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2011年8月

2011年8月31日 (水)

ぼくの日本自動車史(徳大寺有恒)

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こんな面白い自動車の本を読んだ事はなかった。「誰にも書けなかった痛快無類の1冊」という帯のうたい文句そのままの本である。名著「間違いだらけのクルマ選び」の著者である徳大寺有恒氏が1993年に書き下ろした「ぼくの日本自動車史」が、今回文庫版となって草思社から再び出版されたものだが、内容は戦後の国産車草創期から1976年に「間違いだらけ」が出されるまでの、徳大寺氏と彼のクルマに係わる歴史やエピソードの網羅で、それが自動車評論にどう展開していったのか自伝的に書かれているのである。なかんずく文中には著者がクルマと係わって来た中での、面白おかしいエピソードがあまた披露されるが、著者の破天荒な生き方からするとそれらは決して誇張されたものでなく、リアリティーに満ちた経験であろう事が笑えるのである。


いわく東名名神高速全線を新幹線より早く走破したとか、昔の街道でトラックを追い越す際にトラックのいやがらせにあって、あわや対向車と正面衝突しそうになったなど、今では考えられない往時のクルマ好きな若者達の武勇伝を通じて、著者は日本のクルマが進化する過程を表わしている。著者のクルマにまつわる実体験から紡ぎ出されたこの本を読み進めると、軟派自動車おたく達の成熟と期を一つにして国産車が発展する様子が感じられ、私などは思わずげらげら笑ってしまうのである。それにしてもクルマの本を読みながら爆笑すると言うのも珍しい事である。


初代のクラウンやコロナなどの紹介、ブルーバードの台頭やスカイラインの先進性など昭和30年代初期の自動車発展の項などを読むと、クルマが憧れだった時代の事を懐かしく思い出し、「隣の車が小さく見えます」などという宣伝文句で代表されたカローラ対サニーの対決の箇所では、トヨタとニッサンの企業文化の違いに納得させられる。第2回日本グランプリでプリンス・スカイラインがポルシェを従えて走った、というあの象徴的な場面も、その真相がこの本に縷々述べられていて、それを読むと「うーん、さもありなん」と時代背景も読めてとても興味深かった。


さて「間違いだらけのクルマ選び」は1976年から2006年まで、毎年年末になると次年度版が出版されていたが、毎年必ず欠かさず購読していた私は、クルマを判断する基準を徳大寺氏の批評や考えを通じて知ったのである。各車種のスペックの優劣は置いておいて、クルマによる文化、何をもってその時代に於ける良いクルマと考えるかなど、クルマ社会のソフト面については、氏の意見が私の中で一つのベンチマークになっているとも言える。市場に出回る多くのクルマによって人々はいかに快適に暮らせるのか、という著者の姿勢は他の自動車評論家と一味違うユニークな評論だと思ってきたが、「ぼくの日本自動車史」はそんな著者のバックグラウンド披露であるとともに、戦後日本の工業史とも若者の文化史とも読めるのであった。


さて、この本が採り上げた1976年までの自動車揺籃期も面白かったが、その後現在に至る昭和・平成の国産自動車に関する続編が文庫本で出たら、それもまた面白いだろうと期待したいものである。 

2011年8月28日 (日)

フォード・フュージョン

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今回の旅行で、久しぶりにアメリカ本土でクルマを運転するためにAVISでクルマを借りる事にしたが、どうせアメリカで乗るならフル・サイズカーという事で、同社のホームページにあった”シボレー・インパラ”または同型という車種を予約した。”シボレー・インパラ”と云えば幾多の変遷があるものの、一世を風靡したアメリカのフル・サイズカーである。フルサイズのアメ車と云えば、前のシートは横一列の長いベンチ・シート、メーターはタコ・メーターなどくそ喰らえとばかり置き時計の様な四角いスピード・メーター、路面の継ぎ目をタイヤが拾うといつまでもフンワカ揺れている様な良き時代の車を何となく思い浮かべるのである。


シアトルダウンタウンのAVISで手続きをすると、カウンターの店員はいきなり早口で「フュージョン?」と聞いてくる。アメリカの店頭の常で、相手が外国人であろうと何であろうと喋る速度に容赦などないのだが、いきなり耳慣れぬ事を問われると、こちらは「何?またレンタカーに新しい約款でもできたの?」と一瞬身構えてしまう。ここでひるんではならじと、改めて「それはクルマの車種?」と問うと「そう、フォードだ」と答えるが、大体からしてAVISだからGM系列かと思っていると、フュージョンというのはフォードから2007年に発売された新しい車種だそうで、知らぬも当然。「GMのインパラ」だと思って行ったら「フォードのフュージョン」では面食らうのだが、仮にも日本の地方空港で「トヨタ・クラウン」を予約した外人客に、枕ことばもなしにいきなり「(ニッサン)フーガ?」と聞く事はない。こんな時、もし大東亜戦争に勝っていたら、日本語と日本式サービスが世界でもっと汎用されただろうに、と愚痴ってしまうのである。


