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2012年9月

2012年9月30日 (日)

透明な氷

20120930
(写真にうまく写らないので、だいぶ解けた状態の透明な氷)

永い間使ってきた冷蔵庫のゴムパッキングが劣化し冷気が漏れる様になってきたので、そろそろ買い換えようという事になった。冷蔵庫などどれもそう変わらないだろうと思うものの、各社のカタログを見ると野菜の鮮度を保つだの急速冷凍が出来るだのと、何とか差別化を図ろうとしていて却って選ぶのに骨がおれる。そんな中から妻が選んだのは、夕食時に水割りやオン・ザ・ロックを楽しむ事の多い我が家にぴったり、”おうちでロック氷ができる”というシャープの冷蔵庫であった。もっとも最近はレストランで”水割り”と叫ぶと、焼酎の水割りを持って来るのでおどろく事があるのだが、我が家はもちろん伝統の”ウイスキーのロック、ウイスキーの水割り”である。


という事で、新しく届いた冷蔵庫の製氷タンクに水を入れて待つこと半日、トレイから氷受けに”ゴトッ””ゴトッ”と新しい氷が出来てくる音を聞きつつ、どんな具合なのかと楽しみである。その晩はさっそく新しい氷を取り出し、家にあったスコッチウイスキーで妻と氷の初お試し飲み会となった。グラスにはいつもより多めに氷塊をいれ、東京都水道局特製の”東京水”を蛇口から注げば、シャープ製の氷はやや大粒、確かに透き通っていて、何やら一流ホテルのバーで出される水割りの様な感じもする。で、一口ウイスキーを口に運ぶと、不思議な事にスコッチなのに甘い感じの馥郁たる味が口の中で広がるのであった。もともとこのスコッチウイスキーはピート香の少ない特売・安物なのだが、家でスコッチを飲んで”甘い”と感じた事はこれまでなかったので、これはシャープご自慢の透明な氷の作用だと、思わず妻と二人にんまりしたのであった。


以前(旧)ブログでビクターのウッド・コーンスピーカーをアップした事があった通り、たしかに電気製品を買い換えると、新しい機能や製品の性能アップに驚いてしばし生活が潤う気がしてくる。日常設備の代表選手でなんら目新しさのない冷蔵庫でさえ、新しい製品は新鮮な驚きとちょっとしたよろこびを家庭にもたらしてくれる様だ。飽和した市場の中でのメーカーの熾烈な競争が、消費者の利便性の向上や付加価値の増加に寄与する事を実感したのである。それにしても昨日届いたクレジット・カードの明細書をみると、夏休み飛鳥クルーズのオプショナル・ツアー代金の精算とこの冷蔵庫代がさっそくチャージされていて、次回の引き落とし額の多さに思わずのけぞってしまったのだった。

2012年9月26日 (水)

尖閣問題は絶好の好機

中国文学の研究者である加藤徹氏の著書「貝と羊の中国人」(新潮選書2006年)を最近読んだが、その中にこんな事が書かれている。中国で列車のセミ・コンパートメントに中国人女性と向かい合って乗り合わせた際に、相手との間にあるテーブルに著者が買った雑誌を置いたら、その女性は彼の本を黙って読み始め、読み終わるとまた黙って元の場所に戻したと云う。日本人なら見ず知らずの他人の本に触れる際に「読んでいいですか?」と断りをするに、中国人は他者の持ち物と自分のものの境界がそもそもあいまいなのだと著者は解説する。同書で氏が指摘する事で私も仕事柄いくどか経験した事は、日本の港に寄港した中国人船員が街の中に駐輪している他人の自転車に乗ってしばしば警察沙汰になる事で、どうも中国人の倫理感は他のアジア人とはちと違う様である。


