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2012年3月 3日 (土)

日本橋再生計画

20120303
考えてみるとこれまで勤務した場所は、ほとんど東京であった。ただ東京といっても合併や出向などで、皇居の東側で幾度か事務所の場所が変わったので、それぞれ思い出はあるが、その中でも印象に残るのは、やはり丸の内と日本橋であろうか。かつて丸の内は、市街地建築法の高さ規制(31米)でどのビルも9階建てに統一されていて、GHQの本部だった第一生命ビルに代表される風格あるビルで占められ、いかにも一流のオフィス街という雰囲気が漂っていた。


けれども、そんなビルの屋上は夏場にビア・ガーデンになったり、ビル内の飲食店はけっこう庶民的だったりと、サラリーマンの町という風情がそこかしこに残っていた。何より近隣の有楽町・旧都庁周辺には、戦後に建てられたバラックの飲み屋街があって、仕事後はよく同僚と飲みに繰り出したものだ。そんな丸の内も近年次々と高層ビルに建て替えられ、歩道なども拡幅されて見違えるほどきれいになったが、逆に今や生活臭がしない町になってしまい私はどうも好きになれない。何より丸の内の中心、仲通りがブランド品のブティックばかりになったのはまことに没個性的と言ってよく、ぶらっと町歩きをしよう等という気にならないのである。


反対に楽しみなのが日本橋で、現在「日本橋再生計画」として再開発が行なわれているが、雑然と小さなビルや店が多かったこの町が、今後どういう変貌を遂げていくのだろうか。ただ再開発後の日本橋も、かつての魚河岸の名残りである海苔や鰹節の老舗が残り、刃物屋さんなどの古くから馴染みの名店も健在だというから嬉しい。江戸時代から町人の街だったので雑然としているのは歴史的な背景があるのだろうが、再開発される表通りの高層ビル群と地元の中小のお店が、調和を保って新しい日本橋の魅力を醸しだして欲しいものだ。そして願わくは東京オリンピックの突貫工事で出来た、日本橋上の無粋な首都高をすみやかに地下に移してもらいたいのである。

再開発の工事がまっさかり
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