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2011年2月 2日 (水)

本音と建前

相撲の八百長問題が、またぞろメディアを賑わせている。何年たっても同じことを大相撲界はやっている様だが、ニュースで大騒ぎするほどのものなのか。そもそも相撲は神事であり興行であって純粋なスポーツとは云えないのではないか。今まで巷間この種の噂は散々飛び交っていたし、すべての大相撲が100%真剣勝負だと思っている人は多くはあるまい。スポーツとして国際競技化に大相撲がこれまで関わってこなかった事も、相撲が純粋な運動競技ではなく、祭事の側面があったからであろう。今回云われるところの八百長も、そういう事も含めての大相撲という暗黙の了解で関係者はやってきたのではないか。だとすれば、問題になっている星の貸し借り(金銭を含む)も当然行われていたであろう事は想像に難くない。

むしろそういう体質を黙認しながら、表向きはフェアプレイであるかの様に扱い、広報してきた管轄の文部省やNHKの方に 「 何を今更、正義ぶって」 と嘲笑の矛先を向けたくなる。まず相撲協会からは財団法人としての様々な社会的恩恵を剥奪して、興行団体として扱うなど行政も対応を変えたらどうであろうか。株式会社なり普通の興行団体なら、賭博罪など法律に触れない限り、興行として内部でどう星の配分をしようと犯罪にはならない。一方NHKも皆が働いている平日の昼ひなかに長々と相撲を中継するなどはこの際やめたら如何だろうか。私の周囲に「相撲の中継が楽しみだ」等と言う人は今やほとんどいない。先のラグビー・トップリーグのプレーオフ中継などは行わないのに、大相撲は全日放送を垂れ流すなどNHKのスポーツ放送基準はずいぶん疑問点が多い。

大相撲で枡席に座るとそこの担当のお茶屋がやってきて、飲み食いの物やお土産の説明を始める。枡席とお茶屋の関係などをみると、野球やサッカーなどの他のスポーツの観戦スタイルとの違いに驚く。相撲の観戦は雰囲気も、観客の勝負に対する執着も他のスポーツとはいささか違うのである。 それが大相撲の文化・土壌で、それはそれで大いに結構であって、文部省の管轄などに入らず、時々観客にわからぬ様に八百長も混ぜながら、国民に伝統的なエンターテイメントを提供してくれれば良い。それでこそ大相撲の存在意義もあろうというもので、NHKもフェアプレイなどと建前を述べず、そういう娯楽として扱ったらいかがであろうか。

そもそも今回の八百長報道のねたは、警察のリークなのだろうか。先の賭博事件の捜査関係者しかわからぬ情報が、なぜこれほど明確に出てくるのか。昨日、最高裁で八百長報道をした週刊誌が相撲協会に敗訴したが、それととあまりにタイミングが合っていて、誰が何の目的で秘密を漏らしたのか、そちらの方が興味深い。

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