今回の尖閣騒動でわが国の一部に、石原東京都知事が尖閣購入募金を募るなど余計な事を始めた為に、寝た子(中国)を怒らせてしまったなどと批難する向きもあるが、私はむしろ石原知事の募金活動がきっかけとなって、中国の本質が暴露されて良かった、むしろ遅きに失したのではないかと捉えている。募金運動がなければこの雑誌例に象徴される様に、いずれ中国は尖閣を自分のものにしていたであろうし、今でさえ日中間は貿易や投資額が大きすぎて、ここで気づかなければ後戻りするのはより簡単ではない状態になっていただろう。今回の事件で中国とは一定の距離を置くべきであると云う事が、やっと我が国民の間に理解され、東アジア共同体などの幻想がいかに非現実であったかが広く認識された事は、怪我の功名だといえよう。こんご日中の「戦略的互恵体制」にヒビが入ってわが国経済が大きな打撃を受けようと、石原知事が「オレは中国の属国になるのはいやだね」と言うごとく、中国とは必要以上に接近しないという聖徳太子いらいのわが国の伝統を守りたいものだ。


尖閣はまだまだ紛争がエスカレートする事が予想されるが、ネットのニュースによると、予期したとおりインドでは日中の争いを日印の貿易拡大や投資誘致に絶好の機会と捉えているそうで、覇権国家である中国を封じ込める為のあらゆる手立てが必要であろう。また米軍の抑止力なかんずく米海兵隊のプレゼンスに一段と期待をしなければならなくなるが、その為にも辺野古やオスプレイの問題などはいち早く終わらせ、同盟国として米中の間にクサビを打って置く事が必要なのではないだろうか。なにより「平和を愛する諸国民の公正と信義に信頼してわが国の安全と生存を保持しようと決意した」などと前文にある日本国憲法がまったく現実に即していない事がわかった今、憲法を改正して核兵器保有のカードを持つ事が、何より周辺国家の脅威になるという点を今一度検討しなければならないであろう。中国や韓国の顔色を伺う政治は、もう御免こうむりたいものである。ちょっと気が早いが安倍総理大臣ならやや期待が持てそうである。今度は政権を放りなげないでくれよ~。

2012年9月21日 (金)

日比谷の森のコンサート

20120921


昼休みに久しぶりに日比谷の屋外音楽堂で開かれる金曜コンサートに行った。このコンサートは、春・秋の水曜日・金曜日にそれぞれ一時間、水曜日は警視庁、金曜日は消防庁音楽隊が様々な吹奏楽曲を演奏する無料のコンサートで、永年都民に親しまれているものである。私も若い頃、1970年代や80年代はよくこのコンサートに来ていたものだが、その後事務所の移転やら何やらですっかり昼休みの日比谷公園からも足が遠のき、考えてみれば今回は25年ぶりくらいであろうか。あいにくの小雨模様の天気も公園の緑が雨粒を遮ってくれ、夏の暑さも和らいで音楽の秋が到来という感じである。


コンクリートの椅子に座って音楽隊の演奏を聞きつつ、日比谷や霞ヶ関の高層ビルを見ると周囲の景色も随分変ったものだという感慨と、若い時分は仕事に追いまくられて余裕がなく、昼のいっときのコンサートがとても大事な息抜きの時間だったと思い出が蘇ってくる。特に金曜日の消防庁のコンサートは深夜残業やら二日酔いやらの挙句やっと辿り付いた週末という事で、TGIF(THANK GOD ITS FRIDAY)などと一人でにんまりと呟きながら聴いていた事が懐かしい。今回はクラシックの曲のほか、スーザの「雷神」や「大脱走」という定番マーチが演奏されて気持ちも軽やかな昼休みであった。


それにしても周囲を見回すと、以前と違って聴衆の大半が老人で、これはおなじみ東京六大学野球の観客席よりもはるかに老齢化している様だ。どうやら多くが水曜と金曜の無料コンサートを楽しみに、高齢者パスなどを使って通ってきているらしく、まるで日本の縮図を見ている様でもある。久しぶりに訪れたコンサートでブラスの音色を聴きながら高齢者が集うのを見ると、楽器を演奏できたらどんなにこれからの生活が楽しいだろうかと思い立ち、近々やってくる有り余る時間には子供の頃に習っていたピアノをもう一度練習してみようか等と考えていたのだった。

