« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2011年6月

2011年6月28日 (火)

世界のクルーズ業界は?

アカプルコでは飛鳥Ⅱに並んで、小型の白い客船が岸壁に着いている。”OCEAN STAR PACIFIC”と書かれた船体はかなりの船齢に見えるが、その優雅なたたずまいからすると、結構由緒正しい履歴を誇っている船の様である。港内にいるのを幸い、その船の事を携帯から検索してみると ( 飛鳥Ⅱのネットは遅い上にバカ高いので、港にいる間にネット接続するにはもっぱら携帯電話が便利 ) もともとはロイヤル・カリビアン・インターナショナル社が1971年に建造した”ノルディック・プリンス”号らしい。同船はジャンボ化工事や幾多の転売を経て、ついこの前までルイス・クルーズ社に所属していた”AQUA MARINE”(2万3千トン)と云う名前のクルーズ船であり、ごく最近メキシコのOCEAN STAR社に売られた様である。


岸壁沿いにオーシャン・スターパシフィック号の舷門に行って、西洋人のオフィサーに興味の趣くままに尋ねてみると、同船はアカプルコ・ベースでクルーズを展開しており、今回は太平洋岸の4日間のクルーズで、主な乗客はメキシコ人だと云う。ついでにアカプルコのクルーズターミナルに詰めていた現地の日本人旅行社に聞くと 「 ラテン・アメリカの人が一杯ですけど、ノリノリの船ですよ。飛鳥も良いですが、こういう楽しい船も一度乗ったらどうですか 」と勧められる。こうしてみると日本人にも馴染みがあるカーニバルやロイヤルカリビアン ( またはその子会社群 ) などの他に、我々の知らない様々なクルーズ会社が世界には多数ある事にあらためて驚かされる。従来のアメリカやヨーロッパのマーケットなどの他に、新興メキシコ人を主なターゲットにするなど、日本人の知らない地域でクルーズ産業が新たに芽生え、発展している様だ。


そういえば北欧のストックホルムではBIRKA LINEというクルーズ会社が、”BIRKA PARADISE”と云うまだ新しい2万トン~3万トンの純客船を運航して、ストックホルムベースの週末クルーズを行っているのを見た。この会社などはベルリッツの年鑑にも出ていないニッチ・マーケットのクルーズ会社の様で、北欧の人々が主な乗船客の様である。フェニックスライゼン社やフレッドオルセン社などの様に、大手メジャークルーズ会社の中古船を購入して次々にビジネスを拡大しているヨーロッパのクルーズ会社の他に、世界では新造・中古を問わず、次々に新たなクルーズ事業が開拓され、拡大していくのが見て取れる。翻って邦船では”飛鳥Ⅱ”にしろ”にっぽん丸”にしろ船齢20歳を越え、一番新しい”ぱしびい”でさえ老朽化して、一向に変わり映えしないマーケットである。郵船クルーズの関係者は、さかんに「新しい『飛鳥Ⅲ』新造」の話を船上でほのめかすが、一体日本のクルーズ船事業はどんな展開を見せるのだろうか。


オーシャン・スター・パシフィック号(上)とバーカ・パラダイス号(下)
20110627

20110627_2

2011年6月25日 (土)

ペリカンに噛まれた

飛鳥Ⅱは6月23日朝にメキシコの古くからの景勝地アカプルコに入港した。例によって特段予定も入れていなかったので、飛鳥Ⅱから歩いて行ける場所として、江戸時代にこの地に上陸した支倉常長の像を見に行ったり、パパガージョ公園を散策したりとのんびり過ごす事にした。しかし夏至を過ぎて間もない今日この頃、北緯17度の太陽は頭上から強烈に照りつけて、街中を歩いていると陽射しに頭がクラクラしそうである。と、その時海岸を見ると、男達が何人もで地引網を曳いているのが目に留まったので、涼を求めるのもあって我々夫婦は砂浜に下りて行った。


