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2012年3月

2012年3月28日 (水)

プリンセスクルーズ(カーニバル)日本進出

業界誌によるとプリンセスクルーズは2013年のゴールデンウイークから約3ヶ月間、”サン・プリンセス”(7万7千トン、95年建造)を神戸・横浜基点に日本市場向けクルーズに貼り付け配船すると決めたと云う。親会社であるカーニバル社(アメリカ)は日本に現地法人を設立し、国内港でのオーバーナイトも含め9泊~11泊のクルーズを9航海実施するというから、いよいよ国内クルーズに巨大資本が本格的に乗り込んでくる事になる。


これまでも、クルーズ業界のもう一方の雄であるロイヤル・カリビアン社(アメリカ)が”レジェンド・オブ・ザ・シーズ”(7万トン95年建造)で日本市場をうかがう配船をしてきたものの、昨年は原発騒ぎでさっさと日本寄航を取りやめるなど、市場開拓にあまり本気とは思えなかっただけに、クルーズファンとしてはこのニュースは吉報といえよう。”サン・プリンセス”といえばプレミアムクラスとしてランクされる中型船で乗客2000人、今回は日本船を相当下回る価格設定で乗り込んで来るに違いない。


私は”サン・プリンセス”に乗船した事はないが、本によるとこの船は設備的には「ウッディな雰囲気」「磨き上げられた真鍮が高級感を醸し出す」(クルーズシップコレクション2010・2011)とあり、ダグラス・ワードのベルリッツ本では得点1489で、いわゆるプレミアム船の中ではやや下位に位置している。しかし"There is a wide, teakwood wrap-round promenade dech outdoors"とベルリッツにあるから、新しいプリンセス船のチープなウッドデッキ調の合板と違って、きっと良き時代の内装が施されているはずで、設備だけならば日本で最高級の飛鳥Ⅱ(5万トン 90年建造)に優るとも劣る事はないだろう。また日本での本格的営業展開となれば日本語対応など相当の準備をしてくるに違いなく、この進出は日本のマーケットに風穴をあけるどころか、わが国のクルーズブームの起爆剤になるかもしれない。


さて世界のクルーズ人口が伸びる中で、クルーズ先進国の巨大資本はアジア市場進出をもくろんでいるが、アジアクルーズといえばこれまでは主に中国人の買い物や博打客などが目当てで、日本人としては残念に思ってきた。振り返れば1990年前後「クルーズ元年」と銘打って市場に乗り出した日本のクルーズ会社は、その後大きな変化もなく、最近はまったく音無しの構えで新造船の話題も聞こえてこない。一方お隣の韓国では民族系のクルーズ会社が設立されるなど、”日本以外”の世界各国ではクルーズ人気が盛り上がっているというのに、一体全体わが国のこの停滞は何なのだろう。優美で長い海岸線、特徴に富んだ寄港地など観光資源としては充分な魅力をわが国は備えており、日本定点クルーズを行ったら日本人だけでなく、豪州やアジアの人々を巻き込んでクルーズ人気が盛り上げると思うのである。プリンセス(カーニバル)の上陸で節目が変わるかもしれないと、その配船に注目である。

写真はホノルルのドーン・プリンセス(サン・プリンセスの同型船)
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2012年3月25日 (日)

リスボンの思い出イワシの塩焼き

飛鳥Ⅱの2011年・世界一周クルーズの出航から早くも一年近く経過した。会社勤めに戻って日々のルーティンワークに悩まされる身となると、あの3ヶ月半が夢だった様な気もしてくるが、一方妻はホームページのワールド・クルーズ乗船記をアップするのに忙しそうだ。104日間のクルーズのうち航海だけの日は割愛し、上陸した土地を中心に乗船記をアップする事にした様だが、それでも30日あまりの寄港地の資料や写真の整理にフーフー言いつつパソコンと格闘している。 妻の乗船記 → PORTS OF CALL 2011飛鳥Ⅱ世界一周


昨日やっとヨーロッパ入り口のリスボンの乗船記をアップをし終えた妻は、これから始まるヨーロッパ各地の事を考えると先が長い事を嘆きつつ、「リスボンでいわしの塩焼きを食べた事を書いたら、急にあの味が懐かしくなっちゃった」「今日はリスボン上陸記を完成させた記念に、どうしてもポルトガル料理が食べたくなった。近くにポルトガル料理の店がないかしら」などとブツブツつぶやき始めて、ぐるなびを検索し始めた。すると東京には結構ポルトガル料理店があって、なかにはファド(ポルトガルの歌曲)を演奏している高級そうなレストランもある。まあ土曜日の夕方に急に思いたったので、予約などもなく気軽に行ける処という事で、地下鉄に乗って丸の内の”マヌエル”というレストランに夫婦で行ってみた。