2012年9月19日 (水)

ナイキ・ルナスパイダーLT+2

最近、皇居周回コースは女性ランナーも増えとても華やかだが、足元をみるとバスケットボールシューズやファッション重視のシューズを履いている人が時々いる。そんな靴を見ているだけで怪我するのではと心配になって、ジョギングを始める人にはシューズだけは専門店で専用の良いものを買うように薦めている。陸上と言うのはシューズ一丁あれば良いから安上がりなものだと豪語し、運動用着などにはこれまでほとんど金をかけてこなかった私も、靴だけは怪我や疲労につながるので合う物を選ぶ様に気をつけているのだ。社交ダンスを習うのに際しては、ダンスシューズなどはいらないと皮底スリップオンで通している私でさえ、ランニングシューズは別ものと考えているのである。


そういえば走り始めて45年以上になるが、最近のランニングシューズの多様化には驚くばかりだ。昔は陸上競技用と言えば「オニツカタイガー」一辺倒で、その他には今や伝説となった「ハリマヤ」という専門メーカーがあったくらいだった。学生時代には新宿歌舞伎町にある陸上シューズ専門店「アツミスポーツ」でタイガーシューズを買うか、たしか新大塚だかにあったハリマヤまでわざわざシューズを買出しに行ったものだった。当時アディダスやプーマも店頭に出始めていたものの、金持ちの子供でもないととても手がでない値段で、私の様な駄馬は一流選手や金持ちが三本線のアディダスなどで、さっそうとトラックを走るのを指をくわえて眺めているだけだったのである。


そのうちオニツカから「マジックランナー」という画期的な新製品が発売になって、マラソンの君原選手はじめ多くの長距離選手に愛用されたので、私もよく履いて練習した。マジックランナーは当時としては珍しいクッション性のある底、布製で軽量の上、つま先には空気抜きの穴があいており蒸れずまめが出来にくいと評判で、当時の学生でも買える値段で人気があった。という訳でオニツカあらためアシックス製品には今でも愛着があるのだが、どうも最近のアシックスのゲルフェザーという足底クッションは硬すぎて老骨の身に合わない。ミズノは適度に軟らかくて良いのだが、”へたれ”が早いようにも感じ、最近はもっぱら一番フカフカ感の強いナイキのランニングシューズを買う事が多い。


写真がこの頃愛用しているナイキのルナスパイダーLT+2で、先日買い換えたので写真に撮ってみた。ナイキ独特の軟らかめクッションは好き嫌いがあろうが、私にとってはこのクッションが下肢の疲労が蓄積されにくい様だし、側面や上部はメッシュが多用され重量が軽いのが特徴だ。大体走行距離が800キロほどでクッション性が劣化してくるが、これもまずまずというところで気にいっている。この靴は外国ではあまり出ていないらしく、昨年のワールドクルーズの際、いろいろな町で走っていると現地の若者が珍しげに見る視線を何度も感じたのである。難点は発売以来2年たってもなかなか安くならない事で、この黄色いルナスパイダーLT+2は¥11,500-もして財布に優しくないのである。
20120919

2012年9月17日 (月)