そういえば昔は、海水浴で海岸に行くと地引網を曳くのを手伝って、褒美として地元の漁師から小魚をもらったりしたものだが、最近は人の手で曳く地引網などを日本では行っているのだろうか。懐かしさに傍に寄って網が砂浜に上がるのを見ていると、網の中にはアカプルコ湾に捨てられたポリ容器などのゴミに混ざってアジ、サバ、タイや小型のサメなど結構様々な魚が絡めとられて上がってくる。地元の漁師達は手際よく種類別に魚を砂浜に並べるが、エイなど市場で売れない魚は手づかみにすると、ピチピチ撥ねるうちに次々に海に返していく。


そんな場面を狙って、上空からはペリカンの群れが、漁のおこぼれにあずかろうと集まってくる。それにしてもこのペリカンという鳥は、形も大きいし、その飛んでいる姿が恐竜にも似ていつ見ても薄気味悪い鳥だ。漁師たちは網目からこぼれそうな商品にもならない小さな魚を、そんなペリカンに放り投げてやっていたのだが、そのうち観光客の何人かが、漁師のサービスでそんな小魚を手渡しでペリカンにやる事になったのは、観光地アカプルコならでは情景なのだろう。


ペリカンなどにあまり近づきたくない私は、えさやりを遠巻きに眺めていたのだが、好奇心が人一倍強いわが妻はそんな野生のペリカンに小魚をやっては楽しんでいる。最初はエサをこわごわ投げていた彼女だが、そのうち漁師をまねてペリカンのグロテスクな大きな口ばしに魚を手渡しで運んでいるのは勇気があるというか何というべきか。海外にいる時には、野生の動物には警戒しておいた方が良い、いつガブっとやられるかわからないからと思う臆病な私は「もうやめておけ」と言いたいところだが、そんな事でひるむ様な彼女ではない。


しばらく妻は小魚をペリカンにやっていたが、そのうち指を口に入れてとぼとぼと帰ってくる。「 どうした 」と聞くと「 ペリカンに指を噛まれた 」と彼女。何でもペリカンのあの大きなくちばしの縁の部分には、魚を捕らえるためなのかギザギザがあって、油断した訳ではないがそれにがぶっと挟まれたそうで、私にしてみれば「用心が足りない、それみろ 」と言いたいところだ。まあ狂犬病の恐れがある野犬に噛まれた訳ではなし、右手の中指にちょっとした切り傷をつくっただけで大した事はない様だが、ペリカンに噛まれて怪我をした等と言う不用心な日本人が年に一体何人いるのだろうか。好奇心もほどほどにと思いつつ、バカだなあと妻に聞こえない様に一人呟きつつ飛鳥Ⅱに戻って来たのだった。

20110623_2

2011年6月23日 (木)

パナマ運河

飛鳥Ⅱは6月19日早朝に、パナマ運河の大西洋入口であるクリストバルに入ってきた。いよいよ10時間に及ぶパナマ運河通過である。私にとってパナマ運河と云えば、今から33年前に一万トンの在来型貨物船で研修として往復した思い出の場所である。あの頃のカリブ・中南米航路はまだコンテナが普及しておらず、日本から研修に乗ったのはデッキにデリックが林立する昔ながらの一般貨物船。それも日本人が35人も乗り組んでいたから今の船舶から思うと隔世の感がある。


横浜を出て航海の最初の寄港地ロス・アンジェルスが、生まれて初めて行った外国だったから、ロス上陸にはいたく感激した思い出があるが、パナマのクリストバルでも強盗にもあったなどと、当時の記憶がパナマ運河の風景を見たら走馬灯の様に蘇る。2014年に完成予定の運河拡幅工事を見ながら、飛鳥Ⅱはクリストバルからガツン湖を経て太平洋側の出口バルボアへとゆっくりと向かう。デッキから一日通峡する景色を眺めていると、水位を調整する閘門は当時と変わらないが、クリストバルやバルボアの港がすっかりコンテナライゼーションされたのには、時代の流れを感じた。


