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2012年11月

2012年11月30日 (金)

花マルB級グルメ

日本橋で用事を済ませ、さて昼飯にしようかと一人で中央通りを一筋ばかり入った八重洲仲通りをブラブラ歩く。こんな時によく利用するのが立ち食いそばである。食べ物にはこだわりがないので、どんな評判の店でも、待って食べるくらいなら、無名でも空いている店の方が気持ち良いし、入ったら注文した食事がすぐ出てくる店が尚よいと思う。評判と言っても相手もプロだから、旨いといわれる店とそうじゃない店の差など相対的なものだと割り切る事にしていて、近年ますます待つのが嫌だという気持ちが強くなってくるのは歳のせいに違いない。会社の昼休みに大勢で連れ立って、テーブルの空くのを待ったりするのが面倒でたまらない時などは、立ち食いそばは絶好の昼食である。


という事で立ち食いそばファンであるから、この日もそこら辺の立ち食いそばで昼めしを喰うかと思っていたら、ふと目についたのが「よもだそば」である。以前はここにそば屋はなかったはずで、最近開店したのだろうか。立ち食いそばといえば、本当はちょっと裏びれた横丁で、キャッシュと引き換えた手が、どんぶりのふちから汁につきそうになったオヤジが 「ヘイ、オマチー」 などと出す店が、いかにも それらしいという感じがするのだが、ここは自販機で切符を買う方式で小ぎれい、まあ人手の多い東京の繁華街の店ならこれも当然という処だろう。で、自販機の「たぬきそば」のボタンを押そうとすると値段が290円とあって、このあたりの大手チェーン店より40円くらい安いのにちょっとびっくりする。


なにやらガヤガヤと賑やかな厨房から出された「たぬきそば」、味などいつも気にしないから例によって七味をドバッとふり掛けズルズルとそばをすすった処、これが思わず”ウン?”とうなる味である。鰹などからとったのだろうか、東京では珍しい僅かに甘めの汁はコクがあって味が深い。そのくせ関西風ではなくベースは醤油味の東京スタイルのところがちょっと粋である。立ち食いそばのくせにこんな幽玄な味がしてよいのだろうかと思い、帰宅して調べたところお店の主人は愛媛県出身で、「よもだ」とは伊予弁で「しょうがねえ」という意味だそうである。大量の七味と熱い汁で頭皮から汗が出て、それまでボーっとしていた頭がしゃきっとする上、味も大満足の久方のB級グルメ花マルであった。また日本橋に来たら寄ってみたいものである。


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2012年11月26日 (月)

ニッカ十年浪漫倶楽部

5年前、にっぽん丸の「初秋のサハリンクルーズ」と、続く「小樽/横浜クルーズ」に連続乗船した際、途中の小樽で無料のオプショナルツアーが用意され、余市にあるニッカウイスキー蒸留所を見学する事ができた。(妻の乗船記)ウイスキーの製造過程をじっくり見た後はお待ちかねの試飲タイムで、下戸の参加者分のウイスキーまで貰って昼間からすっかり気持ちが大きくなった妻は、ここで造られるウイスキーの樽を共有する「十年浪漫倶楽部」を申し込む事にした。会員になると会員専用樽で10年かけて熟成されたシングルカスクを味わえる上、折り返しの5年後にも熟成度合の確認の為に樽から出されたボトルが送られてくるという。


5年の月日などあっというもので、先日から妻が何やらそわそわしているかと思ったら、余市から5年貯蔵酒が宅配便で届いた。さっそく包装をあけると製造元のテイスティングノートなる栞が入っていて、「香り:ウッディでややスパイシーな樽の香りと華やかな果実香が豊かに立ち上がります」とあり「味わい:しっかりしたオークの味わいが、若干のビター感とともに豊かに感じられます」だそうである。”華やかな果実香”のウイスキーとは一体どんなものか想像がつかないが、こんな説明を読むと特別なものの様な気がしてくる。なにしろシングルカスクといえば、一つの樽からだけ壜詰めされたモルトウイスキーを云うそうで、この樽で熟成したウイスキーは30人ほどの会員以外は飲めないと思うとちょっと嬉しい。