伊東のハトヤで考える

3連休の前半で伊東のサンハトヤに宿泊に行った。「伊東に行くならハトヤ、電話はヨイフロ、4126」「伊東に、ハトヤとサンハトヤ」のCMソングでおなじみだが、館内は中国人団体客で溢れていた。日本人が職場の団体旅行などしなくなった分、観光地のホテルや旅館は中国人観光客に頼らざるを得ないのだろう。折りしも尖閣の問題で中国人相手の観光業も大変になるのだろうが、今回の騒動は脱中国の絶好の契機、東アジア共同体だとか一衣帯水などというセンチなスローガンは捨てて、中国と敵対するインドとあらゆる面での密接な関係を築き、中国封じ込めを真剣に考える時期だろう。尖閣はいずれもっと大変な事になる事必至だし、中国の海洋権益は膨張の一途だと言う事がわかった今、こんご頼めるのはやはり米国の軍事的プレゼンスといえよう。そのため日米安全保障条約の深化をすすめ、集団的自衛権が行使できる様にするのは当然として、憲法改正も行わなければならないだろう。尖閣や竹島問題でゆれる今こそ議論の絶好のチャンスだと思う。

自民党の総裁候補5氏が「原発ゼロは目指さない」と言っている。責任ある政党なら当然の事であるが、民主党とその政権はあろう事か「選挙」と「世論調査」を気にして、30年後の原発ゼロを決議したそうだ。この4年弱の民主党のポピュリズム政策で、どれだけわが国の国益が毀損されたのだろうか。いい加減な世論調査の結果で国政が左右されるなら、「代議員制度」や「民主主義の選挙」は不要という事になる。「安保反対」と国中で叫んだ1960年、安保を破棄していたら日本は今頃中国の属国になっていただろうかとぞっとするが、あの時の”民意”を跳ね返した岸政権の卓見に敬意を表したい。ハトヤのロビーで久しぶりに朝日新聞を読んでみると、原発問題では例によって「アカヒ」新聞の面目躍如、「民意が国政に活かされる」という趣旨の記事が載っていて思わずのけぞった。老害のナベツネは嫌いだが、原発ゼロは無責任だと主張する読売新聞の方が、はるかにまともだとハトヤのロビーで思っていた。

日本維新の会が注目されているそうだが、流れに乗って安易な投票をすると、とんでもない事になるのは先の選挙の民主党の例で良くわかった。と言って農民票を意識して自民の総裁候補は誰もTPPにやけに慎重である。中国が主導権を握るアジア中心の貿易協定よりも、価値を等しくするアメリカやカナダ、豪州と組むためにTPP参加が望ましいと私は思うので、参加を是とする維新八策には注目しているものの、海の物とも山の物とも判らない政党に投票できるかと思う悩ましいところである。まあ自民党の総裁が、安倍氏か石破氏になったら自民党に投票しようかとも思うが、民主党政権をつくる遠いきっかけとなったのは、安倍氏とそれに続くなさけない福田氏が途中で退陣した事でもある。安倍氏は体が本当に大丈夫で、今度こそ途中で政権を放り出したりしない覚悟があるのだろうか。

中国人向けに中国語が連発されるハトヤのショー
20120916

2012年9月14日 (金)

さざれ石

20120914

先日、蓼科のホテル・ハイジに行った際、妻が諏訪大社に寄ってみたいと言い始めた。と簡単に云うものの、諏訪大社は湖の東西に上社と下社が分かれており、上社は前宮と本宮、下社は春宮と秋宮と計4つのお宮があって、妻は全部お参りすると張り切っている。で、最初に訪れた上社・本宮前のみやげ物屋に「普通どういう順番で回るの?」など聞くと「あら~、4つとも行くの。あんまりそんな人いないけど順番は特にないよ」と肩すかし。どうも妻は時々人がやらない事に妙に興味を覚えて困るもんだ、などと一人ブツブツ呟きながら慣れぬ道を神社めぐりのドライブをしたのであった。

そんな中、3番目に詣でた下社・春宮の境内に祭ってあったのが「さざれ石」である。傍らの説明書きによると「 石灰が雨水に溶解され粘着力の強い乳状液(鍾乳洞と同質)となり何千年何万年もの間に小粒な石を凝結して次第に大きな巌となり苔むしてくる石である」とある。「あら、さざれ石は本当にあるのだ」などびっくりしたが、「君が代は千代に八千代にさざれ石の巌となりて苔のむすまで」という歌詞は、このさざれ石の事をそのまま歌った事に今更ながら気づき、我が国の平和を願う気持ちが石に託されてよく表されているのだと、改めて「君が代」の歌に思いを寄せるのである。