で、これがリスボンで食べた「いわしの塩焼き」の東京版。一口ほおおばるとリスボンの裏街で食べたいわしと同じ味がして、リスボンの5月の青い空と紫のジャカランダの木の思い出が蘇ってくる。むこうでは一皿に四尾のいわしにフライドポテトや野菜がついて4.5ユーロ(約500円)、東京では一尾500円だから値段は4倍となるが、丸の内で食べるのだからこれもやむなしであろう。昨日は干しだらのコロッケや、鶏肉の炊き込みごはんなどにポルトガル名物ヴィーニョ・ヴェルデ(若い微発泡ワイン)を頼んだが、アルコール度数が9度の水の様なワインに素朴なポルトガル料理がよく合い、またいずれの日にかポルトガルに行ってみたいと思ったのだった。
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2012年3月21日 (水)

朝日VS読売 泥仕合

永い間とっていた朝日新聞だが、あまりに中味が偏向していて日本をおとしめる記事ばかりなのに嫌気がさし、読売新聞に乗り換えたのが10年ほど前。読売にすると、プロ野球巨人軍をよいしょする記事が多いのがちょいと目障りだったが、政治や社会面は朝日よりまだましだと思って購読していた。その読売がジャイアンツの新人契約金問題で、最近は狂った様に朝日とバトルをしているのがなんとも面白い。この新聞はどうも配下の巨人の事となると、まるで人格(社格?)が変わったかの様に、自己弁護と他社攻撃に走るのが常だが、朝日に対する子供じみた反論を傍でみていると何とも滑稽である。というわけで、何をそんなにエキセントリックになるのかと、朝日新聞も読み合わせてみると、問題はこういう事らしい。


なんでもプロ野球の新人野球選手の契約金は、最高1億円プラス出来高払いを上限とするという12球団の申し合わせを破り、巨人は毎年5億円も6億円も払う事で有望選手をかっさらっていったと云う事らしい。さらに選手にも栄養費として小遣いを与えた上に、大学の監督には選手育成費として何千万円かの金を用意するなど、相変わらずの横紙破りを巨人軍が続けていると朝日は批難報道している。これに対して読売は、この申し合わせは罰則なしで球団を拘束するものではない、誰もこの件を今まで問題にした事がないなどと、毎日のように紙面を大きく使って反論しているようだ。まあ私たちからすればこの問題などどうでも良いのだが、何億も貰った選手の実家や親戚が、これで経済的に助かったなどと報道されると、日本も一族から出た有名人に群がるアジア的共同体なのか、と白けるのである。なにより学校の監督が正規の教職員だったら、そのプロから貰った報酬の取り分や、税金の申告は大丈夫なのだろうかなどと余計な心配をしてしまう。


それにしても、ふだん道徳や規範まで持ち出しては、「道義的にいかがなものか」とばかり役人や企業の不祥事を鋭く批判する大新聞も、自分の事になると「法律に書いてないから何をやっても良い」とばかり、本音を剥き出しにするのが何とも笑えるのである。こうなったら読売も朝日主催の高校野球でいかに金が動いているのか、甲子園が学校法人の宣伝の場所になっているか、スカウトやら口利きやらで高校生を食い物にしてメシを食っている輩がいかに多いかなど、オフレコになっている事をぶちまけてみたらどうだろう。第三者からみると”権力者”である朝日と読売が、場外でバカな争いをいつまでもやっていると、そのうち誰も新聞など読まなくなるぞ、と面白おかしく泥仕合を笑っているのである。

2012年3月20日 (火)

東京ダックツアー

水陸両用車を使い東京港水辺活性化を推し進める東京ダックツアーの試験走行に、春分の日のきょう参加した。これは、はとバスやフジテレビ、東京都港湾局などが中心になって、欧米で盛んな水陸両用のダックバスツアーを東京にも導入しようという試みの一環で、営業に先だちモニターを募集し乗車(乗船?)の感想を聞くのだという。実はこれまでも海外旅行に行った際、妻がこのダックツアーを見て「乗りたいな~」と常々もらしていたが、アメリカに出張した際に何度かこのダックバスに乗っている私は「はあ~?興味なし」と却下していたのである。今回、東京で導入試験のための無料モニター募集という新聞記事を見て、妻はいてもたっても居られず応募し、とうとう夫婦2人分当選したと云う。