さらにブレンダー評が栞にあって「華やかなフルーティさとともにこの原酒の特徴をなしています。」とあり、読むと一刻も早く開封したくなるところだが、ちょっと待て、これからは年末・年始になるのだからそれなりの日を決めて飲もうと開けるのをぐっと我慢する事にする。ブレンダー評には5年後の熟成時には「より芳醇で複雑な味わいへと変化」、「『10年貯蔵シングルカスクウイスキー』は、期待してお待ちいただくに十分足るものになると思います」とあってこれからの楽しみが広がる。がんばれニッカウイスキー!。ふだん酒の味など碌に考えず取りあえず安く酔っ払えば良いと考えているので、ウイスキーと云えばスーパーで1000円以下のスコッチの特売を買いだめしている我が家だが、たまに時間を買う様な贅沢も楽しいものだと「十年浪漫倶楽部5年貯蔵原酒」を前ににんまりしているのである。

(左が樽詰め前の原酒、右が今回届いた5年貯蔵酒)
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2012年11月24日 (土)

箱根登山鉄道

もみじ狩りに妻と箱根へ行った。歳をとってくると元来のせっかちにますます拍車がかかり、三連休の道路渋滞がうんざりとあって、何十年ぶりかで箱根湯本行きの小田急ロマンスカーで行く事にする。久しぶりのロマンスカーに乗車し新宿を出て間もなく缶ビールの蓋をプッシューと空けると、いつもの小田急のホームを横目にたちまち非日常の世界が始まって「これぞ正しい旅の姿です」とうきうき。あっという間に着いた小田原からはいよいよ箱根登山鉄道にロマンスカーが乗り入れるので車窓を眺めていると、かつては標準軌間(1435ミリ)の登山電車と狭軌(1067ミリ)の小田急が線路を共有して3軌条だったはずが、いつの間にか小田原・箱根湯本間は1067ミリだけの線路になっている。それも新宿から来た電車で湯本に直行するのはロマンスカーばかりで、小田急の通勤車両はすべて小田原止まりとあって、ちょっと来ない間に運転方法もすっかり変わるものだとびっくりである。


昨日はゆっくりと強羅で温泉に浸かり、今朝は観光客で込む前に一足は早く帰京しようと、強羅の駅で湯本に下る登山電車を待っていると、ゴトゴトとやって来た車両が最古参の100形。小田急の名特急SE車由来のバーミリオンオレンジの塗装も美しく、内部はロング・シートに近代的改装されているものの、無骨な外観から吊りかけ駆動の重厚なサウンドを轟かせながら山を下るのかとワクワクしながら乗り込んだところ、この車両、強羅駅を発車すると床下から響いて来るのはカルダンドライブの軽やかなサウンドで思わずずっこける。さすがにコンプレッサーは旧型らしく”ヌカヌカヌカヌカ、プッシュゥー”と懐かしい音をたてながら圧縮空気を作っているのがわずかな救いで、例によって群がる子供達を蹴散らしつつ、大人気なく運転台後ろの”かぶりつき”で電車の運転を見学したのだった。


車掌の車内放送によると、箱根登山鉄道は何と80パーミル(1000米進むうち80米登る)の勾配だそうで、これはケーブルカーやアプト式によらない粘着運転方式(要するに普通の電車と同じ走り方)では日本最高の傾斜、世界でも第2位だと云うから、どうやって抑速しながら安全に山を下るのか興味津々である。強羅を出て間もなく、電車は下り勾配に入ってもブレーキシリンダーの圧力計がまったく動かないまま速度25キロほどをキープしているから、モーターで発電する事によってブレーキをかけている様で、運転台左上の電流計を見ると針がはっきりと動いているのが判る。どうやら主幹制御機(マスコン)ハンドルの左側ノッチが力行(加速)で「切」をはさんで右側ノッチが発電ブレーキノッチの様で、運転士が力行と発電ブレーキのノッチを微妙にあやつり急勾配や急カーブを乗り越えていくのを見るのが楽しい。3箇所のスイッチバックを通って、あっという間に終点の湯本に到着した時には「やっぱり列車の旅はクルマと違って楽しいものだね」と妻と頷きあっていたのだった。それにしてもこの登山電車、急勾配にも拘らず大きな事故もなく永い間運転しているのは凄いものである。鉄道の旅もまた良しである。
20121124