もっとも驚いたのは、太平洋側の首都パナマシティの遠望だった。乗船実習の際には、見習い事務員として航海記録を公証してもらう為に、パナマシティの日本大使館にも行ったが、高層ビルなどほとんどなかった古い町であったと記憶している。それが今回飛鳥Ⅱの船上から見るパナマシティーの市街地は、シンガポールも顔負けの超高層ビルが林立しているのが見てとれる。運河の収入以外には大した産業もないパナマであるが、タックスヘイブンで世界中のお金が集まってくるのだろうか。あれから30年以上経ったのだから景色が変わるのも当然と云えば当然であるが、規制緩和がどれだけ一国の経済に効果があがるか、無数の高層ビルを見ていると日本の停滞ぶりが悲しくなってきたのだった。

20110622

2011年6月21日 (火)

オアシス・オブ・ザ・シーズ

20110620

飛鳥Ⅱはカリブ海クルーズでは代表的な寄港地であるメキシコのコズメル島に6月16日朝到着した。早朝、メキシコ本土にあるマヤ遺跡のショアーエクスカーションに参加する乗船客を、本土側のプラヤ・デル・カルメン沖で迎えのボートに降ろして、飛鳥Ⅱはゆっくりと沖に浮かぶコズメル島の寄港地サン・ミゲルへとシフトする。カリブ海の穏やかな朝、海峡の水面は波もなく空も快晴、絶好のカリブ海クルーズ日和だ。


と、その時、飛鳥Ⅱ船長のアナウンスが始まり、コズメル島のサン・ミゲル客船ターミナルに先に停泊しているのが、世界最大の客船22万9千トンの”OASIS OF THE SEAS"”であるという。このクルーズでは自然の驚異を始め、いろいろなものを見る事が出来たが、「 世界最大 」と云われるものに遭うチャンスはそうめったにない。あわてて双眼鏡片手にデッキに駆けつけると、前方遠く朝日に白く光りながら停泊する大きな船は、まさしく雑誌などで見たあの姿である。段々近づくにつれ、海岸に並ぶリゾートホテルを凌駕する大きな塊は、船というより巨大なモニュメントか何かの様にも映る。


コズメルでは飛鳥Ⅱは船体がコンパクトなためサン・ミゲルの町の真ん中の桟橋に着桟したが、”OASIS OF THE SEAS” は、町から5キロばかり離れたターミナルに着いていたので、残念ながら隣に横付けという訳にはいかなかった。オアシス号は5000人もの乗客が乗れ、船内も様々な施設に溢れているそうだが、一度に乗客が上下船するには時間もかかるだろうし、町外れの岸壁を使わなければならない等、超大型船というものは、特定の港以外では結構もてあますのではないかと想像される。そう言えば、ニューヨークでも飛鳥Ⅱはマンハッタンのど真中に着岸したのに、先行した14万8千トンの”QUEEN MARY 2はブルックリンに回って行った。クルーズ船は大きければ良いというものでもなく、7万トンから8万トンが取り回しの上で丁度良いサイズだと、常々私は思っているのである。


夕方サン・ミゲルの海辺のメキシカン・レストランに繰り出して、激辛フライド・チキン・ウイングのジャンキーな味を楽しんでいると、夕陽をバックに出港していく巨大なOASIS号が目の前を通る。ハッピーアワーの安いビールをたらふく飲んで、世界最大の船の優雅な姿を見ていると、何故か大瀧栄一の夏の音楽などが自然に湧いてくるカリブ海の島であった。

2011年6月17日 (金)

