« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2011年11月

2011年11月29日 (火)

江川る

プロ野球巨人軍入団を希望する東海大の菅野投手が、日本ハムの指名を蹴って一年浪人すると伝えられている。菅野投手で思い出すのは大学3年時、昨年の大学選手権準決勝の慶応戦である。この試合を私はテレビ観戦して母校・慶応を応援していたのだが、対する菅野投手は球も速ければ変化球も鋭く、六大学優勝校の慶応打線も為す術がなかった。テレビを見ながらすごいピッチャーがいるものだと感心した記憶があるのだが、そんな投手が日ハムに入ったらパ・リーグも益々盛り上がるだろうと云う期待をよそに、彼はどうしても巨人に行きたいそうである。もう巨人・大鵬・玉子焼きの時代でもあるまいし、選手育成の上手な日ハムを蹴って浪人などせず、一年でも早く彼のプロ姿をみたいものである。


巨人浪人の大先輩と云えば、あの江川卓の「空白の一日」事件を嫌が応にも思い出すが、あれは1977年のドラフトで福岡のクラウンライター(現西武)の指名を江川が断った事から始まった大事件であった。クラウンライターの交渉を拒否してアメリカに渡っていた江川は、翌1978年秋のドラフト会議前日、野球協約の交渉期限が切れる間隙を抜って巨人軍と電撃的に契約した。野球協約は当時の交通事情からドラフト前日を準備の日と考え、前年のドラフトの拘束が有効なのは次年のドラフトの「前々日まで」としていたそうだが、巨人と江川は文章上ちょうど「無協約」とされたドラフト前日にサインをしたのである。いわば協約の盲点を突いた契約なのだが、この入団発表に世間は騒然となったのである。


巨人軍のこの横車にセ・リーグ会長が早速無効と裁定を下した事に巨人は反発し、翌日のドラフト会議を欠席する中、今度は阪神が江川の交渉権を得た。すったもんだの挙句、プロ野球コミッショナーの「 超法規的裁定 」で、翌年のキャンプ直前に巨人はエース・小林繁とのトレードで、阪神が交渉権を得ていた江川を入団させ事件は落着したのだが、当時は周囲を顧みず自分の主張を押し通す「えがわる」と云う流行語が出来たり、阪神に移籍した小林が悲劇のヒーローになったりと、いやはや大変なドラフト騒動だったのである。それほど注目された江川も、プロでは「 怪物 」といわれるほどの活躍が出来なかったのは、浪人の一年があったからだと言われている昨今である。


高卒後プロに行かずに早稲田に進んだハンカチ王子・斎藤も、今年は日ハムで6勝6敗であったが、彼と甲子園で投げ合った後すぐにプロ入りした楽天の田中将大は19勝で本年度の沢村賞に輝いた。希望する球団でなくとも野球人として大成するには (人間としてとか、社会人としてとかの意味でない )、やはりプロに早く入った方が良いと云うのが通説の様で、菅野の場合も巨人かそれ以外かと云う選択だけなら、やはり早くプロになった方が良かったと思うのである。それはさておきハンカチ斎藤の初年度については、今年一月のブログで私は「ずばり7勝4敗」と予想したのだが、結果を見ると当たらずとも遠からずで、わが「 岡目八目 」も、まずまずだったかなと自負している。

これが今年1月のブログ↓
日本ハム・齋藤フィーバー(2011年1月17日)

2011年11月28日 (月)

アメリカの陰謀でも・・・・・

「増税のうそ」に続いて、焦眉のTPPに関して反対派の中野剛史著「TPP亡国論」(集英社新書)をこの週末に読んだ。私は財政健全化もTPPも必要だと思っており、規制緩和や新自由主義的な競争社会が、結局の処わが国の利益になると信じているのだが、これまで何回も述べた様に経済学者でもないから、本当にどの理論が正しいのか検証する術はない。と言うより最近の世の中の動きを見ていると、経済学などは所詮後付け講釈の類、当たるも八卦の様なもので、学問として真に成り立つものなのか、経済学部を出た私さえ、いぶかってしまうのである。しかし戦後65年大きな改革がなく、既得権を持つ人々がいつまでもその地位に安住し、かつ世代間の不公平が増大した挙句、頼みは政府支出だと云われると、この辺で社会構造をもう一度リセットしなければならないという気持は持っている。



