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2011年3月22日 (火)

復興

20110321

お彼岸と云う事で父の墓参りに行った際、久しぶりに東急線東横線の田園調布駅で乗り降りする事になった。ここは学生時代にバスに乗るために良く乗降した駅なのだが、昭和52年に新玉川線(現・田園都市線)が開通してからというものは、私にはとんとご無沙汰の駅である。東横線と共にこの駅を通るかつての目蒲線は、地下鉄と直通して目黒線と名前が変わり近代的な路線に変貌、小さな駅も大改築されて地下ホームとなり昔日の面影はほほとんど残っていない。ただかつての駅舎本屋を再現したこの建物だけが、駅前のロータリーに面してぽつんと記念碑の様に立っているだけである。


話は変わるが、どこを見ても地震のニュースに”公共広告機構・AC”というタイトルばかりのテレビ画面に疲れた先週末、息抜きにテレビの 「 アドマチック天国 」 800回記念特集を見るともなく眺めていたところ、首都圏各地のこの15年の変化を特集していた。これによると、バブルが崩壊して地価が下がったのを契機に、首都圏の町は着実に再開発され、高層ビルが建ち交通網がいたるところで整備されてきた事がわかる。バブルが崩壊して不良資産や不良債権の山のなか、住専問題が連日ニュースのトップになっていたのもついこの前のような気がするが、この駅に代表される様にバブル崩壊を奇禍として、町の再整備は着実に進んでいるわけである。


東日本を襲った地震と大津波は恐ろしい爪あとを残していったが、被災地がやがて復興した暁には、より便利なそしてより災害に強い町が再建されるはずと私は確信している。関東大震災や第二次大戦で焼け野原となった東京が以前にも増して復興した事、バブルの後遺症を乗り越えて町が再開発されつつある事などを考えると、災いの教訓を活かしつつ東日本の被災地は悲しみを乗り越えて、以前より強く美しい町が再建されるのではないかと思っている。田園調布駅前の記念碑の様な駅舎を見つつそんな事を考えていた。

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