などとレンタカーのチェックアウトにあまり良い思いをした事はないが、借り出したのが”フォードフュージョン”である。フルサイズカーなどと云っていたが、トヨタクラウンなどより、全長はやや短く見た目は日本のミドルサイズカーと変わらない。これをみるとアメ車が小さくなり、日本車が大きくなったのだと改めて実感する。ダッシュボードはごく普通のアメリカ仕様で、諸スイッチは丸いツマミ、メーターは本田のハイブリッド・カーさながら遊園地の電気自動車かゲーセンのドライブゲーム並のギンギラギンである。フワフワでソフトなハンドリングはついカーブで切り過ぎてしまい、「これぞアメ車!」と思わず唸ってしまうほどである。すべてに「 クルマって生活用具だからこの辺りで割り切って置こうよ」というクルマ社会ならではのいさぎ良さが却って心地良い。最近のアメ車はセパレートシートにタコメーター装備と、恰好は欧州や日本車とさして変わりないが、やはり中味はアメリカ向けだな、と予想通りの乗り心地に安堵感さえ覚えたのであった。

2011年8月27日 (土)

2011世界陸上開催さる

いよいよ世界陸上が、韓国のテグで開かれる。私も最近の陸上選手の動行をフォローしていないので偉そうな事は云えないが、正直言って今の世界の陸上トップクラスの選手を見れば、日本選手がどこまで活躍できるのか、そう大きな期待は持てないだろう。それでもハンマー投げや槍投げで” 一発ひっかけて”あわや入賞するか、男女マラソンでマイペースで走り切り、終盤上位に食い込む選手がいたらなあ、と言う期待はしている。


そんな中ではあるが、今年は後輩が2人も出場するのが大いに楽しみである。一人は一昨年の主将だった横田真人君、卒業して富士通に進んだが、今年の日本選手権でも優勝しており相変わらず好調を維持している様だ。ここは世界のトップクラス選手に引っ張られて、彼自身の持つ日本記録1分46秒16を大幅に破って欲しい処である。中距離種目と云うのは競馬のレースにも似たスリリングな展開が面白く、欧米の競技会では一番人気があるのだが、日本人の記録はこの分野で世界と大きく離れている。是非彼が活躍して、わが国の中距離のレベルを一段上げて欲しいものだ。


もう一人は廣瀬英行君、佐賀北校出身の現役4年生で主将である。彼も高校時代の記録を大学入学後伸ばして、今年の日本選手権では45秒84で2位、関東インカレでは400米や1600米リレーで優勝を飾っている。国際競技会では1600米リレーなどは穴の種目、是非リレーで決勝に残って欲しいと願っているところだ。横田君の800米予選は今日の昼からなので、早速後輩達の活躍を祈りながらテレビを見ようと思っている。


それにしても毎年毎年、私は律儀にOB会費を払っているが、最近は強化特別資金として別途寄付のお願いがくる。昔と違い、最近は大学レベルでも種目別のコーチや外部のエキスパート、トレーナーなどを呼んでこないと戦えない時代になってきて、戦力を強化するのはそれなりの資金が必要なようだ。学校からの援助は他校と違って多くは期待できない中、やはりOBが中心になって資金面のサポートをしなければならないのだろうから、多額ではないが請われた額の下限の方の寄付金を毎年払っている。かつて自分達がしてもらった事の幾分かでも後輩達に還元しようと云う思いだが、こうして世界で戦う選手が出てくると、褒美と言うか思わぬ払い戻しがあった様で、寄付している身としても嬉しいものである。

「金は出すが口は出さぬ 」これが一番美しいOBの姿である。と偉そうにいうほどの金額ではないが・・・・・

2011年8月26日 (金)

アーミテージ・ナイ対談

今朝の読売新聞によると、米国国防総省が24日発表した「中国の軍事・安全保障に関する年次報告書」では、中国の空母保有やステルス戦闘機開発、サイバー攻撃やミサイル戦略について、地域の安全保障に関する重大脅威として米国は強い警戒感を示しているそうである。一方、尖閣諸島や南シナ海での傍若無人な中国の振る舞いを見るにつけ、わが国を含む周辺諸国は、いよいよ彼らの意図が明確になったと感じ、安閑としていられなくなっている。

そんな折、昨年12月の発刊直後に読んだ文春新書「 日米同盟 VS 中国・北朝鮮」(アーミテージ・ナイ緊急提言)を、今回の旅行中に再度ゆっくり読んでみた。共和党のリチャード・アーミテージと民主党のジョセフ・ナイの2人の米国を代表する親日家、それに日本のジャーナリスト春原 剛の三氏の対談は、旧ブログでアップした通りだが、時宜を得たその論評に納得する箇所が多かった。再読してみて気が付くままに、同書のポイントを列挙してみる。


普天間問題
1.普天間問題は基地移設に伴う地元・建設業者の取り分と、その「おこぼれ」に群がる政治家や業者の「利権」が優れて問題の本質である。
2.沖縄の戦略的な意味は「そこに米国の軍人(若者)」が居る事によって担保されている。いわば米国人が人質となっているのが沖縄だが、この人質効果は旧西ベルリンに僅かな米軍が居ただけでソ連が侵入できなかった事でも明らか。民主党はその事を当初わかっていなかった。
3.日本に基地がある事が、すべてのアジア地域の安全保障を担保している。