その意味でこの「TPP亡国論」なる新書が何を主張しているのか興味があったのだが、一言でいえばTPPは米国の陰謀だというのがこの本の趣旨で、TPPを結べばアメリカは大きな利益を得るが、日本は利益より失うものが大きいという事を縷々説明している。しかし、ちょっと待てよという気持ちがどうしても湧いてくるのだが、著者の予想や説明が正しいとした場合でも、日本はアジアの成長を取り込む為には『同盟』であるアメリカと組む方が良いし、日中韓が中心となった東アジアの共同体などという構想に乗るのは、ただ中国の思う壺ではないかと危惧するのである。


などと思っていたら、昨27日の読売新聞朝刊 「地球を読む」に掲載されたJR東海会長の葛西敬之氏の投稿が興味深く、氏の論の展開と帰結に首肯するのである。葛西氏は21世紀は太平洋からインド洋に至る米中の対峙の時代と認識し、台頭する中国の覇権主義・軍事大国化にはもはやアメリカ一国では対抗しえず、自由主義と民主主義を奉じ、政治的な価値観を共にする日米で同盟を裏打ちする強固な経済基盤つくりが必須だと説く。そうする事で日本の重要性は増し、太平洋を挟んだ日米の両大国が安全保障と経済面で一体化して、初めて中国は紳士的になって日本と中国間に真の友好と互恵が出来ると葛西氏は述べる。



いうまでもなく、我々日本人はアメリカ人とも中国人とも道徳や価値観・文化が違うが、そのどちらにより共感できるのか、一緒に仕事ができるのかと考えたら、私は間違いなくアメリカを選ぶであろう。振り返れば中華思想をもつ隣の大国に対し、わが国は聖徳太子の時代から鎖国に至るまで、決して属国にならない様にうまく距離をおいた来たはずである。ましてや相手は国是として反日教育を施し、歴史的に隣国に脅威を与え続けている国なのである。TPPに反対しアジアの共同体設立などと言う政治家を見ると、私には彼らが中国の工作によろめいた上に、ただ農村票が欲しいと顔に書いてある様な気がしてならない。

2011年11月27日 (日)

増税のウソ

青春出版社の新書新刊「増税のウソ」を読んだ。本屋で平積みされていたものだが、財政が破綻する・日本国債がいずれデフォルトを起こす・消費税をアップし国の借金を減らせ、という巷間言われる日本の至上命題の中、これに反対する論者は何を根拠に反対するのか知りたかったのが購読の動機である。中味を読んで見ると、日本の国債は日本国内で保有されかつ円建てなので、ギリシャの様な危機などを起こすわけがない、デフレを脱却して名目GDPを挙げることこそが今の日本に必要な事で、そのために政府が有効需要、すなわち公共事業などにもっとお金を使わなければならないと云う。

著者の主張は、いわゆる有名な経済学者や政治家、官僚、メディアなどが毎日発信している現在の論調と対するものだが、経済学者でもない私には著者の主張の正否や問題点は判断する能力はない。ただ本書で展開された様な議論はすでに関係者によって充分に議論・検証された上で、現在の政策があるのではないだろうか、とも想像するのである。

さて経済に限らず最近お手軽に出版される各種新書などを読むと、従来の定説を覆す議論や新説に溢れていて、一体事の真相やその解決策はどこにあるのだろうかと私はしばし戸惑うのである。原発や放射能の危険に関する様々な本を見ると、「無闇な心配をするな」から「もう危機は始まって後戻りできない」までどれが本当なのかと迷うし、健康やダイエット本に到っては、俄かに信じられないどころか体に有害そうな珍説も流布している様である。私が永く行っているジョギングも、少し前までは「 走る運動などは、体内に活性酸素を取り入れるものだから健康に良くない」と解説する本もあったが、最近は「運動によって活性化酸素に対向する酵素?が体内でできるので良い」と言われているそうだ。わが国には発言や出版の自由があるので、色々な議論が発表されて然るべきだが、それにしても色々な分野で様々な説が発表・出版されるものだと感心するのである。

2011年11月25日 (金)

サンクス・ギビング・デイ

勤労感謝の日と云えば早慶ラグビー定期戦の日なのだが、今年も例によって母校の実力は早稲田に及ばない様で、秩父の宮ラグビー場まで行って観戦する気力がおきない。まことに現金なファンである。それにしても11月23日は一年で一番晴れる確率が多いので、この日にラグビーの早慶戦を競う事にしたと云われるとおり、今年も勤労感謝の日は天気が良いので、久しぶりに郊外にドライブに行って色づき始めた森などを楽しんだのだった。