クルーザーズ・オン・パレード

20110616

客船ファンである我々が期待するナッソーに飛鳥Ⅱは6月15日に入港した。ナッソーの客船ターミナルにカリブ海クルーズの大型船が揃う有様は、旅行雑誌のグラビアなどで良く見る通りで、世界のどんな客船が一緒に入港してくるのか、15日はまだ朝も明けやらない5時半のパイロット乗船時間に目覚ましをかけて入港状況をワッチする事にした。ナッソーはカリブ海北部の島々からなるバハマ国の首都で、アメリカのフロリダ半島から400キロもなく、クルーズ船の寄港地としては絶好のロケーション。毎日の様に何隻もの船が、数千人もの観光客を乗せて入港し地元に金を落とすわけで、クルーズ産業はこの国経済にさぞや貢献している事であろうと想像する。


まだ暗い内からデッキに出て目をこらしながら入港状況を見ていると、飛鳥Ⅱは今日の入港一番船で、本船の後に特徴あるファンネルを持った、カーニバルクルーズの客船3隻が雁行してくるのがわかる。堤防を交わして微速前進で飛鳥Ⅱが岸壁に近づくうち、ようよう夜も明け、持参の双眼鏡でこれらの船名を確認すると、カーニバルの船たちはファンタジークラスと呼ばれる7万トンの同型船3バイで、"Carnival Fascination"を先頭に"Carnival Fantasy "、"Carnival Sensation"と縦列で入港する威容は、軍艦の単縦陣にも似て見ているだけで胸が高鳴る。カーニバル船隊に続いて入港してきたのは、ファンネル廻りにバーなどが設置され、これまた特徴ある船影の、ロイヤル・カリビアン・インターナショナル社の"Majesty of the Seas" (7万3千トン)である。


飛鳥Ⅱに続いて、カーニバルやロイヤルカリビアンの7万トンクラスの船が、次々係留作業を終えると、沖にはディズニークルーズ独特の2本煙突を掲げた大型船がやってくるのがわかる。双眼鏡で確認すると今年1月に出来たばかり、12万8千トンの"Disney Dream"が黒い船体に金の帯を巻いてしずしずと入港してくる。その威容に飛鳥の乗客だけでなくクルーたちもしばしば見とれるうち、真新しい巨体はタグもなしに、飛鳥Ⅱのすぐ横に着岸すると、「星に願いを」のメロディの汽笛を鳴らした。この朝の次々と各船の入港する様子は、まさにカリブ海クルーズの表銀座を象徴するもので、ディズニー船を始め各船とも若者や子供達で一杯、家族連れがつぎつぎ下船してくるのを見ていると、クルーズ文化の彼我差を痛切に感じるのであった。


この様に一同に客船が会合すると、同じ7万トン型でも会社のポリシーによって随分デザインが違う事がわかるし、同型船といえども微妙に細部が違ったり、改造されていたりして船ウオッチングファンには、誠に興味が尽きない。むろん飛鳥Ⅱの船としての美しさは、世界のクルーズ船に出会っても決して劣るものではないし、クオリティーではナッソーに集結した各船の中でもピカイチであるが、こうも大型船や最新鋭のきれいな船と並ぶと、さすがに1990年製造の飛鳥Ⅱはやつれが隠せないのも事実。早く日本でも、より大型の最新鋭船が出来ないものか、それがダメならディズニークルーズでも日本に殴り込みをかけて、日本の客船文化に旋風を起こしてくれないかと、思わずため息をつくナッソーであった。

2011年6月13日 (月)

臨機応変

飛鳥Ⅱはニューヨークではオーバーナイトで停泊なので、ヤンキースタジアムへメジャーリーグ・ベースボールのナイトゲームを観戦に行く事にした。野球はふつう当日でもチケットが手に入るし、球場に横溢するゆったりした風情を見ていると、アメリカに居るなあと云う思いが胸に湧いて来て、球場に行くのはアメリカ旅行の楽しみの一つでもある。さて初めて行くヤンキースタジアム、飛鳥Ⅱが停泊したミッドタウンのクルーズターミナルから、地下鉄を乗り継いでやって来ると、意に反して場内は完全な満席。相手はインディアンズなのだが、なにしろヤンキースのホームゲーム、念のためダウンタウンのヤンキースショップで昼間のうちに券を予約しておいてたのが良かったと胸をなでおろす。それにしても購入した席は外野に近い場所なのに、これが一人100ドルもするのに思わずのけぞる。かつては大体30~40ドルも出せばメジャー野球は、内野席で観戦できたはずだ。最近はチケットが高騰していると聞いていたものの、これがヤンキースタジアムの価格なのかと、その値段の高さにびっくりである。