さて世界の主要国の国歌は戦いや勝利を祝う歌が多い中、王室や国家の安寧を基調にしたものはイギリスと日本だと云われている。君が代はもともと古今集の中に「詠み人知らず」として載っていた歌で、曲は明治時代になってイギリス人フェントンが作曲、これを雅楽家の林広守、奥義家らが改作したそうで、イギリスが「君が代」に関係していると云うのも王室と国歌という点からみると中々興味深い。スポーツの試合などで相手国の勇ましい国歌が流れた後に、雅楽の律音階によるおごそかな「君が代」が演奏されると、わが国の文化や伝統を世界に示す様でなかなか良いものだ、と感じるのはだんだん歳を重ねた証拠だろうか。

2012年9月 9日 (日)

懸垂

歳のせいか数年前から左肩がだるく重い。最近は右肩までだるくなるので、このままではまずいと思い、家にあったダンベルを使って筋トレを始めた。筋肉を鍛えれば肩や腕の違和感も軽くなるのではと考えたが、そんな折り、会社の近くの公園にぶら下がるのにちょうど良い高さの鉄棒があるのを見つけ、懸垂をしてみようと思い立った。懸垂なら子供の頃は15回くらいは朝飯前だったから、最初は軽い気持ちで鉄棒に触れてみたのだが・・・・、いざぶら下がってみると、昔と感覚が大違いでびっくりだ。


まず下がるだけで体の重さをずっしりと腕に感じる。「そりゃ体重が倍以上になったのだからしょうがないか」とふと気づくが、この体重を持ち上げられるのかと危惧しながら、「うーん!」と唸って懸垂を始めると、案の定からだが動かない。「おーりゃ!」と掛け声をかけ、かろうじて一回体を押し上げた後、体を下げるともうそこで力つき、とても2回目などできません。おそろしや、懸垂!。で、渾身の力を込め、足をバタバタさせながら2回目にチャレンジするところであえなくギブアップ。いい年のおっさんが、鉄棒をつかんで真っ赤な顔で足をバタバタしているのは、小学生の様で滑稽だろうな、などと人の目をやや気にしつつ、筋力の衰えと体脂肪を恨んだのだった。


以来数ヶ月、例の公園を通るとなぜかムラムラと闘争心が湧いてきて、幾度か懸垂に挑戦する様になる。何回かチャレンジするうちに、子供の頃のコツを思い出してくるから、人間の体というものは不思議なものだ。ポイントはまず最初に鉄棒に取り付く時にダラっとぶら下がらないで、すぐ1回目の懸垂に取り掛かる、体が下がった時も関節にやや余裕をもった状態で止めて、次の回にうつるがミソである。もっとも腕を曲げたまま反動で上昇するのは懸垂では1回と数えられないから、あくまで肘はほぼまっすぐになる点まで下がり、伸びきる一瞬手前で反転するというタイミングが重要である。


そんな具合に昔を思い出しながら懸垂していると、いつの間にか回数が2回から3回と増え、今では5回はできる様になってきたから人間何でもチャレンジしてみるものだ。「よし、この調子ならもうすぐ7回くらいはできるぞ」などと調子にのって思う事もあるが、そのうち頑張りすぎて体のどこかの血管が切れたりとか、無理が出るのもちょっと怖い。おそるおそる、「今日が人生のなかで一番若い日なのだから・・・」と念じながら、遠慮気味に鉄棒にぶら下がる初老のおじさんなのである。

2012年9月 5日 (水)

