプロペラ操作をコントロールするそうだ。プロペラはぐるりと360度回転し急制動やその場での旋回など、港内で要求される機敏な操船が可能だと云う。エンジンルームには、2000馬力のディーゼルエンジンが2機(4000馬力)あってA重油で運転するが、この出力は大型トラック10台分にあたる。全長が70米以上あり1500トンの貨物を積む内航貨物船のエンジン馬力が1000馬力ほどだから、タグボートは小さな船体に内航船の4倍のエンジンを積んでいる事になる。

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タグボートの操船コンソール


消防や放水の際に水を汲み上げるポンプはエンジンルーム内にあって(下)これでマストのてっぺんの放水銃まで水を汲み上げる。タグの業務はブリッジに一人、エンジンルームに一人、そのほか係船作業ために必要なクルーが乗船するが、必要な時に家から通いで乗船する就労方法と、2週間船上で働き1週間休暇をとるシフトの2通りがあって、最近は通いの方式が全国的に増えているそうである。タグの乗組員は港内の様子を熟知していて、本船の船長やパイロットと協力しながら船舶の安全な着岸・離岸に尽力しているとの事である。

直列6気筒のエンジンが左右に1つずつ
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港ではこの様につね日ごろ目につくタグやパイロットの他、係船索を扱うラインハンドリング、荷役をする港湾労働者(ステベドア)、船や荷物の状況を調べる検査官(サーベイヤー)検数員(タリー)、通船(ランチ)の会社、船会社に代わり船舶入出港に係る窓口となる船舶代理店(エージェント)など実に多くの人が働いている。その他、食料を供給する船食屋(シップ・チャンドラー)などという会社もあるし、海上保安庁や水上警察、外国貿易港では税関(CUSTOMS)・検疫(QUARANTINE)・入管(IMMIGRATION)などの役所も必要である。我々の生活を支える物流には、この様に多くの人が係っている事をタグ見学であらためて思い知らされた。

エンジンルームの消火水用ポンプ
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2013年10月 9日 (水)

Coldstream Guards Regimental Band

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英国コールド・ストリーム・ガーズバンドのコンサートに行かないかというお誘いを受けた。バンド大好き人間の私たちは、本場イギリスの第一級軍楽隊バンドに触れる絶好のチャンスという事で、昨晩は会場である すみだトリフォニーホールに行ってみた。コールドストリーム連隊と云えば、GRENADIERS GUARDS ( 擲弾兵=てきだんへい連隊 )、SCOTS GUARDS ( スコットランド連隊 )などと共に ロンドン・バッキンガム宮殿の衛兵交代式を勤める近衛連隊の一つである。もともとはイングランドとスコットランドの境にあるコールドストリームと云う小さな村で編成された連隊だったが、今やコールドストリーム連隊のバンドといえば、世界各地で親善演奏を行うイギリスを代表する音楽隊となっている。私たちもかつてロンドンで彼らが行進・演奏する雄姿を見た事があるし(下動画)、わが家にも彼らのCDが数枚あるので、本物のコンサートを聞こうと会場への足取りも軽い。


いよいよ演奏が始まると、その迫力にまず息をのんだ。ブリリアントかつ重厚なハーモニーと云う言葉がすぐさま脳裏に浮かぶが、私にもっと文章力があれば、この圧倒的な迫力と音楽性を適確に表現できるだろうにと、いまパソコンの前で歯噛みしているところだ。会場のすばらしい音響効果を考えにいれても、30数名のブラスでこれだけの音が出せるとは、彼らの技量に加え彼我の肺活量の違いがあるのだろうか。演奏者は制服の右腕に階級章、左の胸に勲章をつけ軍務サービスも実際に行う隊員の他に、階級賞や勲章がない制服姿の音楽隊員も加わっており、女性隊員もちらほら見られる。コンサートはマーチ、クラシックナンバーの他、ゲスト歌手によるミュージカル歌曲や古楽器による18世紀当時のバンド再現演奏などもあって、聴衆を飽きさせる事なく進行する。


プログラムの後半には、おなじみ”79連隊のジブラルタルへの別れ”や”Highland Laddie(ハイランドの若者)”というバグパイプナンバーがあるので、一体どうやって演奏するのかと思っていたら、会場の後ろからキルトスカートの2人のパイパーに、スコットランドダンスの青年1名が突如登場するというサプライズ演出である(パイパーズはスコッツガーズから客演)。お約束の”フィガロの結婚”こそ、ほんのさわりだけだったものの、エンディングにはさっそうと”近衛兵連隊行進曲(レジメンタル・クイックマーチ)”で、会場はおおいに盛り上がったのであった。インターミッションやコンサート前後に、ひょうきんな隊員達が会場でCDを売り歩く姿を見ていると、隊員は皆イギリスの普通の若者なのだという親近感も湧き、舞台と聴衆の近さもあって、さすがブラスの大国だとコンサートを楽しんだのであった。

2006年7月6日バッキンガム宮殿の衛兵交替式(コールドストリームガーズ)
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2013年10月 7日 (月)