2012年11月21日 (水)

コスタ・ビクトリア

旅行会社のクルーズ・プラネットが来年のゴールデンウィークにイタリア船 ”コスタ・ビクトリア”をチャーターして、横浜発着の日本人向けクルーズを催行すると発表した。値段は4月29日(日)発の済州島・長崎・鳥羽寄港6泊クルーズで、10万円から35万円(港湾税、チップ別)と云うから日本船のだいたい半額である。一昨年の同じ時期に横浜から乗ったレジェンド・オブ・ザ・シーズに比較すると高いものの、サラリーマンとしてはまとまった休暇が取れない中、ゴールデンウイークなら大手を振ってクルーズに行けると云う事でさっそく予約を入れる事にした。反日の韓国・済州島などは特に行きたい所ではないが、カボタージュ規制とあれば仕方なく、今回も韓国では一銭も金を使わなければ良いだけの話と割り切る。


コスタに初めての乗船とあってホームページをチェックすると、”ビクトリア”は西ドイツで1996年に建造、2004年に改装された7万5千トンの美しい船体のようだ。いつも思う事だが7万トンから8万トンの客船が、適度に華やかな上に設備が充実していて、クルーズにはちょうど良いサイズではなかろうか。本船のデッキプランや写真を見るとイタリアンテイストの船内がカラフルで、嬉しい事には遊歩デッキが「ジョギングトラック」と称されており、運動不足という事態にもならないだろう。カジュアル船とあって食べ物は「それなり」と思って乗船する事にするが、アリタリア航空の機内食が結構いけた記憶もあるから美味なのかもしれない。


ここ2年ほどは、たまたま至れり尽くせりの日本船に多く乗船できたので、快適・美食に慣れてしまったのかと不遜にも我を顧みるが、イタリアのコスタは世界標準、ぼけ防止にもちょうど良い刺激となるだろう。そう云えば、これまであちこちの船内で知り合った乗客同士 「 この船は静かですね 」などと話すと、外国人・日本人を問わず「そう、コスタみたいに賑やか船と違ってね 」とよく引き合いに出されるのがこの会社である。前回クルーズ・プラネットから予約したのがホーランド・アメリカラインの英国周遊の旅とあって、先日予約の意思を告げた際には「 前回とはだいぶ感じが違いますが宜しいですか?」とアドバイスが返ってきた。もちろん今回はコスタらしく思いっきりカジュアルに音楽やダンスを楽しもうと思っている処で、そんな事を考えるだけでなんとなくウキウキしてくるのである。旅というのは申し込んでみると将来の楽しみがセミ現実になって、それまでは文句もそこそこに仕事をするか、と云う気持ちにさせてくれるから不思議なものだ。

(飛鳥Ⅱとノルウエイのホニングスバーグで行き会ったコスタ・デリチョーザ)
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2012年11月17日 (土)

総選挙を前に

世界のジョーク集(早坂隆著・中公新書クラレ)という本に、面白い話が載っている。「アメリカ人のジョンが日本でホームステイを始めた。・・・朝食の時、ジョンはホストファミリーにいくつか質問をした。『ミソスープは、何からできているのですか?』  『これがナットウですか、何ですかこれは?』  『トウフですね。これはどうやってつくるのですか?』  『ショウユの原材料は何ですか?』 『オカラというんですか、これは。何からできていますか?』 ホストファミリーの答えを聞いていたジョンは、メモ帳にこう書き記した。 『日本の主食は大豆である!』 」。


