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2013年7月12日 (金)

この世の偽善

私の好きな作家・曽野綾子と保守の論客である金美齢による対談集「この世の偽善」(PHP研究所)が本屋で平積みになっているので買ってみた。曽野氏については以前にもブログで書いた通り、スッチーだった友人がかつて氏を機内でアテンドした事があって、日ごろ偉そうな意見を述べていても機内では威張ったりする人が多いなか、彼女はその反対で極めて立派な振る舞いだったと誉めていたものだ。様々な本に著された曽野氏の考え方だけでなく、そんな評判もあって私は彼女の本を時おり読んでは共感を覚えている。また金氏はテレビでコメンテーターとしてよく顔を見るとおり、日本で台湾の独立運動に加わり旅券を剥奪されるなど永い苦難の歴史と戦ってきた女性で、日本に帰化した今も人間としての覚悟を問う凛とした物言いに好感がもてる人である。


という事で早速読んでみたところ、期待にたがわぬ内容に納得である。東北地方の津波による瓦礫処理について東京都の石原知事がいち早く「みんなで協力しなければしょうがない」と受け入れを表明したのに対し多くの反対が寄せられたが、金氏は「やれ『絆』だ、『頑張ろう日本』などと言いながら、一方では(そういう)現実がある」と指摘する。「そこには自分が卑怯だという自覚がない」と対談は続く。僅かな献金しかできない人は自分の卑怯さを自覚しながら献金すれば良いのであって、命もかけない、最低限の金も出さない、それでいて「弱者」を助けなければならないと言ったり抗議運動や示威運動を行うのが今の風潮だと嘆く。その自覚もなく、単なる自己満足の「きれいごと」が日本を覆い、それしか認めようとしない偽善が日本を危うくする、と二人の舌鋒は鋭い。


予想通りの展開と云いながら、「この世の偽善」を読み進むにつれ、私には「そうだよね」とうなづく事ばかりのオン・パレードである。二人は助けられる側、弱者と云われる人の権利や正当性ばかりがまかり通る世の中に警鐘をならし、”ちびくろさんぼ”まで出版できなくなった「言葉狩り」の問題や、「報道ごっこ」に堕するマスコミを保守的な観点から痛快に斬る。日頃、私は日本が世界でも最も格差の少ない国の一つだと考えているから、最近格差が開いたとするメディアのデマゴーグには眉に唾をつけて聞くようにしているが、この対談はそんな私の認識に重なるものだとあらためて意を強くしたのだった。金氏は国が何をしてくれるか、ではなく自分が国に対してどう貢献できるのかを考えるべし、とかつてケネディがスピーチした内容と同じ趣旨の発言をしているが、政治の世界やメディアの報道に今こそこの精神が必要なのだと「この世の偽善」を読んで感じたのであった。
20130712

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