大人の野球

5月20日のブログで慶応大学野球部2年の加嶋君の事を取り上げたら、なんとその加嶋君が今日の東京六大学野球リーグ戦 慶応・東大2回戦で東大相手にノーヒット・ノーランを達成した。長い歴史を誇る六大学リーグ戦でも史上24人目だそうで、加嶋君自身はリーグ2勝目が大記録になったわけである。相手が東大だからと侮るなかれ。先だつ日曜日の慶応ー東大1回戦、神宮球場に観戦に行ったが、首位を明治と争う慶応に対して、この試合はあわや東大が勝つかという内容で、かろうじて慶応が1対0で逃げ切ったのだった。東大も元ジャイアンツの桑田投手を臨時コーチに迎えて投手陣を鍛え、事実この夏のオープン戦でも東都大学などを相手にそこそこ健闘しており、観戦した慶東1回戦ではミスの少ないしっかりとした大人の野球を見せてくれていた。
5月20日のブログ


さて以前なぜ加嶋君の事をブログで取り上げたかというと、慶応高校(日吉)からの推薦組ばかりがリーグ戦に数多く出場する中で、野球がさして強くない慶応志木高出身の加嶋君や、湘南藤沢高校出身の稲垣君(外野手4年)が活躍するその姿に魅かれるからである。高校時代の実績は甲子園とほど遠くとも、大学に入って大人の野球の中で鍛えるうちに、甲子園組を超える様な活躍をする選手を遠く観客席から見るのは楽しいものだ。彼らだけでなく他大学でも、普通の公立高校の出身者や、浪人した選手がリーグ戦に登場してくると、「おい。がんばれよ」と、つい声でもかけたくなってしまうのである。高校時代の才能や経験も大事だろうが、大人として第一歩を踏み出す大学生にあって、自覚と自主的な努力で上がってくる選手ならきっと立派な社会人になるだろうと思う。


日曜日の1回戦も、そんな気持ちでいつもの神宮球場に出かけていくと、なにやら内野席の一角を持参のマフラーで仕切って、固まって応援している中年女性の一団がいる。別に混んでいるわけではないから、その一角を独占しようが、他人が入らない様に仕切ろうが構わないが、仲間が球場に入ってくると「ここよ、ここよ」と呼び合って段々と女性集団は増え、その数は10名以上だろうか。彼女達はメンバー表を見たり、選手の活躍に一喜一憂しているから、どうやら部員達の母親達らしいが、中高年男性の多い神宮球場観客席もママの応援団グループが目立つようになったと、オールドファンとしてはちょっと驚くのである。かつて40才台の終わり頃だろうか、同窓会に行った際、同級生だった女性が「明日は(強豪)大学の息子のアメフトの合宿に炊き出しに行くの」と嬉々として言うので、「大学生の息子の合宿にママが出て行くのか?」と皆で小馬鹿にしたのだが、いまや「大人の世界」と思っていた大学野球にも、段々ママたちのプレゼンスが増しているのかと複雑な気持ちがした。

50年間通う神宮球場の観客席下の回廊、ここに来るとなぜか心が落ち着く
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2013年10月 4日 (金)

キンモクセイの咲く道を

夏の様な蒸し暑い日があるかと思うと、雨が降って寒くなり、秋が忍び寄ってくるのを感じるこのごろである。今日の様などんよりと曇ったにび色の空の下、金木犀の匂いが街角から漂ってくると、今年もまた秋が来たなあ、とちょっと感傷的になってくる。そういえば金木犀の匂いで、トイレの消臭剤を連想しない世代が出てきたのは、昨年もブログでアップした通りだ。


金木犀といえば、毎年の事ながら堀内孝雄の「君のひとみは10000ボルト」の歌詞が脳裏にうかんでくる。 ”鳶色のひとみに 誘惑のかげり 金木犀の咲く道を銀色の翼の馬で かけてくる20世紀のジャンヌ・ダークよ 君のひとみは10000ボルト 地上に降りた最後の天使”と口ずさみながら、涼しくなった町をゆっくりジョギングするのも気持ちよい。


秋の日といえば、もうひとつ何とかの一つ覚えで浮かぶのがベルレーヌの秋の歌である。”秋の日のビオロンのためいきの 身にしみてひたぶりにうら悲し” という一節は、映画「史上最大の作戦」で、レジスタンスに連合軍の反抗が始まる事を知らせる地下放送の暗号として使われていた。ところで来年はノルマンディーから70年、いまだに中国などは、事あるごとに”右傾化だ””第2次大戦の戦勝国による秩序を乱す行為”だと日本を声高に批難する。


ニュースでは日米「2プラス2」会談が行われ、中国の軍事力台頭を念頭に防衛協力指針の再改定で合意したと告げている。懸案の消費税アップが決まると共に法人税が減税され、TPP協議も進展している様である。東京オリンピックの開催が決定し、しばらく停滞していた日本が前を向いて正しい道を歩き始めたようだ。安部政権になって日本は良くなったなあと、ちょっとほっとする秋でもある。

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