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東アジア共同体
1.東アジアの安定には日・米・中の関係が大事だが、あくまでその関係は正三角ではない。日・米が近く中国が離れた二等辺三角型である。米国や豪州などを抜いた東アジアの共同体構想は、中国に席捲され中華共栄圏を作るだけである。

中国問題
1.世界第2位の経済大国になった中国は、環境問題を始めとする世界共通の問題にステーク・ホールダーとして参加する意思がない。
2.中国のサイバー攻撃や攻撃的な宇宙開発を米国は許さない。
3.中国は西太平洋や南シナ海の制空・制海権を得ようとしているが、「けんか越しの展開にはそれなりの報復が伴う」という態度を日米を始め周辺国がとる事が大事。
4.中国の軍事台頭には、日米同盟を強固にする事が周辺国からも求められている。

日米安全保障条約
1.日米安保が安定している事は、アジア全域の安定の為に必須のものである。これは周辺諸国も完全に同意している。
2.日米安保があっても、日本が紛争に巻き込まれた際に、日本が国内を整理し自国の国益を守ろうとする強固な意志を示さなければ、米国は他の道を選ぶかもしれない。
3.国連は日本が一朝有事の際に、日本の立場を理解し日本を守ってくれるとは限らない。
4.「核の傘」は、実際の核兵器配備のほかに、極めて政治的・心理的なものが含まれる。

その他
1.経済大国であるのに核を持たない日本は世界から尊敬されている。
2.核なき世界へ、抑止力は経済や学問の交流のほか、文化とくにポップカルチャーの様なソフト・パワーも重要になってくる。


と言った処であろうか。もちろんこの本では米国から見たいささか牽強付会の論もまま見られるが、概ねまっとうな事を米国の知日家が考えている事がわかる。私個人は、日本にとって、憲法を改正して自分で国を守れる軍隊を持つ事が真の独立だと信じているが、現実問題としてそういう状況にない今、改めてわが国の立ち位置を確認する為にも、なかなか良い対談だったと思った。

2011年8月25日 (木)

初サンマ

秋の味覚サンマの塩焼きを今年初めて食べた。例年よりちょっと早い出回りで、値段も一尾200円とまだ高いが、近海で水揚げされた生サンマは目も新鮮、食してみると脂肪も思ったより乗っていて美味しい。もっとも妻は大根おろしにスダチでなく、何とライムを皿にのせてきた。何でも残ったらつぶしが効かないスダチでなく、ビールに入れたり色々応用が利くライムの方が便利なので「がまんしてね」と笑っているが、あれだけ”アバクロ”をアメリカで買ってきた人間が、今度は200円足らずの食材をけちると云う。どうも妻の行動基準が今一つ解らぬ、などとつぶやきながらライム味でも結構いけるサンマを食べた。

ニュースによると、今年は近海でサンマが例年の倍近く回遊しているそうだが、東北地方の漁船が被災していて今後の漁が心配だという。また宮城県などが練っている漁業の復興計画では水産特区が問題になるなど、東北地方の漁民を取り巻く環境は激変のようだ。漁業特区は漁業者と民間資本で設立した会社なども、漁協と同等に漁業ができるようにする構想だそうだが、私など都会の人間から見ると大変結構なアイデアに思える。震災・津波を奇禍として、東北地方が最も近代的なシステムで、活き活きと活性化される事を望みたい処である。

まあ、それはさておき、今年は被災地の復興進展を見守りつつ、大いに東北のサンマを食べて、少しでも「頑張れ東北」と支援したいものだ。

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2011年8月24日 (水)

MAKE SENSE ?

世界一周からアメリカでの放蕩とこの5ヶ月間、文字通り地球のあちこち遊んで廻ったが、その際にうんざりして来たのが妻の買い物の付き合い。ワールドクルーズではシンガポールで雑貨を買ったと思ったら、アフリカの小さなみやげ物屋でどうでもよい様なみやげ類を吟味し、ニューヨークでは”アバクロ”などと私にはまったく知らない店でポロシャツを妻は買ってきたようだ。で、今回の旅行でもシアトル近郊ノースベンドのアウトレットやベルビュー・スクエア(ショッピングセンター)、ハワイではカラカウア大通りに始まり、ワイケレのアウトレットにアラモアナ・ショッピングセンターなどに行き、一体全体この間に何時間くらい彼女は買い物に労力を費やしただろうか。


買い物と云えば、どうしても欲しいものが見つかってもその場ではまず買わず、1ヶ月たってまだ欲しかったらその店に直行、買い物をしたら直帰するという行動パターンである私には、あれもこれもと買い物をする女性の心境がどうにも理解できず、いつも「 体は一つしかないし、色々買っても狭い家のどこに収納するの」と待ちくたびれて嫌味の一つでも言えば 「 あなたってケチなのね 」などと応酬され、しばしば二人の間が険悪なムードになるのが関のヤマ。そんな訳で、買い物は我が家では鬼門という事になっているのである。