今日はその社会実験の第一日目、東京で水陸両用バスを一般に公開するのは初めてだそうで、取材の報道カメラも多数向けられる中、浜松町貿易センタービルのバスターミナルからバスが出発した。乗車したこの水陸バスはいすゞ製のトラックのシャシーに客席を架装し、シャシー後部(船尾?)には船外機のスクリューが装備されている。ツアーは浜松町から芝公園、東京タワーとまず都内の名所をタイヤで走行するのだが、普通のバスの2階席の高さの客席には窓ガラスがない。道行く人が初めてのダックバスを見てびっくりして見るのは良いのだが、春まだ浅い候つめたい風がビュービューと車内に吹き込んで寒い事この上ない。


窓ガラスのない理由は「開放されたデッキは総トン数に含めない」というわが国のトン数ルールに依るもののようで、シャシーの上の客席(デッキ)はガラス窓もなく外部に開放されているので、総トン数に参入されないのだとガイドが言う。そういえば日本の大型フェリーはよく車両甲板の側面に大きな開放口を設けていて、その部分は総トン数対象外として税金をはじめ様々なルールから免除されているため、同じ船が海外に売られると急にトン数が3倍くらいになってしまう例がある。ダックバスは特殊車両が水上を走るには5総トン以下でないといけないのか、5総トン以下の船舶は特殊車両として公道を走れるのか、その辺りがガイドの説明では不明なのだが、とにかく船として5総トン以下に抑えるために乗客のデッキ(客席)に窓がないらしい。


という事で初春の寒風に震えつつも、品川港南からバスはレインボーブリッジのたもとの東京湾に走り降り、春の海のドライブ・アンド・クルージングを楽しんだのであった。それにしても今日のダックバスのガイドさんはコテコテの大阪人。純粋大阪弁で、「私も東京に居た事があるんですよ。。。。。。。。、2週間!」と言ってウケをとると「水からバスが上がる時に重くて上がらない時は、一番後ろのお客さんは降りて押していただきます。。。。。。。うそ、です」などとギャグのテンコ盛り。「皆さん、道行く人に『どや顔』でこれはふねです~、と叫びましょう」などと盛り上げてくれるが、”どや顔”ってなんやねんと東京人の私は突っ込みたくなったのであった。本格営業のあかつきには、是非とも大阪のおばちゃんをダックツアーの東京観光ガイドに採用してほしいと、今日のモニターアンケートには答えておいた。

着水の瞬間といすゞ製ダックバス
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2012年3月19日 (月)

ロングクルーズにはまる理由

週末は飛鳥Ⅱの東京・横浜ワンナイトクルーズに乗船した。昨年のワールドクルーズ中に毎日通った船内ダンス教室だったが、下船して8ヶ月たつとステップもかなり忘却の彼方。ワールドのフル乗船者がもらえるクーポンの有効期限も1年かぎりと云う事で、船上で知り合った船友ご夫妻たちとダンスの復習でもしようかと乗船を決めたのであった。このクルーズは東京出航が午後5時・横浜到着が翌朝10時と、普段のワンナイト・クルーズよりちょっと長めなのも選択した理由の一つである。


先週の金曜の午後は勤務先に休暇をとり、急く気持ちで晴海埠頭に到着すると、馴染みになった飛鳥Ⅱの白い船体が春の日差しに映えて美しい。さっそく乗船手続きのカウンターに並ぶと、顔を知ったクルーがそこかしこから次々と「お帰りなさいませ」と笑顔で声をかけてくる。営業用とはいえこんなに歓待してくれるとこちらも心が弾んでくるというものだ。スッチーが乗客名簿片手に上級会員に「○○様、毎度ご利用ありがとうございます」などと、ルーティンで笑顔を振りまく飛行機のビジネスクラスよりも、こちらの方がよほど自尊心をくすぐられそうだと思わずにんまりしてしまう我があさましさ。


一歩船内に踏み入れると日本人クルーだけでなく、あちこちで待機している顔見知りのフィリピンや東欧のクルーたちが、「あら!?」と云う顔をして、「お帰りなさい」「お久しぶり」と満面の笑みを送ってくれる。あろうことか「○○さま~」と名前まで呼んでくれるフィリピンクルーもいるのだが、彼らが毎航海前にリピーターの名前を予習しているはずもなく、そのホスピタリティーと記憶の良さは感動ものである。それにしても「今回もデッキでジョギングするの?」など聞いてくるクルーもいるとなると、あのワールドクルーズでは余程目立った事をしていたのかと、こちらが却って気恥ずかしくなるくらいである。