日本と同様にアメリカではこの週末が、サンクス・ギビングデーのお休みで、今年は24日から週末まで実質4連休らしい。家族や親しい友人が集まって一年の収穫を祝う日は欧州にもあって、そこでも七面鳥がご難にあっているのかと思っていたら、イギリスに住んだ事のある妻の話では、ヨーロッパにはそんな習慣はないと言うので驚いた事がある。何でもアメリカに最初に移住したピルグリム・ファーザーズが、最初の厳しい冬をインディアンの協力で乗り切った事を感謝して、翌年の収穫に彼らを招いたのがサンクス・ギビングデイの始まりと言うから、ヨーロッパにはそんなものがある訳はない。


しかしこの時期に収穫を祝うお祭りは、ドイツのオクトーバー・フェストやスペインのトマト祭りなど世界あちこちにあって、日本の勤労感謝の日も皇室が収穫を祝う新嘗祭が戦後変わったものだと云う。さて、このお祭りが終わると欧米の町は冬支度を始め、クリスマスのイルネーションがきらめきクリスマス商戦が始まる。キリスト教徒でない日本人の我々も、何となく浮き浮きと落ち付かない年の瀬に向かって行く切り替えの時期でもある。

20111123

2011年11月20日 (日)

我が家のスモーガスボード

酒飲みの楽しみは晩酌をしながら夕食をゆっくり食べる事だろう。なにせ禁酒日には用意したご飯を10分ほどで食べてしまって、食後すぐに口寂しくなってしまうから、ゆっくり走った休日は、ビールやワインなどを飲みながらつまみ系をつついてゆっくりと夕食を摂るのが楽しみだ。特にオイルサーディンの美味しい缶詰があった時は、これを中心にオニオンスライスやハム・卵サラダ・ツナサラダなどを皿に盛り、これらを適宜薄くスライスしたフランスパンに乗せて我が家風オープンサンドのスモーガス・ボードである。

ただオイルサーディンなどは製品に依って結構ボロボロと崩れて、テーブルの上や洋服などに落ちてしまうので、オープンサンドをレタスの葉で包んで食べるのが私の食べ方の特徴である。この目的の為に先の飛鳥Ⅱのクルーズ中も、世界各地のスーパーでオイルサーディンを買って来ていて、休日は時々このオープンサンド・スモーガスボード風を食べる。東京マラソンまであと3ヶ月でそろそろ走る距離も伸ばしている折り、走り込みの後はあまり体重増も気にせずフランスパンなどを食べられるのが嬉しい。


で、今日はメキシコのコズメルのスーパーで買ったスペイン語包装のオイル・サーディンをメインにして、各品を準備して夕食とする事にした。この缶詰はカナダ製と表示されており、私の好物のノルウェイ製キングオスカーの製品よりあっさりしてよりイワシらしい味がする。これとオニオンスライスに塩コショウを振って、薄いフランスパンに乗せ、レタス巻きにすると何ともいえない食感が堪らない。妻は今日は調子が悪く余り走っていないのだが、二人して赤ワインをチビチビやりながら「 走ったエネルギーより食べたり飲んだりする方がやっぱり多いか 」などと毎度お馴染みの会話をする日曜日なのである。


今日の夕食、皿の下はボロボロこぼさぬ様に妻が敷いた新聞のチラシ
20111120


2011年11月19日 (土)

巨人騒動、どっちもどっち

渡辺恒雄会長を批難する会見を独断で開いたとする清武巨人軍専務が解任された。85歳になる老害老人が現場に顔を突っ込むのも問題だが、所詮内輪もめで球団内で解決すべき問題を、いきなり世間に訴え出たのは余りに大人げなく解任も当然であろう。それにして一野球ファンから今回の事を見ると、かつて江川問題で明るみに出た世間を甘く見た様な体質が、圧倒的な資金力を誇りながら内部からこの球団をスポイルしているのではないか感じる。

清武代表は有能な読売新聞の記者だったそうだが、本来は取締役会で堂々と自分の意見を開陳すべき処を、独断で記者会見を開いてお涙を見せれば、世間が味方してくれると思ったのか、そのやり方があざとく「有能な新聞記者」も所詮はこの程度かと愕然とする。ジャーナリスティックに騒ぎを起こせば、世論を喚起できるとでも思っているのだろうが、この一件で私には思い出した事があった。