さてあれこれ繰り返しつつ帰国して、昨日は所用で久しぶりに日本橋のデパートに妻と行った。そこで用事も済ませた私たちは、ふと海外で売られているブランドが東京のデパートでは一体いくら位で売られているのか、俄かに興味を覚えちょっとデパートを一周してみる事にした。ぐるっと廻って発見したのは同じ品物を海外で買うと、今では総じて海外の方が約4割から5割安いという事であった。もちろん東京のデパートで買えば、日本人向け寸法合わせやアフター・サービスその他もろもろの付帯サービスが着くのであろうが、洋服で云えば体に合ったもの、雑貨ならちょっと欲しかった物があれば、今では海外に行けば同じものが半値で手に入るのである。


この値段の差は主に今の円高に起因する事なのだが、こんなに彼我の価格が違うなら、安いツアー旅行で海外に行って欲しかったものをしこたま買い込んでくれば、旅行代などは、すぐに元がとれるというものである。逆に云えば「 円高・円高、輸出が主体の日本の産業が大ピンチ 」と喧伝されている陰には、為替でがっぽり稼いでいる輸入業者が多数いて、彼らはにんまりと笑いつつ懐に差益を入れている訳である。折りしも昨日の新聞記事では高級外車ディーラーが「ブランド・イメージがあるので値下げは考えていません」とコメントしていた。輸入業者も為替をすべて予約している訳でもないであろうから、この際輸入品が大幅に安くなったら消費者にとって大きなメリットなのだが、儲けている業界ほど沈黙しているものである。


さて我が妻は「 ね、私もただ馬鹿みたいに買い物・買い物と言っているわけじゃないの。欲しかった良いものが半値で買えるのだから、極めて合理的な選択をしているのよ」と、デパートを見て廻った昨日はちょっと誇らしげであったが、たしかに輸入品がまったく安くなっていない東京のデパート店内を見ると「 おっしゃるとおり 」とこの日ばかりは、すごすごと引き下がざるを得なかったのであった。まあ買い物をして廻るのも名所旧跡を廻るのと同じく、海外旅行に於ける一つの行動様式、楽しみの一つだと、これからは少し大目にみるかという気持ちにもなったのだった。


写真は妻のシアトルとハワイでのアバクロ戦利品 (でもやっぱり多すぎか?)
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2011年8月22日 (月)

何でもやってみよう

遊び倒したこの5ヶ月。ワールド・クルーズを楽しんで休む間もなく、アラスカからシアトルとアメリカを2週間以上廻って、旅の最終章はハワイのオアフ島という事になった。飛鳥Ⅱの大名旅行にすっかり慣れ切った身から、今回は自己手配の旅、廻りはアメリカ人だらけの旅で心身ともにやや疲れたので、ハワイならゆっくりリゾート生活を満喫できようかとホノルル空港に到着した。というのも、ハワイには妻の母や義理の姉妹一家が夏休みで一歩先んじて乗り込んでいて、一旦合流すれば車の運転から諸手配まで彼らがやってくれるのであった。なにしろリゾートの語源は「退却」だというから、何もせず砂浜で本でも読みながら寝転がっているのが、私のバケーションに対する理想なのである。


ところが現実はそうも行かない。ショッピングに付きあったり久々のゴルフをしたりと、時が瞬く間に過ぎていく。そしてハワイのアクティビティーのクライマックスは、乗馬(トレイル・ホーズ・ライディング)であった。といっても私は乗馬はおろか、馬については馬刺しを食べる位で、これまでまったく身近に感じた事がないのである。しかし飛鳥Ⅱで聞いた村上和雄氏の「『遺伝子スイッチ・オン』」になる為には、年齢にかかわらず何でも積極的にやる事が大事 」と云う講演にいたく感激した私は、年甲斐もなくオアフの山林を廻るホースライディングに、年の離れた義弟妹や姪に誘われるまま参加してしまったのであった。


という事で、一族7名でオアフ島ノースショアのハッピートレイルと云う牧場に来たが、トレイル・ホース・ライディングはいきなりそれぞれが馬の手綱を繰って、山道を隊列をなして歩くというものらしい。何の事前練習もなしにトレイルに分け入り80分も山坂道を馬で歩くとは、フロンティア時代から馬が身近なアメリカらしい遊びなどと思っていると、牧場から私にアサインされた馬はアラブとサラブレッドの混血「ジュエル」という白い老いた牝馬である。昔から白い馬はワガママだと云う上、(馬にしては)酸いも甘いも噛み分けた様な老練熟女の様な面構えに、ちょっと不吉な予感を感じたのだが、もっと違う馬に乗りたいという訳にも行かず山道に歩を進める事になった。


こうして先導と後続の馬を従えて9人の隊列で騎馬小隊が山道を歩き始めたが、列の真ん中のジュエルは案の定まったくマイ・ペースである。前の馬に着いて行く気がないかの様に、のそりのそりとゆっくり歩くので、「 速く 」と教えられた様に腹を蹴ると、いやいや走りつつ前の馬に追いつくが、すぐにうまそうな葉っぱが道端に茂っていると、寄り道をしてゆったりと味わっている。気の強そうな熟女を慣らすには少し好きな事をさせてみようかと、最初は自由にさせて「グッド・ガール」「グッド・ジョブ」などと馬上で褒めるが、そもそも私の英語が馬に通じないのか、相手はどうも一枚上手で相変わらずマイ・ペースである。 それにしても 「どう、どう」等といって馬をなだめるのは、西部劇の日本語翻訳版だけなのか彼女は反応しないものである。