休暇で故国に帰っているクルーも多いだろうが、それでも半数くらいは顔見知りで、こちらもだんだん「マガンダン・ハポン」などとタガログ語が滑らかに口をついて出てくる頃には、クルーズ船に乗船したというより「以前住んだ場所に帰って来た」気分になってくるから不思議なものだ。3ヵ月半部屋を掃除してくれたメイドと再会し、休暇の間に結婚した彼女の結婚式の写真を見せてもらったりすると、「ワールドクルーズ」で乗り合わせるという事はやはり”人生の特別な事”だったか、という感慨が湧いてきた。以前は、この船で200泊も300泊もクルーズするのは、よほど物好きな金持ちかと思っていたが、こういうように再会を歓待されると、ロング・クルーズにハマってしまう人の気持ちがわかる気になったのであった。

この廊下を通ると自分の家に帰った気がするから不思議
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2012年3月12日 (月)

アメリカは日本を見捨てるか

東北大震災からちょうど一年、あの未曾有の災害と時を同じくして、アメリカ国務省日本部長だったケビン・メア氏が「沖縄の人々はごまかしとゆすりの名人」「沖縄の人々は怠惰でゴーヤーも栽培できない」「日本人は合意の文化を金儲けのために使っている」などと、沖縄を侮辱する発言をしたとされる報道があった。直後に起こった震災と津波や原発問題で、この問題もすっかり忘却の彼方になっていたが、書店でケビン氏の「決断できない日本」(文春新書)を目にして、あの騒ぎは一体何であったのか、改めて興味を憶えて購読してみた。

同氏は著書の中で、沖縄に対する発言について「絶対に事実ではありません」「これは作り話です」と反論しているが、その事の真偽は当事者以外の誰にもわからないので、ここで書くのは控える事にする。私がこの本を読んで興味を惹かれたのは、アメリカ国務省が日本や日米同盟をどう捉えているのかという認識が、日本人のそれと大きく喰い違っている事であった。その点で象徴的な箇所を引用してみると「日本の友人たちは有事の際、アメリカが本当に日本を守ってくれるか、いつも猜疑心にさいなまされているようです。クリントン長官が『尖閣諸島は日米安保条約に基づく防衛対象』とあれほど明確に発言しても、本当かどうか疑う声は引きもきらない」とある。しかし国務省のケビン氏は「日本が攻撃を受けたら、米軍が反撃するのは当たり前だと、アメリカ政府は考えている」その事に「アメリカ政府内で込み入った議論があるわけではありません」と本書で明言しているのである。

なかんづく、なるほど相手から見るとこういう視点になるのかと感心したのが次の部分だ。「一つ大事な点は、日米安保条約を結び、アメリカが日本の防衛義務を引き受けているのに、いざ日本が攻撃されたときにアメリカが反撃に乗り出さなかったら、他の同盟国に対する信頼性も喪失してしまうということでしょう。アメリカがその信頼感を失う事態は断固、回避しなければならないのです。そんな事態になったら、アジア地域だけでなく、欧州・中東の米軍の前面展開体制が崩れてしまいます。この視点からもアメリカが日本を見捨てることはあり得ない。そして、とりわけ中国の目の前でアメリカが同盟国の信頼を失うわけにはいかないのです」。私などは「これはなるほどMAKE SENSE ! この箇所を読んだだけで本代780円を払った価値があった」と目からウロコの気持ちがしたものだ。

日本ひいきのメア氏という事を割り引いても、彼が中核となって展開された「トモダチ作戦」の成果を見るにつけ、「防衛予算」を「おもいやり予算」などと呼ぶ不思議や、沖縄では本当は何が行われているのかを報道しないメディアに私は憤りを憶えるのである。氏がこの本で指摘した普天間問題に代表される「コンセンサスの美名の下に決断を先送りにし、二股かけて責任を回避しようという政治には引導を渡すべき」というくだりは正鵠を得ているといえるし、防衛問題だけでなくいつになるのか分らない消費税の引き上げについても”The Japanese people deserve better politics”という氏の指摘は心に響くのである。
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2012年3月11日 (日)