かつて親戚の子供が某有名新聞の社会部長の子供とトラブルになった際、その部長から「親の社会的地位に関する事で、新聞ダネにしてやる」と脅迫電話が幾度もかかって来て閉口した事があったそうである。その時は友人だった別の大物のジャーナリストに相談したところ、その人の口聞きで、それ以後電話がピタッと止まったそうだが、新聞記者という人種が世間知らずのおかしな人が多いのか、はたまた今回は清武氏の資質がおかしいのか、あらためて新聞人のレベルを垣間見た気がした。

それにしても笑えるのが、この問題に対する本日の読売新聞の朝刊・社会面記事に対するコメントである。「企業法務に詳しい」弁護士、「島耕作」を描く漫画家・広兼憲史、評論家の大宅映子の3人とも清武氏解任の正当性をバックアップするのは良いとしても、85歳になった老害会長が現場を掻き乱す問題には見事に触れていない。読売の社内ではとても口に出せないのだろうが、もし新聞社の中でこれを契機に、世に見られる老害問題を取り上げたら、さすが社会の木鐸と株も上がるのではないだろうか。私から見れば、今回の一件はナベツネも清武もどっちもどっちに思えるのである。

2011年11月17日 (木)

老眼鏡

秋も深まり、オフィスのガラス越しに見る景色は空気が澄んでいて気もちが良い。会社ではパソコンとにらめっこをしているので、こんな日は適当な時間を置いて窓から遠くを眺めて疲れた目を休めることにしている。老眼が段々と進む上に加齢と共に乱視が出てきて、最近は字を読むのにメガネが必須なのは本当に情けない。

若い頃は両眼とも2.0だったから「物が見えない」という意味がわからなかったが、最近は健康診断でも遠距離こそ1.0あるものの、近方の視力は0.2。矯正して1.2いう有様で、近視でメガネをかけていた人の気持ちに少しは共感できる様になってきた。

子供の頃から近視の妻は昨年レーシックの手術を受けて、良く見えるようになったと喜んでいて、最近は老眼の治療も出来るそうよと薦めるが、義理の母の白内障手術に付き添った際に、待合室で流されていた施術説明のビデオさえ、下を向いて見ないようにしていた位だから、保険の利かないレーシックをわざわざ大金を払ってまで受ける勇気はさらさらない。

そんな訳でメガネが手放せなくなった我が身だが、メガネとの付き合いも高々10余年、かつ運転する時などは必要ないから、その扱いが近視の人に比べて到ってゾンザイらしい。わが老眼鏡のレンズを見ては「曇ってて汚いなー」と言う人もいるし、大体一年に2、3本は踏ん付けて折ってしまう。次の週末、妻はある商社が開催する年に一度のバーゲンセールに行こうと云っているが、それは「老眼鏡を安く売っているみたいだからスペアに沢山買っておくのよ」との理由を笑いながら言っている。

2011年11月16日 (水)

風邪にかかって考えた

季節の変わり目で風邪をひいた。幸いごく軽い様で頭がちょっと痛いのと、鼻がむずむずする程度で済んでいる。そういえば自営業の4年間一度も風邪にかかったことがなかったから、今回の風はかなり久しぶりということになる。この間やや広めのオフィスに初老の3人だけで業務していたので、誰も感冒を持ち込まず感染することもなかったのである。

今は久しぶりにサラリーマン生活に戻って、大部屋で若い人たちに混ざって働いているが、11月に入って周りの人間がごほんごほんと咳をしだしたなと思っていたら、案の定こちらにうつったようだ。思い起こすと、かつてアメリカに駐在していた3年間は通勤がクルマ、仕事も個室だったから一度も風邪をひかなかった。風邪というものは、特にぎゅうぎゅうの通勤電車や人口密度の高い会社の空間で感染しやすいということなのだろう。

日本も高度成長やバブルを終了し、これからは安定成熟した社会を目指すことになっているはず。しかし相変わらず通勤電車は混雑し、肩を接して座る様な事務所の机の配置も従来のままで、会社員の環境は昭和の頃とそう変わらない。時差通勤をもっと積極的に取り入れるなり、欧米型の事務所設計を採用して、もう少し人と人との距離をとるなり出来ないものだろうか、少なくとも電車や事務所で風邪のうつし合いが防げる程度には。久しぶりに風邪にかかって、考えたことである。