思いなおして、途中から「 俺がマスターだ、言う事を聞け 」と云う姿勢で威圧的に強く手綱を操作し 「キープ・ゴーイング 」「 キープステップ 」と知ってる限りの命令を強く言うと、彼女は”おやっ”とばかり反応を変えたのである。しかしこの老馬もなかなか手だれたもので、しばらくすると、前の馬と少し距離が空いて、私が腹を蹴ろうとする直前に勝手に走り始め、先行馬に追いつくと自動的に減速し始めるのである。まるで「ウルサイのよ。いちいち指示されなくてもちゃんと前の馬についていくわよ。ただどこで追いつくかは私の勝手にさせてちょうだい」と、その背中が語っているようだった。他の馬はといえば従順なものもあれば道草を食うものもいて、馬もそれぞれ個性があるものだと感心したが、殊に「ジュエル」の様なちょっと壊れたクルーズコントロール付きのじゃじゃ馬に愛着がわいたのであった。

写真がわが「ジュエル」
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2011年8月16日 (火)

始球式

先週末はシアトルのセーフコ・フィールドでシアトル・マリナーズ対ボストン・レッドソックスのメジャー・リーグ・ベースボールを妻と観戦した。アメリカンリーグ西地区の最下位を走るマリナーズのホームゲームであるから、観客席も閑散かと思って出かけて行ったのだが、予想に反してほぼ満員の盛況ぶりで、翌日の新聞では4万人を超す入場者だったと発表されていた。対戦相手のボストンはもともと老舗人気球団の上、ア・リーグ東地区でトップ争いをしているので、多くのボストンファンが観戦に訪れていた上、イチロー目当ての日本人観光客も多数入場していて、鈴なりのスタンドに陣取る観客はシアトルの夏のMLBナイトゲームを楽しんだのであった。


6月初めに飛鳥Ⅱで訪れたニューヨークで、我々はヤンキー・スタジアムに行ったので、メジャーリーグ・ベースボール観戦は今年2度目になる。ニューヨークではヤンキー・スタジアムのえげつない野次に辟易とし、外野指定席が100ドルという高い入場料に驚いたが、大陸の西側のベースボールはグラウンドに手が届きそうな内野の指定席が50ドルと常識的な範囲、雰囲気もファミリーが中心でアットホームなものである。6月13日付けでアップしたヤンキー・スタジアムのビール売り場の呆れたID要求も、セーフコ・フィールドでそんなものを要求されず気持ち良くビールが飲める。代わりにごく若いアメリカ人のカップルは年齢確認のIDを要求されていたから、ここでは常識が通用するわい、とちょっと救われた気分になったのだった。


ところでこの試合の始球式は、アフガニスタンに駐留していたアメリカ軍人がマウンドに上がり、見事な投球をして満員の観客席からは万雷の拍手を浴びていた。翻って日本では国際貢献にパキスタンやソマリアなどで展開した自衛隊員が、ドーム球場などでプロ野球の始球式などに登板した事などは聞いた事がない。自衛隊だけでなくこのたびの東北の震災や津波、さらに原発事故で献身的な活動をした警察や消防隊員などが、全国版の大きなイベントに招待される例があるのだろうか。試合開始の際に流れるナショナル・アンサム(国歌)を聞くと、日本でもプロ野球では「君が世」の斉唱をした方が良いと思うし、国のために身を捧げている現場の人達が、もっと晴れがましい席に招待される様になったら良いものだと、マリナーズの試合を見ながら思ったのであった。
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2011年8月15日 (月)

移民とモラル

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アラスカ・クルーズから下船して、久しぶりにシアトル郊外のベルビューという町に一週間ほど滞在し、毎日気温22度ほどのパシフィック・ノースウエストの夏を楽しんだ。かつて駐在していた頃、20年ほど前のベルビューは、8割~9割が白人の住む典型的なベッドタウンで、当時は良きアメリカの伝統が残っていたのか、交通もしごくのんびりしたものだった。ある友人は日本から引っ越した直後、日本と違う右側通行に慣れず、中央分離帯のある広い道を逆走してしまったのだが、正面から来た車は「違うよ、あっち向きだよ」と笑いながら正しい方向を指差して待ってくれたとかで「何て優しい町だろう」と感激していた。


このベルビュー近辺は、マイクロソフト本社やIT関連の企業が多数進出したため、最近はオフィスビルや新しいホテルなどが目だって増えてきた。ベルビューからシアトルへ向かうためにワシントン湖を渡る2本の高速道路は、かつて朝はダウンタウン行き、夕方はベルビュー方面に向かう車で渋滞したのだが、今は逆に朝ベルビューに通勤する車で逆車線が大渋滞を起こすのである。町が発展するのは結構な事だが、そんな人の増加に伴い、今回は運転していて”おや”っと思う経験を二度ほどした。