TAKE ME OUT TO THE BALLGAME

東京ドームで昨日行われた東日本大震災復興支援試合、社会人選抜ー大学選抜の試合をBS放送で見た。普段見慣れた東京六大学リーグの選手だけでなく、東洋大など東都大学リーグや首都大学リーグ東海大のドラフト候補選手などが、それぞれ母校のユニフォームでどんな試合をするのか楽しみでテレビの前に座ったのだった。メンバーを見ると、社会人は日本製紙石巻、七十七銀行、日立製作所など被災したチームから多く選出され、学生も在京リーグの選手だけでなく東北福祉大や東日本国際大(いわき)など東北の選手が出場して、”がんばれ東北”の趣旨を強く感じるゲームである。

ネット裏にはスピードガン持参のプロ野球スカウトが多数陣取る中、今秋のドラフト注目選手、学生先発の亜細亜大の東浜は怪我あがりでまだ調整不足のようだ。球威がさしてない上に一回は球が真ん中に集まり社会人に1点を取られるものの、二回は見違える様に修正し力強い投球をしたあたりはさすがであった。東浜の初々しい顔に妻は「ファンになっちゃった、早くプロに入って試合に出てこないかなあ」と隣で早速つぶやいている。その他なんでもないようなショートゴロを足でヒットにしてしまった田畑(JX-EN)や大きなホームランを打った長島(ホンダ)など、なじみのない社会人選手にも逸材が多い事をあらためて発見する。

復興支援試合はチャリティとは云えフルスイングに全力疾走で、そつのない野球と力をみせつけた社会人が意地をみせて7対0で圧勝、「学生には負けない」という心いきを見た様で、テレビの前を離れられずに試合終了まで観戦してしまった。この時期、いよいよセンバツの話題や日米プロ野球のニュースが多くなり、球春近しとせかれる候である。手帳には例年の事ながら、東京六大学野球の日程を書き込み、週末の予定を調整する季節になってきたが、その前に今年はメジャーリーグの公式戦開幕試合が日本で開催される。震災復興支援試合を見ていたら、わざわざアメリカに行かなくても日本でメジャー・リーグ・ベースボールの雰囲気が楽しめる事を思い出だし、さっそく切符を買い求める事にして”TAKE ME OUT TO THE BALLGAME"を歌っている週末である。

亜細亜大学の東浜
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2012年3月 7日 (水)

明日こそ

月曜日の夕方、今日は週に一回は設けている禁酒日にしようと意を決して会社を出る。し、しかし・・・・・我が家の夕食のテーブルには、赤い箱に入った好物の崎陽軒のシウマイが置いてある。何でもこの日、JR線で外出した妻が東京駅でおみやげに買ってきたそうだが、こんな日に何ともタイミングが悪いものだ。「ええいままよ、まだ月曜日で週も始まったばかり、明日禁酒すればよいさ」「崎陽軒のシウマイを前に禁酒などしたら、シウマイ様に失礼じゃないか」と云う事で夕食前に缶ビールを開け、ついでにウイスキーも飲んでしまった。

で、火曜日。今日こそ禁酒しようと勇んで家路に着くが、この日は生温い風が吹く春もようの夕べ。「こんな陽気にビールを飲まない手はないよね」「明日また禁酒にトライすればよいさ」などと一人ごちて、家に帰ってはビールを飲み、ついでにウイスキーもまた楽しんでしまった。そして今日の水曜日、今週はこの後の木・金曜は会食が入っていてもう後がない、今日こそ禁酒をすると硬く心に誓って家路についた。こんな日は家に帰って夕餉の匂いをかぐと「固い」決意もいとも簡単に吹き飛んでしまうので、帰宅途中にお腹が膨れて体に悪そうなジャンキーなファストフードをよく食べる。酔うより先に腹を一杯にして飲む気をなくしてしまうという、健気な男ごころというものだ。

と云う事で、今日は電話で妻を呼び出し、禁酒日の夕食として”マック”のハンバーガーを二人して食べる事にした。今月のマックの期間限定アイテム”ビバリーヒルズ・バーガー”に加え、禁酒した自分へのご褒美として、コーラのL、チキンナゲット、ポテトフライの大、それにサラダとスイートコーンもつけちゃえと、やけくその様に豪華セットをドカンと頼んでやる。妻も負けじと”アイコンチキン”にポテトフライ、チキンナゲット、サラダと二人そろって高脂肪、高カロリーの体に悪そうなファストフードを親の仇の様にむさぼったのであった。どうも禁酒日をつくる事じたい予想以上にストレスフルで、こんな代償行為をしていては却って体に良くないのでないかとも思うのだが、最低週に一度の禁酒をやり遂げると、何か苦行をやり遂げた僧の様な誇りもちょっと湧いてくるのである。