2011年11月13日 (日)

金と銅

ジョギングする人が増えて最近はあちこちでマラソン大会が開催される。ブームにあやかってか新規に始まる大会も多いのだが、今日はそんな大会の一つ東京のお台場臨海副都心で開かれた「第1回・国際大使館フレンドリー・ラン」に妻と出場した。春や秋の気候の良い頃は日本中でレースがあるので、もっと伝統ある大会を選んでも良かったのだが、都心にごく近い海辺、かつ私達にとってはある事から特別な思い入れのある場所なので、敢てこの楽しそうな大会を選んだのだった。この試合は10キロの部と5キロの部それぞれ男女別に4つのレースがあるのだが、今回は楽しさを満喫するという事から距離が短い5キロを選んで、晴天に恵まれた秋の一日を過ごそうと出かけた。

今年から始まった大会の上、名前からすると何となく敷居が高そうな感じで、スタート地点のお台場潮風公園集まったのは数百名規模であろうか。近頃の大規模で派手になる一方の各地の試合に比べると本当に手造り、各国の大使館から参加の外国人もポツポツと云う感じで、文字通り”フレンドリー”な雰囲気が会場に漂う。中には高校生や陸上部の若者も一部混ざっているが、さすがに都心近くの便利な大会という事で、色とりどりのウエアーに身を包んだ女性も多く、競技の補助をする関係者も一生懸命でこの大会を盛り上げ様という気概が伝わって来るのである。

と云う訳で我々も秋空の下、皆とスタートしたのだが、大会の規模が小さいのか、気楽に走ったのが良かったのか、年代別の部で私は優勝・妻は3位入賞という思わぬ成績を挙げる事ができた。「人との比較は関係ない、記録や自分がベストを尽くしたかの方が重要だ」などと普段は偉そうな事を言っている私であるが、思わず「今日は速い人は来なかったのかなあ」「年代別に何人くらいの人と競ってこの成績を出したのかなあ」などと思わずいつもと違う本音をつい口走っているのである。で、今晩は「祝勝会」と云う事で、普段は高カロリーゆえ原則ご法度の揚げ物をたらふく食おうと串揚げ屋さんに行って暴れ食いし、5キロ走で使ったエネルギーの倍の栄養を摂ってしまったのであった。


貰った立派な金メダルと銅メダル
20111113

2011年11月11日 (金)

港町の復活

20111111maersk

港町と云えば、横浜港は客船が発着する大桟橋こそ残ったが、かつて荷役で賑わった港内は閑散として船影が見えない。ここではコンテナは山下埠頭へ、貨物船は大黒埠頭など他の地区にそれぞれ街中を離れて行った。神戸港では新港埠頭こそ健在だが麻耶埠頭はなくなり、港の中心は今や繁華街から遠いポートアイランドや六甲アイランドへシフトしている。さて日本と同じく世界では、街の中から港湾地区が郊外遠くに移って行って、この趨勢は今や止まる事はないようだ。


最近クルーズ船で訪問した都市でも、ヨーロッパ屈指の港湾都市であるロッテルダムは、川に沿って次々と下流に港が移り、今では町を遠く離れた河口に近いマースブラッケという地区が港の中心となってしまった。飛鳥Ⅱで行ったノルウエイの古い港町ベルゲンも、町に近い岸壁は主に客船に使われ、商業港は別の場所にあると云うし、豪州のシドニーはかつて石炭積み出し桟橋だったダーリングハーバーが商業・観光地になっていて大変な賑わいである。


洋の東西を問わず町というものは港を中心に発展した所が多いから、そういう都市では港湾施設は市街地の中心部にある事が多い。しかし港が賑やかであれば、貨物を運ぶトラックが市街地を走って渋滞や事故の原因になるし、逆に港が寂れると夜間は普通の人が立ち入れない様な地域になってしまうから、いずれにしても最近は港湾施設は町の中心から遠方に追いやられ、跡地がシアターや公園、観光名所などとして再開発されて行くのである。
 