飛鳥Ⅱの夏休み・クルーズ船の旗流信号編

クルーズ客船に乗船すると食事や寄港地、船内の行事などを堪能する他に、せっかくの船上生活なのだから普段経験できない船舶運航の事などもちょっと知りたいものである。という訳で手っ取り早く、日本で客船に乗船した時に見る事ができるマストに掲げる旗流信号の例などをアップしてみた。

H
まずは赤と白のH旗で示すパイロット・オン・ボード(パイロット乗船中)で、これは結構皆に知られている旗だろう。
B
赤いB旗は危険物搭載を意味し、クルーズ船では普通バンカー(燃料油)給油中という事を示している。赤い旗がマストに揚がったら、燃料取り入れ口近くやデッキでタバコを吸う事ができないから注意である。
P
P旗は間もなく出港・総員帰船で、クルーズ船の場合はその日のうちに出港する場合に掲揚される。
Q
黄色のQ旗は本船の乗員・乗客が健康で無事検疫済であるという意味で、ふつう入国手続き中に挙げられているようである。


Os
上記とは別に指定された航路や港湾で掲げられる旗もあり、例えば横浜港大桟橋に着桟する場合は第2代表旗+O旗+S旗を並べて掲揚する。

1
日の丸を流しの様にした旗は数字旗の1で、本船が500総トン以上(500トン以下はよけよ)という事を意味しているし、

Uw
U+W旗は良く知られる様に「ご安航をお祈りします」、これに数字の1を加えると「ありがとう、行ってきます」となって、ロングクルーズの出港の際などに良く見られる光景である。


また飛鳥Ⅱなど全長200米を超える「巨大船」は、国内の水道や航路で様々な規制を受ける他、指定された場所では昼間は黒い円筒の様な形象物を、夜間にはメインマストに緑色の旋廻灯を点灯しなければならない。飛鳥Ⅱの最上部スカイデッキに出ると、メインマストに昼は黒いかご状のものを、夜はクルクル廻る緑色の光を見る事があるのでそんなものを探すのも面白い。


夜間ふと真っ暗な海を見ると、緑や赤の灯火を掲げた船が音もなく近くを通り過ぎていく事がある。緑灯は右舷(スターボード)赤灯は左舷(ポートサイド)を示すが、「ポートワインは赤」と憶えれば、夜の闇でも赤灯を点灯して走る他船は、ポートサイド(左舷)を見せている事がすぐ分かる様になっている。飛行機の場合も乗降口がある側は左でポートサイド、翼端灯も左が赤で右が緑と云うことで、空の用語は海由来のものが多いそうである。漆黒の海に目をこらしながら、航海灯や様々な灯火をもとに「あの船はどちらに向かって走っているのだろう」などと想像するのもロマンチックなものである。

写真は小松島を出港して関門海峡を通過する飛鳥Ⅱのメインマスト。パイロット乗船中のH旗、巨大船を示す円筒形象物と、”関門を西口の六連島東方に向かって航行し関門港を通過する船舶”が掲揚しなければならない「第1代表旗、W旗、M旗」を掲揚している
20120905

2012年9月 4日 (火)

ホテル・ハイジ

20120904

あまりにも暑い日が続くのでうんざりし、週末は久しぶりに高原に行って涼もうと妻と計画した。高原といえば私の好きなのは蓼科や霧が峰、かつてメキシコオリンピックの高地対策として霧が峰に日本陸上競技連盟のトラックと宿舎ができ、学生時代にはここによく合宿に来て走っていた。以来、日本離れした草原や広々とした景色が好きになって、若い頃には、霧が峰高原やふもとの蓼科温泉をしばしば訪れたものである。冷涼な気候、富士山から南北アルプスなど日本の名だたる山々を一望できる展望、ビーナスラインのドライブと、あたりは避暑地としての快適さを揃えた素晴らしい高原だと思っている。