もう一つこの本の「アメリカを笑え」という章に「驚くべき調査結果」としてとても面白い話が出ていたので、それを借りてきて日本人用に次の通りちょっと改作させてもらった。「ある大規模な調査の結果、日本人の入院患者のうち90%以上が日常的に白米を食べていた事がわかった。また入院前の3日間に白米を食べた人は95%にのぼった事も判明した。さらに明治時代の日本人の平均寿命は50余才だったが、当時人々の栄養は今よりご飯に偏っていた事が判っている。なんと白米を日常的に食べる人の半数は寿命が平均以下である。以上から米の飯が健康に悪い事が立証された!」(注:本の中の原作は米でなくパン)


これらはあまりにも判り易いジョークで思わずニヤっと笑うだけだが、実はこの様な手法で我々は様々な統計上のトリックにひっかかっていないだろうか。あるいは詭弁の上に成り立ったもっともらしい政策に振り回されていないだろうかと、世界のジョーク集を読みながら現実の世界を考える。いわく日本ではこの10年で格差が拡大した、消費税をあげなくとも財政破綻などはしない、TPPに参加したら日本の農業は大変な事になる、沖縄に米海兵隊はいらない、その他巷間云われている様々な議論の中にレトリックを使った嘘や誇張、さらに我田引水や牽強付会の論が含まれていないか、学者でもない我々には判りづらいのが事実である。いよいよ総選挙となったいま、それぞれの党の主張や彼らが挙げている根拠にだましがないか、少なくともよくよく見極めようとする姿勢が有権者にも問われていると休日の朝に考えた。

追記;世界のジョーク集を寝る前に読んで笑うと、夢見が楽しい事が多いようだ。

2012年11月16日 (金)

ルーチョンキ

桜井センリが亡くなった。桜井と云えばクレージーキャッツの中でも脇役に徹してあまり目立たなかったものの、1966年のキンチョーCMは一世を風靡したものとして印象深い。YOU TUBEの画像がないので当時のCMフィルムを確かめるすべもないが、たしか「キンチョール」「キンチョール」「キンチョール」と皆が連呼するなか、画面に登場した割烹着オバサン姿の桜井が「ルーチョンキ!?私って駄目ねえ」と周囲をハラホロさせると云うもので、クレージーのCMとしては植木の「何であるアイデアル」と双璧を為す傑作だった。


クレージーを知ったのは、昭和35年ごろの昼休みに生放送されていた彼ら主演になる短編のコント番組「おとなの漫画」だから、もう50年以上前の事になる。当時、視聴覚教育と云う事で理科や社会の教材を見るためテレビが教室に導入されたが、われら悪がき達は昼休みに担任に頼んで「おとなの漫画」をいつも特別に見せてもらっていた。今に残る記録を見ると、この番組のスポンサーの中には衛生用品などの会社もあって、とても小学生が見る番組ではないのだが、ませガキに大らかな教師の組み合わせで何でもありの良き時代だったと昔が懐かしい。


学芸会の出し物はクレージーの真似でウケをとったし、中学生の夏に行った先のプールでたまたまシャボン玉ホリデーの録画収録が行われていて、生で彼らを近くに見て喜んだ事もあったなどと、我が少年時代の体験とクレイジーは様々なところでシンクロするのである。桜井の他界でクレージーキャッツ7人組のうち存命なのは犬塚弘ただ一人になってしまい寂しい限りだが、桜井は86歳だったと云うから、そういう時代になったのかと改めて自分の年齢を顧みるのである。

2012年11月12日 (月)

クルーズ船、フォーマルの日の足元は?

