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2012年12月

2012年12月29日 (土)

同伴

会社の忘年会で若者たちと銀座で久しぶりのカラオケ。つい調子に乗りすぎて深夜の帰宅で、翌日は声もがらがら、朝になっても酒臭いわである。こんな日は出勤しても仕事をするふりして、目を開けたまま眠る術などないものか、などとあらぬ事を考える。考えてみれば現役バリバリの会社員の頃は、週に2回も3回も飲んでタクシー帰宅だったから、よく体を壊さなかったものだ。当時は毎年の検診で「飲みすぎ」と指摘されていたもので、考えてみればホイホイと深夜まで飲んでいたから当然だったろう。


酒と言っても自宅で夕食の際に晩酌するのと、接待などで外で飲むのではやはり飲む量が違う様である。当時よく通ったバーやクラブは、座ってナンボで飲んでも飲まなくても料金は大体同じ様なもの。いつもより高い請求書が送られてくるのは新しいボトルが入った時で、お店としてはボトルを回転させる事が売り上げに直結するらしい。ほっておいたら濃い酒を出すのが商売とばかり、「水割りはうすく」と注文してもいつも間にかコップは琥珀色の液体で色が濃くなっているのである。


久しぶりに宵の銀座を歩いたが、それにしても銀座日航ホテル前などで夕方6時半ごろ、ホステスと待ち合わせているおっさん達のいわゆる「同伴」姿を見ていると何とも滑稽である。出勤前のホステスをエスコートして、それなりの料理屋などに行っても、9時になると彼女達は遅刻が心配でソワソワ。一緒に勤務先のクラブに滑り込むと、「同伴」のホステスはしばらく他の客優先で席に来るわけでもない。ご馳走して鼻の下を伸ばすのだが何のメリットもなく、考えれば何とも阿呆らしいもので、これも自腹でやるならまだご愛嬌。大抵は会社の接待費だろうから、傍から見ていると「バッカじゃないの」などと笑えるのである。自分も調子にのってあんな事をした時代もあったが、まあそれも景気の下支えにはなったのだろうか等と、割り勘のカラオケ代を気にしつつ昔日を回想するのであった。

2012年12月26日 (水)

間違いだらけのクルマ選び 2013年版

で、今年も年末恒例「間違いだらけのクルマ選び」2013年版を買った。1976年に「間違いだらけ・・・・」が初めて出版されてから35年以上、一時休刊した時があったものの、私は1979年から毎年購読を欠かした事がないから、この本の発売と購読は年末恒例の「紅白歌合戦」の様なものである。今でこそ自動車に関しては色々な批評本があるが、この本が初めて出た1970年代と云えば自動車メーカーのチョウチン記事満載の本や雑誌がほとんど。そんな風潮の下、独自の視点で「だめなクルマはだめ」と明快に論評した「間違いだらけ・・・」は目からウロコ、新鮮な感動を与えてくれた訳で以後変わらず毎年購読する様になった。


そう言えば1980年代のハイ・ソ・カーブームだった頃、近いうちにミニバンのブームが来ると、この本で著者・徳大寺有恒氏は述べていたが、その予想は正にその通りになったと氏の慧眼に改めて敬服する。以後「間違いだらけ・・・」に惹かれるのは、クルマのスペック云々よりそのクルマが時代の流れのなかで社会とどう係わっているのかという社会批評が適格な事、加えて様々な車に対する論評を通じて徳大寺氏の自動車技術に関する文明論的考察がユニークだった処にあると思う。という事で「間違いだらけ・・・」は、クルマと社会の共存という視点から優れた文明論として私は読んできたのである。


「間違いだらけ・・・」のドイツ車びいき、なかんずく恒例VWゴルフベタ褒めは私は眉に唾つけて若干割り引いて読むのだが、それにしても視点の定まった批評には肯く事が多いのも事実である。私としては最近ニッサン・フーガやトヨタレクサス、BMW7シリーズなど町を歩けば戦車の様なやたらエラそうなクルマが多くて気持ち悪いし、ニッサンエルグランドやトヨタアルファードなどの巨大バンが、そこのけとばかり高速道路の追い越し車線を突っ走っているのを見ると何だかなあとウンザリする。クルマは、普通の人なら生涯で5台~7台くらい乗り継ぐ住宅に次いで高価な買い物でもある。国産・外車を問わず、町で人が「お、粋だね」と振り返る様な品の良いクルマに乗りたいものだ、なんて真剣に考えるのは最近ではジジイだけなのだろうか。
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2012年12月22日 (土)

