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2012年1月 6日 (金)

クアイ川

正月休みにBS放送で見た「世界の豪華鉄道の旅」で、映画「戦場にかける橋」の舞台になったクアイ川を渡る鉄橋が写っていた。この映画は連合軍捕虜の過酷な労働や日本兵との対立を通じ戦争の不条理や悲惨さを表現した名作で、これを見ると戦争中インド洋の制海権を持たない日本軍がビルマ(現ミャンマー)に進出するために、いかにこの鉄道の建設を急いだかが判る。アジアの地図を俯瞰すればミャンマーは中国のインド洋進出の南の窓口に当たり、戦略的に重要な場所で今でも中国が権益をさかんに拡大しようとしている通りである。


このビルマはイギリスの植民地であった処、20世紀に入り独立の気運が高まり、1935年に分離して内閣と議会が設置されたのだが、イギリスの支配は強く大戦前は植民地とも独立国ともいえない状況だったそうである。日中戦争が始まると日本軍は英・米からビルマを経由して中国へ入る物資ルートを遮断するため、イギリスからの独立を企てていたビルマ民族主義者を支援し、「南機関」という組織を作って彼らに軍事訓練を施すなど様々な援助を行ったのである。彼ら民族主義者はのちにビルマ独立義勇軍となり、戦後イギリスから独立を果たす際に重要な役割を果たしたと云う。


大戦後に起きたインドネシアの独立戦争にも多くの旧日本兵が、旧宗主国のオランダ軍に対して義勇兵として参加した事はあまり知られていない。インドネシアの独立の為に戦って戦死した日本人は英雄墓地に祀られているとある冊子で読んだ事がある。先の大戦についての評論は無数あれど、結局のところアジア各国が欧米の植民地支配のくびきを離れ独立を果たしたのは、この戦争が引き金になった事は間違いなく、その事を我々は誇りを持って見直さねばならないと思っている。どう考えても辻褄の合わない南京大虐殺や事実と反する慰安婦問題などを持ち出す自虐的な歴史観を払拭し、日本人が辿った足跡を正しく見直す作業が求められていると、年頭に東南アジアの映像を見ながら考えた。

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コメント

日本人の傭兵、山田長政のような人が沢山いたようですね。イギリスの東インド会社の傭兵の半分は日本人だったらしいです。江戸末期の武士たちが流れ込んだのでしょう。昔の日本人は凄かったですね。

MTさん
歴史は視点に依ってまったく違うものになりますね。マーチで有名なオーストリア・ハンガリー帝国のラデッキー将軍も、席捲された周囲の国では憎悪の対象とか。中国や韓国が独自の立場で日本の事を悪く言うのは勝手ですが、その材料を日本の朝日新聞などが掘り出しては相手に提供し、問題を大きくし慰謝料を請求される、そんな構図はもうこりごりですね。我々の税金からは一銭たりとも中韓に払いたくないと私は考えています。

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