びっくりついでは、もう一つ。球場の売店で妻の分と2本のビールを買おうとすると、IDを見せろと黒人のオバチャン売り子が言う。「はあ、俺が20歳以下に見えるか?」と反論すると、どんな大人でもIDが必要なのだと言う。見ているとたしかに人種を問わず老人までもIDを提示させられているが、困った事にクルーズではパスポートは本船が預かっていて、私には適当なIDがない。「じゃあパスポートのコピーなら良いだろう」と見せると、この黒人おばちゃん、隣のこれまた同じ様な黒人おばちゃんと何やら相談して二人とも首を捻ったあげく、やっぱり 「ノー、売れない」とつっけんどんに言う。


野球のナイトゲーム観戦にビール、といえばお約束中のお約束の様なもので、ここで引き下がっては男がすたる。しばしこの黒人の無愛想なおばちゃんにビールを出せと食い下がると、それを見ていた白人の中年男性が近寄ってきて、おばちゃんに 「 お前バカか、こいつが20歳以下に見えるか。IDが必要なら俺のIDで4本出して、そのうち2本を俺が取り、残り2本を男性にやれば良いじゃないか 」と言う趣旨の助け舟をだしてくれる。それでもこのおばちゃん、「IDがあるあなたには売れるが、規則でここでそんな事はできない、でもあなが彼に譲るなら私は知らない…。私の責任じゃないからね…」などという意味の事をぶつぶつ垂れながら、やっとビールを出したのである。


たしかにヤンキース・ファン・ガイドブックには" Proper ID is required of all guests, regardless of age, to purchase any alcoholic beverage"とあって、黒人おばちゃんは規則を 「厳格」 に守ったに違いないし、誰にでもIDを要求していたので意地悪をしたわけではない。規則通りしなかったら彼女はペナルティを食らうのかもしれないし、ひょっとしたら囮捜査みたいなテストがあるのかもしれない。彼女はパスポートなど一生も持つ事もないだろうから、そのコピーを見ても、これが "proper ID" なのかは判断できないだろう。しかし「常識でものごとを考える」「 客を見て判断する」という肝心の姿勢がまったく欠けている事は間違いない。多分このおばちゃんの頭の中には、ホスピタリティとか臨機応変などと云う言葉は入ってなくて、決められた事を決められた通りやれば良いと思っているのだろう。こういう体験をすると、アメリカの労働者のレベルやその背景を久しぶりに考えさせられるものだ。


まあ結局ビールはゆっくり飲めたし、ヤンキースはインディアンスに勝ったのでスタジアムは盛り上がって、結果オーライの楽しいひと時であった。

20110612

2011年6月 8日 (水)

現存最古クルーズ船

夫婦揃って買い物にはあまり興味がないので、上陸して立ち寄るところは、雑貨屋やスーパーなど町の人達が日常行く店が多い。そこで生鮮食品の値段を比較したり、どんな魚が売られているか、はたまた日本にはない野菜などを見て回るのはなかなか面白いものがある。ついでに船内で飲むためにローカルのビールや安ワインを町のスーパーなどで買ってくるのだが、船内の飲み代で稼ぐ外国のカジュアルクルーズ客船と違って、アルコールは舷門で下船まで預けさせられたりしないのが、飛鳥の高級船たるゆえんである。