とは言っても東京から諏訪までは片道200キロ弱、最近は運転して行くのも段々と面倒になって、もう少し東京に近い八ヶ岳付近までしか足を伸ばさなくなり、霧が峰などもしばらくご無沙汰である。しかし今年の残暑による東京脱出願望で気が大きくなり、蓼科高原にある「ホテル・ハイジ」を久しぶりに予約したのだった。で、中央高速を降りビーナスラインを辿りほど近く、蓼科湖を越えると可愛らしいゲートが見えて「ホテル・ハイジ」に到着、スイスのロッジ風フロントにチェックインするといきなり「以前と住所が変わられましたか?」と係の人が尋ねてくる。どうやら名前から過去の宿帳をあらかじめ調べてくれていた様で「はい、最後に来たのはいつでしたっけ?」と聞くと「1986年です」という事で、なんと26年ぶりである。


海抜1250米、かつての東伏見家の別荘地だった所に1975年に建てられたという山小屋風の「ホテル・ハイジ」は、内部が清潔に保たれとても気持ちが良い。前庭に広がる芝生も良く整備され、以前に較べて却って緑がきれいになったのではないかとさえ感じる。嬉しい事に数年前に温泉を引き込み、谷川のせせらぎを聞きながら露天風呂に入れる様にもなった。レストランの素朴なウェイトレスの応対にソースフォンジュを食べれば、26年の歳月は一挙に吹き飛び、懐かしい自分の別荘に帰ってきた気がしてきた。近辺のトレイルも整備されたので山歩きも良いし、蓼科湖の美術館もきれいになった様で、また秋の紅葉の頃に2泊くらいしてみたいと思ったのだった。ただ中央高速の渋滞だけは、毎回の事ながらうんざりで何とかならないものだろうか。

2012年9月 1日 (土)

パラリンピック開始

ロンドンオリンピックが終わり今度はパラリンピックとなる。正直言って今までパラリンピックにはあまり興味を持っていなかったが、今年は陸上競技に後輩の高桑早生選手が出ると云うのでひそかに注目している。もっとも後輩と云っても我々が競走部の現役時代は部員は男子ばかり60人ほどで、障害をもった選手どころか女子の選手もまったくいなかったから、今回のオリンピック代表になった男子100米の山縣君や800米の横田君を応援するのとはちょっと違う感じもする。しかし彼女は部員として他の選手と毎日の練習を共にしているそうで、性別や種目にかかわりなく日吉の同じグラウンドで汗を流した仲間として大いに期待したい。


そういえばかつては大学生の女子選手は、体育大学や一部の大学をのぞいて極く少なかったが、最近は国公立・私大を問わず女子部員が増えている様だ。考えてみれば大学進学率は昔より大幅に上がったから、昔は高校を出ると実業団へ進んだ男子の長距離選手や女子選手が最近は進学する様になったのだろうが、なかには高桑選手の様に障害があっても、大学の4年間他の部員ともに体育会で汗を流そう、競技力の向上を目指そうという高い志をもった学生が入学・入部してくれるのは嬉しい限りである。それにしても男女を問わずまた体の状態にかかわらず、等しく挑戦する機会が選べるとは良い時代になったと思うし、また彼女のパラリンピック出場は、他の一般部員に大変な励みと刺激を与えてくれるに違いないと相乗効果も楽しみである。


高桑選手は中学生の頃に病気で左足の下肢を失ったそうで、思春期に出会ったその厳しい体験で彼女の心中はいかばかりだったと察すると共に、一大試練を克服して晴れて代表を勝ち得た志におおいに感動する。私にとってはパラリンピックに出場する選手が後輩にいるという事で、今回初めて障碍者のスポーツの世界に思いをはせる様になったのだが、彼女に限らずパラリンピックに出場する世界から集まった選手たちは、我々には想像できない意志力と努力をもって練習を積んできた事に違いなく、あらためて彼ら彼女らの健闘と競技の栄光に拍手を送りたいものである。まずは9月2日、日曜日早朝の女子100米レースに注目である。

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