イカのうる焼き

家に帰るとプーンといい匂いが玄関まで漂ってくる。還暦も過ぎ第一線の会社員という訳でないが、12月に入るとそれなりに忘年会なども続いて、そろそろ肝臓も休めようかと思いまっすぐ帰宅したところである。が・・・・、玉ねぎとイカの何とも言えない匂いを嗅ぐと今日の禁酒の決意など一瞬にして吹っ飛び、これをサカナに日本酒で晩酌いくかという気持にスイッチが入れ替わる。私の禁酒の誓いなどは所詮その程度のもので、食べたい時、飲みたい時に自制すると却ってそれがストレスになるなどと、いつも自分に都合の良い解釈をする事にしている。


で、妻が台所で奮闘していたのがイカの「うる焼き」。昨冬ドーム球場で行われた「ふるさと祭り東京」で鳥取名物の「うる焼き」を初めて食べたところ、いか墨で炒められたイカがとても美味しかった。妻はその味が忘れられず、たまたまスーパーで新鮮なスルメイカが売られていたので「うる焼き」に挑戦したそうだが、なにせこのローカルな料理はネットにレシピーもなく苦闘の模様。それでも記憶を辿りながらそれらしく出来た「うる焼き」を食べると、たしかにドーム球場で出された本場の「うる焼き」はこんな味だったかと記憶が蘇る。


我が妻も誉められると張り切るタイプ。ビールを傍らに「うる焼き」を「うまい、うまい」とほうばると、妻はドヤ顔でレシピを解説してくれる。それによると・・・・・まずスルメイカのワタをフクロごと慎重に取り出す。玉ねぎのざく切りをバターでしんなりするまで炒めたところに適当に切ったイカの身を入れる。すばやくイカワタとイカスミを投入して炒め、みりんと醤油で味付けをする・・・・・のだそうだ。なんだか漁師の番屋で出る飯の様だが、適度な塩味とイカスミ味がマッチしして酒は進むわ、ご飯は進むわのおかずであった。で結局、所期の目標、禁酒とは遠い夕食になってしまった。
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2012年12月17日 (月)

嬉しいプレゼント

高校時代からの友人たちと恒例の忘年会を行った。中華料理を食べながら医者である一人が「 男性が心身ともに健康で十分活動できる平均的年齢は72歳までだよ 」と言うのを聞いて、なんだもう10年余しか積極的に活動できる時間がないのかと改めてびっくりした。物理的には10年間といっても年齢とともに時間が過ぎるのが早くなるから、これからはかなり真剣にやりたい夢や遊びたい事に精を出そうと一同で再確認である。で、来年の夏はかねてから話しに出ていたマジソン郡の橋(アメリカアイオワ州)で、夫婦連れで集合しようと一同誓ったがオン・ザ・ワインの盛り上がりで一体どうなるだろうか?


個人的には加齢に伴い心身ともに「爺臭い」と云われるのはなるべく避けたい処で、これからは身の回りの品や服装により気を配ろうと気持ちを新たにする。という訳で茶色の靴を履く日などに着用する茶の皮バンドでオーソドックスな腕時計が欲しいなあと思っていたところ、この週末に妻の実家のクリスマスパーティで皆から写真の時計をサプライズでもらった。時計などのデザインで有名な渡辺力コレクションのセイコー製で、シンプルな3針ながらバンドと本体を連結するラグの部分がまっすぐで小さいのはちょっとドレッシーな腕時計の証である。


この時計ならクルーズ船でドレスコードがインフォーマルの日にブレザーなどと似合いそうで、そんな場面を思い浮かべつつ嬉しい贈り物に感謝をする。ケースに入っている栞には「時計は目に見えない生活の流れを適格に伝えてくれる最も身近な計器です この計器をどうやってヒューマナイズするかデザイナーにとって小さな土俵上の格闘です」とデザイナーである渡辺氏の言葉が記されている。ちょっとした生活用品も楽しくセンスの良いものを持ちたいものだが、適切な価格で選ぶにはこちらもそれなりに勉強が必要になりそうだ。仕事が忙しい年代には広告などをゆっくり読むのも面倒だったが、これからはちょっとカタログ誌なども目を通してみようか、と思うのであった。
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2012年12月15日 (土)