その他、クルーズ中に町のコンビニなどで良く買うのがクルマやクルーズに関する地元の雑誌。日本に輸入されている外車が現地ではどの位で売られているのかを比較してみると、輸入車がいかに日本で高く売られているのか、それが儲けなのか、日本仕様にする為のコストなのか、税金の類なのか、とにかく日本の消費者は高いものを押し付けられている事に驚く。フネの雑誌について見ると、イギリスはさすが海運国だけあって、スーパーなどの雑誌売り場に海運関係の本、それもクルーズにとどまらず貨物船やらフェリーの事を記した趣味誌が多い。海運関係の雑誌を買って、船内でゆっくり読むのも、ゆったりしたクルーズの楽しみの一つである。


という訳で、今回もドーバーで2冊ほど海運雑誌を買い、つらつらと暇にまかせてそれらの記事を読んでみたのだが、そのうちの"SHIPS MONTHLY"6月号がなかなか面白い。クルーズの記事に混じって軍艦やフェリー、コンテナ船に歴史上の船、タグボートや米国五大湖の貨物船など様々な船がいろいろな切り口で書かれていて、読んでいて飽きないのである。その中で「おやっ!」と思ったのがクルーズ船にかんする「SOLAS条約の余波」(The Aftermath of SOLAS)という特集で、この中には先ごろガイランゲルフィヨルドで飛鳥Ⅱと一緒に湾内を航行した"ATHENA"(16144トン)が大きな写真つきで出ている。


要約すると海上安全に関する国際条約(SOLAS)が要求する船舶の安全基準が2010年に改定期限を迎えた事によって、かつての多くの名船が基準に満たなくなりこの1~2年で引退したと云う事である(その中にはピース・ボートで日本人にも馴染みの深いトパーズなどが含まれている)。その結果、現存するクルーズ船で最も古い船が、そのATHENA(1948年建造、現在はCLASSIC INTERNATIONAL社所有)になったそうで、その現役最古のATHENAの美しい航行姿を、風光明媚なフィヨルドでじっくり見る事ができたわけだ。SHIPSは日本で云えば”ラ・メール”と”丸”とクルーズ関係の雑誌をミックスした様な感じだろうか、さすが海運の伝統国イギリスの雑誌だけあって内容多彩、年間購読料は66ポンドだそうで、帰国したら定期購読してみようかと考えている。
20110608athena

20110608ships

2011年6月 6日 (月)

ワールドクルーズ・ダンス教室

船旅とくればダンスである。昔の大西洋を亘る定期船のホールで、ダンスを踊る貴族などの映画を見ると、何と優雅ですばらしいものかと思う。しかし私がダンスを習うなどと云えば大抵の人は、「 冗談だろう 」とのけぞって吹きだすほどであるから、私自身としても踊る事について心のこだわりがないわけではない。ではあるが、どんなものでも「 たしなみ」は、知らぬより知っていた方が良いだろうし、長い船内生活で何か身につけられるとすればダンスくらいのものだろうかと思い、変わらず船内のダンス教室になんとか通っている。


日本を出てクルーズも60余日、そのうち約50日間の終日航海日の朝と夕に2回づつ行われるダンス教室は、これまで計約100回ほど開かれた事になる。ダンスは多分ワールドクルーズの各種催しの中でも最も人気のある教室の一つと思われ、教室の進め方で、参加者からの熱心な希望や苦情が多いそうである。中にはオーバーランドツアーで、1週間も飛鳥Ⅱから離れている間、ステップを先に進めないでくれと要求する人もいるとの事で、先生もあれやこれわがままな注文をさばくのに大変である事が伺えるのである。


子供の頃から踊りなどやれるか、と硬派を気取っていた私としては、連日のダンス教室は、はっきり云って食事のたびに嫌いな料理をこれでもかと出される様なもので、嫌気が差すこともままある。しかし妻の叱咤激励に逆らうと、のちのち拙い事になるであろうから、なんとかここまで続けて来たのだが、よちよちステップながらブルース・ジルバ・タンゴ・ワルツ・など約10種目を次々と毎日の様に良く練習したもので、この点では自分を自分で誉めてやりたくなるほどだ。