そんな中で見事に港湾と町が調和して共存しているのは、カナダのバンクーバーであろう。バラード・インレットという入り江を挟んで、客船ターミナル(カナダ・プレイス)とコンテナ岸壁、穀物やバラ積み貨物の各種ターミナルが並び、大きな貨物船が荷役している有様がここでは街中から一望できる。入り江の入り口にはライオンズ・ゲート・ブリッジと云うきれいな吊橋がかかり、傍らには緑に溢れたスタンリーパークが横たわっている。仕事柄いろいろな港町を訪れたが、バンクーバーは都会と自然が調和した世界でも屈指の港らしい港であると私は感じるのである。


さて東京でも臨海副都心である台場地区を始め、海辺の地区の再開発が進んでいるが、肝心の都心にごく近い築地市場の移転が決まっていない。銀座からほど近い市場などはさっさと豊洲に移り、跡地に客船ターミナルでも建設したら良いと、私は勝手に想像をたくましくする。銀座を歩きながら近くに大型客船の満船飾の小旗が見えたら、さぞかし東京の港湾や船の旅が身近に感じるのではないだろうか。

写真(上下)はバンクーバー港の風景
20111111yvr

2011年11月10日 (木)

衆愚政治極めり

TPP参加表明をいよいよするのかと期待していたら、野田首相は一日伸ばしにしてしまった。何事も決められない民主党の面目躍如である。既得権勢力に負けて国を誤るのか、これから子供たちの世代の日本を造るのかの重大な岐路、さらには中国封じ込めの意味も持つこの交渉に、参加しない等と言う選択肢があるのだろうか。メディアはプロス・アンド・コンズの両論にさも意味があるかの様に報道するが、どう見ても参加しない理由が見つからない。


あろうことか自民党も農民票や医師会を意識して及び腰。所詮、何の覚悟もないそんなご都合主義だから民主党に政権を取られるのだろう、衆愚政治ここに極めりである。ここはTPP参加をはっきりと打ち出した「みんなの党」に次の選挙では一票を投じたいものだ。


それにしても、もう日本には、かつての維新の志士や戦後の吉田茂や池田隼人の様なリーダーが出ないのであろうか。ただただ選挙の票ほしさに、GDPのほんの数%しかない農業などのために、賛成だが反対だか判らない様な態度を示し、多くの国民を煙に巻く政治家に、はっきり「ノー」を突きつけたい。議論の余地もないような自明の事を、ああでもないこうでもない、と反対がまかり通る様なら、企業は国外に行ってしまうだろうし、我々の世代も完全リタイアしたら輸入品が安くて住み良い海外に移住してしまうのでないだろうか。


2011年11月 7日 (月)

飛鳥病

201111062


飛鳥Ⅱが日曜日に横浜港に帰ってくると云うので、ドライブがてらその姿を見に行く事にした。ワールドクルーズから下船してから4ヶ月近く、日常の些事に時間もエネルギーも割かれる様になると、船上で過ごした日々がなぜか無性に愛おしくなってくる。ここらでもう一度フネを見て、楽しかった航海を思い起こし、また明日からの活力を取り戻したいという気持ちもあって、曇天の中いそいそと首都高を横浜に向けてクルマを走らせたのであった。


霧に沈んだ大桟橋に横付けされた飛鳥Ⅱは、ドック前でさすがにその船体に錆びなどのやつれが目立つ。しかし改めてその白い船体が目の前に静かに佇んでいるのを見ると、何故か故郷の家の前に立っている様な感じになるから不思議である。それにしても長さが200米・幅30米弱の空間に、乗客400人にクルー470人が同じ共同体として生活し、世界をぐるっと一周してきた事を考えると、やはりそれは何故か運命的な出会いでもあった様に思えるし、その経験はプライスレスであったとの感慨が湧いてくる。


あいにく昨日の飛鳥Ⅱは右舷着けだった為、左舷だった我々の部屋は見ることが出来なかったが、毎日毎日ぐるぐるぐる1000周もしたチーク張りのデッキ、大海原を見ながら夕食を摂ったフォーシーズンズダイニングのテーブルなどを大桟橋から眺めると、ややくたびれてはいるもののまだまだ活躍できそうで、良くできたクルーズ船だったとわかる。クリスタル・ハーモニーとして完成した1990年頃は、まだ一般的でなかったバルコニー付きキャビンを多数配置した進取性も良かったが、船を全通する美しい木張りのプロムナードデッキ、クリッパーバウに曲線的な船尾などのポイントは長く乗ってみてその美しさに気づいたのである。改めて随分と贅沢に造られた船だった事がわかるのだが、取りざたされる新「飛鳥Ⅲ」は是非この基本的なフォルムと設計思想を保って造って欲しいものだ。

2011年11月 5日 (土)

対岸の火事か?

