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2012年2月20日 (月)

こんなのありました

”ALWAYS三丁目の夕日'64”にはあの時代を表わすアイテムが、いろいろ出てきて懐かしさに一杯だった事は昨日アップした通りである。一日経ってもその余韻は覚めやらず、映画の中で出てきた”あの頃”を追想したくなってきた。ネタばれにならない程度に画面を思い出してみる。

  1. ”シェー”:あの頃の子供たちの会話は「シェー!ミーはお家に帰るざんす、チミは?」「ジョエー!ミーも帰るざんす」という具合であった。
  2. カラーTV:我が家にカラーTVが来たのは昭和42年初め。鈴木オートより遅れている。そういえば「うちのテレビにゃ色がない、隣のテレビにゃ色がある」というのエノケンのCMがあったのは昭和40年。
  3. ひょっこりひょうたん島:映画の中の子供たちは”ひょ”にアクセントをおいて喋っているが、東京ではもっと平板に喋っていたはず。とにかく夕方6時が待ち遠しかった。
  4. 模型飛行機:紙と竹ひごとニューム管、動力はゴムの飛行機をわくわくしながら組み立てたが、私の様な不器用な子供はなかなか翼の紙がピンと張れず苦労したのだった。
  5. 東洋の魔女:悪がきたちは「東洋の魔女、西洋の美女」と言って喜んでいたっけ。
  6. ごみ捨て:街のあちこちにコンクリート製で前面に木の戸がついたゴミ捨て場所があってハエがたかっていた。あれはいつから無くなったのだろうか? 
  7. オープンリールのテープレコーダー:家族全員を黙らせてテレビの主題歌などをマイクで録音した覚えがあるでしょう。
  8. 汲み上げポンプの井戸:冷たい井戸水を金たらいに入れて、夏はビールやサイダーそれにスイカなどをよく冷やしたものだった。
  9. ミゼット:後期のオート三輪は丸いハンドルなのがちょっと粋。
  10. 客車列車の音:機関車の唸りの後に客車が軽快にジョイントを刻む音は、今の電車の音と違って旅心をかきたてたのだった。
  11. 流行語:「イカす」「八田イズム」「バカンス」「BG」などなど。「はんぱない」等と言う今風の言葉もこれらと同じ運命を辿り将来はなくなるか?
  12. 受験:「東大を出れば一流企業に入れて一生楽ができるんだぞ」という本音が明快に語られた時代でしたね。
  13. サッカー:東京オリンピック時代はたしかに人気がなかったスポーツ。メキシコの銅メダルで日本人はサッカーを知った。
  14. 電話:女の子の家に電話すると、大体オヤジさんが出て「あんた誰?」「ムスメに何か用?」などとぶっきら棒に言われて困ったのだった。男ならみんな経験があるはず。


その他「あれあったよね」「あのクルマはコロナだよね」「VAN JAKETに憧れたよね」などと思わずにんまりしてしまうシーンが枚挙に暇ないほどで、我々の世代には懐かしくて堪らない時代設定でした。

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日記・コラム・つぶやき」カテゴリの記事

コメント

良く覚えていますね、感心します!

MTさん

コメントありがとう。まだまだこれからですよ。「おれたちゃ実年、文句があるか」というクレージーキャッツの歌を覚えてますか?

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