一度目は住宅地のごくローカルな交差点を赤信号で待っていた際、車内のものを拾うためにホンの1、2秒青信号で発進するのが遅れたのだが、後ろの車から猛烈な勢いで、早く行けとばかりホーン(クラクション)を鳴らされた。往来もほとんどない交差点で、止まっているのは我々の車とその車2台、一体何を急いでいるのかとびっくりしたのである。そういえばかつては街中で、ホーンなどは鳴らさない事と云われていて、私も滅多にアメリカではホーンなど鳴らさなかった覚えがある。この車、私の車を追い抜きざま「もたもたするな」とばかり一瞥をくれて去って行ったが、安い車ながら手を入れた凝った車体、運転手の横顔は以前はあまりいなかった南アジアか中東系の浅黒いあんちゃんだったから、勝手な推測ながら移民してきた若い者が、車を手に入れて粋がっている様にも感じたのである。


もう一回は田舎道を走っていた時、どうもミラー越しに見える後続車のドライバーが警官の様な服装なので、念のため制限速度以下でゆっくり走行していた所、その後ろの車から速く走れとばかりパッシングライトを点滅された。パッシングなども、このあたりの田舎では滅多に経験する事がなかったので、最近は日本並みにそんな事をするドライバーも増えたのかとちょっと驚いたのだが、老齢になっても運転しなければ生活していけないアメリカで、高齢者などはこの乱暴になるトラフィックマナーに付いて行けるのだろうか?


たかだか1週間、250マイルほどの運転中二回ほどこんな経験した事から、最近のアメリカの交通モラル云々を敷衍するのは短絡的かもしれない。しかし新しい産業が芽生え、人口が増え、都市化が進むに連れてアメリカでは、段々運転が世知辛くなって来た様な感じがした。殊に先の例からは、いわゆる白人以外の移民が増えるに連れ、伝統的なおおらかさが叙々に消え去っているのではないだろうかと思うのである。高速道路の最高制限速度は上がり、ヒッチハイクという伝統もすでに消滅したこの国をみると、日本も移民を受け入れれば、これまで我々が培ってきた様々なモラルやマナーが少なからず壊れていくのだろうか。そういえばマクドナルドでも、日本と違いホスピタリティーのかけらもない、仏頂面のヒスパニック系の女性店員からハンバーガーを受け取ると、移民や多民族化と伝統の共生とは難しいものだと考えさせられたのだった。

2011年8月11日 (木)

ボーイング・エバレット工場見学ツアー

乗り物好きの妻は、シアトルと云えばボーイング社の工場見学に行きたいと云うが、かつて90年代の初頭に私が駐在していた頃あまり訪れる人もなかった工場見学が、今ではシアトル観光の最大の目玉となっていると聞いて驚いた。ボーイングの工場の側においしい天婦羅屋があったな、という位で道も定かに覚えていないし、朝のラッシュ時に久しぶりに運転して行くのもかったるいなという事で、法外に高いとは思いながら現地日系旅行社の日本人ガイド送迎付きツアーを頼む事にした。これはベテランの日本人ガイドがエバレットのボーイング工場とシアトルの南にある航空博物館を日帰りで案内してくれる7時間のツアーである。


さて朝8時過ぎにホテルでピックアップされ、巨大なボーイング工場のコンプレックスに到着したのが9時過ぎ。この地に20年以上住む男性ガイドはさすがベテランだけに、9時半にスタートする工場見学ツアーの前に、ビジターセンター周辺をあちこちまわりながら施設の概観やこの工場の役割などを教えてくれる。滑走路ではまだ塗装も済んでいない777が滑走から緊急停止するテストなど、普段見られないものも眺めることが出来た。


ツアーは9時から30分刻みで組み分けされてスタートするが、その前に工場内の見学はカメラはおろか携帯電話など一切の電子機器持込不可なので、これらの荷物を受付近くのコインロッカーに預けるか車の中に置いて来なければならない。ビジターセンターの入口でチケットを見せると、まずJALやANAが頻繁に出てくるボーイング社のPR映画を見る事からツアーが始まる。上映が終わり外に出ると目の前に大きな観光バスが止まっていて、9時半の部の参加者(我々の場合は40人ほどだった)が女性の案内で一同ぞろぞろと乗り込み工場前まで行くのである。


約1km離れた大きな工場の前までバスで行くと、工場の建て屋はまるで空港のハンガーがいくつも横に並んだ様な巨大なつくりである事がわかる。さかんに案内の女性は扉の大きさをフットボール場何個分などと説明してくれるが、ギネスレコードに認められた世界で一番大きな建て物である事は実感できる。バスを降りて階段で工場内の地下通路に入り、300米ほど歩いてエレベーターで見学者用の展望台に出ると、ここから飛行機が組み立てられる様子を見ながら案内嬢に工程を説明をしてもらえる。