ギリシャの財政破綻によりEUが連日の大騒ぎである。私はヨーロッパの事情に疎いので良くこの問題を知らないのだが、通貨が域内でユーロに統一されれば、各国で金融政策が取れないからマネーサプライや政策金利を通じた経済のコントロールができない上、為替による通貨価値の調整が効かない事になる。一方財政は各国の恣意にいまだ任されている部分が大きいそうだから、ギリシャの様な借金漬けで脱税がまかり通る様な国が幾つか域内に存在することになるのだろう。そんな破綻した国がいよいよ借金を返せなくなった時、財政規律を保ち勤勉に貯蓄や納税をする国家の人々が、借金の棒引きについてどう処理するか、もめているのが今回の大騒ぎの源のようだ。


ギリシャに続き借金大国イタリアがIMFの監視を要請し、今回のG20でも各国の財政再建が主要テーマになっていると報じられている。ギリシャの問題が解決できなければ、イタリアに続きスペインなどでも同じ騒ぎが起こり、これらの国の国債や債権を抱える欧州の金融界には、リーマンショック以上の激震が襲うのではないか、と人々が戦々恐慌しているらしい。リーマンショックの時にも分かった事だが、今や各種金融商品に様々な債権が組み込まれているから、EUの国家が次々と破綻してデフォルトを起こせばその影響は想像を超えて広がり、世界大恐慌の再来も起こりえると云う専門家もいる様だ。

これは対岸の火事などではない、と私はこの問題に注視したい。問題となっているギリシャや南欧の国より、国家の借金という点では日本の方がはるかに巨額だからである。日本の場合は国債が国内の投資家に引き受けられているから事情が違うという評論も多いが、実態を超えて世界中を動き回る資金は、次にどこを何をターゲットにするのかまったく読めないのではないか。今回の円高でも感じた事だが、何が日本買いのきっかけになるかも不明ならば、買われたものがいつどんな動機で放出されるかも判らない世の中になっている。


野田首相は国際公約と云う形でG20で消費税の10%までのアップを発表したが、世界に対する公約と云う外圧を利用してでも速やかに消費税アップをし、財政再建を打ち出さないと、略奪的な経済はいつか日本を襲いかねないと、私は危惧するのである。農家の戸別補償などのばらまき政治を撤回し、TPPに速やかに加盟して雇用の拡大と経済の活性化や税収のアップを図らねば、日本は衰退するのみであろう。すでに起きているニッポンパッシングで済めばまだ良いが、ほっておけば国債のデフォルト、国家破綻という道さえ辿りかねないシナリオが日本にもある事を、経済の素人ながらギリシャ問題の報道を見る度に想起してしまうのである。
落ち目になると早いぞ~。

2011年11月 3日 (木)

国民の祝日には日の丸を揚げよう

20111103

子供の頃はお正月や国民の祝日になると、結構あちこちの家の門に日の丸の旗が掲揚されていた。休みの朝に日の丸をみると「 ああ今日は日曜日などでなく、特別な日なんだ 」と感じる事ができたものである。それがマンションなどに人々が住む様になって門柱などがなくなった頃からだろうか、日の丸の旗を掲げる習慣がすっかり廃れてしまった。今では祝日である事を知るのは、バスの前に2本斜めに掲揚された小さな日の丸を見る時くらいになってしまった。

と云う訳で、我が家では国民の祝日に小さな日の丸を掲げる事にしている。マンション住まいなので掲揚台もないし、第一マンションの扉の外側は共用部分で、個人で勝手に改装したり装飾したりはできない。ただクリスマスなどに小さなリース(飾り)を扉につける事をとがめられた事は、長いマンション生活の中でなかったから、もし注意されたらその時はずせば良いと思っている。

それにしても、掲揚台などないから小さなアルコーブの新聞受けに、小旗を結束バンドで固定するのが精一杯である。共用部分に向かって斜めに旗を突き出すのも拙いので、日の丸は壁面に平行になってしまうが、これが共同住宅であるマンションでの限界だと思う。しかし僅か1000円程度の旗にも拘らず、これを見ると祝日の意義を思い出して心あらたになり、昔の様に家々に国旗を揚げる習慣が戻れば良かれと思うのである。

« 2011年10月 | トップページ | 2011年12月 »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