総選挙の論点

いよいよ総選挙である。ここ数年の拙い政治から逃れる事ができると思うと、誰に投票しようか考えも真剣になる。TPPの参加や原発の維持・消費税アップなどはそもそも論点にならない自明の事で、別の視点、対中国・対米国で日本の立ち位置をどう考えるかもこの選挙の争点だと認識する。すなわち米ソ対立のかげで驚異的な経済成長を遂げた日本も冷戦が終わって20余年、急成長する隣国の中国と今後どう付き合っていくかが問題で、それによってTPPや各種自由貿易協定への参加の仕方もおのずと変わってくる。それゆえ外交や中国問題は経済発展に密接に結びついており、ひいては国の財政や税金にも関わってくると思うのである。


「敵を知らずして勝利なし」と云う事で、私もこの半年ばかり中国関係の本を積極的に読んできたが、読売新聞の書評で茅原郁生/美根慶樹著「21世紀の中国 軍事外交編」”軍事大国化する中国の現状と戦略”(朝日新聞出版)の評判が良かったので早速購読してみた。それによると周辺諸国と摩擦を繰り返す中国の「力への信望」は、清朝末期にアヘン戦争に敗れて半植民地化した苦い経験に根ざし、軍事力を頼みとする考えが民族に敷衍されているそうだ。一方で台湾統一という中国の宿願が果たされないなど彼らの権益に対する大きな妨げとなるのが米国の存在で、この存在感を削ぐ事が中国の軍事力を突出させる原因だと云う。また中国は海洋進出に遅れたと認識して、海洋権益の擁護に猛然と取り組み周辺諸国と摩擦を繰り返すしていると書かれている。


この本によると中国は軍事に関連して宇宙開発の分野においても、着々と独自の存在を示そうとしているそうで、そうなると中華思想を持った巨大な覇権国家がわが国の隣に誕生する事になる。先年、ハワイを基点に太平洋の東をアメリカが管理、西を中国が管理しようと中国の高官がアメリカに持ちかけたと言われているが、それはけっこう中国の本音である事に私は慄然とする。しかしこれほどまでに中国の存在感が突出すれば、遠からず米中の角逐がより高まり、米中冷戦時代とも云える状況になるかもしれない。その時には地理的に中国に近い日本は、再び米戦略の一貫として中国を封じ込める不沈空母の役割が出てくるだろう。日本の外交は対中国戦略上で大きな曲がりかどを迎えているはずで、アメリカと真剣に対話ができる政党にこの選挙では期待したくなる。多くの政党がそれぞれの主張をしているが、そんな事を考えながら候補者や政党を絞っている。
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2012年12月11日 (火)

ラグビー大学選手権

暮れから年末・年始にかけての楽しみはラグビー大学選手権のテレビ観戦である。われわれ素人には見ていてもなかなか理解しづらいラグビーゆえ、テレビの解説で新しいルールや戦術を知ると何かちょっとスポーツ通で偉くなった様な気がして、ついつい画面を見るにも力が入る。大学選手権の2次予選は今年から関東対抗戦グループ(伝統校+帝京)、関東リーグ戦グループ(法政、日大など)、関西リーグなどの代表によるリーグ戦方式(従来はトーナメント)になるというので、さきの週末は熱戦を期待してケーブルテレビで中継される各試合を見ていた。


しかしこれらを見て、あらためて感じたのは関東対抗戦と関東リーグ戦、関西リーグ戦の力の差が従来より歴然とした事で一体どうしたものかと思う。各地区やグループ間の差を少しでも縮め、人気が下降気味のラグビーを盛り上げたいというのが大学選手権にリーグ戦方式に採り入れた協会の意図だろうが、結果をみると目論見とは反対になっている様に見える。なにしろこれまで3試合戦った関東対抗戦チームと関東リーグ戦チームの総得点は162対7、その関東リーグ戦と関西リーグ戦は2試合で91対5とそれぞれ一方的な試合になっているのである。