妻が誕生日に「プレゼントは何がいい?」と聞いてくれるので、前からちょっと気になっていたオペラ・パンプスを頼んだ。と云うのもクルーズ船のドレス・コードがフォーマルの日にタキシード着用の際は、オペラ・パンプスなどエナメル地の靴を履くのが本来のマナーという事になっているからである。かつて飛鳥Ⅱに初乗船した際、外国のカジュアル船に較べて随分とタキシードの着用率が高い船だと感心しつつ、ふとタキシード姿の足元を見ると通勤に使う様なくたびれた靴やカジュアルシューズを履いている紳士がけっこう多く、あらまあ、もったいないと思った事がある。以来、私はタキシードを着る際は、新しい黒のプレーントウをピカピカに磨いて履き画竜点睛を欠かない様に努力しているのだが、せっかくの妻のプレゼント提案、遊び心でオペラ・パンプスである。(もっとも最近は黒のプレーントウで十分という事らしいが・・・・)


オペラ・パンプスとはエナメル地(パテントレザーとアメリカでは云う)で甲にリボン飾りのついたスリップオンシューズで、”とってもキザ”と言われればその通り!同伴のロング・ドレスの女性をエスコートしたり、ダンスをする際にドレスの裾を靴墨で汚さない様にエナメル地にしたそうで、外を歩く事を考えていないので踵も低い”社交用の遊び靴”である。初心者ながらダンスをちょっと覚えたての私には、エナメル地のダンスシューズという選択肢があるものの、ダンスシューズという代物、小学校の運動会の地下足袋を思い出させる上、外国船で履いている人はまず見ないのでどうも好きになれない。


オペラ・パンプスはそんな非実用・非日常の靴だから日本の靴屋だけでなく、外国の百貨店などに行ってもなかなか店頭になかったのである。ところが今回あちこちネットで検索したところ、足元の日本のリーガルから販売している事がわかり、昨日は八重洲のリーガルのアウトレットショップにぶらぶらと行ってみた。店の人に告げると「ちょうどサイズが良いものがあります。めったに出ない製品ですが、たまたまちょっとした傷があったので、偶然ここに割引商品として廻ってきたものです」と倉庫から持ち出してきたのが写真の品。純粋の遊び用にあまり大枚もはたけぬが、割引で値段もこなれて買い頃となり、良い買い物ができたと喜んで購入したのであった。ただこれで「靴に合わせなきゃね?」と妻がロングドレスを欲しがることが必至な上、せっかくの靴を手に入れたのだからと、またクルーズ船に乗りたいという願望が湧いてきて、結局高い買い物になったのだろうか?

20121112

2012年11月10日 (土)

総選挙の論点

この時期になると、多くのアメリカの取引先や代理店が表敬訪問に来る。寒すぎず暑すぎずの季節だし、感謝祭が終わるとクリスマス・シーズンという事で何となく落ち着かなくなるから、10月末~11月始めなどが絶好の訪日の機会なのだろう。彼らとマーケットの現状やら今後の貿易に関する話しをする中で、「TPPに参加するか否かが来年の日本では大きな問題になりそうだ」と発言すると、一様にアメリカ人は「何だそれ?」と聞いてくる。「トランス・パシフィック・パートナーシップ」と言って、アメリカを中心として関税の撤廃や貿易に関するバリアーを低くする協定で、日本ではこれへの参加が大きな論争になっていると説明するが、彼らは「帰ったら調べてみる」という事でノートにメモをしており、この問題はアメリカではほとんど知られていない事がわかる。


民主党の野田首相は今の政権のうちにTPPへの交渉参加を表明し、これに慎重な自民党や多くの党との違いを来るべき総選挙で強調する作戦に出るとここ数日報道が告げている。これはなかなかうまい点をついて総選挙の論点を造るものだとちょっと感心していたら、党内の参加反対論者からはそんな事をしたらまた多くの離党者が出ると突き上げを食っているらしい。政権の最末期にいたるまで空想的理念主義者ばかりで何もできない民主党の中にあって、野田首相は珍しく現実的かつ保守・自由主義的なので比較的好感を持って見ていたのだが、最後の最後になってもこの有様で、党の綱領もない選挙互助会の様な組織の限界を示しつつ民主党政権は幕引きの時を迎える様だ。


