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2012年8月16日 (木)

飛鳥Ⅱの夏休み・小松島線跡

鉄っちゃんには廃線跡マニアという人もいて、彼らはかつて鉄道線路があった場所を地図を片手に訪ねるのが趣味なのだそうである。私も人々の記憶から忘れ去られた鉄道歴史の遺構を見つけるのが楽しく、時々都電の専用軌道の跡などを歩いてみては往時の電車の行き来を想像する。今回の夏休みクルーズで飛鳥Ⅱが到着した小松島の地にもかつて国鉄で最短だったと云う小松島線の跡があると聞き、恒例の上陸ジョギングの際にこの廃線跡を訪ねてみようと思い立った。飛鳥Ⅱが停泊した小松島港の金磯岸壁から約3キロ強、うだるような夏の蒸し暑さの中を妻とえっちらおっちらジョギングして行くとその廃線跡があった。


小松島線の廃線跡は、周囲の家並みから切り取られた鉄道独特のカーブとなっていてすぐ分かるし、そこはオールウエザー走路が敷かれて散歩道になっているなどいかにも歴史の跡らしい。小松島港はかつて四国の玄関口の一つと云われ、対岸の和歌山や大阪からの船便があり、それに接続する小松島線が大いににぎわったそうである。牟岐線から分岐するその長さは僅か1・9キロ、かつては準急や急行列車も乗り入れた動脈だったが、本四連絡橋の完成などで旅のルートからはずれてしまい1985年に廃線となったと云う。


地元タクシーの老運転手は「関西汽船の大阪航路や和歌山との連絡船があった頃はそれは賑わったものです。それがなくなり東洋紡績や日本製紙の工場も撤退して、本当にさびしくなりました」と嘆いていた。街角のクリーニング屋さんの値段表には「ワイシャツ98円」などと表示があって、東京の半分以下の値段に驚いたのが現在の町の状況を表しているのだろうか。関門連絡船がなくなった門司港駅や、青函連絡船のない函館駅などと一種通じるうら寂しさを感じる小松島線の跡だが、名物の「フィッシュカツ」や「小松島ラーメン」を前面に、かつての連絡船乗り場を再開発して観光客などを呼べないのだろうかと思ったりもしたのだった。
20120816

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コメント

こんにちは。先日飛鳥2の船上で、声をかけさせて頂いた者です。失礼とは思いながら、お礼もかねて御挨拶させて頂きました。妻が病気となり、なかなか活動的に旅行出来なくたった我々二人にとって、奥様の乗船記は船に実際に乗っているような気分にさせて頂けます。又ご主人様のブログは蘊蓄や示唆に富んでいて、大変に参考になります。これからも楽しい船旅を続けて頂き、ブログにどんどんアップして下さい。いつも楽しいブログをありがとうございます。

前田様
先日は失礼いたしました。下船前にこちらからも一言ご挨拶しようと考えておりましたが、船内での出会いが突然だったりして、お声をおかけできなかったのは残念です。
たまには当ブログに訪問いただき、何でもコメントを頂戴できると幸いです。また船上でお会いできる日を楽しみにしております。

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