期間限定”ビバリーヒルズバーガー”
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2012年3月 6日 (火)

東京マラソンチャリティ枠

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今年は安全運転をしたお陰で、気持ち良く完走できた東京マラソンだったので、昨年と違って筋肉へのダメジも少なくマラソン後に疲れもあまりない。こうなると現金なもので「10キロまではもう少しとばしておけばよかったかな」とか「来年も走ってもみようか」などと云う思いが膨らんでくるが、マラソンの本番まで冬の寒い朝に起きて20キロも30キロも練習した事を考えると、「ウン!?今年が年齢相応、もういいわ」と躊躇する気もしてくる。何よりいくら望んでも、これに参加するには10倍に達するという抽選があって、そう毎年当選する訳でない事を思い出し、この2年の僥倖に感謝するのである。


もっとも東京マラソンも抽選に漏れた場合にはチャリティ枠が3000人分あって、10万円の寄付をすれば誰でも参加できるのだが、今年はこの枠に1673人しか応募がなく、石原知事は「もう少し皆がチャリティを理解して欲しい」とテレビのインタビューで発言していた。確かにロンドンマラソンやニューヨークシティマラソンは何十億円の寄付を集めるそうで、それに比べ東京では高々2億円にも満たないとは、寄付に対する彼我の文化の差は大きいものである。


我が家でも妻は抽選で外れたのでチャリティ枠で参加しようかと一瞬考えたそうだが、一般参加の費用1万円に較べて10万円という寄付金額の設定は少し高過ぎて結局のところ断念したのであった。多くの関係者やボランティアの手を借りながら、東京のど真ん中の天下の公道を7時間も仕切って行われる大レースだから、これを機に何がしかの社会貢献をするのはランナーの責務であろうが、走る事に対して「10万円!」といわれると「うっ!」と唸ってしまうのも事実で、それがチャリティ枠の応募者が定員をはるかに下回った原因ではなかろうか。


この問題、もし5万円寄付コースとか親子または夫婦二人で7万5千円などと云う設定があれば、真剣に考えて見ようというランナーも大幅に増え、チャリティも潤うに違いないと思うのである。その場合スタート位置は10万円より5万円コースをちょっと後ろにしたら良いのではないだろうか。

2012年3月 3日 (土)

日本橋再生計画

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考えてみるとこれまで勤務した場所は、ほとんど東京であった。ただ東京といっても合併や出向などで、皇居の東側で幾度か事務所の場所が変わったので、それぞれ思い出はあるが、その中でも印象に残るのは、やはり丸の内と日本橋であろうか。かつて丸の内は、市街地建築法の高さ規制(31米)でどのビルも9階建てに統一されていて、GHQの本部だった第一生命ビルに代表される風格あるビルで占められ、いかにも一流のオフィス街という雰囲気が漂っていた。


けれども、そんなビルの屋上は夏場にビア・ガーデンになったり、ビル内の飲食店はけっこう庶民的だったりと、サラリーマンの町という風情がそこかしこに残っていた。何より近隣の有楽町・旧都庁周辺には、戦後に建てられたバラックの飲み屋街があって、仕事後はよく同僚と飲みに繰り出したものだ。そんな丸の内も近年次々と高層ビルに建て替えられ、歩道なども拡幅されて見違えるほどきれいになったが、逆に今や生活臭がしない町になってしまい私はどうも好きになれない。何より丸の内の中心、仲通りがブランド品のブティックばかりになったのはまことに没個性的と言ってよく、ぶらっと町歩きをしよう等という気にならないのである。


反対に楽しみなのが日本橋で、現在「日本橋再生計画」として再開発が行なわれているが、雑然と小さなビルや店が多かったこの町が、今後どういう変貌を遂げていくのだろうか。ただ再開発後の日本橋も、かつての魚河岸の名残りである海苔や鰹節の老舗が残り、刃物屋さんなどの古くから馴染みの名店も健在だというから嬉しい。江戸時代から町人の街だったので雑然としているのは歴史的な背景があるのだろうが、再開発される表通りの高層ビル群と地元の中小のお店が、調和を保って新しい日本橋の魅力を醸しだして欲しいものだ。そして願わくは東京オリンピックの突貫工事で出来た、日本橋上の無粋な首都高をすみやかに地下に移してもらいたいのである。

再開発の工事がまっさかり
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