さて、来るべき総選挙ではTPP問題に象徴される様に、もっぱら農業団体など既得権にしがみつき保護行政によりかかる勢力と、経済の自由化や構造改革を推進する側の対決が大きな争点になりそうで、今後の日本がどの方向に向かうのかを決める事になるのではないか。ここでずるずると国が衰退していくのか、「あの時代に大改革して良かった」と後の世代から言われるのかの境目の選挙で、さてどの政党に投票したら良いのか悩ましいところである。これまでTPP参加に賛成を表明をしたのは、みんなの党と橋下新党くらいだが、時流に乗っただけの新しい政党が力を持つと、まったくろくな事はないと云うのが民主党の3年半で身に沁みるほど解ってしまった。で、今回の投票は自民党にまた復帰したいと思うのだが、結局のところ農業団体などの票を気にしてTPPに躊躇しているこの政党を見ていると応援する気も失せてくる。という事で、これから投票までが思案のしどころである。

2012年11月 5日 (月)

25年前の雑誌プレジデント

ふとした所から25年前の月間雑誌「プレジデント」が出てきた。1987年12月号とあるから昭和62年の年末発刊である。昭和62年と言えば昭和も末期で、”特集=『昭和』を考える”という企画が本文巻頭にあって、当時は昭和を振り返る読み物があちこちから出されていた時代だった事を思い出す。「プレジデント」は現在でも隔月に発売されている様だが、この頃のものは「ビジネス時代の総合誌」と表紙に銘打たれている通り448頁の堂々たる内容、時あたかも1989年末の東証最高値に向けて日本がバブル景気を登り詰めていた頃で、その頃の世相を反映した豪華重厚な雑誌づくりである。


当時は一体どんなであったろうかと、パラパラと頁をめくるとこれが面白くてやめられなくなる。特集「昭和を考える」の城山三郎と興銀の中山素平の2人の対談も凄いが、長銀の竹内宏と新進の東大助教授・枡添要一も別に対談を組んでいて、何と昭和回顧だけで5組もの大物有名人の対談企画が展開する。中でも会田雄次と児島襄の保守派論客による大戦に至る「日本の甘さ」の話は、今の尖閣問題にも当てはまる示唆に富んだ内容で、一雑誌でよくこの様な論陣を張れたものだとバブリーな時代背景をあらためて認識する。(そういえば興銀も長銀も今はないが、当時39歳の枡添先生はその頃から髪の毛が後退していて思わず笑える)


森本忠夫による「山本五十六」論は乾坤の大作だし、「日本経済は130円の為替まで耐えられる」等と云うコラムを今の視点で見ると、ちょっと時代の検証をしている気持ちにもなってくる。広告の頁をめくればタバコを堂々と吸っている人物が大写しだし、新車の広告写真は、当時の”ハイ・ソ・カー”ブームを思い起こさせてくれて懐かしい。それにしても、あの頃の低く長く伸びやかなデザインのクルマの方が、今のやたら大きくもさっとしたクルマより格好良いなあ、などと思わず一人でつぶやいてしまうのだった。きわめつけは ”ラップトップ『ワープロ』がビジネスの流れを一変させる”という記事で、ITだけはこの4半世紀で当時の予想を遥かに超えてしまったと、アナログ人間の私は懐旧の念を深くするのだった。
20121105


2012年11月 4日 (日)

古代出雲王朝

高校時代の日本史の先生がちょっと変わっていて、古事記ばかりを半年間集中して授業で取り上げた為、私もわが国の国造り話にちょっと興味をもった時があった。今年は古事記編纂1300年という事で、これに関連した特別展覧会やシンポジウムが各所で行われているそうで、読売新聞の記念シンポジウム「神々の国 出雲 -日本神話の実像にせまる-」と題するパネルディスカッション要録(11月2日付け朝刊)が面白かった。そこでは古事記に描かれる出雲神話や、巨大だったと云われる出雲大社のかつての神殿から、出雲王朝の存在やその実像が論じられていて、一読して歴史のロマンを思い起こさせてくれる。