ツアーは747(ジャンボ)の8シリーズ(主に貨物用)の工場、次に777、最後に最新の787(ドリームライナー)の工場を次々に見学するのだが、機種が新しくなるにつれ、手作り的な製造からライン上の流れ作業になり、看板方式的になるのがわかる。映画やガイダンスに加え、この約1時間半の現場見学で工場のツアーは終わるのだが、我々が帰る頃にも次々ツアーが出発するのと出会う。その有様を見ると航空機製造のダイナミックなシーンもさる事ながら、一人20ドルを徴収し極めてシステマチックな面白いアトラクションツアーを彼らは考え出したものだと感心した。妻の興味に付き合って初めて来てみたが、日本人ガイドの案内も効率的で、アメリカの効率的かつ見せる工夫満点の工場見学も面白いものだと思った。

完成間近い全日空向け787と工場(後ろ)
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航空機ファン垂涎の747LCF、ドリームリフター。これで日本から787の胴体や主翼を運ぶ
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2011年8月 9日 (火)

クルーズ船男性のドレス・コード

飛鳥Ⅱのワールド・クルーズを終了して、すぐにアメリカ船のアラスカ・クルーズに乗ってみると、当然の事ながら船内の様子もがらっと違うのだが、特にドレス・コード、殊に男性に関して彼我の差が大きい事を実感した。今回乗船したゴールデン・プリンセスはこの海域で長年クルーズを実施しており、ごく平均的なアメリカの大型クルーズ船の一隻だといえよう。今航海は満船状態でそれなりに老齢者も目立ったが、一方で子供の乗船者が600人、うちティーンズが200人余と船内でアナウンスされていたから、平均年齢が40歳台と云われる米国クルーズ乗船者の平均に近いのではないだろうか。シーボーンやリージェント等の小型・高級ブティック船やキュナードなどに乗った事がないので、私もあまり偉そうな事は言えないが、アメリカ船がアメリカ海域でクルーズを行うときの、男性のドレスコードを見るには良い例だといえよう。


このアラスカクルーズ中には、ドレス・コードがフォーマルの日が7泊のうち2回あったのだが、私達は機内持ち込み荷物の重量制限がうるさい安いエアチケットに加え、下船後アメリカに暫く滞在するので極力荷物は軽くしようと言う事で、今回はタキシードやスーツさえ持参しなかった。スポーツシャツ・プラス・ネクタイ1本にサマージャケットだけで乗船し、フォーマル指定日になって他の乗船客があまりに正式に着飾っていたら、潔くルームサービスかビュフェで過ごそうと覚悟して出発したのだった。


最初のフォーマルナイトの夕方6時ごろ、こそっと船内巡検に行って見るとこれが何の事はない、皆なごく普通の格好である。青や黒っぽい単色のワイシャツを着ているだけの人が3割くらいか、その単色シャツに赤やら白やらのあまり品のよろしくないネクタイを着用している人が加わって、約半数がジャケットなしネクタイをしているだけである。これにジャケット着用者が加わって、全体の8~9割くらいが飛鳥で言う「カジュアル日」におけるダイニングの夕食の服装程度である。という訳で、私達も安心して堂々と軽装でダイニングに向かう列に加わったのであった。


良く観察していると、本格的なダークスーツを着ているのは全体の10%くらいだろうか、ましてやタキシード着用者は”まばら”というのが「フォーマル日」の実情であったのだが、これは昨年のウエステルダム(ホーランド・アメリカライン)で回った英国周遊クルーズの高い正装率とは隔世の感である。反対に先年乗船したP&Oオーストラリアのパシフィック・ドーンも英国式かと思ったら、船内すべてあまりにカジュアルだった事に驚いたのだが、これらから想像すると、どうもドレスコードはクルーズする海域や乗客の国籍によって大きな違いがあるのではないかと云う事である。一般的に言って欧州海域でのクルーズは正装率が高く、アメリカや豪州など新大陸海域でのクルーズはカジュアルなのだろうなと感じたのであった。 飛鳥Ⅱではワールドでなく普通のクルーズでも男性の3~4割くらいがタキシードを着用している様だが、これは世界的にも相当高い部類に入るのだろうと思われる。

2011年8月 5日 (金)

アラスカクルーズの雑感

アラスカクルーズには、2008年の夏に”セレブリティー・マーキュリー”号で来た事があるので今回が2回目である。セレブリティークルーズと云えば、今は大コンソーシアムになったロイヤル・カリビアン傘下になったとは云え、もともとギリシャ発祥の会社だけあって船内デザインも粋だったし、何より食事がうまかった。一方今回乗船した”ゴールデン・プリンセス”号を運航するプリンセスクルーズはクルーズ産業のもう一方の雄、カーニバル傘下となっており、船内の装飾や食事はアメリカン・コンテンポラリー調を体現していると感じる。


このプリンセスクルーズとセレブリティークルーズ、それにホーランドアメリカラインやノルウエイジャンクルーズラインの大型船は、このシーズンになるとアラスカのどこの港に行っても見る事ができ、ほぼ同じ内容のクルーズを提供している。その点ではこれらメジャークルーズラインのどの客船に乗っても内容にそう大差なく、どこのラインでも概して同じように楽しむる事ができる(もっとも見所の氷河クルーズは会社によって優先順があるが)。乗客は総じてアメリカのファミリーやシニアー層で、陸上にいるよりはちょっと「古き良きアメリカ」的な雰囲気が、クルーズ船内には漂っている感じがするのである。またカリブ海クルーズの大型船などより、アラスカクルーズの方がちょっと上品な雰囲気となっている様に私は感じるが、これは主にクルーズ海域の違いによるものだろう。