そういえば今年は大学選手権の常連である同志社がいないのが寂しいし、その一方で関東リーグ戦の雄である関東学院が2部に落ちたというから驚きだ。どんなに強くとも4年間で選手はすべて入れ替わってしまう上、特待生などで強化しても一般学生との遊離、建学の方針との乖離、理事会の変化などで体制がすぐ変わってしまうのが大学スポーツの恒であろう。今年の選手権に見られる大学ラグビーの現象は、少子化やラグビー人気の衰えで、優秀な高校生が一部の大学だけ片寄ってしまう事から起きたのだろうか。そういえば立教大学はかつて箱根駅伝に27回も出場しているし、芝浦工大が野球の東都リーグ1部優勝したなどと言う事もあったが、これらの偉業は早々に人々の記憶から薄れていくのだろうか。

2012年12月 9日 (日)

鉄道模型ホビーセンター

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最近よく眠る。昨晩は夜8時頃にテレビを見ながら寝てしまい、今朝は8時頃までぐっすり寝ていた。錆びかけた脳がふだんの仕事で疲れている上に、休日のジョギングと晩酌のビールなどがいけない。あまりに豪快な寝っぷりに「歳をとると寝るにも体力がいると言われているのは一体何なの」と妻があっけにとられている。という訳で今朝は寝覚めもよく、午前中の早い時間に近所を妻とジョギングである。東京の街も色づいた銀杏があちこちで散り残り、師走の朝は走るのに清々しい。


ふとジョギング途中の明治通りで、看板に鉄道車両が描かれている店がオープンしているのに気づく。一体なにかと思ったら鉄道模型、特にNゲージで有名な関水金属(KATO)のホビーセンターで、さっそく走るのを一旦やめて店内に入ってみた。なんでも西落合にある本社ビルの立替のため、明治通りに仮店舗を出してしばらくここで営業するとの事で、間口は六間もあろうかと言う大きな店舗である。まだ準備も完全に整わない店内だが、中はNゲージやHOゲージの自社製品のほか、愛好家が自分の車両を持ち込んで運転できるレイアウトなどもできそうだ。


持ち込み運転と言えばかつて昭和40年代の初めだったろうか、モデルカーを作っては盛り場にあるサーキットに行った事を思いだした。チャパラルとかフォードGTなどのキットを買ってきて、タイヤを変えたり、モーターをチューンアップしたり、はたまた車体を軽量化したりと様々な工夫をして人よりコンマ一秒でも速く自分のクルマを走らせようとしたものだった。あまりのサーキットブームで当時は非行の温床などと言われた事も懐かしい。クルマのサーキットは今やなくなってしまったが、鉄道模型なら中高年者でもできそうだ。ジョギングから帰ってさっそく埃をかぶったNゲージのモデルをとり出し、昭和30年代の夜行急行列車でも編成しホビーセンターに持ち込もうかと考えていた。爆睡といい鉄道模型といい、徐々に心身とも子供がえりしているのだろうか?

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2012年12月 4日 (火)

初期高齢者

最近、区役所から私宛に「 高齢者の方々へ 」などと書かれた手紙や案内が来て、正直「高齢者か」とちょっと複雑な気持ちになる。皇居一周を走れば多くの若者を抜きさるし、懸垂も7回くらいは朝飯前だからまだまだ大丈夫だと思っていたものの、先日はピザの耳をかじっていたら歯がポロっと欠けたので往生した。歯医者は「永久歯になって50年以上経ってますからねぇ、以前治療して神経を取った歯などは弱くなって欠ける事がありますねぇ」と良いカモが来たとばかりほくそ笑んでいる。「ちょっと良い歯を入れましょうか」と歯医者に言われると、気の弱い私は「保険で・・」とも言えず「またウン万円の支出か」と思って何ともいまいましい気分になる。


かと思うと冬の乾燥で手の皮膚が荒れてカサカサすると、妻が「 主婦と違って水仕事もしないのにどうしたの? 」とニヤニヤしながらハンドクリームを渡してくれる。肌荒れなどは今まで一度もした事がなかったから皮膚の新陳代謝が衰えたのかと気落ちすると共に、鏡に写った自分のあごの皺などを見て否応なく年齢を思い知らされる。みなこうして体のあちこちに小さな変化を覚えつつ、徐々に「高齢者」という境遇に馴染んでいくのだろうか。一方で孔子は『 六十にして耳順う 』と言っており、60歳を過ぎれば「 修養ますます進み、聞く所、理にかなえば何らの障害なく理解しうる 」(広辞苑)そうだが、凡人はその様な心境には一向にならないのである。