梅原猛さんによる基調講演は、出雲王朝を「漁労と農耕を基盤とし、スサノオを創立の王とする」とし「(出雲王朝の)6代目オオクニヌシは・・・北陸の越を征服し、さらにヤマトにも進出して日本で最初の大きな国を造った。」「しかし1世紀ごろ、出雲王朝はヤマト王朝に滅ぼされる。オオクニヌシは戦いを避け、巨大な宮殿と引き換えに平和的に国を譲る道を選んだ」としている。かつて読んだ古事記の解説書では、たしか出雲の神であるオオクニヌシが日本の統治者だった処、国譲りを受け天照大神の孫であるニニギノミコトが高千穂の峰に降り立ち、神武東征を経てわが国ができたと書かれていたはずだ。


ただ天孫降臨のあたりは神話の世界で、話がまったく論理的になっていないので、私の様な素人は誰が誰やら混乱するところなのだが、古事記はヤマト政権が出雲やその他の勢力と関わって、それらを支配していく中で正統性を確立していく事を示しており歴史書として興味深い。梅原猛さんは「出雲王朝は存在した。そして平和的な国譲りの伝統は、江戸城の無血開城や戦後、進駐軍を粛々と受け入れた日本人の精神性に、確かに受け継がれている。」としている。このパネルディシカッションの要録記事を読みながら、先年訪れた出雲大社にあった巨大神殿の模型を思い出し、ヤマト政権と出雲の一大勢力との関わりに思いを馳せたのであった。

出雲大社近くの模型展示館「雲太」にある古代出雲大社の巨大神殿の模型
(高さ48米あったとされている)
20121104


2012年11月 3日 (土)

シナ的英語

「おい、これはどうなっているんだ?」と会社で中国から来たメールを見ながらつい私は声を荒げる。中国人の相手からは"As we have been advised that・・・・"(我々が言われた様に・・・)とメッセージにあるが、これまでこちらから何かを言った覚えはなく彼らから一方的に要求があったのみで、あきらかに相手は事実を誤認している様である。すると中国に慣れた若い担当者は「あ、それは As we have advised(すでにご通知したように)と書くべき処を間違えたのでしょうね・・・」と毎度の事とばかり笑っている。これでは行為を行った主体と客体が逆で文章の意味をなさないが、読み手としては何とか相手の意図を汲み取ろうと努力するしかない。こんな事が日常茶飯事で、中国からは" We has done・・・・"だとか"He were taking・・・"などと噴飯ものの文章のメールもよく来る。


かと思うと"cuz"(becauseの事らしい)やらtt(that)など、これまで欧米の人達からのメッセージにはなかった変な略語を中国人が頻繁に使うので面食らう事もよくある。最近の業界誌に大手鉄鋼メーカーの原料担当者の「少し前までは、鉄鋼原料の購入や配船は極めてプロフェッショナルな人たちの集まりによって行われていたが、ここ10年の中国素人集団の乱入で業界は混乱を来たしている」という趣旨のコメントが出ていたが、中国人の存在感が船の世界でも増すにつれ、以前には考えられなかった事故やクレームが多発しているのである。これまでも欧米人が相手の場合にタフな交渉や事件が様々あったが、相手がどう出てくるのか、どういう風に商習慣や法律を解釈するかはほぼ想定の中だった。しかし最近の中国の市場参入で、「こんな事は今まで考えられなかった」という案件にしばしば出会い戸惑ってしまう。


英語に関して言えば、私は学生時代は語学劣等生だったから、会社に入ってからはとても苦労したほうである。なんとか先輩たちに追いつこうと思い、英国人か米国人、それもネイティブ白人、欧州人なら語学の達者なオランダ人などから来た文章の中で、使えそうな言い回しを抜粋した文例集を自分で作成して、今でも少しずつ改訂・増補している。海外から来たややこしいトラブルやクレームは、大体この文例集をあれこれつなぎ合わせ、事案にあわせて作文すれば、何となくそれらしい返事になる。聞いたり喋ったりするのは今さら上達しなくとも、少なくとも活字になったものは海外の相手に馬鹿にされたくないという気概である。そんな経験からすると中国人のこの無手勝流の英語を見るたびに、自分たちが劣等感を持ちながらも努力してきた事は何だったのだろうか、などと言う複雑な気持ちに襲われるのである。

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