もっとも練習には参加するものの、毎夜ホールで開かれるダンスタイムは、ベテランの人たちがところ狭しと踊っていて、気の弱い私などはちょっと覗いただけで気後れして、踊らずに自室に帰ってきている有様である。なにしろ「 ダンスが上手になるために、これまで払ったレッスン料は高級車一台分 」などと豪語している人たちが踊っているから、「 ダンスを覚えるのにそんなに金がかかるなら、だんぜん高級車を買った方が良い」 などと思っている私にはついていけるはずもない。「 夜のダンス会場にいらっしゃい、もっと上達するから 」と言われると、「 外国船ではワルツやルンバをまともに踊るとかえって『浮いて』しまうからこれで十分 」などと偉そうに負け惜しみをうそぶいている毎日なのである。

2011年6月 2日 (木)

客船銀座

20110601msc

日本は海洋国と云われながら所有するクルーズ船は僅か数隻、外国のクルーズ船も東京や横浜には余り来ないので客船ファンとしては寂しいものがある。そこで今回は世界の港で、各国のクルーズ船に行き交う事を楽しみの一つとしていた。そして見た船の大きさや来歴をその場で調べるために、ダグラス・ワード氏のベルリツツのクルーズ年鑑を持参した事は、すでにアップした通りである。そのベルリッツ本によると、世界では75のクルーズ船会社があり、年間2000万人が乗船すると云う。同年鑑には285隻の評価が記されているが、その他にもシンガポールや香港で見る様な、博打(カジノ)を主な目的とした客船、さらにはヨーロッパのリバー・クルーズ船など、我々になじみのない客船も世界には沢山あるのである。


長い航海を終えて港について、日本で見られないブランドの船体が横付けしていたり、各国の巨大新造船あるいはラグジュアリー船ともブティック船とも云われる本当の 『 豪華客船 』などに出会うと、フネ好きとしては胸が高鳴るものだ。これまでシンガポールでアザマラ・クルーズの "AZAMARA QUEST" (30,277トン)、リスボンでシーボーン の "SEABOURNE SOJOURNE" (32,000トン)、ベルゲンで "MSC POESIA" (92,490トン)、 ホニングスボーグでは "COSTA DELIZIOSA" (92,700トン)などに出合ったが、その他にも日本人にはなじみのないフレッドオルセン社の"BRAEMAR"(24,344トン)やアマデアを所有するフェニックス・ライゼン社のATHENA(16,144トン)なども、このクルーズ中にじっくり見る事ができた。


という事で、ヨーロッパの河川に開けた港に入ってリバークルーズ船を見ると 「 何時の日か、今度はこれに乗って、北海から黒海まで行ってみたいね 」と言い、ノルウエーの沿岸急行船として日本人にも馴染みのHURTIGRUREN(フッティルーテン)社の愛らしい客船達に出会うと、「次はオーロラを見に、冬にこれに乗ろうか」などと、視覚から入る情報には誠に素直に反応するわが欲望なのである。さていよいよこれから飛鳥Ⅱは、クルーズのメッカと云われるアメリカやカリブ海に向かう事になる。一体世界のどんなクルーズ船に出合う事ができるだろうか、分厚いクルーズ年鑑が汚れるほどあちこちのページを繰ってみたいと楽しみである。


飛鳥Ⅱと並ぶコスタ・デリチョーザ(上) フッティルーテンの沿岸急行(下)
20110601

« 2011年5月 | トップページ | 2011年7月 »

2019年6月
            1
2 3 4 5 6 7 8
9 10 11 12 13 14 15
16 17 18 19 20 21 22
23 24 25 26 27 28 29
30            
サイト内検索
ココログ最強検索 by 暴想
無料ブログはココログ