もっとも小さい頃から人と競争しながら勉強し、会社に入ったら生産性やら自己研鑽やらと効率を追求してきた生活も、そろそろ卒業が近いと思うと清々とするのも事実。思えば子供の頃は「 将来何になりたい?」と聞かれた時 「 猫!夏は一番涼しいところ、冬はコタツの中で一日気ままにできるから 」と答えたらしいが、リタイアしたら競争社会とは無縁になりそうで、子供の頃の夢に少し近づくわけだ。いわば永い間に飼い馴らされてしまった相対的評価の世界から卒業となり、『横並び』だとか『人並み』などという考えから自由になれる訳で嬉しい。その時は有り余る時間なのでイライラする事を意識的に少なくし、渋滞でも脇道に行く事はしないのではないか、ラーメン屋の行列にも悪態つかず並んでいるのか、などと変化する自分を今から想像したりするのである。高齢者もまたよき哉と思う初期高齢者である。(でも妻の買い物をイライラせず待てるかはやはり自信がない。)

2012年12月 2日 (日)

日本の領土これが答えだ

米国の上院は尖閣諸島に日本の施政権を認め、日米安保の適用対象である事を確認する国防権限法案を全会一致で可決したと報じられている。この法案は12月中に大統領の署名を経て成立する見通しだそうだが、アジアシフトを模索するアメリカ議会は、この地域でいよいよ覇権主義をむき出しにする中国を牽制し日本を支援する狙いで法案を採択したそうである。 どうする媚中派!!。 彼らは、日本の政権交代時期を狙って米国が自民党に何らかの裏取引をしているに違いない、などとぞろ陰謀史観を持ち出すのだろうが、中国の振る舞いを見ていると日本だけでなく米国も深い懸念を示している事がわかる。何しろ中国という国は、第二次大戦後チベット侵攻に始まり、対インドやソ連、それにフィリピン、ベトナムとほとんどの近隣諸国と国境紛争を起こし、今まで一歩も譲った事がないという厄介な国なのである。彼らの領土主張の根拠のなかには、清朝には支配下にあった、という事があるそうだから何をかいわんやである。


最近、軍事アナリストの小川和久氏の新刊「それでどうする!日本の領土 これが答えだ!」(アスコム)を読んだが、それによると中国は1953年に共産党の機関紙「人民日報」で、琉球諸島は尖閣諸島を含むと明確に認識し、その沖縄県民と日本人は一体であると論陣を張っていたと云う。当時の中国は、アメリカを牽制する目的で沖縄の施政権を日本に返せと主張しているのだが、その文脈の流れで沖縄の範疇に尖閣も含まれていると書いているそうだ。つまりアメリカに対しては「尖閣も沖縄のうちでそこから手を引け、沖縄は日本に返還せよ」と言いつつ、後年になって尖閣諸島は日本の一部ではないと言っているわけで、これは禁反言の法則から国際社会で通用しない、と小川氏は論じている。(禁反言の法則


ところで衆議院選挙前の党首討論で、石原慎太郎元都知事に「尖閣問題で(都が購入すると決めた事が事態を大きくした)責任を感じてないか?」と質問し、「悪いのは中国」と一蹴された馬鹿な記者がいて思わず笑ってしまった。日中経済はお互いが切っても切れないほどの相互依存体制になっているのは事実だが、今回の反日の動きを見て中国リスクを真剣に検討し始めた企業も多いそうで、石原氏の行動は中国との共存関係に一石を投じたものと考えたい。もし尖閣問題がなければ日本企業は中国へより接近して、後年何らか別の問題が起きた時にもっと大きな反動を蒙っていたに違いなく、この国の本質がいま判ってまだ良かった。残念ながら我が家も寄付した東京都尖閣諸島寄付金は中に浮いてしまったが、こうなれば集まった15億円近い資金で東京都は欧米の新聞に大きな広告を掲載し、禁反言の法理を使って中国の主張の矛盾点を論破してみてはどうだろうか。
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