さて普段は観光客もまばらなアラスカの小さな田舎町に、夏の間は毎日の様に10万トン前後の大型船数ハイがそれぞれ2~3千人の乗客を運んで来る。港々で多くの乗客が次々に下船して来るのを見ていると、よくこれだけの人たちがクルーズ船に乗るものだと、アメリカのクルーズ産業の隆盛に改めて瞠目するのである。考えてみればアメリカ人は一生パスポートなど持った事がないという国内派の人も多数存在する大陸国家である。早期割引やらラストミニッツセールやら、ありとあらゆる方法で集客をするのだろうが、そのバイタリティーとフレキシビリティーにこの国の観光産業の強さを見るような気がする。


それに対して日本は周りを海に囲まれた海洋国家なのだが、いまだクルーズといえば、ハード面では世界の新鋭船から一時代は後れた客船数隻を「豪華客船」という決まり文句でセールスしている。確かに日本船は目の飛び出るような高級料金に見合う、至れり尽くせりの内容と食事を提供してくれるが、わが国でクルーズが始まってからもう20年になる。そろそろ邦船各社がそれぞれ特徴を出して、様々な形態のクルーズを提供して欲しいものである。どうも噂に聞くところによると日本船は、小型・高級のブティック船へ代替する事を狙っている様だが、アジア市場や退職する団塊世代を見据えて、あらたなコンセプトで7万トン級の新造大型船をどこか導入しないだろうか。外資との提携もありと思うのだが。日本と同じ海洋国家のイギリスでも近年クルーズが盛んになっているのをみると、国民性の違いとはいえ寂しい限りである。

ゴールデンプリンセスの真後ろに着桟したHALウエステルダム(ケチカンにて)

20110804

2011年8月 4日 (木)

しばしの放蕩

飛鳥Ⅱのワールドクルーズから下船して2週間。またアメリカ合衆国に来ている。今度はプリンセスクルーズのアラスカクルーズに乗り、下船後もしばらくシアトルとホノルルに滞在するのだが、世界一周に続けて我ながらムチャクチャな遊び方だと思っている。私の周囲もちょっと呆れ顔であるが、これにはちょっとした訳がある。というのも先般某社から契約社員として来ないかという話が有り、ありがたい事に9月1日より4年半ぶりにサラリーマンに復帰する事が決まったのだが、そうなると今後は簡単に休みは取れない事が第一の理由。この年で第二の職場がある等と云うのは望外の幸せなのだから、しばし遊び収めで、秋からはしばらく仕事に専念せざるを得ないという処である。


次にとうに亡くなった妻の祖父の家を取り壊すに当たり、家の整理をしていたら何と30年近く前の郵便貯金通帳が出てきて、バブル期以前からの高金利を反映して少々纏まったお金が突然妻の家族に入金したのである。宝くじに当たった様なものだから、このお金は亡き祖父に感謝しつつ皆で楽しく使ってしまえ、というのが、今回の大遊びの第二の理由。という事で、最後のあがきである遊蕩シリーズの一環として、先週末からシアトル発アラスカクルーズの”ゴールデン・プリンセス”号に乗って、二度目のアラスカクルーズに来た。


と云っても飛鳥Ⅱの大名旅行で大金を使い果たした我々だから、今回は安い航空チケットにネットで取ったモーテルとレンタカーという事で、2週間前までの飛鳥の上げ膳・据え膳状態から一転して、すべて自己手配・自己責任の旅である。のっけからゴールデン・プリンセスの乗船地シアトルまで来るのも直行便ではなく、ホノルルで安いハワイアン航空に乗り換えて来たのだが、ホノルル空港の案内には不慣れで、手荷物が最終的にシアトルで出てきた時はよく無事に着いたものだとホッとしたのだった。さてそうして乗ったゴールデン・プリンセスは夏休みの家族連れで満員で、同じクルーズと云っても長い日数か短かいのか、クルーズする海域も違えば、乗客がアメリカ人や豪州人かヨーロピアンかで、船内の雰囲気も随分違うものだと改めて感じている。


それにしても船内には他に数名の日本人らしき乗客もいる様だが、数少ないアジア人乗客のほとんどが台湾か香港の人たちの様で、例によって家族連れで集団でワイワイやっている。どこに行っても日本のプレゼンスが極端に後退して、アジアといえば中国と云う時代になったのだなあ、と改めて寂しい気持ちがするが、我々もこんな円高を利用しない手はない。いまアメリカでは何を見ても買っても、ちょっと前の2~3割引きという感覚で楽しめるのである。みんなで海外にどんどん出かけよう、個人として円高を大いにエンジョイしようと呼びかけたい気持ちがする。

本船と同時刻にシアトルのダウンタウンから出港する「ノーウェジアン・スター」

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